おいしそうかは気にしない!ケーキ爆弾「ヒーロー」号、月の料理「宇宙」号。壮大に大切な話をする異食マガジン『saji』

「おいしそうに見えるかどうかは全然気にしてませんね、明らかに」。宇宙もヒーローも森林破壊も登場する異色(食)のフードマガジンを味見。
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いまでこそ、インディペンデントマガジンやジンを制作していることは、声を大にして言える。が、そんなことを公言したら、命の危険を伴う時代があった。「サミズダート」。1980年代のロシアの話。

ロシア語で「サミズダート(Samizdat、самиздат)」は、「自己出版」。しかし、たんなるセルフパブリッシングではない。冷戦時代、ソ連やソ連支配下の東欧諸国でおこわれた「地下出版」のことで、検閲で発禁となった書籍を手で複製し、人づたいにアンダーグラウンドで流通させていた。

発禁書物を持っている、そして複製しようものなら、その先に待のつは逮捕・厳重な処罰。それでも、サミズダートは抵抗運動、草の根運動として市民たちによって遂行されていたのだ。ロシア出身の英国人作家/人権活動家のウラジミール・ブコフスキーは、サミズダートをこう表現した。

“「サミズダート」。それは、私自身が制作し、
編集し、検閲し、出版し、流通させ、
投獄される理由となるものだ。”

さて、時は2019年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

世界のレストラン情報誌に街のグルメガイド、有名人が作るレシピ本。近年食にまつわる一冊ってのは、大概どの書店にも積まれているもんだ。それは、個人がセコセコ綴じるジン界でも同様で、それぞれ視点がユニークでおもしろい。「日本食=スシ」をおいしく否定する『ワン・ジャパニーズ・キッチン』や、映画のワンシーンに出てくる食べ物をクイズ形式で描いた『ムービー・ミール』、旅行で食べたローカルフードを評価してまとめた『シングス・アイ・エイト』などを、これまでヒープスでも紹介してきた。今回、世に溢れるフードマガジンのなかでも、ひときわ異彩を放つ一冊を見つけてしまった。

今月の推しは、パリ発日本人カメラマンが編集長、創刊15年目を迎える老舗フードマガジン『saji(サジ)』。コンセプトは「いま食べているものが、10年後のあなたのカラダをつくる」。あ、こりゃライフスタイル誌寄りのヤツかな…?と箸が引っ込みそうになったが。毎号、〈宇宙〉や〈ヒーロー〉といったフードマガジンらしからぬ斬新なテーマを材料に、突飛なコンテンツにアートを絡ませ豪快に調理。誌面を飾る料理はもちろん美しい。が、このフードマガジンは明らかに一味も二味も違うぞ。ってことで、現在パリを拠点に厨房(編集)を仕切る料理長(編集長)のミホさんに、直々に注文(取材依頼)。その突飛なコンセプトを誌面に落とし込むまでのこだわりぬいた味を、いざ実食。

HEAPS(以下、H):サジの料理長、もとい編集長を務めるミホさん。本業は、キャリア20年の敏腕カメラマンだそうで。

Miho(以下、M):はい。カメラマンのアシスタント時代に師匠が料理を撮っていたこともあって、私も雑誌のダイエット企画のページで主にダイエット食品や料理を撮影していました。当時は、撮影中に隣でコーディネーターさんが料理するなんてことも多かったり。

H:おぉ、食べ物に囲まれた仕事環境。ではその頃から食や食生活に興味があった?

M:いえ、その頃は特に興味はなく。意外と簡単に作れるんだなぁ程度で、食生活を正そうというよりは、いかにいいフード写真を撮るかに集中していました。

H:食に関するキャリアや経歴があったわけではなく?

M:ないですね。写真の専門学校に通い、アシスタントを経て独り立ち。いわゆるカメラマンの王道を通ってきたクチです。

H:では、なぜまたフードマガジン『サジ』を創刊したんですか?

M:雑誌に載っている情報って、正しいけれどオススメできないことがあったりするじゃないですか。

H:と言いますと?

M:たとえば寒天ダイエット。寒天は、食物繊維が多く消化に時間がかかる。だから満足感が得られダイエットに向いているんです。が、実は夜に食べると消化しようと睡眠中も胃が動いてしまい、朝起きたときに疲労感が残る。そこで編集部に、夜はオススメしないという一言を書けないかと聞いたら、「(クライアントから)寒天を提供してもらっているからそれは難しい」と。



H:大人の事情ってやつですか…。

M:オススメできない情報に自分の撮った写真が添えられ、何万部と刷られ読者が手に取る。それに疑問を感じていて。編集さんの「じゃあ自分で雑誌やってみたら?」にのせられ、やってみようかなと。あと、ちょうどそのタイミングで体調を壊してしまい。医者に「いままでなに食べてたの?」と聞かれ、私、答えられなかったんですね。仕事柄、食事はだいたい弁当やてんやものばかり。肉と同量の野菜を食べなさいと注意され、そんな大事なこと誰にも教えてもらってない! と。

H:それで「いま食べているものが、10年後のあなたのカラダをつくる」がテーマの雑誌を作ろうと。実体験があったんですね。「いまを生きる若者たちに、“食”の大切さを伝えたい」という思いもあったとか。

M:マガジンを通して、食がカラダに及ぼす影響を伝えられたらいいなと。アシスタント時代はファッションが大好きで、ローンで服を買っていたくらい。服にばかりお金をかけて食事は節約。そういう若者はいまでも多いと思うんです。だから、彼らにも届くような雑誌をと創刊しました。

H:創刊した2004年は、いまに比べて、まだフードマガジンがそこまで多くなかったかと。

M:そう、ちょうどスローフードという言葉が流行りだした頃。他誌で取りあげられはじめた時期で、言葉の意味を知らない人も多くいた時代。いまではお洒落なフードマガジンがかなり増えましたね。

H:そんな世に溢れるフードマガジンと、サジの明確な違いとは?

M:全然違います(笑)。まず、サジは親切じゃない。料理雑誌って親切なものが多いと思うんです。たとえば「この材料はこの料理にも使えます」といった知識がしっかり紹介されていたり。サジは栄養素だったり細かい情報は専門誌に任せていて、なんでもかんでも説明しない。想像力を働かせて欲しいんです。

H:ふむ。

M:よく、「サジに載ってる料理って気持ち悪い」と言われることがある。たとえば2号では、ニンジンや卵が失神しているビジュアルページを制作しました。これはsajiのコンセプトを良く理解した、イラストレーターさんのアイデアで、いまから調理される食べ物の感情を表現しています。他にも、森林破壊をテーマにしたケーキや、温暖化をテーマに、食品にシロクマを添えてみたり。写真やイラストを見て想像し、その裏にあるテーマを感じてもらえたらなと。


H:どれもフードマガジンらしからぬ、サジ独特の世界観。突飛なビジュアルの裏に、きちんとしたメッセージが織り込まれているんですね。アイデアや気づきはどこから?

M:何気ない普段の生活から、ですかね。たとえば先日、日本で除菌スプレーのコマーシャルを見たんです。シュッシュッとスプレーを吹きかけササッと拭き取れば菌が無くなるというもの。それを見て、怖っ!と。だって私たちって、生きるためには少なからず菌が必要ですよね。だから、なんらかの形で菌をフィーチャーできたらなと思い、ネタ帳に書きとめておきました。

H:菌をフィーチャーするフードジン、ビジュアルがたのしみだ。えっと、ここで菌に劣らない斬新な過去の号をざっと見てみたい。

・「天国と地獄の長い箸」という寓話のパロディー号

*天国と地獄では「数メートルの長い箸を使って食事をする」というルールがあった。地獄では、みな自分の口に食べものを運べず、お互いに箸が触れあい喧嘩が絶えない。一方、天国では、みんな向かいにいる人の口に食べ物を運びたのしく食事をしている。すなわち、地獄には自分のことしか考えていない人、天国には他人のことを考えられる人がいるという教訓。


・スーパーガールがケーキ爆弾を投げると世界が幸せになるという「ヒーロー」がテーマの号

・フランスの一つ星レストランのシェフに、月と太陽をイメージした料理を作ってもらう「宇宙」がテーマの号

・「音をイメージしてかいてみよう」「なかよしの味ってどんな味?」と呼びかける、ぬり絵つき絵本風に仕上げたキッズの号

なるほど、これはファッションにお金をかけたい感度高い若者たちも気になりそうな内容。独特のメインテーマ、どう決めている?

M:毎号のテーマも各コンテンツも、すべて私のぼんやりとしたアイデアからはじまる。でも、私1人でぜんぶを決めるというよりは、そのぼんやりとしたアイデアにまわりのみんながアイデアをくれ、試行錯誤しカタチになる。

H:周りのみんなというのはシェフに料理研究家、イラストレーターにライター、編集、メイクアップアーティスト、アートディレクター、スタイリスト、モデルに、服などを貸してくださるブランドといった各界のクリエイターたち。

M:そう、みんな、私がカメラマンとして働くなかでお世話になったクリエイターたち。たとえば、宇宙がテーマのコンテンツを作りたいと話したとき。料理研究家が「宇宙から落ちてきた隕石の中からアミノ酸が検出された」ことを教えてくれて、アミノ酸の特集を組んだ。シェフに「宇宙人襲来のせいで過食症になった女の子」のコンテンツを作りたいと相談すると、尋常じゃない大きな器に料理を盛ってくれた。メイクさんには「過食症でノイローゼ気味になっちゃった女の子って、メイクを落とさず上から重ねるんじゃないかな」とアドバイスをもらい、わざとモデルのメイクや爪を汚くしてくれたり。

H:クリエイターたちのサポートにより、食の大切さ、たのしさ、美しさを表現できている。

M:その通り。こうしてコンセプトを伝えるだけで、私の世界観を理解し動いてくれる人が周りに多くいることは、とてもありがたい。

H:ただ食をストレートに紹介するだけでなく、こういった斬新なテーマと絡めることが他誌にはないサジならではの魅力だと思います。でも斬新さゆえ、テーマに添いすぎると食の見せ方が難しいかと。

M:おいしそうに見えるかどうかは全然気にしてませんね、明らかに。それよりもアートとして美しく見せたい。おいしい食べ物は他誌でいくらでも見れるので、それはサジの仕事ではない。あ、でも掲載レシピはしっかりとしていて、おいしく作れますので!

H:写真やイラスト、テキストなど、誌面のデザインのこだわりも強そうです。

M:イラストを重要視しています。日本のイラストレーターは、ニューヨークやパリに比べ活躍の場が少ない。なので敬意を払う意味で、表紙や誌面にイラストを多用したり。実際、一緒に仕事をした日本人イラストレーターに、サジ発行後、ニューヨークから仕事依頼が来たことも。


H:サジ効果、おそるべし。サイズやページ数など、フォーマットも毎号変えていると聞きました。

M:そう。背表紙を揃えて本棚にきれいに並べてほしいというより、1号1号を手に取ってもらいたいので、その都度サイズやページ数を変えてます。たまにギリギリでページ数を増やすもんだから、まわりは大変(笑)。「これで最後にしてくださいね」と怒られることもしばしば。

H:現在、世界15ヶ国で販売中。

M:ターゲットは全世界の人なんですが、読者の割合は号によってまちまち。キッズの号は特に日本で人気だったし、和菓子の号は世界でコンスタントにウケています。おもに書店にて販売しているのですが、販売代理店が号によって置く場所を変えていて。たとえば、キッズの号は本屋ではなく美術館に。

H:宇宙の号はNASA宇宙センターに、なんて。

M:置いてもらえると感無量ですね(笑)。フランスでは、グルメ本をコレクションしている図書館に所蔵してもらえたこともありました。ニューヨークの販売書店でも、担当者が変わる際「サジは入れれば売れるからオーダーして」との連絡が入ったと聞いて、うれしかったですね。

H:おぉ、すばらしい。創刊から15年、ズバリ、息の長い雑誌になる秘訣とは?

M:バカだからです。

H:え?

M:バカだからに尽きます。以前、これまでにかかった制作費を計算してみたんですね。そしたら普通にアパートが買える額でした。

H:な、なんと…。

M:編集部はなく、すべて自費出版ですからね。不定期で発行し続け、これまで計10冊を制作。最初はフリーペーパーとして発行したんですが、資金面を理由に次の号から有料に。ありがたいことに、働かせて欲しいとの声をよくいただくんですが、雇えない(笑)。経営するとなると広告を入れなければならなくなり、表現の自由が狭まる可能性が出てくる。発行部数を増やせば広告費もまかなえるかもしれないけれど、サジは毎号紙にこだわっているので、1000冊程度なんです。

H:信念としていいものを作りたいと。

M:やはり、そこはこだわりたい。

H:確か、昨年発刊された最新版『お正月ごっこお雑煮』は、キックスターターで製作資金を調達していましたね。

M:はい。この企画、出版社に持ち込むも3社すべてから却下。じゃあやっぱり自分でやろうと着手するも、お金がなくて作れない。結果みんなに平謝りし、発行を1年引き伸ばした。自分の生命保険を切り崩そうとさえしました(笑)。でもみんなに「そんなことするくらいならキックスターターで資金を募れ」と言われ。結果、目標金額を達成し、二年越しに発刊。本当、みなさまのおかげで。

H:生命保険を切り崩してまで発行したかった…。

M:お雑煮って、地域によって具も味も全然違う、日本特有のすばらしい文化。これを海外の人にも知ってもらいたく、どうしても発行したかった。

H:2年間温めたお雑煮の号、さぞおいしく読んでもらえたかと。

M:はい。実はこの号を作ったのも、三越伊勢丹で2014年から17年の3年間、お雑煮イベントのディレクションをやらせていただき、それが好評だったからです。

H:そうそう、サジではこうしたイベント活動にも精を出している。他にも「おにぎりイベント」や「豊かさをテーマにした日本の食卓」。そして「暗闇の中でご飯を食べる真っ暗ご飯」…これ、個人的に気になりますっ。

M:五味(甘・酸・辛・苦・鹹)、五色(白・黄・赤・青・黒)、五法(生・煮る・焼く・揚げる・蒸す)で作られた食べ物を暗闇の中で実際に食し、自分がなにを食べているのかを当てるという、だいぶマニアックなイベントです。実はひそかに人気で、これまで6回ほど開催してるんです。暗闇が怖くて泣いてしまうかもと6歳以上の入場だったんですが、ある日5歳の子どもがやってきた。絶対に泣かないと強引に参加して。その子、かぶが嫌いだったらしく、似たような大根でつくられたアイスをすぐに当ててました。一方、大人といえば、ゴーヤも当てられない(笑)。普段、いかに脳でご飯を食べているんだろうと思わされました。

H:実はヒープスも誌面をとび出し、これまで取り上げた人たちを日本に呼んで体験型イベントをやっているので、ちょっと聞いてみたい。サジのイベントでは、雑誌では味わえないどんな部分を補おうと?

M:本では伝えきれない小さな気づきを提供したい。イベントを通じてもう一度食べるという行為を考え直し、1回1回の食事を大切にしてほしい。それを感じてくれたら、それはイベントをする意味がある。開催場所を探したり企画をブラッシュアップしたりとエネルギーが必要だけど、イベントの方がダイレクトに伝えられることもある。

H:“食は二の次”だった若者に向けて創刊したサジですが。これからの未来をつくりあげていく、いまを生きる若者たちにサジから一言を。

M:サジですが、適当に見てくれていいです。気が向いたときや思い出したときに手にとって読んだり、レシピを参考に料理してくれればそれでいい。ここまで熱弁しておいて、意外と適当っていう。

H:押しつけない、その適量の適当さがサジの隠し味なのかもしれない。 本日は、ごちそうさまでした。

Interview with MIHO, of saji

All images via saji
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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