「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)
「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。
ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?
重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、十話目。
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前回は、マフィア入団で交わされる“血の掟”「オメルタ」と、オメルタを破った型破りギャングについて紹介した。今回は、手柔らかに「ギャングスター・ミーツ・アニマルズ」。サルと友だちになり動物園に通ったあのマフィアさんや、猫や鳥を大量に飼っていたあのギャング、脅し用にライオンを所有していたゴロツキについて話してみようと思う。
#010「猫レスキューギャング、猿と仲良しモブスター。動物に従うワルたち」
彼(極悪ギャング)のコートには捨て猫がいっぱい入っていた
マフィア映画の入門編『ゴッドファーザー』の名シーンはたくさんあるが、蜂の巣にされる長男ソニー、ベッドの下に隠されていた馬の頭、に並ぶのが、娘の結婚式の日に知人の頼みごとを聞きながら、猫を撫でくりまわしている礼服姿のボス、ヴィトー・コルレオーネだ。指一本の指図で人を殺せてしまう男が、十本の指で心をこめて猫を愛撫している。堅気の動物好きよりマフィアの動物好きの方がにやけてしまうことに気づく。ちなみにヴィトーを演じた二枚目俳優マーロン・ブランドは、私生活でも相当な猫好きだったらしく、猫とのキス写真に猫とのくつろぎ写真などが流出している。
「マフィアはなぜ猫が好きかって? まあ、イタリア系独特のカルチャーですね。逆にアイリッシュは犬カルチャーです」とは、アメリカンギャングスターミュージアムの館長。彼自身もアイリッシュ系の血をひき、犬派とはその通りで、以前ミュージアムの前を通りかかった犬をこねくりまわしていたところを筆者は目撃している。
人間には冷酷だが動物には惜しみない愛を注いだギャングを紹介しよう。19世紀後半から20世紀前半にかけて、ニューヨーク・マンハッタンのギャング集団「イーストマン・ギャング」を結成したユダヤ系ギャングのモンク・イーストマンだ。バワリー地区にあったガラの悪いクラブのバウンサーからキャリアをスタートし、全長120センチの棒で武装、半年で49人を叩きのめした。近隣の病院には彼の“犠牲者”が多数運ばれていたことから、看護師たちは内輪ジョークで緊急病棟を“イーストマン・バビリオン(イーストマンの部屋)”と呼んでいたらしい。
曲がった鼻と傷だらけの体、睨んだだけで人を石にできそうな感情のない目をしたギャングのボスだったが、彼は自宅アパートに数十の猫、屋上に数十の鳩を飼っていたといわれている。また目撃者によると、近所を散歩中に見つけた捨て猫を拾い、コートにかくまっていたためコートがパンパンにふくらんでいたとか…。イーストマンの動物好き武勇伝は17歳のころに働いていたペットショップにまで遡る。売り上げが伸び悩みペットショップは潰れてしまったのだが、その理由はイーストマンが「売り物用の動物に愛着が湧いてしまい、売り渋ったから」。彼の前で動物を虐めた暁には、命はないこと間違いない。
もう一人のアニマルラバーギャングスターは、フランク・コステロ。1936年から1957年にかけて、ニューヨーク最大のルチアーノファミリー(現ジェノヴェーゼーファミリー)のトップになり、ギャンブル事業を全国展開、ニューヨークの高級クラブ「コパカバーナ」の出資者となり政界とも繋がっていた“暗黒街の首相”だ。彼は、ある一匹の“無礼”な行為に対しその手でもみ消すことなく、逆に仲良くなってしまった経験をもつ。
ある日、コステロはマンハッタンのセントラルパーク動物園を散歩していた。すると檻のなかにいたチンパンジーが、トチ狂ったのかコステロの顔に向かって唾を吐きかけた! 誰もがコステロはそのサルを片手でぶっ潰すだろうと思っただろうが、暗黒街の首相の心は海のように広い。動物園に通いつめ、自分の顔面に唾をはいたサルとお友だちになってしまった。サルも何を考えていたのか知らないが、唾を吐きかけたのが人間でなくサルでよかった、というオチである。
ペットのライオンを“脅し”に利用したギャング
動物好きもいれば、動物を利用した小賢しいギャングもいる。ニューヨーク五大ファミリーのプロファチファミリーのメンバーで殺し屋だったジョーイ・ギャロは、経営していたクラブの地下室にペットの雌ライオン、クレオちゃんを飼っていた。小人症のギャング、アルモンド・モンドが世話係で、近所を散歩させていたといわれる。ギャロたちは自分たちに借金のある者たちをクレオちゃん(雌ライオン)のいる地下室に呼び、金返せと脅したという。
そして最後に「『スナッチ』という犯罪映画には、イギリスのギャングが“豚”について話すシーンがあります」。ギャングのボス、ブリックトップ(役名)が死体を運んでいる下っ端ギャングたちにこうアドバイスする場面だ。「死体処理に一番いい方法は、腹をすかせた豚に食わせるのがいいと聞いた。16匹の豚がいれば一体処理できる。養豚所に知り合いをつくっておけ」。豚の角煮、豚の生姜焼き、あるいはチャーシューたっぷりのラーメンをおいしくつつきながら本文を読んでいなかったことを願う。
次回はギャングとヘアについて。『ゴッド・ファーザー』で有名な床屋暗殺シーンから浮上する疑問「ほんとうにバーバーショップでギャング殺人事件なんてあったの?」や、不良たちのヘアスタイルなどについて、ちょびポニテが似合う館長さんに探りを入れてみる。
Interview with Lorcan Otway
▶︎▶︎#011「禁酒法時代のボブカットに、ビジネスマンヘア。ギャングと女たちの髪型備忘録」
重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway
Photo by Shinjo Arai
1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。
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Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine