25年間地元の都市伝説で雑誌を作り飯を食う。都市伝説な二人の男の雑誌商売『Weird N.J.』

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P.18にはボールペンでぐりぐり筆圧強めに描かれた、見つめていると不安になる6枚の顔のイラスト(寄稿には描き手の半袖でピースなポートレートも添えられていたらしい)が掲載されている。最新号はエイリアンとのセックス体験について。その前の号の表紙は地面からニョキニョキ生える白いたくさんの腕。これは絶対にやばい雑誌である。

そのやばさは、たとえば突然玄関にあらわれ微笑みとともに押し付けていく宗教フリーパンフレットの類のものではしかしない(いや、そんな感じもちょっとはあるけど)。先述のぐりぐりの筆圧に負けじと強くいいたいのは、それにきちんと値段がつけられ、年間に確実に5万部が売れる雑誌として君臨し、25年の間ネタは都市伝説、しかも地元の都市伝説だけ、というのが事実としてやばいのである。

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まわし読みとブートレグでスクスク育ったファンジン

「2、3部しか自分で刷ってないよ。だって、遅いゼロックス*だぜ?」。1990年、マークS(Mark Sceurman)が“悪ふざけ”で作ったのはアメリカのニュージャージー州(ニューヨーク州の隣。だだっ広いエリアにピザ屋は一軒という具合の、ちょっとした田舎だ)の伝説のスポットや存在しうる怪異についてをタイプライターでまとめた一冊のファンジンだ。近所に住む友だちがおもしろく読めたら、と2、3部だけゼロックスでコピーして、まわし読みを勧めた。待ちきれない人が多いのと、読んだそれぞれが一冊自分用に欲しい、あるいは自分の友人に貸したいというので、「じゃあ勝手にコピーしてくれ」と勧めた。2、3部しかなかったはずのジンが、最終的には把握しているだけで100部もあった。「うん、ブートレグ万歳だ」と、こちらも名前はマーク(Mark Moran。以下、マークM)。太郎と太郎がビジネスをやってますというようなはじまりも、自己紹介の時点で彼らの可笑しな雑誌商売に拍車をかけてしまう。

*旧式の普通紙複写機。スピードも遅かった。


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左がMark Sceurman、右がMark Moran
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『Weird N.J.』の最新号は50号。“悪ふざけ”から25年続く雑誌ビジネスだ。取り扱うネタはこの25年間、すべて自分たちの生まれ育ったニュージャージー州の都市伝説のみ。半年に1号、特別号を出す年は年間3冊をリリース、値段は号によるが600円〜2,000円の幅。広告はほとんどやらない(俺たちの雑誌で宣伝したいってレアケースだぜ(笑)?)。収益源は、年間に出す2号分とレア化した過去号(物によっては数万円)の実売。

 まわし読みとブートレグで大量の人々に届いてしまった謎のファンジンは、いくつもの耳を早足で渡り歩き、新聞にシリーズとして掲載されることになる。「そしたら今度は新聞社に『Weird N.J.』の過去のを読みたいんだけど、という問い合わせが止まらなくなった。だから、うん、これはもう作るかあと正式に作って売ることにした」。どの世にも必ず一定数存在する物好き、というのが彼らのマーケットである。つまり、アメリカという広大な地に点々と張り巡らせているマーケットはどでかい。

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34号。
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39号。

他の都市伝説とは「違うぜ」

「昔のリサーチといえば、ベタつく地下で何時間も携帯の画面じゃなくマイクロフィルムをスクロールしながら情報を探したりしたね」という二人のマークは、現在でもリサーチは画面上ではなく歩きまわってネタを探しそれぞれの地域の住人に話を聞く。

「俺たちの取り上げる都市伝説というのは、ニュージャージー州の、各々確かな場所に言い伝えられている、現実との境界線が非常に曖昧なものだ。場所によって、あるいは語られる人によって変わる他の都市伝説とは明確に違う。どの町で、どのストリートで、元誰々さんの家だとか、現実のうえに鎮座する具体的なものだ。史実にはないが言い伝えられている。地元の人が目撃したり耳にしたり、地元の人が確信を持っている都市伝説のみ。だから地元の人には特におもしろい」。都市伝説が口承されるように、彼らの雑誌も親から子の代に購読が引き継がれるらしい。「ティーンエイジャーの読者も多い。彼らはね、自分たちの地元で夜に仲間とビビりながら冒険する場所が欲しいんだよ」

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俺のはじめての都市伝説についての執筆は、モンクス・キャッスルの話。ニュージャージーの森に実在していて、ドラッグとセックスに塗れたカルト集団が住んでいるっていうんで何が起こっているか見に行ったんだ。実際に“何か”は起こっていたね」というマークMの都市伝説における得意分野はそういったカルト集団や精神病院など人間に属するもの。対してマークSは、アルビノの森やビッグフットなど「SFに近い。あと、森だな」。森にありそうな森っぽいもの。厚い口髭でもごもごと言う。

「電話は絶対に取らない。やばいやつがゴロゴロいるこの世の中でこんな俺たちは安心して電話を取ることなどできない」

 四半世紀の間、都市伝説を掘り出しているこの男たちにもところで怖いものはあるらしい。「電話は絶対に出ない」。オフィスの電話には都市伝説に対してのクレームや目撃情報、意味不明の伝言が止まないから、らしい。「突飛なことをするから罵られる覚悟はある。ただ、やばいものを扱うということは世のやばいやつからの注目が集中するということだ。だから俺たちのオフィスのルール1、絶対に電話は無視しろ。まあ、出している情報が都市伝説だから訴えられることがないってのは、いいことだ(笑)」

 机の下から「異常者からの便り」と呼ぶ段ボール箱を引っ張り出す。電話だけでなく日々、大量の手紙や怪文書(ときどきまともな寄稿)が送られてくる。一応すべてに目を通す。「作り話だと思ったら載せない」という。だがそもそもが得体も事実かも知れない話を取り上げているとすると、難しい判断ではないか。「この“現実的な異常”なのかの判断においては、そうだなセンスがいる。あとは長年の経験だ」。その勘所で採用した寄稿も含めて毎号を発行。ある号で紹介程度で取り上げた都市伝説に対して情報が大量に寄せられれば、続く号で特集化することもある。「ニュージャージー州にまつわるあらゆる異常や奇妙というのが、俺たちの判断によって世に出て行く。どんなに頭がおかしいと見えても、真剣なやつらの話はリスペクトを持って聞く。たまには茶化すこともある(笑)。俺たちの仕事っていうのはつまり、都市伝説の権威者ってところだな

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これが筆圧ぐりぐりのイラスト。掲載された。

「二人のマーク」もいずれ都市伝説

 まわし読みとブートレグ、大量の怪文書やイラストに寄稿、とファンの手垢をしっかりとつけて存在し続ける『Weird N.J.』(フェイスブックのファンは12万人もいる)。雑誌は売れないといわれるが一定数を必ず売り切る。その秘訣「…そうだなあ、ありがとうって言うことだな(Say thank you.)」。寄せられたエイリアンとのセックスについての文とイラストを見せてくれながら「エイリアンとの子どももいるらしいぜ。こんなことがあると思うかって? ありえる。ないなんて誰が言えよう?」。読者からの切実に異常な寄稿に対して寛大さを見せるが、いわゆるマーケティングは信じていない。所信のジャッジも極端に己の勘による。

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 25年も同じ土地で都市伝説を追っていてネタは尽きないのか。「まず、ニュージャージー州には400年の遡れる歴史がある」。それから、「都市伝説を食わせて太らせているのは誰だと思う?人間だ」。木にぶら下がるなにかを見て“なにか”だと確信し、誰かに話し、その誰かはまた別の他人に、尾ひれをつけて愉悦に浸りその土地の奇妙として語り継ぐ。そんな人間がいる限りネタは尽きない。「ってことで、俺たちはまだしばらくこれをやらなきゃいけないってことだ。ま、他にやることもないからいいさ」

Interview with Mark Sceurman and Mark Moran / Weird N.J.

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Weird N.J.

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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