「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)
「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。
ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?
重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、十一話目。
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前回は、散歩中に野良猫をついつい拾ってしまうニューヨークの元祖ギャングボスや、脅し用にライオンを飼っていたギャングなど、動物に振り回されるワルいやつらを紹介した。今回は、「ギャングスターとヘアスタイル」。ウォール街のビジネスマン風のきちんとヘアや、禁酒法時代を生きた女のヘアスタイルなどについて紹介していこう。
#011「禁酒法時代のボブカットに、ビジネスマンヘア。ギャングと女たちの髪型備忘録」
人気ドラマにも出てくる“ギャングのヘアスタイル”
ここ数年、街中でときおり見かける男の髪型がある。ひとつめは「ピーキー・ブラインダーズ・カット」。20世紀初期英バーミンガムの実在ギャング集団「ピーキー・ブラインダーズ」を題材にしたテレビドラマで、主人公トーマス・シェルビーがしていた髪型だ。後頭部やサイドを短く刈り上げた短髪で、シェルビー兄さんは、この髪型のおかげもあり非常にニヒルな妖気を振りまいている。
ふたつめの髪型は「ボードウォークエンパイア・カット(と、勝手に命名)」。禁酒法時代のニュージャージー州アトランティックシティの歓楽街を舞台に、金と権力を欲しいままにのし上がった実在の政治家イーノック(ナッキー)・ジョンソンの半生を描いたドラマ『ボードウォークエンパイア』の劇中で、主人公の弟分ジミーがしていた髪型。アンダーカットとも呼ばれるサイド刈り上げのオールバック。ちょいドゥーシィー(クラブで遊んでばかりいそうな軽い男風)な印象があるが。
Collection of Museum of the American Gangster
ギャングドラマに出てきた髪型も現実の男たちのあいだで流行る、ということで、今回は「ギャングと髪型」。実在のギャングスターをみてみると、ラッキー・ルチアーノにユダヤ系大物ギャング、マイヤー・ランスキー、ベンジャミン・シーゲル、と短髪にオールバックが基本である様子だ。これは“ギャングヘアの沈黙の掟”なのかと思い、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長に尋ねてみると、「これといった共通点は、特にないですね」と肩透かしを食った。
筆者が思うに、ギャングスターたちのヘアスタイルは、要はさっぱり小綺麗・仕事ができそうなビジネスマンとしての一表現と捉えていい。というのもアメリカンギャングのファッションカルチャーに立ち返ってみると、ルチアーノにファッションを教えたといわれているユダヤ系ギャング、アーノルド・ロススタインの変革〈ストリートのゴロツキのような派手な身なり〉から〈ウォール街のビジネスマン風〉がある。このファッションの概念により、ギャングの髪型もボサボサの無鉄砲な髪でなく、ポマードできちりと撫でつけたスタイルとなったと予測する。
Collection of Museum of the American Gangster
Collection of Museum of the American Gangster
Collection of Museum of the American Gangster
禁酒法時代のいなせな女たちはみんなボブ
サイド刈り上げオールバックが禁酒法時代のギャング男の髪型だとすると、その時期の女たちの髪型といったら「ボブ」である。1920、30年代のアメリカ。禁酒法により公から酒の姿が消える一方で、みな、もぐりの酒場でそのフラストレーションを晴らすかのごとく酒池肉林をたのしんでいたころだ。ギャングの経営するもぐりの酒場やキャバレー、サロンに入り浸り、キセルを片手にグラスを傾け、ミニスカートの脚を組み大口をあけて歓談していた女性たちがいた。「フラッパー」だ。彼女らフラッパーの定番ヘアといったらボブだったのである。
フラッパーはジャズを嗜みドライブに興じ、男性関係も奔放と、それまでの“しとやかで奥ゆかしい”女性像を覆した、いわば初期フェミニストたちだともいえる。F・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』に登場するデイジー・ブキャナンという女性もフラッパーだ。彼女たちの髪型は、女性の象徴“ロングヘア”ではなく、耳のあたりまでバッサリ切ったボーイッシュなショートボブ。禁酒法時代、密売酒の運搬ビジネスで大儲けした女ギャング、ガートルード・リスゴーがボブカットだったのも、たんなる偶然ではないのだろう。
床屋はギャングの暗殺現場?『ゴッドファーザー』のあのシーン
ヘアスタイルの話をしてきたので、ここで「ギャングとバーバー(床屋)」の小ネタも披露しよう。ギャングと床屋で思い浮かぶものといえば、映画『ゴッドファーザー』での一場面だろう。理髪師に扮した暗殺者がギャングの喉をカミソリで掻っ切るというシーンだが、これは実際に起きた事件を元にしている。
1957年10月25日の朝、ニューヨーク・マフィアの黄金時代を生きたコーサ・ノストラのボス、アルバート・アナスタシアは、マンハッタンのパーク・シェラトン・ホテルにある理髪店で散髪をしてもらっていた。蒸しタオルを顔にかけられて無防備な状態のところ、店内に踏み込んできた暗殺者たちに銃殺されたのだ。この時アナスタシアが座っていた実際の椅子は、現在ラスベガスにある「モブ ミュージアム」に展示されているそうだ。
『ゴッドファーザー』で思い出したが、この映画には理髪店が出てくるシーンがもう一つある。それはヒットマンが、任務の前に床屋でヒゲを剃ってもらう場面だ。床屋は、ギャングを殺すヒットマンと、殺されるギャングが交差する魔の空間にもなりうる。
さて、次回は「ギャングの葬式」…といきたいところなのだが、ミュージアムの諸事情によりギャング連載も少々早い夏休みをとる。是非観てほしいギャング映画をリストアップしておくので、この間を利用して是非観てほしい。次回からがもっとたのしくなるはずだ。
▶︎▶︎#012「250台の車に100人の警察官、1万人の弔問客、100万円の棺。町をあげて弔うギャングスターの葬式事情」
〜お薦めギャング映画〜
▶︎▶︎『シシリアン(Le Clan des Siciliens、1969年仏)』:シシリアン・マフィア組長の力を借りて出所した一匹狼の殺し屋サルテ(アラン・ドロン)のサスペンス。
▶︎▶︎『カジノ(Casino、1995年米)』:マーティン・スコセッシ×ロバート・デ・ニーロの安定コンビ。マフィアが支配していた1970年代から80年代のラスベガスを舞台に天才賭博師の視点でストーリーが展開される。
▶︎▶︎『マイ・ブルー・ヘブン(My Blue Heaven 、1990年米)』:実在ギャング、ヘンリー・ヒルをモチーフにしたコメディ映画。証人保護プログラムを受けるマフィアファミリーのドタバタ劇。
▶︎▶︎『女と男の名誉(Prizzi’s Honor、1985年米)』:NYマフィアの男が殺し屋の女に恋をしてしまうことから展開してゆくブラックコメディ。
▶︎▶︎『アンタッチャブル(The Untachables、1987年米)』:禁酒法時代のシカゴを舞台に、アル・カポネを追う財務省捜査官たちのチーム「アンタッチャブル」の闘いを描いた映画。
▶︎▶︎『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(Once Upon A time in America、1984年米・伊)』:禁酒法時代、ニューヨークのユダヤ人貧民街で育った二人のギャングの生き様を描いた4時間の長編ギャング大作。
Interview with Lorcan Otway
重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway
Photo by Shinjo Arai
1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。
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Museum Photo by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine