「トマトソースと甘いモノにはうるさいぜ!」ギャングのワガママな胃袋徹底解剖—米国Gの黒雑学

【連載】米国Gの黒雑学。縦横無尽の斬り口で、亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がし痛いところをつんつん突いていく、五話目。
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「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)

「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。

ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?

重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、五話目。

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前回はギャングスターの身なりをテーマに、ギャングのヴィジュアルイメージを「成功したビジネスマン」然に確立したユダヤ系大物ギャングや、アル・カポネのアイコンだった白いボルサリーノについて話した。今回は、ギャングたちが愛してやまない「食」について。イタリア系ギャングがこだわるトマトソース、刑務所飯、ギャングのおやつ…など、Gたちを胃袋から解剖しよう。

▶︎1話目から読む

#005「真っ赤なトマトソースのように煮えたぎるギャングの食欲」

あの光景を目撃したのは、昨年ふらりと寄ったニューヨーク・リトルイタリーの「サンジェナーロ祭」だった。毎年恒例のイタリア伝統のお祭りでは、一週間、通りが屋台でいっぱいになる。イタリアンソーセージに、ジェラート、フライド・カラマリ(イカの唐揚げ)が鼻腔を罪深いまでに刺激するなか、観光客やら地元の中国人おばちゃんやら(リトルイタリーはチャイナタウンの真横)に紛れて、襟をおっ立てたスーツ姿の見るからにマフィオーゾなイタリア親父たちが屋台の横で、仁王立ちでジェラートらしきものを頬張っていました。

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 ギャングの胃袋は、豪気だ。彼らは食のためなら汗も涙も(血も?)流す。マフィアがおいしく食べる姿や器用に料理する姿を実に忠実に描いた映画『グッドフェローズ』で、刑務所で巨体を丸めカミソリの刃でニンニクを刻むポーリーの姿をみれば、その情熱はわかるだろう。

 まず、ギャングの食を語るうえで忘れたら殺されそうなのが「トマトソース」の存在である。おっと、いけない。“ソース”ではない。「トマト“グレービー”」である。「イタリア南部にルーツをもつギャングたちは、決してトマトソースとは言いません。“トマトグレービー”と言います」と館長。ギャングたちがトマトグレービー閣下には頭があがらないことを百も承知である。

 ニューヨーク5大マフィア・ジェノヴェーゼー一家の元幹部を父にもち、マフィアの世界で食を探究したフーディー男、トニー・ナップ・ナポリのトマトグレービー談は▶︎こちらの記事で堪能してほしい。ここではもう一人、トマトグレービーと、オメルタよりも深い契りを交わしたギャングを紹介しよう。グッドフェローズの主人公、ヘンリー・ヒルだ。イタリア人の母とアイルランド人の父をもつヘンリーは、純血イタリア人ではなかったため正式なマフィア構成員にはなれなかったが、舌は純イタリアンで、スパゲッティとトマトソースの味にはうるさい男だった。

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「マリナラソース(トマトソース)のスパゲッティを注文したのに、出てきたのはケチャップをかけたエッグヌードルだった」。これは、証人保護プログラムと引き換えに、ニューヨークから(本物のイタリア料理が食べられる)、イタリア食材なんて手に入らない中西部に引越しさせられてしまったときにこぼれ出た、ヘンリーの涙ながらの(たぶん)発言だ。

 映画の中でも描かれているが、彼はFBIのヘリに追われながらも、頭の中は朝からキッチンでかき混ぜている「トマトソーーーース!!!」。生前のヘンリーと友だちだったという館長、ここで未公開(?)エピソードを。「グッド・フェローズ公開20周年記念として私のミュージアムで上映イベントをやったとき、ヘンリーをゲストとして招致したんですね。イベントでふるまう夕食用に近所のレストランがトマトソーススパゲッティを用意してくれたのですが、ヘンリー、このソースがお気に召さなかったのか、自ら厨房に行ってトマトグレービーを一からすべて作り直してしまったんです」。ヘンリーの食に触発された奇行は続く。「滞在中のある日、ヘンリーが“失踪”したことがありました。セキュリティを動員して血眼になって捜索したのですが、なんと近所のバーの厨房でピザを作ってみんなに振舞っているヘンリーを見つけたのです」。なんとも人騒がせな腹ペコ虫である。

「臭い飯は食えねえ」ムショの厨房に忍びこんだイタリア女ギャング

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 いくら舌の肥えたギャングでも、避けて通れないのが「ムショ飯」である。「MCC(メトロポリタン矯正センター、ニューヨーク・ダウンタウンにある刑務所)を訪ねたことがあるのですが、まるでマクドナルドに住んでいるような食環境でしたね」

 グッド・フェローズでマフィアたちは看守に賄賂を渡し、パン、ステーキ、ロブスター、ウイスキー、ワインなど上質な食材を手に入れて監獄で贅沢クッキングをしていたが、実際のギャングたちの刑務所クッキングなんてあったのだろうか。

「自身の名簿を改ざんさせ、刑務所の厨房に潜り込んだ女ギャングがいました」。ギャングのドンを父にもち、自身も刑務所暮らしをしていたという女ギャング、テレサ・ダレッシオのことだ。MCCに服役していた彼女だが、ある日父親の知り合いで同じ刑務所にぶち込まれていたジェノヴェーゼー一家の幹部トニー・プロヴェンザーノに呼ばれ、所内で密会する。プロヴェンザーノは会うなりこう毒づいた。「ムショの飯にはもう反吐がでる。テリー(テレサの愛称)、お前の親父さんからお前の料理の腕は最高だと聞いたが」。厨房に忍び込んで料理を作ってくれと? しかし、MCCの厨房に立てるのは男のみだ。プロヴェンザーノは続ける。「MCCは、コーシャーフードを作れる囚人を探している。刑務所の名簿を管理している知り合いに頼んで、お前をユダヤ教に“改宗”させておくから、明日から厨房に立ってくれ」

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 コーシャーとはユダヤ教規定の食。刑務所内にはブラックパンサーなどイスラム系黒人囚人もいて、彼らがイスラム教規定のハラルフードを要求したため、食事の下準備が同じだというコーシャーを作れる調理人が必要だったというわけだ。マフィア幹部たちの計らいで、史上初、厨房に入れた女囚人テレサは、プロヴェンザーノと仲間たち、そして自分のために、トマトソースパスタ、アルフレードソース、ラザニアなどのイタリア料理をこっそり作り、こっそり独房へ届けたのだった。のちに、テリーが他州の刑務所に移送されることになったとき、テリーのおいしいイタリア手料理がもう食べれなくなるとわかったプロヴェンザーノの目には、涙が浮かんでいたとか。普段感情を見せないことで有名なマフィア幹部が、食べ物で泣いたのである。

硬派なギャングも、実は大の甘党?

 ギャングは甘党である。そして「カンノーリ(cannoli)」が大好きである。カンノーリとは、カリカリの生地にリコッタチーズのクリームをサンドした、すごく甘いシチリアのお菓子だ。映画『ゴッド・ファーザー』で殺し屋クレメンザが放ったこの発言も有名。「銃は置いていけ。カンノーリは持ってきてくれ (Leave the gun. Take the cannoli.)」。極道きってのフーディー男、トニー・ナップもこう助言をくれた。「マフィアの食事にお呼ばれしたら、とりあえずカンノーリを持参したら間違いはない」
 そしてカンノーリと同じくらいギャングが好きなのが「ゼッポレ(zeppole)」。イタリアでは父の日に食すお菓子で、揚げたシュークリームみたいなものだ。書いただけで胸焼けがしてくる。

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マフィアの大好物、カンノーリ。

 ニューヨークのイーストビレッジには、1894年創業の老舗イタリアンペイストリーショップ「ヴェニーロズ(Veniero’s)」がまだ営業している。ショーケースの中に今日も並べられたカンノーリやチョコレート・カンノーリ、ニューヨークチーズケーキは100年もの間、甘党ギャングたちの熱い視線を浴びてきたに違いない。

 次回は、男のギャング社会で部下を束ねた女ギャングや禁酒法時代に活躍したクイーンなど、悪い女たちを紹介する。

▶︎▶︎#006「男社会のギャング界で猛威をふるった、“バッドアス”なクイーンたち」

Interview with Lorcan Otway

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重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway

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Photo by Shinjo Arai

1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。

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Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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