トマトソースといったら「マフィア」を連想する。ミートボールといっても「マフィア」が頭に浮かぶ。ソーセージもやっぱり「マフィア」だ。
それは、マフィア映画の金字塔『グッドフェローズ』のせいである。FBIのヘリコプターにマークされながらも、ミートボールをこねこねし、トマトソースをかき混ぜる珍行動を繰り広げた伝説のマフィア、レイ・リオッタ演じるヘンリー・ヒルの責任である。刑務所でも食材を買い込みステーキを焼くマフィア幹部たち、そして先輩格トミーのおっかさんにつかまってしまいスパゲティを無理やり食べさせられるグッドフェラたちの加担である。
映画の中でマフィアたちは、しょっちゅう料理をし、事あるごとに食卓を囲み、そして良く食べる。一方で現実世界のモブ(マフィアの別称)たちの食事情は如何なものか? 現実のトマトソースの味も探るべく、ニューヨークのリアルモブスターの台所へおジャマします。
幹部の愛息子が教える、“ギャングの料理”
父親は、ニューヨーク五大マフィア・ジェノヴェーゼ一ファミリーの幹部(カポ)、ジミー・ナップ・ナポリ。何千もの構成員を従え、1945年から90年まで東海岸で巨大なギャンブル帝国を操ってきたワイズガイだと聞く。そんな父を持ち、生まれながらにしてマフィアの世界に片足を突っ込んでいた男がトニー・ナップ・ナポリ(82)。彼こそが今回、マフィアのクッキング、食文化を教えてくれる講師だ。
トニー・ナップ・ナポリ(Tony “Nap” Napoli)。
トニー・ナップの好きな歌手はフランク・シナトラ(きっと、カラオケの十八番は『ニューヨーク・ニューヨーク 』か『夜のストレンジャー』)、好きな映画は『ゴッド・ファーザーI』『グッドフェローズ』と、コテコテのマフィオーゾ。若い頃はボクサーで(海軍として日本にも駐屯したこともある)、ラスベガスのカジノオペレーターとしてフランク・シナトラとも懇意になり、マーロン・ブランドと一緒に演劇の授業を受け、あのラッパーのトゥーパックと同じ牢獄の飯を食った仲でもある(そして、娘に性的暴行をふるった男子生徒のイチモツをちょん切ってしまったという逸話もある)。
マフィア幹部の息子として実に極道な人生を歩んできたトニー・ナップだが、食への想いは火傷するほどに熱い。マフィアたちが個々のレシピを共有するフェイスブックコミュニティ「ワイズガイ・フーズ(Wise Guy Foods、ワイズガイとは、マフィア構成員という意味のスラング)」を発起し、自身が実演するクッキングビデオを制作してしまうほどに食を愛している。
H:キッチンの戸棚を拝見。…。期待通り、パスタ、見つけました。イタリア系マフィアたるもの、やはり好物もパスタですか?
T:もちろんだ。リングイネ(パスタ)のクラムソース添えに、スパゲッティのプロズート・ポモドーロ(生ハム入りトマトソース)…。
H:では、おふくろの味もパスタ。
T:おふくろの味は、ラザニアだ。ナポリ家伝統のラザニアは、3層になっている。オリーブオイルとガーリックと一緒にフライパンで炒めた豚のひき肉に、ロマーノチーズ、モッツァレラチーズをふんだんに重ねる。
H:チーズにオリーブオイル、ガーリックはイタリア料理の基本ですね。それに、トマト。
T:トマトといえば、日曜の朝を思い出すな。ナポリ家では日曜の朝、おふくろが1週間分のトマトソースを作るのが習慣だった。ちなみにトマトソースは、正式にはトマトグレービーという。そして、おふくろからフォークを渡されて、ラビオリ(ひき肉やチーズなどを挟んだ四角形のパスタ)づくりを手伝うんだ。縁の部分を、フォークで印をつけるようにつなぎとめて。ナポリ家のラビオリはチーズのみ。ひき肉は、上にかけるトマトグレービーの中に入れる。こうして下準備をしてから、正午前には家族で教会に行ったもんだ。帰ってきてから、食卓に家族が集い、夕方7時ごろまでサンデーディナーとくる。
H:サンデーディナー、長丁場ですね…。“台所のボス”お母さんと一緒に、マフィアの幹部だったお父さんのジミー・ナポリも台所に立っていた?
T:ああ。日曜朝に台所に立つおふくろの横で、スモーキングジャケット(タキシードのような正装ジャケット)姿の親父も味つけを手伝っていた。
モブガイたちは料理が好きだ。彼らに必須なのが「木の調理スプーン」。アルミニウムやスチールのへらはソースから熱を奪ってしまうから。でも自然素材のウッドスプーンはソースを温かいままに保つんだ。
トニーの父、ジミー・ナポリ(右)。Photo via Tony Nap Napoli
ティーンの頃のトニー。Photo via Tony Nap Napoli
トニー、キッチンにて。Photo via Tony Nap Napoli
H:木の調理スプーンは、トニーのクッキングビデオにも登場します。ビデオ内で作っていたのは、イタリアの生ハム入りトマトソースパスタ、プロズート・ポモドーロ。レシピを教えてくれますか。
T:プロズート・ポモドーロは、ワイズガイに愛されている料理だ。私はカルロ・ガンビーノ(ガンビーノ一家を全米最強最大に育てあげたボス)の家に招かれ、この料理を彼とポール・カステラーノ(ガンビーノ一家のボス)のために作ったこともある。
まずは、フライパンにオリーブオイルをひいて、トマトを入れる。そこに刻んだタマネギを、そしてニンニク、生ハムを投下。ニンニクは水分のあるトマトの後に入れるのがコツだ。フライパンで直接炒めて黒こげになってしまうのを防ぐためにな。トマトソースー隠し味には、オレガノ。そしてパセリとバジル。ナイフを使わず、手でちぎってやる。そして水を加えながら焦げないようにソースをかき回して、最後にひとつまみの塩をふりかけて終了だ。あとは、茹で上がったスパゲッティに絡めるだけ。余ったソースは、パンにつけて食う。20分で完了のお手軽レシピだ。ソーシャルクラブではお馴染みの料理っていうわけさ。
H:ソーシャルクラブって何ですか?
T:マフィアのメンバーが集まる溜まり場のようなところさ。そこにはキッチンがあって食事担当のメンバーが、ミートボールやソーセージのヒーロー・サンドイッチ(イタリアンブレッドに具材を挟んだスタイル)、エッグプラント・パルメザン(ナス、トマトソース、モッツァレラチーズ、パルメザンチーズを重ねたイタリア料理)、そして私の得意料理、プロズート・ポモドーロなんかを作っている。自宅ではソース作りに3時間かけることもできるが、ソーシャルクラブではささっと作れるものがいい。なんせ、マフィアたちはカード遊びや葉巻を吸うのに忙しいから。
H:うおぉ、『グッドフェローズ』の裏庭ソーセージサンドイッチパーティーそのもの。ちなみに同映画には、マフィアたちが監獄にも食材を持ち込ませて贅沢にステーキを焼くシーンがありますが、ステーキもマフィアには欠かせないですか?
T:そうだ。
マフィアには行きつけの肉屋がある。私の場合は、近所のイタリア人店主ミッチの肉屋だ。彼は私のこと、そして私のようなワイズガイのことをよく知っている。「ステーキ肉を3、4枚欲しい」と電話をすると、注文してから冷蔵室に行き、肉をカットしてくれるんだ。調理する直前にカットされたばかりの肉は、しっとりとして柔らかく新鮮。パック詰めされスーパーに並んでいる肉とは比べ物にならない。
それをミディアムレアに焼くのがモブ流だ。200度の高温で片面4分ずつ。高温・短時間で、肉がパサパサになるのを防ぐ。味付けのソースはいらないさ。血の滴るような赤い肉汁で十分だ。
H:マフィアの息子が話すと、ステーキの肉でもなんとも生々しく聞こえます…。マフィアにはお抱え肉屋があるように、馴染みのレストランもあるとか。
T:ファミリーごとに、贔屓のレストランがある。オーナーとは顔なじみだ。だから、一般客が行列をなしているときでも、それをすっ飛ばして席に直行さ。ナイトクラブでも、列を飛ばして一列前の特等席につける。もっとも出張なぞで土地勘のない場所に来たときは、モーテルのキッチンで自分たちで料理するがな。
そしてマフィアは、こうべを垂れて自分でメニューを読むなんてことはしない。ウェイター・キャプテンがメニューを読みあげてくれるんだ。その日のスペシャルも教えてくれるし、それ以前に常連マフィアの“いつもの”を知っている。そんな彼らへのチップは、overwhelming(圧倒的)。大抵、部下がボスの支払いを済ませる。
H:列を尻目に厨房から忍び込み特等席まで愛人の手を引く、レイ・リオッタを思い出します。そして、レストランはマフィアにとって、ときに“戦場”にもなったりします。現に、ポール・カステラーノはお気に入りのステーキハウスに到着したなり射殺されてしまいました。たとえばですが、たまたま敵のファミリーが同じレストランに居合わせてしまった、なんてことってあるのですか?
T:そんな状況もあり得るな。もちろんオーナーは、そこにガンビーノ一家、あそこにジェノベーゼー一家、ここにコロンボ一家がいるとはわかっている。ただファミリー間で憎しみはあったとしても、オーナーに敬意を払うためレストランでは大人の対応をする。
トニーの父、ジミー(一番右)の食事会。Photo via Tony Nap Napoli
トニー、ラスベガス時代。Photo via Tony Nap Napoli
トニー、地元のレストランにて。Photo via Tony Nap Napoli
H:血の気が多いマフィアも、いざという時こそ海のように広い心を保つんですね。テーブルマナーはありますか?
T:テーブルでは、女性関係のトラブルなど女に関する相談はしないことだ。そんなことは自分で勝手に片付けてくれ。家庭問題は家から出さないこと。マフィアの食事の席でのぼるのは、金銭問題や誰が殺られたという話だけだ。
食事の席は、上層部が集まりファミリー内外での金、喧嘩、ビジネスに関するいざこざを解決する場にもなる。これをシットダウン(sit down)と呼ぶ。ボスが上座に座り、問題当事者の代弁者がボスの近くに座る。そして無事に問題解決されると、ワイングラスで、ア・サルーテ(イタリア語で乾杯)!
H:マフィアの男は、外ではビジネス、交友のため食事の席につき、家庭では父として食卓を囲む。
T:そうだ。外での食事会に家庭の話を持ち込まないように、家での食事にビジネスの話は絶対に禁物だ。ストリートビジネスについての話を、子どもや妻の耳には入れたくない。親父は昔、レストランでワイズガイたちとビジネス談義をしている日にも、夕飯どきの6時には家に電話を入れて、一家が食卓に無事ついているかを確認していたもんだ。
あとな、親父にビジネスのことについて聞くのはご法度だった。たとえ朝食の食卓に置いてある新聞の一面に親父のことを書いた記事が載っていたとしても、おふくろから釘をさされていた。「父さんには何にも言わないことよ」ってな。
最後に、トマトソースにまつわる濃厚・珍エピソードを一つ。トニーの祖母マリアが自宅キッチンでトマトソースをグツグツ煮ていると、慌てたフランキー・イェール(ニューヨークのギャングで、初期ゴッドファーザー)が息を切らして家に転がり込んできた。「サツが俺の銃を探している! 早く見つけて隠さねえと!」。咄嗟の思いつきでマリアは、銃を泡ぶく立てて沸騰するトマトソースの中に銃をぶち込んだ。案の定やってきた警察が家宅捜索をする。まさか、煮えたぎるトマトソースの中に銃が隠されているなんて微塵も思いつかない。「今日のところは見逃すが、イェール、今度はタダじゃ済まないからな」と捨て台詞を吐いた警察官は、キッチンにあったイタリアンブレッドを一欠片掴み取り、あろうことか「おっと美味そうだ。味見させてもらうぜ」と拳銃入りトマトソースをかすめとって、家を後にしたという。血眼に探していた銃の油で煮立ったトマトソースは、さぞかし美味かったに違いない。
Interview with Tony Nap Napoli
Interview photos by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine