近年のブルックリンの、床屋(バーバー)とコーヒーの相性についてはもう十分すぎるほど語られてきた。
バーバーの奥に小さなカフェが入っていて、髪を整え、髭を整え、気分も整って淹れたてのコーヒーを飲む。したがって休日のバーバーは、男前が集うメッカのような存在だった。
が、今年。「コーヒーとバーバーの組み合わせはもうやり切った」とはじまった、「バーバー×レコードショップ」が新しい。
髪を切る前、そして切った後に、レコードを物色する男前が続出中だ。
ビール片手にレコード物色。のち、散髪、髭剃り。
コーヒーに取ってかわったレコードショップはSideman Records(サイドマン・レコーズ)。
通称「ヒップスター男子のための床屋」、Persons of Interest(パーソンズ・オブ・インタレスト)内にオープンした。現在、10,000のアルバムをストックする。
パーソンズ・オブ・インタレストは数店舗あり、ウィリアムバーグ店のパーラーコーヒーとのように、大抵がコーヒーショップと提携してきた。
しかし、フォート・グリーン店、目の前の床屋がカフェ・グランピーと提携していたので、思った。「やっぱりコーヒーはもうやり尽くされたよな。何か違うことができないものか」
そこで、中古レコードビジネスをはじめようオープンを控えたサイドマン・レコーズの話を聞いて、レコードショップと床屋の組み合わせも悪くない、と思ったらしい。
実際に、目論見どおり、カットが終わった男子たちは間違いなく隣でレコードを物色していく。カット後だけでなく、カット前の待ち時間もビール片手にレコードを物色し、視聴して、いい気分になって髪を切ってもらっている男性の姿も。
ヒップスター男子=レコード好きは誰が見ても納得。最近流行りの複合ビジネスのいい例でもある。因みにサイドマンの意味は、メインを支えるジャズ・ミュージシャンから。うまいこと言うわけじゃないが、実際このレコードショップは隣の床屋とうまく作用しあって、ビジネスを盛り上げている。
この彼、ビール片手にそのまま散髪へ。
中古レコードビジネス
サイドマン・レコーズは、“中古レコード・オタク仲間”で経営している。中心人物のマイク・スニパーは、元は音楽ファンに不動の信頼を寄せられているアカデミー・レコーズの店員。個人コレクションが多すぎてもう家におけない、とまずは別のレコード店をオープン。それでもレコードへの熱は冷めやらず(「中毒みたいなものだよ」と本人)、サイドマン・レコーズをはじめたというわけだ。
一人じゃやれることが限られてるから、と古い友人同士で結束したそうだが、これまでにない中古レコードビジネスとしても注目を浴びている。
彼が考える新しい中古レコード・ビジネスとは、世界規模。普通の中古レコード屋は、自分のお店に来るお客さんだけで話が完結するのだが、サイドマン・レコーズでは路面店だけでなく、アメリカ、世界中のレコード屋や、レコードを必要とするお店に「輸出」。
このアイデアを思いついたのは、アメリカの中古レコードをお店にストックするのは難しいと、ニュージーランドのレコード・ストアに聞いた時だった。ニュージーランドでは、アメリカの中古レコードを買える所は殆どなく、直接アメリカのお店に問い合わせるか、ebayぐらいしかない。ならば、とマイクは、ディスコグスなどのディスク・オンライン・サイトはもちろん、海外のレコード屋の卸業者としても機能するようにした。たとえばストランド・ブックスのような、レコードが生活を彩るタイプのお店に(それも世界中)、中古アメリカ・レコードを輸出している。
中古レコードのビジネスは、何といっても集めるのが難しい。いいレコードを見つけるためには、とにかく根気よく走り回るのが必須。お店はレコード好きなスタッフに任せ、大型バンを走らせ田舎のガレージセール、誰かの地下コレクションへと、レコード・ハントに出かける毎日だ。
床屋とレコード、失恋との相性も、きっといい。
「たとえば、新しいレコードを買いにお店に入ったときは、お目当に一直線。でも中古レコードは違う。
レコードを一枚一枚漁って行くと、とんでもない一枚に出会えるかもしれない」。中古レコードショップでの買い物は、ワクワクする宝探しの心を持ち続けられる、数少ない消費者経験のひとつだ。
「中古レコード店に入ったら、壁にかかっているレコードは何だ? 新しく入ったコーナーはどこだ、カウンターの向こうで誰かがプレイしているのは何だ? スタッフがオススメしているのは、といままで聴いたことのないものがいくらでもある」。まさに、永遠に終わらない宝探しだ。
サイドマン・レコーズを知ったのは、 数ヶ月前に遡る。ブシュウィックのバーに行ったときに、DJブースの隣にレコードの箱がいくつか置いてあり、そこにたくさんの若者がフラッシュライトを片手に群がっていた。聞けば、「毎週水曜はサイドマン・レコーズ・ナイト!」と言って、レコードを販売しているのだった。ほとんどのレコードが1ドル。
レコード箱を漁るのは楽しいし、お酒も入り、勢いでまとめ買いする人もいる。その時は、お店はまだオープン前だった。「もうすぐレコード店をオープンするんだ。絶対気にいるから遊びに来てね」と言われたのだった。
2009年以来、レコードの売り上げが260%も伸びている2016年。最新のヒット曲も良いが、目に見えないストリーミングよりも、形のあるレコードを好む人が増えてきた。いつどこで作られたかわからないレコードを、あーでもない、こーでもないと言い合うのも、中古レコードならではの醍醐味だ。
良いものは適度に取り込みたい私たちにとって、好きなものが二つ同じ場所にあるのは嬉しい。新しいビジネスの形は、人にも街にも自然に馴染むだろう。
失恋をして髪を切って、新しい1日をはじめるためのレコードを買って帰る、なんてすごくオツじゃないか。2016年は、髪と髭を整えてレコード屋に行くのだ。
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Text by Yoko Sawai, edited by HEAPS
Photos by Tetora Poe