知らない国の誰かから、今日電話がくるかもしれない。ずっと家で過ごす世界中の人々を1対1で繋ぐ〈一期一会の電話アプリ〉

失われた「赤の他人との会話」を生む。Zoom最盛期に、1対1の知らない人との電話で「散歩しながら、ニンニク刻みながら」長話し。
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コロナで自宅隔離を余儀なくされるいま。友人や知り合いとのビデオ通話が増え、“ZOOM(ズーム)”という言葉を見かける機会が急増したが、ある古いコミュニケーションの取り組みもおもしろい。
顔も見たことのない赤の他人と、顔も見ずに1対1で「電話」できるサービスを提供する通話アプリがある。コロナ禍において、ずっと家で過ごす世界中の数千人を、国をまたいで音声のみだけで繋ぎ、ただ話すのだ。

ビデオ通話やチャットではなく、あえて古風に1対1の電話

 2020年上半期、世界でこれまでにない頻度で使用されたコミュニケーションツールといったら、画面を通して複数人で会話できる「ビデオチャット」だろう。特にビデオ会議ツールとして、これまでビジネスの場で活用されていたZoom(ズーム)は、“Zoom飲み”など娯楽ツールへも姿を変え、人々の自宅隔離での孤独や寂しさを解消してきた。ある意味では、コミュニケーションは以前より活発になったといえる。
 しばしば、そこには想像以上に会話の難しさがあると聞く。音声のぶつかり合いを避けるため、話し手は1人で、他はみんな黙って聞く(たとえ、おもしろくない話でも)とか、音声が聞こえない、途切れるといった技術的な問題が発生して話の密度や深度は低くなってしまう、とか。Zoom疲れを防ぐ方法なんてのもよく見かけるようになった。

 そこへきて、古風なコミュニケーション「電話」で人と人の会話を繋ぐ通話アプリは「QuarantineChat(クオレンティンチャット)」は非常にシンプルだ。突発的に思う「誰かと話がしたい」を、予定合わせもせずにシンプルに速やかに実現する。そして、このコロナ禍で失われたもう一つのコミュニケーション、「赤の他人との、自然発生的に起こる会話」を生みだしている。

1、スマホに同アプリをダウンロードし、自分の電話番号を登録。
2、アプリが、ランダムに他のユーザーと電話を繋げてくれる。
3、「QuarantineChat」という表示とともに着信があったら電話を取る。

【言語はどうなるの?】サインアップ時に、通話の際の使用言語を、25ヶ国語のなかから選択(英語、スペイン語、中国語、ロシア語、ドイツ語、そして日本語など)。日本語を選んだら、同じく日本語を選んだユーザーとマッチしれくれるため、言語の違いが原因で会話ができない、なんてことはないので安心だ。

「コロナの状況下で不安を感じる人、自宅隔離で孤独を感じる人、誰かと話したい人」の話し相手をマッチングするのを目的に、米アーティストのマックス・ホーキンスとダニエル・バスキンがはじめた。グループ通話ではなく、1対1の通話。しかも、相手は知らない人だ。

 住んでいる国や地域も違う。カリフォルニアやニューヨークといった米国全土の州から、英国、インド、カナダ、イタリア、日本、タイ、オランダ、イランまで。そんなランダムさだから、こんなことが起こる。ロサンゼルスとイランの人が、自宅の窓から見える風景について話し合ったり、ニューヨークとタイのバンコクの人が、その日したことについて話したり。完全匿名で自分の電話番号が相手に知られることはない(アプリに登録したユーザー名のみ開示)。

 1876年にアレクサンダー・グラハム・ベルが発明してから、どんなに遠くの人でも、受話器からその人の声が聞こえてくる“魔法の機械”として人々の生活や感情を繋いできた電話。

 コロナを機に急増した知り合いとの複数人でのビデオチャットではなく、知らない人との1対1の顔が見えない電話というコミュニケーションの風情を、考案者の一人ダニエルに、電話…ではなくメールで聞いてみた。

HEAPS(以下、H):「知らない人同士を電話で繋げる」というアイデア。あなた自身が数年前、伝染性単核球症(ウイルスの一種)に感染し病床に伏せていた際に思いついたそうですね。

Danielle(以下、D):そのときに「同じ症状を経験したことがある人と電話で話してみたいな」と思ったんです。病気について、オンライン上のフォーラムを読んだだけでは物足りなかったので。その前から、マックス(同アプリの共同開発者)と私は「電話をツールにして人と人を繋ぐこと」に興味がありました。なので、ランダムに知らない人たちを繋げる「Dialup(ダイアルアップ)」というアプリを作ったんです。

H:そして、それを母体にした「クオレンティンチャット(QuarantineChat)」をこのコロナ禍に。

D:ロックダウンの渦中にいる人たちがお互いを励ますための専用アプリを作ろうと思ってクオレンティンチャットを作りました。ランダムに世界中の人々を繋げるという機能はダイアルアップそのままに。サプライズコールって、たのしいじゃないですか。

H:(電話苦手な人にとっては恐怖ですがね…)どんな国や地域の人が使っているんでしょう。性別や年齢など、ユーザーについて教えてください。

D:米国、イタリア、インドがユーザー数トップ3ですが、これまで183ヶ国からのダウンロードがありました。ベルリンやニューヨーク、東京のような大都市在住の人もいるし、1,000人以下の小さな町に住んでいる人もいる。ユーザー数は5,000人(5月13日時点)。層も幅広い。私自身、年齢もバラバラな人たちとマッチアップしました。20歳の学生から80歳のおばあさんまで。弁護士、馬の牧場主、占い師、シェフ、看護師など、職業だってバラバラです。

H:登録すると、夜中でも早朝でも時間かまわず電話がかかってくるんでしょうか。

D:毎日ランダムにかかってくるか、毎週スケジューリングした時間帯にかかってくるか、選択することができます。毎週2,500時間ぶんの会話が、どこかで起こっているというデータがあります。また好みの会話のテーマを設定しコールをスケジュールすることもできる。「満月」では、満月の日に電話がかかってきて通話相手と一緒に満月を見ることができたり、「思い出」では、自分の人生を振り返ることができる。「本」では、いま読んでいる本について話し合います。


コールのスケジューリング設定などができる。

H:ユーザー体験談には「コネチカット州(米国)の人がロンドンの人とレシピを教えあった」とか、「パキスタンの人が、買い物中のオマーンの人と話した」とか、非常にランダムです。これまでの“意外なマッチング”だからこそ聞けた話について、教えてください。

D:私自身は、ドバイ在住のメイクアップブロガーとマッチしたことがあります。彼女に、大学卒業に向けてのアドバイスをしてあげました。あと、ネバダ州(米国)の奥深い森のなかに住んでいる小学校教師と水晶について話したり、オランダのアートキュレーターと彼女が住む街について教えてもらったり。オーストラリアにいる映像作家は彼の旅ストーリーについて話してくれました。このアプリがなかったら話す機会もないような、さまざまな都市の人同士がマッチします。ガーナとアムステルダムの人。アゼルバイジャンとカリフォルニアの人。パキスタンとインドの人。

H:知らない人と引き合わせられて、さあ話しましょうといっても話題作りに困りませんか。

D:「朝食になに食べたのか」なんてありきたりな話ではじまるかもしれませんが、これはたんなる打ち解けるための話題。すぐに、違う話題へと移っていきます。日常生活についてやその日したこと、歴史、政治、レシピ、など頭のなかにあることを話せばいいんです。いろんな方向に会話は転がります。生活してきた環境がまったく違う誰かと話すときには、まず、なにか共通の話題があるかどうか探り探りで話したり。

H:意外な共通点が見つかったり。

D:それに、自分をまったく知らない人に恋愛相談をすることもできる。ランダムなアドバイスを得るのにはぴったりな場ですね。軽い話題もあれば、離婚や死など重い話題もある。それらがごちゃ混ぜなこともある。マッチした二人に、すごい偶然が起こることもあるらしいです。米国在住のコロンビア人女性がブラジル在住の女性と話したら、そのブラジル人女性がコロンビアに住んでいた頃に働いていた図書館の同僚が、コロンビア人女性の叔父さんだった、なんてこともあったと聞きます。

H:その日なにをした、や、恋愛についての話というのは、友だち、ときには家族ともできること。わざわざ知らない人と話すおもしろさは、どこに?

D:友だちや家族は、あなたのことをよく知りすぎていることが多い。そうするとフレッシュな会話にならないんですよね。話したこともない人にまっさらな話をすることは、聞いている側にとってもワクワクすること。たまに2時間〜3時間ずっと話しているユーザーもいるようで。赤の他人なら評価の目を気にせず、なんでもオープンに話せるのがいいんですよね。

H:数分前までは知らなかった人と、自分しか知らない日常のことや心のうちについて話す。このことが、コロナ禍で孤独や不安を感じる人々の心理的にもたらす影響はありますか。

D:ユーザーからは「メンタルヘルスにいい」「幸せな気持ちになれる」という意見をもらいます。初めて知り合った人に話すことによって、頭が活性化されます。このパンデミック下で失われたものといったら、赤の他人と自然発生的に起こる会話ではないでしょうか。自宅から、ソーシャルメディアを通してしかコミュニケーションができないなんて状況にいたら、新しい人に知り合う機会はそうそうないでしょうし。

H:通りやお店、エレベーター、イベントなど、たまたまそこに居合わせた人とその場限りでの会話をちょっとする、なんてこと、最近ご無沙汰ですね…。また、知らない人とのランダムな会話をメッセージチャットやビデオチャットではなく、音声のみの「電話」で実現したのが同アプリの独特なポイントだと思います。携帯のショートメッセージやソーシャルメディアでのコミュニケーションが一般的になったいま、電話というツールを使用する機会が減った人も多いなか、このアプリを機に「電話ってこんないいツールだったんだ」と見直されることがあったり。

D:ソーシャルメディアでのコミュニケーションは、人気投票みたいなところがありますよね。虚栄心と競争心が見え隠れする。確かに複数の人と会話はしていると思いますが、本当のコミュニケーションをしているようには感じない。誰かの投稿にいいねを押すのは、本当の会話をすることとは完全に違いますよね。その点、電話はすごくいいツール。すぐに奥深い会話をすることもできる。ビデオチャットのように気がまぎれることもない。

H:ビデオチャットは、パソコンの画面に張りついていないといけないですもんね。

D:パソコンのスクリーンから離れて、誰かと話をすることができるのが電話です。犬の散歩をしていても、ニンニクを刻んでいても、受話器の向こう側にいる人とすばらしい会話をすることができる。電話があまり人気がないのは、いま電話をかけていいタイミングなのかという心配がつきまとうからだと思います。

H:相手の表情がわからないのが不安、という人もいるかと。同アプリだと、一回も顔を見たことのない人と一回も顔を合わせないまま会話するということになる。これは、二人の会話や心理にどのような影響をもたらしますか。

D:声というのは、その人がどんな人なのかを想像する空白をあたえてくれると思います。ビデオ通話だと、受け取る情報が多すぎて、逆に会話が難しくなることもあったり。結果、スクリーン越しに映る相手の壁を見つめることになったり、アイコンタクトを保とうとして注意散漫になる。画面を見つめ続けるため、画面以外のことが視界に入らなくなったり。電話だと、部屋を動き回りながら、窓の外を見ながら話すことができる。一回、私自身、1ドルショップの警備員とマッチしたことがあるんですが、そのとき、レジのピッという音が聞こえてきて、まるでそこにいる気分になったんです。

H:電話でよくありますよね。通話相手の周りにある生活音や環境音で、どんなところにいるのか、どんな状況にいるのか自然に想像してしまう。

D:これ、本を読むのと似ているんです。私にとって、誰かが話すのを聞いてその情景を想像することは、本を読みながらその世界を想像するのと一緒といいますか。ビデオ通話で心配になってしまう気まずさや自分の見てくれなど、電話だと気にしなくてもいいですから、赤の他人でも逆に近い存在に感じてしまうこともあると思います。

H:自宅待機が本格化してお店が閉まるようになってから、ビデオ通話でパーティーや飲み会をビデオ越しにするようになりました。しかしビデオだと、同時にみんな喋れることができないし、話をスタートするタイミングが難しいこともあって。

D:グループでのビデオ通話はとても不自然に感じます。複数人との対面での会話なら起こる「ちょっと隣の人とおしゃべり」もできない。最近、ズームでの美術館ツアーに参加したんです。ビデオやスクリーン共有を使って、学芸員がバーチャルの美術館コレクションを紹介するもので。もしこれが実際のツアーだったら、隣にいる人に「この絵、おもしろいですね」と指さすこともできるのに。この交流を通して友だちになれるかもしれない。友情は、1対1の会話で生まれることが多いと思います。大人数のパーティーでも、小さなグループ、その多くは1対1にわかれて会話が発生していますよね。1対1の通話の利点は、必ずあなたの話を聞いてくれる相手がいること。

H:ポストコロナでは、電話の良さを再確認した人々がもっと電話を使うようになると思いますか。

D:最近、電話はリバイバルしています。リアルタイムで誰かの声を聞く、ということがこんなにもすばらしいことだったのかと。文字のメッセージやソーシャルメディアのコミュニケーションでは、会話の深度には欠ける。一方、電話には会話が発展する要素がたくさんありますからね。

しかし、電話には確かに難しさもある。コンタクト一覧に「電話したいな」という人がいても、いまかけたら迷惑じゃないかな、と心配になってしまうし、だからといって電話するタイミングをスケジュールするのが難しい人もいる。なので私たちは、来年にはこのような弊害なしに友だちと話せる通話システムを開発しようとも思っています。

Interview with Danielle Baskin

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Eyecatch Image by Midori Hongo
All images via QuarantineChat
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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