お坊さんの無料クッキングクラス。エプロン着け説く生徒は「元囚人 ・ホームレス・不法移民」

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ニューヨーク、黒人街と知られるハーレムにある、教会のキッチン。まな板を走る軽快な音と蛇口から流れる水の音しか聞こえない静けさの中、ひとり黙々と慣れた手つきでフライパンをあおっている男。

彼が、料理で人助けをする僧侶だと聞いた。袈裟ではなく、エプロンをまとって。

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料理好き坊さん、週一で炊き出し

「台所仕事が性に合っています。準備から仕上げまで細心の注意を払い、集中することが好きなのです」とキュウリを刻みながら落ち着いた声色で語りはじめたのは、Daiken Nelson(ダイケン・ネルソン)。ハーレムに住む仏教のお坊さんだ。
 
 彼は毎週水曜日に、ここの教会のキッチンを借りてホームレスに炊き出しを行っている。

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「ボランティアは来るときもあれば、来ないときもある。そんな日には一人ですべての食事を作ります」

 15年間続く、週1回のフリーミール・プログラム。教会が仏教徒にもキッチンを貸し出しているところにさすがの懐の深さを感じたが、さらに驚いたのは、このプログラムにはヒンドゥー教やイスラム教の青年グループやユダヤ教のシナゴーグ、モルモン教徒たちも協力していること。

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 ダイケンは昨年4月からリーダーを引き継ぎ、毎週水曜午後はこのキッチンに3時間篭り、70人から150人分の食事を用意している。
 
「毎度おなじみの顔もあれば、初めて見る人も来ますね。食べ物を必要としている人なら誰でも歓迎ですよ」

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前職・ソーシャルワーカー、生涯・料理人

 禅の道に導かれ30年。青年時代に仏道へ、僧侶としての人生を送ってきた。各地を転々とした後、7年前一度住んでいたことがあるこの地に戻ってきた。 

「ハーレムもだんだん開発され変わってきましたね。富裕層が流入してきて、最近ホールフーズ(高級スーパー)もできました。ただ貧困状況は昔と変わらず同じままです」とぽつり。

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 前職は社会福祉士で、ホームレスシェルターやドラッグ・アルコール中毒者のリハビリ施設、精神病患者の施設で12年間働いていた。

「仏教徒としての人生は、人々に奉仕すること。助けが必要な人に手を差し伸べることです」。常に人助けに従事してきた彼の、切っても切れないものが「食」だった。

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「私は“てんぞ”でもありました」。仏教の合宿では、修行僧や仏、祖師への供膳を司る食事係「典座(てんぞ)」を務め、50人分の食事を1日3食作っていたため大人数の食事作りは慣れたもの。煮込み豆がずっしりと入った重たい特大鍋をひょいっと持ち上げ、大量のミニトマトをカットしていく。

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対象者「ホームレス・元囚人・違法移民」の料理教室もスタート

 水曜の炊き出しを取り仕切るほか、昨年10月から無料の料理教室もはじめた。対象者は、失業者たち。社会復帰を目指す元囚人やホームレス、退役軍人、若者、違法移民、難民だ。複雑な過去や現状から就職困難な人々へ、6週間の集中料理トレーニングを与えている。

「外食産業には常に雇用機会が転がっていますよ。ニューヨークには数え切れないほどのレストランやデリ、フードコートがありますから」

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 第一回目のトレーニングに参加した生徒は、二人の元囚人と一人の不法移民。毎週月曜と火曜に8時間、ナイフの使い方から野菜の刻み方、肉の調理法、スープやソースの作り方など料理の基本を。水曜には、炊き出しのための料理を作り教わったことを練習する。

「お菓子作りもしました。ビスケットやアップルパイを焼いて。出来上がったパイをオーブンから取り出したとき。思わず『ワーオ』とこぼしパッと明るくなった生徒たちの顔、忘れられませんね」

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 不法移民の生徒は、昔からシェフになるのが夢だった、と話す。トレーニング終了後も、ソーシャルメディアで自作の料理写真をアップしている、とダイケンは嬉しそうだ。「彼らに仕事を紹介するため、シェフやレストランに声を掛けているところです」。

 卒業生へのサポートはそれだけに終わらない。就職に有利なニューヨーク市保健局の食品取扱資格を取得できるよう、試験勉強の手助けもしているのだ。

瞑想からはじまる授業。精神が育つ料理の場

「料理クラス開始時には、瞑想をします。レストランの厨房はストレスフルな環境でもあります。時間に追われ、効率性を念頭に機敏に行動、プライドの高いヘッドシェフの怒号だって飛び交うかもしれません。そのような状況にも耐えられる精神を育てるためです」自分のメディテーションクラスを持つダイケンは、厨房に入る前、生徒と一緒に精神統一する。

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「トレーニングを通して彼らが学ぶものは、調理技術だけではありません。集合時間を守ることの大切さやキッチンで一緒に働く仲間とのチームワークも然り」。食事を作ったあとも、配膳の仕方、掃除までの仕事を一通りみっちり指導するのがダイケンの料理教室だ。

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 実際、参加者の三人は互いに協力し合い頑張っていたと、玉ねぎを刻む手を休めてダイケンは思い返す。「多くの人は、社会からはみ出た人たちを“危険な人”だと思うかもしれませんが、それは違います。不運な環境や状況から過ちを犯し、間違った選択をしてしまっただけ。彼らにもう一度働く能力があるのならそれを一生懸命伸ばしてあげるべきなのです」

「過ちて改めざる、これを過ちと謂(い)う」。誰でも過ちは犯すが、本当の過ちは、過ちと知っていながら悔い改めないこと、という孔子の教えを思い出す。生徒たちは、本当の意味での“過ち”を犯さぬようにダイケンの教室に集まるのだ。

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 来月2月からは、生徒の数を8人に増やし第二回目の料理教室がスタート。応募も続々来ているという。路頭に迷う過去を捨て社会復帰を胸に。新たな料理人が生まれるキッチンを、後ほど取材する。

***Mandala Cafe***

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Photos & Text by Risa Akita

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