汽笛、泥の中のメモ、SNS。ギャングの手広いコミュニケーション手段。時にマフィアは“羊飼いの業務連絡”で偽装する—Gの黒雑学

【連載】米国Gの黒雑学。縦横無尽の斬り口で、亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がし痛いところをつんつん突いていく、三十三話目。
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「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)

「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。

ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?

重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、三十三話目。

***

前回は「ギャングとアイデンティティ」をテーマに、Gたちの人種、民族、文化グループ内での特性や、自分たちのアイデンティティにもつ自負(本国イタリアのギャングと、先祖がイタリアから米国へ移民してきたアメリカのイタリア系ギャングを一緒にしてはいけない等)、またグループ間での関与についてを館長さんから聴取した。

今回は「ギャングとコミュニケーション」について。禁酒法時代、密輸に使っていた“通信手段”や、電話の活用、テクノロジー網が張った現代ギャングのコミュニケーションツールなどの余話を耳打ちしんぜよう。

▶︎1話目から読む

#033「農場の泥の中に暗号メモ。ときに原始的、ときに現代的なGのコミュニケーション」

「ある一本の電話がかかってきました。2007年ごろでしょうか。彼は刑務所から出てきたばかりで」。本連載の重要参考人で、アメリカン・ギャングスターミュージアムの“館長さん”は、朝10時のダイナーにしてはいささか大きめの声で話しだした。

「彼はその昔、電話会社に勤めていました。“5大ファミリー”が使用する〈スクランブル装置〉を発明したこともあります。“犯罪組織”のために〈電波妨害装置〉を製造していたことで逮捕され、長い刑期に服していました」。5大ファミリーとは、ニューヨークを牛耳るコーサ・ノストラによって構成される犯罪組織のことだ。スクランブル装置とは盗聴防止用の周波数帯変換器、電波妨害装置とは電波を遮断してしまう機器。

「出所後1年くらい経ったときに、私に電話をかけてきたんです。彼と話していると、突然電話が切れました。その後、一切連絡が取れなくなりました。3年経ったある夜、彼の娘だという女性に出会いました。彼は、心臓発作で亡くなったとのことでした」

 ギャングたちの犯罪を隠蔽するための装置を作っていた、いまは亡き男の話ではじまった今回のテーマは「ギャングとコミュニケーション」。モールス信号に電報、手紙、電話、インターネット。時代とともに変わるテクノロジーの手段でもってギャングたちは、どうコミュニケーションを取っていたのか。

海岸線の汽笛、ブートレガーへの危ない知らせ

 禁酒法時代に遡ってみよう。この頃の犯罪組織やギャングといったら、密造酒を密輸する酒密造人・密売人のブートレガーだ。彼らが頼りにしていた通信の手段は、電報でもなく手紙でもなく「汽車の汽笛」だった。大西洋に横たわるニューヨークの島、ロングアイランド沖には、船舶によって運ばれた外国からの密輸酒や密造酒が大量に運ばれきた。大量の酒はブートレガーたちの手でトラックに詰めこまれ、護衛用の車両つきでニューヨーク市内へと輸送される。
 彼らブートレガーたちを先回りして捕えるため、連邦捜査官は、ロングアイランド鉄道という長距離列車にて追跡するのが常だった。連邦捜査官は服につけているバッジがチケット代わり。鉄道員たちは、一目で連邦捜査官を見とめることができた。すると鉄道員たちは運転手に、列車に連邦捜査官が乗車していることを告げる。海岸線を過ぎ去る際、運転手は沖にいるブートレガーたちに向かって「特別な汽笛合図」を鳴らす。それはブートレガーたちへの「追っ手がこの列車に乗っている」というメッセージ。これを聞いたブートレガーたちは、輸送用に積み込んでいた酒を隠したり、輸送を見送ったりする。列車とブートレガーたちの協働だ。

「ブートレガーに汽笛を鳴らすのも、コミュニケーションの一種ですね。同じような話では、一番高い丘のてっぺんから、沿岸警備隊の船舶の動きを監視し、密輸酒を積んでいるボートへと近づけばボートへ危険を知らせる無線信号を飛ばす、というようなこともあったといいます」。まるで“のろし”のような原始的な方法だが、ブートレガーたちにはなくてならないコミュニケーションだっただろう。


Collection of Museum of the American Gangster

 電報という、いま考えたらかなり古めかしい通信手段が使われたのもこの頃。ギャングらしい逸話がある。ニューヨークのハーレム地区を取り仕切ったカリビアン系ギャングのステファニー・セント・クレア。宿敵だったユダヤ系ギャング、ダッチ・シュルツがイタリア系ギャング、ラッキー・ルチアーノに撃たれ死亡した際に、丁寧にも死の床に電報を送ったという。限られた文字数のなかで彼女が選んだ言葉が「As ye sow, so shall ye reap」。聖書の一節「as you sow, so shall you reap」だ。これは「現在のおこないで未来が決まる」というような意味。「死んだのは自業自得でしょ」とでも言いたげな、死人にも容赦ない挑戦的な電報だった。

「リコッタチーズを用意している」シチリアンマフィアの“シープコード”

 20世紀を代表する近代コミュニケーションツールといったら、電話だ。いまでは録音もできるため、ギャングたちにとって安全とはいえない通信方法だが、「禁酒法時代の前は、意外にもギャングたちはオープンに使っていました。閉ざされたシステムだと思っていたのでしょう。犯罪についておおっ広げに話していました」。しかし禁酒法時代の後、1930年代中期に差し掛かると変化が訪れる。
 ジョン・デリンジャーや“マシンガン・ケリー”など当時のギャングたちの主な犯罪が銀行強盗と誘拐だった頃。当時のFBIの初代長官J・エドガー・フーヴァーが、電話盗聴装置を導入したのだ。電話の中身は盗聴され、それが記録されるようになった。ちなみにフーヴァーは、犯罪組織だけでなく、ケネディ大統領を含めた政治家や議員、キング牧師などの著名人、裁判官の電話を盗聴することで彼らの弱みを握り、黒幕として政府をコントロールし、“誰もが恐れた男”として知られている。その一方で、マフィアと手を握っていた、との噂もあるのがなんとも黒い。

 通信の盗聴や妨害が一般的になったいま、ギャングたちはどのようなコミュニケーションにおける工夫をしているのか。それは「暗号」。5年前には、こんな見出しがニュースサイトを飾った「イタリア警察:シチリアンマフィアのドン、構成員とのやりとりに“シープコード”を使用する」。シープコードとは、シチリアンマフィアが考案し使用していた暗号システムだ。なぜシープ(羊)かというと、暗号のすべてがまるで「羊飼いの業務連絡」なのだ。

 たとえば、「藁の準備は万全だ」「そろそろ羊たちの毛刈りが必要だな」「リコッタチーズを用意している。家に寄らないか?」など。どれも、羊を飼っている農夫たちの何気ない会話で話されそうなフレーズだ。これらの本当の意味は明らかにはされていないが、構成員への指示や状況を告げる際に使用されていたのだろう。結局、このマフィアのドンは、構成員11人とともに逮捕された。またシープコードの他にも、「pizzini(ピッツィーニ)」と呼ばれる小さな紙切れに暗号でメッセージを書き込み、農場や畑の泥のなか、岩の下に隠していたという。

 つい最近でもこんな古典的なコミュニケーション方法を使用しているのかと驚いたが、同じイタリアでも“現代的”な方法を使用しているのが、南イタリアを拠点とする銃がらみの犯罪を仕切る若いマフィアのボスたちだ。彼らはメンバーを集めるために、ソーシャルメディアを通してリクルートをしているらしい。そうして集まったメンバーは14歳から18歳の少年たちだという。近年のイタリアのギャングたちのソーシャルメディアとのつきあいは深い。伝統的なイタリアマフィアの誓い(オメルタ)を軽視し、高価なシャンパンや服と一緒に映った写真をソーシャルメディアにポストすることで自分たちのギャングとしての尊厳を示している、とある新聞は報道した。

 次回は、「アメリカの“マザーロード”・ルート66とギャング」。米国を横断するロマンの道、ルート66を犯罪のルートに使ったアル・カポネや、逃走に使った世紀の犯罪カップルなど、組織犯罪と道の関係性を辿ってみる。

***

重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway

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Photo by Shinjo Arai

1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。

Eye Catch Image by Midori Hongo
Museum Collection Photos by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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