#002「孤立した島の精神病院は、墓場だった」—「超悪いヤツしかいない」。米国・極悪人刑務所の精神科医は日本人、大山せんせい。

重犯罪者やマフィアにギャングが日々送られてくる、“荒廃した精神の墓場”で働く大山せんせいの日記、2ページ目。
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「搬送されたギャングが目の前で撃たれた、なんてこともありますよ。
それで、病院のスタッフには『先生あぶないです!』なんて言われちゃったりして。でも、僕、好きなんですよ、この仕事」

大山えいさく。「日本では鍼灸師めざしてました!」と朗らかに笑う顔からその真意は見抜けない。
極悪人刑務所で、極悪人たちをカウンセリングしてのけるんだから…。
普段はフツーの精神科に勤務しているという。平日の月〜金だ。
大山せんせいは、わざわざ土日に好き好んで極悪人刑務所に当直し、
重犯罪者やマフィア・ギャング、治る見込みのない患者が日々送られてくる
“荒廃した精神の墓場”と呼ばれる精神病棟で働いている。

そんな謎だらけの大山せんせいに、長年書き溜めてきた日記をもとにいろいろとお話ししてもらおうと思う。

1話目から読む▶︎#001「自尊心より下半身で選択した、精神科医という道」

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#002「孤立した島の精神病院は、墓場だった」

 前にも出てきたが、この病院はマンハッタンとクイーンズのあいだにある中洲のような島の上にある。その中州はマンハッタンのたぶん五十分の一ほどの広さで、ここは中州をまたぐ細かい都会の鉄道網の真っ只中にあって、その利を得ることはない。近辺には駅も住宅もなく、なにより店と呼ばれるものが見事に一つもない。
 あるのは土がむき出しの空き地か、だだっ広い人工芝の運動場、そしてそれに隣接する水辺と一本だけ上を通っている高速道路とそれを支えている巨大な鉄柱群、廃墟にしか見えない鉄格子の入った窓を持つ背の低い鉛色の建物たち、これらがここから見えるすべてである。

 無理はない。この島には、大まかに四種類の建物しかない。「消防員訓練施設」「浮浪者収容所」「刑務所病院」そして、私の働く「長期療養型精神病院」だ。どれも普段足を運ぶ必要がなければ寄ることのないところだが、この州立の病院は、中でも最も疎まれている。

 ここは、他の精神病院から治る見込みが少ないものが送られてくる場所だ。「荒廃した精神の墓場」と呼ぶものもいる。彼らの平均入院日数は、数か月から数十年。多くの場合は薬物中毒に長い間苦しんでいて、マリファナ、コカイン、ヘロイン、アンフェタミン、PCPといった多種多様な薬物にどっぷりつかり荒廃してしまったケースが多く、ギャングに属するもの、性犯罪者が収容される特別な病棟があると思えば、最高裁判所の法廷があったりする。収容された多くの人間は犯罪者で、ほとんどがひどい精神状態から犯罪に走る以外にない状態になっている。
 私がここの場所を選んだ理由をよく聞かれる。前回も言った通り、私は学術研究で名を上げるつもりはまったくなかった。私はただ、興味があるのだ。「人間の究極の姿」を見たいと思ったのだ。究極の状況で人間は、どう対応していくのかということに。

 手はじめに、その中でちょっと忘れがたいベッティBという56歳の黒人の女性患者の話をしようと思う。

 病院では、いつも彼女は陽気でほかの患者に笑いかけ、さりげなく彼らの機嫌を探りながらできる限りの世話をして回っている。彼女はれっきとした患者だが現に病院の中で「PEER ADVOCATE(ピア・アドボケイト)」という、患者自身の身の回りの指導をする仕事をして病院から給料をもらってやっている。彼女の過去を知らない人間は、彼女がなぜこんな掃きだめのようなところにいるのか理解できないでいる。他の患者が泣いているときには自分も深く傷つき、時には涙を流し、暴れている患者がいるときは誰よりも先に立って説得し思いとどまらせようとする。
 彼女を悪く言う看護師やほかの医療従事者もいるが、彼女の捨て身な熱意に嫉妬しているように見える。多くの医療従事者は彼女に「自分たちがあるべき姿」をみてしまっているのだ、それも純粋な動機による。かくいう私も、いつも彼女には頭が下がる思いでいた。

 そんなある日、彼女は急に一対一のカウンセリングを受けたいと言ってきた。そしてどういう訳か彼女はまともに話したことのない私を相手として指名してきた。
 私はといえば、彼女に興味があった。どうして彼女がこんな状況であんなに明るくふるまえるのかに興味を掻き立てられたのだ。
 彼女のチャート(資料)を広げると彼女の法的な拘束理由が書いてある項目が見えた。「CPL 330」と書いてある。これは一般に重罪を犯した者のもつコードである。彼女は殺人を犯していた。自分の生みの母親を殺していたのだった。

Text by Eisaku Ooyama
Editor: Sako Hirano

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