世界のシリアスな社会問題から目が離せない。社会と権力に“1コマ”でつきつけるパンチライン、漫画雑誌『The Nib』

たった1コマ、母親と子の表情で、その社会問題が抱える“感情”が見える。
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ジン好きは読書好き、とは限らないけれど、ジン好きにはぜひ一度は訪れてみて欲しい図書館がある。「バーナードカレッジ」の図書館。全米でも屈指の名門女子大・バーナードカレッジには、有名な「ジンの図書館」がある。本棚には、ずらっとジン・ジン・ジン。

昨年の時点で、ジンの蔵書数はなんと5,000冊。女性やトランスジェンダー、フェミニズム、アイデンティティに関するジンを専門に揃えていて、ここの学生じゃなくても図書館へアクセスできる。自作のジンを図書館に置くこともできるのだとか。同図書館のスタッフには「ジンとブログ、雑誌の違い」「ジン制作に必要な情報分析術」「ジンの発信力」などのカリキュラムを受けた本格派もいる。

さて、時は2019年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

ポートランドは、ジン先進国の地だ(と思う)。ジン界のマザーによる15年読み継がれるジンづくり指南書『ストールン・シャーピー・レボリューション』も、キンフォークの元クリエイティブディレクターが創刊したマリファナ誌『ブロッコリー・マガジン』もポートランド発。今回紹介する『The Nib(ザ・ニブ)』もこの地で生まれたんだから、そう思わずにはいられない。

その使命は、「漫画を通し、世界のシリアスな社会問題をノンフィクションで伝えること」。ebay創業者が代表を務めるメディアカンパニー「First Look Media(ファースト・ルック・メディア)」から派生し、オンラインで毎日3つの漫画を、4ヶ月に1度のペースで雑誌を発信中だ。センシティブなトピックを漫画に落とし込むという絶妙なバランス感覚もしかり。漫画家の選定や仕上がりまでの過程、全体のヴィジュアルイメージの統一だったり。そういえば、このシリーズでまだ漫画雑誌の制作裏を探ったことがないぞ、とすぐにコンタクト。多忙を極めるニブの編集者サラの「30分なら大丈夫」の言葉に甘え、華金の朝一に3時間の時差を超え、スカイプを繋いだ。

HEAPS(以下、H):サラさんおはようございます。あっ、猫!

Sarah(以下、S):そう、私の愛猫。(抱きかかえてる猫の腕を無理矢理振って)ハァ〜イ。

H:(猫、嫌がってる…)。本日の取材時間は30分。バシバシ質問ぶん投げていきます。

S:オーケー!

H:ニブは、2013年に漫画家兼編集者のマット・ボーズによって設立。彼は、印刷報道にあたえられる米国一権威あるピューリッツァー賞のファイナリストですね。
国内なら月額4ドル(約450円)、国外なら月額6ドル(約670円)で定期購買できるオンライン出版からスタートし、昨年から雑誌出版を開始。なぜいま、手間も費用もかかる紙での出版を?

S:質の高い出版物を作りたくて。オンライン出版の方が多くの読者を獲得できるけど、実際に「手に取って読める」という特別感が欲しかった。それに、オンライン購読に興味がない読者層も獲得できる。ターゲット層は、あらゆる年齢層の、批判・批評・風刺の思考を持つ人。

H:なるほど、そうすると紙でしか届かない人たちも多そうですね。漫画を扱う出版社、編集部はやはり漫画好きが多い?

S:全員が漫画家もしくはライターね。国内各地に散らばる5人の編集部で構成。ちなみに私は新聞記者、フェミニスト誌のオンライン編集者を経てニブに。

H:おぉ、うちの漫画オタクの編集長が聞いたら興奮するであろう職場…。ところで、なぜ漫画を使って世界のシリアスな社会問題を伝えようと?

S:同じ社会問題でも、活字で伝えるよりも、漫画はより人間味を持たせて伝えることができるというか。さっと目を通すと、どんな人が・何が巻き込まれている社会問題なのかがなんとなくわかります。内容を瞬時に認識できるうえ、読みはじめると目が離せなくなる。たとえば、気候変動問題について知りたいとき、みんながみんな活字の詰まった本を読む気が起きるわけではないでしょう? 漫画ならもう少し手に取りやすい。こうして社会問題に興味のない人々を巻き込むことができる。


H:謙遜されがちな社会問題も、漫画にすればとっつきやすいし、何より続きが気になる。

S:それに漫画は、人によって描かれる。読者は「これは人によって作られた」と、より親近感が湧くんだと思う。

H:ほう。では、漫画と社会問題の相性の良さとは?

S:多くの情報をすばやく得られること。文章のようにいくつもの段落を使って説明する必要がなく、1コマのイラストだけで充分に伝えることができる。たとえば、トピックが「メキシコ国境での移民親子の引き離し」だとする。文章だとそれが起きた理由や背景、現状を長い段落で説明する必要があるけど、漫画なら、1コマで親子の感情を簡潔に伝えられます。親の表情、子の表情、それを見せるだけで感情に訴えることができる。

H:何が起こっているのか瞬時に見て取れる。当事者の感情も伝わる。そして、臨場感もある。そうすると、1コマでの伝える力は重要になってきますね。

S:そう。だから、ニブが目指すのは、セリフがなくともイラストのみで伝えられる漫画です。たった1コマでも「何かが起こっている」と伝える力を持つものは理想的ですね。

H:前にそんな漫画見ました。「トランプ氏が大統領就任直後、オバマ元大統領がホワイトハウスの部屋の電気を消したと同時に米国全土の明かりも消える」という、セリフのない2コマ漫画。セリフがないので世界中の人が理解できる。社会問題を伝えるとき、漫画ならではの難しさは?

S:最も難しいことは、限られたコマ数で簡潔にストーリーを作り上げること。ライターとしては、やっぱり微妙なニュアンスや歴史的背景を細かく入れたくなってしまうのが本音。だいたい必要とする2倍は盛り込もうとしてしまうかな。

H:入れてはいけない?

S:簡潔にまとめることが最優先、です。だから、「伝えたいストーリーは何か?」が明確になるよう削ぎ落としていく。雑誌の場合、オンラインと違って読みやすいようにページごとにコマ数や、サイズをきっちり決めた厳格なフォーマットがある。だから、そのコマ数に合わせて情報を盛り込み、誰もが理解できる説得力のあるストーリーでなければならない。

H:情報とコマ数の兼ね合い、か。入れすぎてもワケがわからなくなりそうですね。それこそ、順を追って読む活字よりも混み合いそうというか。

S:そう。だから、コマ数に対して倍の情報を盛り込もうとする漫画家もよくいるけど、それをコントロールするのが編集部の仕事。

H:なるほど。毎号、描写スタイルがまるで違う20〜25人の漫画家の作品を掲載しているのにカオス感なく上手にまとまっているのは、厳格なフォーマットのおかげだったのか。

S:はは、創刊当初はカオスになるんじゃないかって怯えていたものよ。

H:制作のプロセスではどこがおもしろいですか?

S:漫画を作る工程は、まずはじめにネタを元に脚本を作ることからスタート。映画のような脚本ね。次に漫画家がそれを鉛筆でラフなスケッチを起こす。ここで、「どんなストーリーに見えるか」がわかってくる。そしてインクを入れて、次に色入れをしていく。「どんなストーリーになるのか」というアイデアを、各段階で漫画家たちが形にしていく。できあがったときには「これぞ漫画家とのコラボレーション!想像していたものよりも、ずっとずっといい!!これだ!!」と、編集者や文字の物書きだけでは絶対に作れない作品ができあがっていく。この瞬間がエキサイティングです。

H:もう少しコンテンツ制作について知りたい。創刊号のテーマは「Death(死)」、2号目は「Family(家族)」最新号は「Empire(帝国)」。決めるのはコンセプトが先? それとも漫画家選定が先?

S:時と場合によるけど、いまは6月の「プライド月間*」に向けて、次の「LGBT」号のために漫画家を探しているところ。大抵は、ネタを持ち込んでくれる漫画家と一緒に仕事することが多いかな。彼らは私たち編集部にない視点や見解を持っていることが多いから。だから、私たちは、号のテーマについて漫画家やアーティストに対して「伝えたいストーリーのピッチ」の機会をオープンにしています。

*プライド月間(Pride Month)LGBTの権利、文化、コミュニティの団結や指示を示すイベントが米国はじめ世界各地で行われる月。

H:漫画家やアーティストが、テーマに対する実体験や経験、考えなどを提案できるようにしているのか。

S:最新号の「Empire(帝国)」出版の際、24歳のイラク人漫画家が彼の体験をピッチしてくれたことによって、一緒に作品を作りました。それまで私は、湾岸戦争について実際にイラク人の観点からの話を聞いたことがなくて。アメリカ人の観点から作られた映画からしか情報を得てこなかった。そして、その彼は24歳。戦争とともに育ったわけでしょう。だから、彼が見たものからストーリーを作りたかった。

H:毎号、個人的なストーリーや見解が盛りだくさんですよね。死がテーマの号では「ニューオーリンズの葬儀場現場事情」を。家族がテーマの号では「ある女性の高額で複雑な不妊治療の経験談」。帝国では、4人の漫画家によって「自分たちの生活を植民地化させない方法」が漫画に落とし込まれました。

S:不妊治療の作者は、プロのノンフィクション漫画。自分自身の経験を元に描いてくれた。

H:漫画家の実体験!てっきり取材しているのかと思っていました。

S:取材を元にしたネタもある。けれど、なるべく漫画家自身が経験したことのあるネタで作品を出版したい。だから、いつも漫画家の経験談を探ることからはじめるの。私たちがやるのは「社会問題」をただ伝えるというよりは「その社会問題があなたにどう関わって、なぜ問題なのか」を伝えることを目的としています。たとえばトランプ大統領、彼が今日やっていることをただ取り上げるのではなく、「トランプ大統領が今日発言したこと、それはあなたにとってどう関係する?あなた個人が生きてきたこと・生き方にどう関わってくる?」と、ここまで伝えたい。これはよくニブの漫画家たちにフィードバックする内容でもありますね。

H:なるほど。その多様なストーリーを支えるべく、ニブは漫画家とコネクションを多く持ちますね。どうやってネットワークを広げているのでしょうか?

S:ポートランドやトロントで開催されるコミコンでブースを出し、漫画家と直接話し名刺交換したり、小さな出版社やコミックアートフェスに出向いてコミュニケーションを図る。ニブは「一見さんお断り」ではなく、「誰にでもオープン」な出版社。サイトにはサブミッションコーナーもあるから誰もが応募可能。コネクションやお金がなくとも、いい漫画家なら誰でもウェルカム。

H:でも、世界には漫画家がごまんといるわけで。サラのいう“いい漫画家”、何かこれだけは!って基準やルールがあれば知りたい。

S:漫画家としての経験があることと、自分の声を代弁するような独自のスタイルを持っていること、かな。伝わるイラストが描けないと漫画を通してストーリーは伝えられない。最も重要なのは、伝えたいストーリーが明確であること。そして、その伝えたいストーリーを漫画を使ってきちんと伝えられること。

H:ストーリーテリング力。

S:描写のスタイルが違えば、仕上がる漫画ももちろん違う。全ページが違って見えるのは当たり前だから、ニブに合わせる必要はまったくない。あとは、こちらの修正や要望に臨機応変に対応できる、プロ意識を持っていることも大事です。

H:なるほど、絵のスタイルもそうだけど、“描写スタイル”が重要なのか。社会問題を扱うからこそ、シリアスすぎるタッチにしてしまうとある特定の人々には届かないし、漫画のおもしろさを推しすぎるとシリアスさが伝わらない。その中間のバランスは、どう保っている?

S:あ、そのユーモアというところでは、どの漫画にも通ずる核のポイントはある。「パンチングアップ(Punching up)」っていう言葉知ってる?

H:初めて耳にしました。

S:パンチングアップとは、社会で権力を持つ人を批判・批評あるいは風刺するパンチラインのこと。対して「パンチングダウン(Punching up)」は、社会的権力が弱い人をからかうこと。たとえば人種差別的なジョーク、レイプのジョーク、ゲイのジョークだったり。ニブは常にパンチングアップであること。どんなにおもしろい漫画で社会を描写するとしても、社会的に弱い立場の人をからかうようなものには絶対にしない。これが大前提。

H:ニブのモラルや、出版できるネタの線引きは「パンチングアップ」。

S:いい例があります。昨年、トランプ大統領に最高裁判判事に指名されたブレット・カバノー氏に対し、「高校時代に性的暴行をされた」と告発があったことを覚えていますか?

2018年秋、ブレット・カバノーという男が、最高裁に任命されることになった。が、クリスティン・フォードという女性が先に出て「彼は、高校生のときわたしに性的暴行をしました」と述べ、議会の前で話の全容を語った。

これをストーリーにする。どうやって? ある漫画家は、被害者として名乗り出た女性を自由の女神に置き換えて、判事が女神を押さえつけるイラストに仕上げた。実際に女性が性的暴行をされているという具体的なビジュアルの描写を避けて表現したんです。この事件に対して、これまで性的暴行を乗り越えた人たちが、この漫画を見かけても、その瞬間を思い出したり嫌な思いをしないで読めるように。

H:女神、つまり女性の自由を抑え込んだ、という提起のメッセージにも読めます。先ほど言っていましたが、漫画家がネタを持ち込むことが多いと言っていましたね。それをパンチングアップと仕上がるように協力して作っていく。漫画家が持ち込んだネタなら、完成までのやり取りはわりとスムーズ?

S:ううん、A lot!!!!!!!!!(たーーーーーくさんある!!!)。まずは、漫画家から脚本を送られてきたらフィードバック。サムネイルが送られてきたらフィードバック。次に鉛筆でのスケッチのラフにフィードバック。インク入れがきたらフィードバック。色入れがきたらフィードバック。



H:フィードバックの量たるや。脚本からスケッチになったときのギャップが、文字→漫画で大きそうなので、フィードバックは毎度重そうですね。

S:なるべく脚本執筆段階や、サムネイルに取り組んでいる段階でフィードバックをできる限りしておく。色入れをしたた後の、完成間近での変更は時間がかかるし、極力避けたいから。

H:取り掛かりから完成までは、どれくらいかかるもんなんでしょう?

S:20〜30コマの長編漫画の場合、大体3ヶ月くらい。漫画家のほとんどがフリーランサーだし、彼らには他の仕事もあるからね。

H:ちなみに、これまで内容が過激すぎてお蔵入りになったネタってある? こりゃ載せられないよ、と。

S:それはいまのところないかな。ストーリー力が弱かったり、限られたコマ数で伝えるには複雑すぎるからとボツになったものはあるけど、内容が過激すぎるからとの理由で出版をやめたことはない。人と権力に対して簡潔にうまく批評をしているなら、出版に制限はしません。

H:センシティブな社会問題を扱う雑誌だ、代償は少なからずあるのかと。SNSが炎上したり?

S:SNSでは、主に米国の右翼派からたくさんの批判的なコメントが書き込まれる。政治的意見を発信しているから、移民反対派や人種差別主義者から叩かれるのは仕方ない。もっと気になるならインスタに飛んでみてね。

H:ドキドキしながら見てみます…おっと、そろそろ時間だ。では最後に、新聞やテレビでしかニュースを見ない人に、どうニブを読んでもらいたい?

S:実はね、そういう人に限って、ニブにハマることが多い。私の父は漫画なんて絶対読まない人だったのに、ニブを読むのは好きみたい。「ニュースや政治は読むけど漫画は見ない」という人には、もってこいのコミック誌。

H:社会問題に取っつきにくいと思っている人に「漫画」で、漫画に興味のない人に「社会派」というテーマで、多くの人を巻き込むんですね。サラさん、今日は貴重な朝の30分、ありがとうございました。

S:猫にもバイバイする?(抱きかかえてる猫の腕を無理矢理振って)バァ〜イ。

H:(あっ、猫、やっぱり嫌がってる…)

Interview with Sarah Mirk, The Nib

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All images via The Nib
Text by Yu Takamichi
Editorial assistant: Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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