万歳「英国・パブライフ」。掃除は行き届いておらず午前11時に開店する大衆酒場パブリックハウスの日常

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たとえば、こてこてブリティッシュバンド・ブラーの曲に登場する人たちのようだ。暇を持てあまし、公園でぷらぷらしている『パークライフ』の冴えない人々。それか、パルプ(彼らもギラギラの英国バンド)が歌う『コモンピープル(庶民)』でもいい。キンクス(元祖・英国庶民バンド)の『サニーアフタヌーン』でビールをちびちびやってぼんやりしている“俺”もそう。

年金暮らしの老人たちが朝っぱらからギネスを喉に流し、何時間も何時間も同じ古びた椅子を温める。ワーキングクラスが公営団地に帰える前に一杯(…ではなく何杯も)引っかけていく。いまも昔も変わらず、徒然なる者たちが自然と集まっていく場所が「英国のパブ」だ。

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Barではなく、どうしても「Pub」

 英国の道端に小石のようにごろごろ存在する「パブ」は、たんなるバーとは違う。居酒屋でもない。酒は取り揃えてある。渋い顔をした店員がいる。客に絡んでは嫌な顔をされる飲んだくれがいる。スポーツの試合を流す大きなテレビだってあるかもしれない。でもそこはBarではない。どうしても、Pubなのである。

「パブに通うことは、然るべき英国文化。まあ、酒暴飲文化のイギリスならではの場所だよね。友人と電話で会う約束をしなくたって、パブに行けば会える。申し合わせたように毎日同じ顔が並ぶ。みんなで集まろうとなったら、とりあえずパブという感じ」。ワーキングクラスが集まるパブを中心に、パブに酩酊するロンドン庶民を撮ったイタリア人写真家のマルコ・ソノチーアは話す。

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「ロンドンにはチェーン展開されているパブもあるけど、俺はそんなパブには惹かれなかった。個人経営のローカルパブに行けばもれなくいる、個性的で一風変わった生身の人間を撮りたかったんだ」

 パブとは、古くから英国人の生活に自然と組み込まれている大衆文化だ。「パブリックハウス(大衆、公共の家)」の略で、18、19世紀から続く大衆酒場のこと。交通機関がまだ整備されていなかった時代には、旅人の宿、酒場、食堂として機能。そこに、音楽演奏やダンス、賭け事などを行う社交場としての役割も加わり、家にテレビがなかったり観戦チケットが買えなかったワーキングクラスのサッカー狂が集まったり、労働者階級の安酒場となった。大酒飲みの国&飲酒年齢16歳*の国イギリスにとって、お酒からはじまる社交場パブは、公園やデリ、ニューススタンド以上になくてはならないコミュニティスペースだ。

*購入できる年齢、飲酒できる年齢は18歳。 バーとかパブでのサイダーとビール、かつ食事もするのであれば16歳から。

カフェでコーヒーでなく「パブでギネス」

「午前11時。そこに座っていたじいさんとばあさんは終始一言も喋らない。一時間が経過した。俺はばあさんに話しかける。ばあさんは言った『じいさんとは50年連れ添っているんだ』」

 ロンドンのパブにいる8割は、退職後年金暮らしする老人たち。午前11時にすでに開店しているパブには、コーヒーカップではなくギネスやサイダーのグラスをもつコモンピープルたちがいたという。「カフェもあるけど、カフェは気取った(posh)人たちが集まるんだ」。老人たちが楽器を持ち寄ってフォーク/トラッドミュージックを奏でるときもあれば、ただ飲んで飲んで「お天気なんかについてなど、よもやま話(英国人の十八番)をだらだら続けている」だけのときもある。何時間も居座る老人たちに、しばらくすると仕事帰りの人たちが加わり、夜の11時30分ごろには閉店。「若い子たちは、パブよりもっと夜遅くまでやっているバーに行くね」。パブは老人のように早く起きて、早く床につくのである。

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「本物のパブには、入った瞬間に鼻腔を刺激する“匂い”がある。ベタベタの床もそう。しっかり清掃されているチェーンのパブに比べて、年老いたおじいさんが経営しているような小さなパブは、掃除が行き届いてないことも多いんだ」。

 東の労働者階級地区ウェストハムや中流階級も多いチェルシーには、地区ごとにわかれる地元チームのフットボールファン、フーリガンのようなアーセナルサポーター、ホモセクシャルのスキンヘッズ、ガラの悪さで知られるブリクストン(ザ・クラッシュ『ブリクストンの銃』の世界だ…)の自称ミュージシャン。ジャマイカ系移民が多い地区のパブにはオールジャマイカン、ワーキングクラスのパブにはワーキングクラス。特に交わることもないパブピープルの姿を写真家は捉えた。「パブに写真を撮りに行くなら自分も酔っ払わなきゃダメだ。英国人はあまりオープンとはいえないから、一緒に飲むことで心を開いてくれるんだよ。そうやって客と仲良くなってから撮らせてもらったんだ」

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イングリッシュブラッドに自動的に流れ込んだ文化遺産

 近年、ロンドンのパブが姿を消しているというニュースを聞いた。市政のデータによると、2001年には市内に4,835軒あったのに対し、2016年には3,615軒にまで低減。市内32区のうち31区で減少傾向にあるという。原因は、ジェントリフィケーションによる家賃高騰、飲酒習慣のないアラブ系住民の増加、酒税のつり上げ、禁煙法だと言われている。

 しかし写真家は、「パブカルチャーは消えることはなんてないよ。だってパブは、英国庶民が継承してきた“文化遺産”のようなものだから。米国庶民にとってのファストフードみたいにさ」。数百年前から、ワーキングクラスの溜まり場でありスポーツファンの観戦場、ミュージシャンの小さなステージ、そして特に行くあてもない人たちの時間つぶしでもあったパブは、現在もどこも変わっていない。「孤独な人がパブに行けば別の孤独な人を見つけて、あまり孤独に感じなくなる。パブの風景はいつも同じ。毎日同じ。ある意味、どこかロマンチックだね」

 ブルー・マンデーにも、ジャスト・ウェンズデーにも、フライデー・アイム・イン・ラブにも、考える暇なく自動的にパブに向かう庶民の足。別段の理由なしに、エールのパイントを次々と空けていくコモンピープルたちは、時計の針が本日2回目の11時半を指すのを目撃する。

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Interview with Marco Sconocchia

Marco Sconocchia(マルコ・ソチアーノ)が撮った現在のロンドンカルチャー、こちらの記事も元祖・不良文化のワルい男たち。パンクスの原点「テッズ」最初で最後の“プライドまみれのサブカルチャー”

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All photos by Marco Sconocchia
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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