「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)
「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。
ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?
重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、十六話目。
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前回は、禁酒法時代を舞台にギャングが経営するスピークイージー(もぐり酒場)について、警察とのあいだに存在した“賄賂”やフラッパーガール、ジャズエイジの栄光について話した。今回は引き続き、禁酒法時代の小話。この時代がカクテル全盛期になった理由や、酒の密造者たちとタッグを組んだ最強の仕事人たちのことなど、密売酒に関するアンダーグラウンドな話を展開しよう。
Collection of Museum of the American Gangster
#016「カクテル文化が栄えた禁酒法時代。政府と密造者のいたちごっこ、密売酒の裏で活躍した◯◯者」
禁酒法時代はカクテル文化の黎明期?
現代のバーカウンターにも登場する「スクリュードライバー」に「ロングアイランド・アイスティー」。オレンジジュースとウォッカ(スクリュードライバー)、ラム・ウォッカ・テキーラ・ジンにレモンジュースとコーラ(ロングアイランド・アイスティー、紅茶を一切使わない)などのカクテルだ。いまでも人気のこれらのカクテル、生まれたのは「禁酒法時代」だ。
スクリュードライバーとロングアイランド・アイスティーを例にとってみると、ある共通点が浮かび上がってくる。それは「パッと見ただけではアルコールに見えない」ことだ。どちらも見た目はオレンジジュース、アイスティーのソフトドリンク。これをストローで啜っていたら、誰も酒を飲んでいるとはわからない。
さらに、カクテルは禁酒法時代の酒飲みたちにもってこいだった。それはカクテルにして複数を混ぜ合わせることで「粗悪な密造酒や工業用アルコールの不味い味を誤魔化せる」からだ。スクリュードライバーやロングアイランド・アイスティーの他にも、ブラッディ・サム(ジン+トマトジュース)、ブロンクス(ジン+ベルモット+オレンジジュース)、アヴィエーション(ドライジン+レモンジュース+マラスキーノ)などのカクテルが禁酒法時代に生まれたといわれている。
化学者も一肌脱いだ密造酒の裏話
禁酒法時代に密造された酒の主な材料には、工業用アルコール(穀物アルコール)が使用されていた。「工業用アルコールはアブサン(ゴッホも飲んでいたといわれる幻覚作用のある“魔の酒”)のような味です。飲めることには飲めるのですが、味がいいとは言えませんでした」。禁酒法時代にも、工業用アルコールの製造は認められていた。酒の密造者たちにはこの工業用アルコールを使って粗悪な酒を安価に作っていたのだ。不純な酒は人々の体を蝕み、悪い酒が原因で死亡したり失明したりする者が相次ぐことになる。
さらに恐ろしいことが明らかになる。禁酒を徹底しようと政府が工業用アルコールに“毒を盛った”というのだ。毒を盛る、とは語弊がありそうなので、詳しく説明しよう。禁酒法時代以前から、政府は工業アルコールメーカーに化学物質を入れるよう要求していた(“飲めるアルコール”と区別し免税したいメーカー向けに)。禁酒法時代に入って密造者たちはその工業用アルコールから有害な化学物質だけを取り除き、純粋なアルコールにして使用していた。これを阻止するため、1926年、政府は取り除くのが難しい有毒物質を混入させるように指令したという。同年のクリスマスイブ、ニューヨークの病院には毒作用にうなされた患者60人が搬送され、死亡人も続出。禁酒法時代が終わる頃には、1万人の米国民が“毒殺”された。「禁酒法時代、酒を飲むには大きな命のリスクを負わなければいけませんでした。悪い酒が出まわったのは密造者たちのせいだと言われていますが、政府の計画のせいでもあるのです」
多くの被害者を出した禁酒法時代の酒だが、裏では意外な者たちの働きがあった。「化学者」たちだ。「密売人たちは化学者を雇い、密造酒から有毒な化学物質だけを取り除き、飲める酒にするように依頼しました。化学者はもぐり酒場にあるボトルの中身を綿密に調べていたのです」
Collection of Museum of the American Gangster
スピークイージーのボトル酒を入念に検査する化学者。
Collection of Museum of the American Gangster
次回は、「ギャングとスポーツ」。1919年のワールドシリーズを陰で操っていたといわれるあの大物ギャング、ジャック・マガーンやヴィト・ジェノベーゼらギャングが好きなあのスポーツなどを紹介しよう。
▶︎▶︎#017「八百長の黒幕に、ゴルフ場でFBIに腕前を披露したギャング。スポーツとの黒い交わり」
★Moon Shine(ムーンシャイン)
1. 密造酒
2. ソフトドリンク
3. 水
答えは、1「密造酒」
♦︎Zozzled(ザザルド)
1. タバコを吸う
2. 酔っ払っている
3. ジャズを聞きに行く
答えは、2「酔っ払っている」
♥︎Jelly Beans(ジェリー・ビーンズ)
1. フラッパーのボーイフレンド
2. フラッパーのパトロン
3. ギャングの愛人
答えは、1「フラッパーのボーイフレンド」
♣︎Foot juice(フット・ジュース)
1. 安いビール
2. 安いワイン
3. 安いウィスキー
答えは、2「安いワイン」
♠︎jag juice(ジャグ・ジュース)
1. アップルジュース
2. 蜂蜜酒
3. ハードリカー
答えは、3「ハードリカー」
重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway
Photo by Shinjo Arai
1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。
Museum Photos by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine