※(取材・執筆は2020年夏となります。当時コロナ禍以降、社会の根本的な価値観が変わりゆく予感のなかで、HEAPS編集部では宗教の現在地についての探究を進めていました)
ユダヤ教には「ラビ」と呼ばれる指導者がいる。律法(神からあたえられた宗教・倫理・社会生活上の命令や掟)を解釈し、それを皆に教える役割を担う教師的な存在で、ひげをたくわえ、メガネをした長老といったイメージがある。だから、彼女たちが「ラビ」だと聞いて少々驚いた。ニューヨーク在住のサマンサ・フランク(30)と、レナ・シンガー(28)。フレンドリーな笑顔が親しみやすい、隣のお姉さんといった印象の二人だ。彼女たちは、正真正銘のラビ(取材時点では、レナは今年5月にラビになる予定)。使命は、すべてのユダヤ教徒、特に若い世代の教徒に、ユダヤ教の知識を丁寧に伝えること。伝える場はユダヤ教の会堂シナゴーグ…ではなく。インスタグラムだ。
アカウントの名は「Modern Ritual(モダン・リチュアル、“現代の儀式”とでも訳そうか)」。開設から3年、フォロワーは1万4,000人に達する。フィードには「ユダヤ教の象徴・ダビデの星をかたどったパイ」の写真や、街の通りで「礼拝時に男性が着用する肩掛けタッリート」を広げた一枚、シャバット(安息日)に食べる「三つ編みパン」にワインと植物を添えたショットなど。ユダヤ教の荘厳で厳格な雰囲気が漂うことはなく、なんなら上質なライフスタイル誌のSNSかな、なんて思ってしまうほど。
モダン・リチュアルは、とっつきやすい見た目をもちつつ、きちんとユダヤ教についてを教える。各投稿には、礼拝の意味や正しい祝日・安息日の過ごし方、ユダヤ教に改宗した人のためのアドバイスや、女性のラビの歴史が、わかりやすく、読みやすく書かれている。
しかもこの2人、ユダヤ教徒ではタブーとされるレズビアンカップルとの噂も耳にした。そんな彼女らにスカイプを繋ぎ「カミングアウトしたときの両親の反応」「ラビになるまでの経緯(性別に関わらず誰でもなれる?)」「若いユダヤ教徒に届くインスタの投稿術」など、若きラビたちに、現代のユダヤ教の布教活動についてアレコレ聞いてみた。
——「“ラビ=長老”のステレオタイプを変えたいんだよね」ユダヤ教ラビ、サムとレナ
HEAPS(以下、H):こんにちは。2人のことは、ローカルのユダヤ人コミュニティ誌で知りました。
Samantha Frank(以下、S):やっほー。
Rena Singer(以下、R):今日の取材、たのしみにしてたよ。
H:こちらも、たのしみにしてました。2人はいまニューヨーク拠点ですが、出身は?
S:私はワシントンD.C.生まれのメリーランド育ち。8年前、大学進学のためにニューヨークに来た。
R:私は生まれも育ちもシアトル。ニューヨークに来たのは7年前のこと。
H:幼少期、ご両親にはユダヤ教徒として厳しく育てられたんでしょうか。
S:父はユダヤ教徒で、母はキリスト教徒。私を含めた3姉妹は、両親の意向でユダヤ教徒として育てられたんだ。ユダヤ教系の学校に通っていたけど、毎年クリスマスにはツリーにオーナメントを飾ってたのしんでた感じ。
R:私の両親は2人ともラビ。だから家にはいつも教徒たちがいたし、ユダヤ教の行事にも毎回参加してた。高校は普通の公立学校に通ってたから、周りは無宗教の友人ばかり。だからいつも「なんで宗教とか信じてんの? 意味なくない? 古臭いよ」って言われてた。その度にユダヤ教とはなんぞやを説明してた。
H:2人はニューヨークで出会ったと。
S:ううん、レナと出会ったのは6年ほど前、イスラエルで。
H:ユダヤ教の聖地がある国ですね。そしてサムはニューヨークにあるユダヤ教系の大学を卒業、レナは現在通学中。ここってユダヤ教徒のための大学?
S:大学じゃなくて大学院。ラビやハッザーン(シナゴーグで唱和したり聖歌隊をリードする役)、ユダヤ教の教育者を養成するための学校。だから生徒はみんなユダヤ教徒ってことになるね。ちなみにラビを目指す場合、まずは4年制大学でユダヤ学を専攻することが必須。私もレナもこの過程を修了済み。
H:へえー。そもそも、2人はなぜラビになろうと思ったんでしょう。
S:最初からラビになりたいわけではなかったんだ。きっかけは高校・大学時代に友人やクラスメートを亡くしたこと。悲しくて辛かったけど、カッディーシュ(お葬式や追悼式で捧げる祈り)に救われて。おかげで悲しみを乗り越えられた。この体験がなかったらたぶんラビになりたいとは思ってなかったんじゃないかな。
R:私の場合、ラビである両親の元で育ったにも関わらず、実はユダヤ教のことをよく理解していないことに気づいて。だから、ニューヨークにある正統派の大学へ入学。文字通り、1日中タルムード(旧約聖書に続く聖典)を勉強した。当時はラビや教師が発する言葉が全然わからなくて、恥ずかしい思いをしたな。いまとなっては大事な経験。
H:ラビって、年長者の男性がなるイメージが強いんだけど、サムやレナのように若い女性でもなれるんだ?
R:その通り。「ラビ」や「ユダヤ教徒」でググると、ヒットするのはたいがい年長の男性でしょう。昔は年長男性がなるのが一般的だったけど、最近では私たちのような若い女性も徐々に増えている。ちなみに初めて女性のラビが誕生したのは1930年、ドイツでのこと。「女性もラビになるべき」と主張したレジーナ・ジョナスという女性がいたんだ。その後、残念ながらアウシュヴィッツでナチスに殺害されてしまったんだけど。
S:米国で初の女性ラビが誕生したのは1972年。48年前のこと。
R:私は5月にラビになる予定。クラスメートが5人しかいない小さなクラスだけど、全員女性だよ。
H:時代とともに女性のラビが増えてきているってことだね。二人のように若い女性のラビも出てきたということは、ラビと若い世代のユダヤ教徒たちとの距離感も近くなってきていたり?
R:それは人によるかな。でもね、最近はいろいろなユダヤ教徒のコミュニティが若い世代に向けて「ストレートもゲイでも、ユダヤ教はみんなにとっての宗教」という呼びかけに注力していることもあってか、若い世代が宗教行事に参加することが増えたように思う。ある金曜の夜、私が働くシナゴーグで若い世代に向けたイベントを開催したんだけど、その夜だけでも市内で同様のイベントが7つも開催されていた。
S:ユダヤ教はみんなにとっての宗教、っていうのは、まさに私たちが伝えたいこと。どれだけ戒律を守っているかとか、どれだけ信仰心が強いかとかは関係なしに「ユダヤ教はユダヤ教を信じるみんなのためにある」。そしてラビには年長男性だけじゃなく、私たちのような若い女性もいる。“ラビ=長老”のステレオタイプを変えたいんだよね。
H:ところで2人は一緒に住んでるの?
S:別だよ。ここは私のアパートで、旦那と一緒に住んでる。
R:私はここから20分のところに。
H:へー…って、サムには旦那がいるんだ!?てっきり2人はカップルだと思ってたんですが。
S:ノーーーーーー(笑)
R:キャハハハ。うちらはただの親友。
S:私の旦那は男性。
R:私のデート相手も男性。
H:す、すみませんっっっ!
S:全然!私たちのことをレズビアンだと思っていたの、あなたが初めてじゃないから。私たちLGBTQコミュニティをサポートする内容の投稿を多くしているから、そう思っちゃったんでしょう。レズビアンかと思ったって、なんなら褒め言葉だよ? それだけ私たちのメッセージが浸透しているってことだと思うし。
H:ユダヤ教の超正統派は、一般的に同性愛行為を禁じていると聞きましたが。
S:最近は、ユダヤ教も同性愛にオープンになってきている。私たちもLGBTQコミュニティを支援してる側だし。
R:同性愛への許容度の違いって、信仰度の違いというか、教徒それぞれの価値観によると思うんだ。現に、知り合いの超正統派は、同性愛に関してまったく批判的じゃないし。
H:教徒によってさまざまな考えがあると。では、ユダヤ教徒全員が毎日行うべき義務や禁止事項ってある?
S:ユダヤ教のおもしろいところで、これも人それぞれの価値観によるんだよね。豚肉を食べずに1日3回礼拝(ユダヤ教の基本ルール)したとしても、ルールに従わなかったとしても、ユダヤ教徒ならユダヤ教徒であることに変わりない。
H:これも個人差あるかと思いますが、ユダヤ教徒としてライフスタイルが生活に大きく影響することは?
R:「なにもしてはならない日」と定められているシャバットには、お金を使わないようにと推奨されている。でも正直、たまには友だちとブランチだってしたいじゃん?人付き合いも大事だしさ。そのバランスを保つのが難しいかな。
S:ところでさ、ユダヤ教徒って日本語でなんて言うの?
H:「ユダヤキョウト」だよ。
S:へー。
H:覚えにくいよね(笑)そろそろ、サムとレナが若いユダヤ教徒をエンパワーするために開始した「モダン・リチュアル」について聞いてみたい。きっかけは、レナの「もっとインスタに、ユダヤ教徒向けのいまどきコンテンツが必要!」との意見にサムが乗ったこと。
R:ユダヤ教徒がSNSで情報を発信すること自体は珍しいことじゃない。でも、自分にとってのロールモデルがなかったんだよね。私自身、インターンで講師として高校で働いていたとき、インスタに夢中だった生徒たちに「ユダヤ教についてのアカウント作ったら、フォローしてくれる?」って聞いてみたんだ。そしたら「クールだったらね」って。
S:それにシナゴークに行かなくても、ユダヤ教徒がユダヤ教徒である価値を発信したかった。周囲からは「いいじゃん!」って、ポジティブな反応が多かったよ。
H:フォロワーは、現在1万4,000人。やっぱりユダヤ教徒の割合が多い?
S:ユダヤ教徒じゃないフォロワーの方が圧倒的に多い。うれしいよね。だって、それだけユダヤ教に興味がある人がたくさんいるってことだもん。
R:78パーセントが女性。42パーセントが25歳から35歳、20パーセントが35歳から45歳。15パーセントが18歳から24歳。それ以外に、65歳以上のフォロワーもいる。
H:若い女性の割合が断トツだ。フォロワーからは、どんなコメントやDMが届くんでしょう。
S:多いのは「家から近いユダヤ教コミュニティを教えてほしい」との質問。こうしたリクエストがあれば、フォロワーと、フォロワーの住む地域のラビやユダヤ教コミュニティを繋げる活動もしている。ニューヨーク以外でも私はワシントンD.C.とメリーランドに、レナはシアトルにコネクションがあるからそれを活かしてね。
R:「ユダヤ教を学びたいんだけど、なにからはじめたらいいか」という質問も多い。これは本人次第。ユダヤ教に関する本を読むのもいいし、コミュニティに参加したっていい。あとは宗教上での恋愛の悩みや家族関係についてや、「大切な人を亡くして辛い」など個人的な相談も多いかな。
H:だいたい2日に1回ペースで更新中ですね。内容はすべてユダヤ教に関するものなんだけど、最近では、不慮の事故で亡くなった元NBA選手コービー・ブライアントと娘のニュースを起点に「ユダヤ教徒としての死への向き合い方を考えてみる」や、「コロナで自宅待機になったこの機会に、神と会話してみよう」など、世の中の流れを上手にコンテンツに盛り込んでいる。どうやってアイデアを?
R:2週間に1回会議をして、お互いのアイデアや投稿したいことを戦略的に話し合ってる。
S:でもね、2週間前は「これ絶対投稿したい」と思っていたものでも、会議のときには「もういいや」と熱が冷めているものとかもある(笑)
H:鮮度が大事ですからね。ところで投稿する写真、どれもうつくしい。厳格で重たいイメージのあるユダヤ教を上手くライフスタイルに溶け込ませていて。たとえば、ユダヤ暦の新年祭ローシュ・ハッシャーナーには、りんごと蜂蜜の写真。
R:これまでインスタに、若い世代に向けたユダヤ教のための“魅力的でうつくしい”と思えるコンテンツがなかったから、ヴィジュアル面はかなり意識してる。
S:ユダヤ教では知識や知性が重視されがちだけど、見た目のうつくしさにだって興味がないわけではない。それに私たちにとって、生活のなかに宗教(ユダヤ教)があるから、切っても切り離せない。それならビジュアルもいつもの生活に馴染むように、ってね。
R:それに神さまだってうつくしいものが好きだと思うし。
H:ヴィジュアルも親しみやすいですが、それぞれの投稿で教えてくれるユダヤ教に関する情報もわかりやすいです。「ユダヤ教徒の婚約:婚約の儀式では伝統的な衣装を着て、みんなの結婚を誓う。で、皿を割る」や、「モデアニ:感謝していますという意味の祈りの言葉。ユダヤ教徒は朝起きたら、すぐにこの祈りを唱えます」など。「おもしろそうだな」と思ってもらえるように、伝え方に工夫していることがあれば。
R:私たちは、知識をひけらかしたいわけでも自分たちの意見をただ聞いてほしいわけでもなくって。みんなに伝えたいユダヤ教の教えを、例を挙げることでみんなにわかりやすく共有することが目的だからね。
S:たまに私たち抜きでフォロワー同士で会話が盛り上がっているのを見るとうれしくなるよね。でも、ときどき間違った情報を載せちゃうこともある。「ユダヤ教の祝日は◯月でじゃなくて◯月です」と指摘されたことも何回かあったり。
R:もちろん間違えないことに越したことはないんだけど、指摘を受けることで新たに学べるとも思っている。こうして恥をかくのもまた経験。まだまだ学ぶことはたくさんあるってこと。
H:現在フォロワーとはインスタのコメント欄やDMでコミュニケートしているわけですが、直接会うオフ会的なイベントはやらないんですか?
S:私はラビとしてフルタイムで働いていてニューヨークとワシントンD.C.を行き来してるし、レナは学生でなかなか時間が作れないのが現状。いまのところはないかな。
R:「エリートシングルズ」や「マッチ」といったユダヤ教徒限定の出会い系アプリや、金曜夜のシャバットのディナーをホストする20代、30代の向けの「ワンテーブル」、それに婚活パーティーなんかも開催されてるから、教徒同士で繋がりたい人は使ってみるといいかも。
H:やっぱりユダヤ教徒はユダヤ教徒との恋愛が普通?
S:昔の世代は、ユダヤ教徒同士で結婚するのが当たり前だった印象かな。
R:いまはそこまで重要視されていないね。
H:若い世代のユダヤ教徒は、恋愛も世俗的にもなってきていると。これからの世代のユダヤ教徒へ、うつくしいビジュアルとわかりやすい言葉でモダン・リチュアルのインスタ伝道活動は続きます。
S:若い世代が信仰することって、すごくいいと思うんだ。ユダヤ教には、お互いを助け合い、病気の人がいたら食べ物を共有するといった、本物の気づかいが精神があるし。
R:こういった精神が宗教にある、そしてこういった宗教が生活のなかにあるってこと、素敵なこと。
Interview with Modern Ritual, Samantha Frank and Rena Singer
Images via Modern Ritual
Text by HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine
