ファッション・サイコロジストというオリジナルの肩書きを作った女性がいる。その肩書きのもと、彼女がNYの名門校、ファッション工科大学(FIT)史上最年少で教員になったのは2012年、23歳のとき。出版書籍がないままの着任だった。それから5年が経ったいま、ファッションブランドからも注目され、世界各国のメディアでの掲載が絶えない。
彼女の研究分野はファッションを着る人の見た目(外側)ではなく「心理(内側)から考える」こと。ここに、アカデミアのフィールドだけでなく、企業やブランドからも注目が集まるようになったのは、いまの時代を反映してのことではないか。なぜ、ファッションと心理学は密接に関わるようになったのか?
なぜいま「ファッション心理学」が求められるのか
ファッション・サイコロジストは、ファッションを外側から視覚的にみるのではなく「着る人の心情や内面からファッションを考察します」。着る服の色やイメージ、スタイルが、どのように人の行動に影響するかを研究しています、と話すのはドーン・カレン、29歳。
カレン氏曰く、「ファッション」と「心理学」を組み合わせた分野は、19世紀のハーバード大学の教授によって開かれたそう。ただ、あまり注目を集めなかったこともあり「未だにアカデミックな分野で学問として認識されていない」心理学の新しいフィールドだという。
ドーン・カレン(Dawnn Karen)。取材は彼女の自宅にて。
現在、その新分野を牽引する彼女の仕事は、教員以外にも多岐に渡る。たとえばカウンセリング業務。「朝から気分が優れない。けれど、周囲にそのことを知られたくない。来客へ応対もあるので無理なく明るく振る舞いたい」といった心情の場合に「自分のクローゼットからどんな服を選び、どんな気持ちを引き出せばいいのか」という個人向けから、対ブランドまでのカウンセリングをおこなう。また「何を理由にその服を選び、その服を着たことで、その人の行動はどう変化するのか」を学術的に研究すること、及び、その発表と幅広い。
最近、中でももっとも需要を感じているのが「メディアに向けた発言」だという。よく記事やニュースの中で見聞きする「そのことについて、専門家の〇〇は、ーーと言っている」というやつだ。ファッション誌だけでなくビジネスやカルチャー関連のものまで、様々なメディアからの問い合わせが増えているのだという。
内容は、「なぜ、若者は90年代ファッションに熱狂しているのか」「なぜ、若者は新品ではなく、あえて着古したジャケットやデニムを身につけたがるのか」「なぜ、モデスト・ファッションが求められているのか」「なぜ、ミレニアルピンクだったのか」など。ファッションにまつわる「なぜ」と「着る人(消費者)のその心は」を彼女に問う者は多い。
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インターネット世代の若者の消費行動のカギ「消費者のその心は」は昔に比べて嗜好が多様化、細分化したぶん読みにくくなっている。そして、ボディ・ポジティビティや#Metoo運動にも押されながら、社会の求めるものが「見た目」から「内面」「本質」へとシフトしていること、また、いままで世の中から弾かれた側の人(マイノリティ)にも光が当たるようになったことなども関係しているようだ。
そんな複数の理由から、内面とファッションの専門家、ミレニアル世代の「ファッション・サイコロジスト」である彼女への問い合わせが増えているわけだが、そもそも「Fashion Psychologist(ファッション・サイコロジスト)」を名乗る人自体が希少。なので、ググったらまずドーン・カレンの名前が出てくるというも強い。「若い」「ファッション評論家/デザイナー」、もしくは、「若い」「心理学者」といった2つの“タグ”を持っている人はそれなりに見つかるかもしれないが、「若い」「ファッション」「心理学」という3つのタグに引っかかるのはレア。そのぶん希少価値が高くなるのはいうまでもない。
「べつに悪気はなかった」ならいいのか。グローバルブランドの無知は罪?
社会が「見た目」から「内面」「本質」へとシフトしている、と上述したが、今日の消費者のファッション業界に対する目は鋭い。よく話題にのぼる環境への配慮や透明性といったことだけでなく、企業は「文化的感受性(cultual sensitivities)」、文化的なバックグラウンドが異なる人への配慮も求められている。
この点で大失敗を犯したのが、H&Mの「ジャングルで一番クールなサル」と書かれたフード付きパーカーを黒人の男の子に着せた写真や、オルタナ右翼の象徴として使われていた「カエルのペペ(Pepe the Frog)」を思わせるキャラクターをプリントしたZARAのミニスカートなど。どちらも人種差別の非難を受け、騒ぎはソーシャルメディアを通して、瞬く間に世界中に広がった。
消費者の中には「二度と買わない」とボイコットを決めた人もいれば、また、それまで「人種差別的なブランド」という印象はなかったため「なぜ、この問題に社内の誰も気づかなかったのか」と企業のあり方(ダイバーシティはなかったのか?)を疑問視する声も多かった。
カレン氏も後者の意図的な炎上商法でも人種差別でもなく「あくまで文化の違いに対する無知さゆえに起きた問題だではないか」との見解を示す。似た者同士の間では気にならなかった発言や振る舞いも「これからは、文化的なバックグラウンドが異なる相手は、それに対しどのように感じるのかを学び、もしそれが不快なものであれば、なぜかを知り、配慮することが求められるようになる」と、彼女はいう。そのためにも、今後は「世界各地に顧客を持つグローバル企業こそ、決定権をもつ顧問チームに必ず一人、ファッション心理学者が必要になるのではないでしょうか」。
ビジネスのプロ集団の中に学者が混じったり。その逆もしかり、の時代へ
これからのグローバル社会では、情報社会ゆえこれまで狭いコミュニティの中で認められていた暗黙の了解や慣習などがオープンになり、形を変えざるを得なくなる。それは、表現に対する不寛容で窮屈な縛りのようにも語られがちだが、社会の成熟、また、文化の成熟の証ではないか。だとしたら、その成熟に合わせて他もアップデートしていかなければならない。
「これからは、企業と大学がもっと近づいていくのでは」と彼女はいう。これまでにも、世界のどの地域でどんな服が売れるか、という利益やコストの分析はなされてきたが、それはビジネスのプロのみの視点。これからは、学者が混じることで「この商品に対し、文化的なバックグラウンドが異なる消費者たちはどういった感情を抱くのか」といった消費者の心理分析にもフォーカスが当たっていく、というのが彼女の読みだ。
そもそもそれは、「手に取る人にとってどういう意味があるのか」という根源的なことへの追求に繋がるもの興味深い。実際、そうした心理学的、哲学的な発想を元にサービスや商品を開発し始めているブランドや企業は増えているという。以前、Heapsでとりあげた、ボディ・ポジティビティや自己受容の思想を反映したブランドなどもそれに当たる。
そもそも、彼女が「ファッション・サイコロジスト」になったきっかけは、当時の婚約者からの予期せぬ暴行により傷心した経験だという。「人生で最も深く傷ついた日の翌朝、私は持っている服の中で一番、豪華なものを選び、大きな羽のイヤリングをつけて講義に出席しました」。クラスメイトの前で、昨晩の悲劇などなかったかのように振る舞えたのは「ファッションのおかげ。しかし、なぜ私は人生最悪の日に、最高の服を選んだのか」。この疑問が、心理学の新しいフィールド「内面からファッションを考察し、着るものが人の行動にどう影響するか」を開拓するモチベーションになったという。
生徒たちにも、同じ問いを投げかける。「なぜ、その服を選んだのか。着てみてどう感じるのか」。いまの時代、ファッションに関する「情報」ならいくらでも自分で集められる。大切なのは、独自の「見方」と「考える力」を身につけること。問いの答えは、インターネット上にはあらず、自分の中にしかないのだ。
Interview with Dawnn Karen
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Photos by Hayato Takahashi
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine