ちょうど2年前、ある男が発表したプロジェクトが、世間を賑わせた。
「何がアートだ」「どうせ売名行為だろう」「ただヤりたいだけのくせに」
罵声を浴びせられたその内容とは、“一晩だけの関係で感じる孤独”を探究すべく「1年間、毎日違う男とセックスをする」こと。宣言通りやってのけた男の性的価値観は、一体どう変わったのか。
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1年間6カ国。365人とセックスした男
同性愛は「非伝統的な性的関係」とされるロシアで生まれ育ち、肩身の狭い思いで日々を過ごしてきたMischa Badasyan(ミーシャ・バダシャン)。一度もまともな恋愛をしたことのない彼が「ヨーロッパのゲイの首都」ベルリンに移り住んだのは自然な流れ。
ゲイに寛容な土地柄と出会い系アプリのおかげで、それまでの空白を埋めるかのように性生活を充実させていた。が、朝を迎えるたびに「虚しさ」と「満たされない」感情もあったという。
新境地で身を持って知った“一時的な関係から感じる孤独”。それを、パフォーマンス・アーティストの彼は自身の身体を通しインスタレーションとして表現したかった。
「Save the Date(セーブ・ザ・デート)」と名付けられたプロジェクト、ずばり「毎日違う男とデートし、セックス必須の生活を1年間続けること」。向こう見ずなプロジェクトだってことは百も承知だったが、不安よりも期待に胸をふくらませていたそうだ。
ミーシャはベルリンの歓楽街をメインに、スウェーデン、デンマーク、オランダ、チェコ、ポーランドを旅しながら、ノンケの20歳の学生からセルビア人のポルノスター、76歳のジャーナリストまでと幅広い層と一夜を共にした。
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「決行すれば殺す」と、脅されたり。
この突飛なプロジェクトに、当然のごとくあがったのは批判の声。アメリカ人のネオナチ(ナチズム復興支援者)に「決行すれば殺す」と脅迫され、30日間カウントダウンされ続けたり、厳格なキリスト教徒には「人生の軌道修正が必要だ。教会へ行け」と毎日聖書から引用文を送りつけられたりした。
「さすがに恐怖を感じたよ」と振り返るも、中断しなかったのは「大胆な行動にインスパイアされた」というメッセージや、「僕も作品の一部になりたい」とわざわざ他国から足を運んでくれた肯定派のサポートがあったからだ。
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毎日の新しい出会いのおかげで、初めての経験がたくさんあった。両性具有者(男性器と女性器の両方を持つ者)と過ごした夜に知ったのは、その身体のパワフルさと敏感さ。また、ドイツのエイズ支援団体からコンドームを提供されていたこともあり、意識的にHIV感染者とも寝た。「最初は正直怖かったけど、どうやってその人を、そして病気を受け入れるかを学んだんだ」
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次第に感じはじめた「もう、いやだ」
出会い系アプリを駆使しつつ、公園や道で声を掛ける。そんな“相手”探しからはじまる1日が苦痛と感じられるようになったのは、開始から1ヶ月も経たない頃。
「オファーを断られ続けたことは、人生最悪のトラウマ」だった。さらにビール瓶で殴られたり、催涙スプレーをかけられる嫌がらせも受け、繊細な彼に精神的ダメージを与えた。
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それでも「泣くな。あんなやつらのことは気にするな」と言い聞かせ、“相手”を見つけるまで、1日だいたい5、6時間をストリートで過ごすこともしばしば。ベルリンの歓楽街で、自分と売春婦とを照らし合わせては惨めになった。
「次第に、人とのコミュニケーションに疲れを感じるようになった。デートしたいって好奇心が持てなくなってたし、この先誰かを愛することもないだろうなって」。性に対する価値観、というかもっと根本にある、人との付き合い方は開始前と180度変わっていた。
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達成感と「I AM SORRY」
去年、どうにかやりきった。達成感はもちろんあった。が、目の前の目標ばかりにとらわれ、見失っていた「孤独の追求」という本来の目的。日増しに義務化していったセックスへの欲は薄れ、最終的には暴力なしでは興奮できなくなっていた、と話してくれた。
1年という月日を費やしたプロジェクト。その内容は濃いようで実は薄っぺらく、自分自身と、それから出会った365人を傷つけてしまっただけだった。 当時を振り返り「I only wanna say I AM SORRY(ただ、謝罪したい)」の言葉が痛々しかった。
ミーシャはいま、ドイツの難民キャンプでクィアのサポートとして働きながら、新プロジェクト「TOUCH(タッチ)」に取り組んでいる。
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「何かとの距離を縮めたいと思うとき、直接触れて、存在を確認することが大切なんだ」。その言葉はまるで、1年かけて自ら失った「他人とのコミュニケーション」を築き直そうとしているように聞こえた。
どれだけ罵倒されようと「正しいか正しくないかじゃないんだ。怖がってちゃ何も変わらないんだ」とやり切った。
確かに性的価値観は大分変わったようだが。プロジェクトで失ったものをもう一度プロジェクトで取り戻そうとしている姿勢を見れば、アーティストとしての強かさは健在に思う。
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All Images Via Mischa Badasyan
Text by Yu Takamichi