読み間違えかと思った。しかし確かに、何度読んでも「エベレストにレストラン作ります」。
ヒマラヤ山脈の標高およそ5300メートル地点で、ポップアップレストランをオープン。
前代未聞、私たちの度肝を抜くシェフたちがいた。
2年間“ホームレス”のノマドシェフ。名店辞めて、世界旅へ
仕掛け人はイギリス人シェフ、James Sharman(ジェームス・シャルマン)。若干25歳の彼が、ポップアップレストラン・プロジェクト「One Star House Party(ワン・スター・ハウス・パーティー、以下、OSHP)」を率いる。
写真左がジェームス
OSHP、ただのポップアップではない。彼らの目的は「20ヶ月・20ヶ国・20のレストラン」。つまり約2年間かけて20ヶ国を飛び回り、20の期間限定レストランをオープンする、という未だかつてないユニーク極まりないプロジェクトなのだ。昨年12月に成功したエベレストレストランは、OSHPの一環だった、というわけ。
「ぼくらの世界一周は、“ビーチサンダルにサングラスでぶらぶら放浪記”なんてものじゃない。スーツケースにはブレンダーにポット、フライパンが入っているんだ」
まさに“ノマドシェフ”のジェームス、実は有名レストランの元シェフ。25歳にして、デンマーク・コペンハーゲンにある世界トップクラスの名店「NOMA(ノーマ)」で働いていたのだが、あっさりと半年で辞めてしまった。理由は「毎日同じ寝床に戻るのがつまらなくなってしまった」から。料理の若き天才、考え方も奇抜で突飛すぎる。
アメリカや韓国、台湾でポップアップを実行した後、彼は思いついた。「20ヶ月・20ヶ国・20のレストラン」をやろう、と。「2年間ホームレス生活になること」に賛同したシェフ友だち4人と昨年9月に中国・北京からスタートし、10月はベトナム・ホーチミン、11月はタイ・バンコク、12月はネパール・カトマンズに滞在、期間限定店を開いてきた。
テーブルや薪を抱えてエベレスト登山
「ネパールのどこにポップアップレストランを作ろうか計画していたとき、『エベレストにしよう』なんて誰かが言い出したのさ」
エベレストにレストランをオープンしたところで、登山してまで誰が来るんだ、とはじめは冗談だと受け流していた。「でも最終的に『いや、できるかもしれない。ぼくたちが真剣なら、きっとみんなついてきてくれるだろう』という結論に達したんだ」
場所は、エベレスト標高5300メートルにあるベースキャンプ(資材類を蓄えておく登山途中にある施設)にした。期間は14日間。そう、ジェームスたちがレストラン客に提供したのは、シェフ一行と登山し下山までともに過ごす、「旅×レストラン」体験だった。
山のふもとから8日間かけてキャンプ場を目指す。もちろんだがテーブルやイス、薪、食材はすべて持参せねばならない。みんなで手分けして運び、食卓を囲み、寝床を共にしハイキング。まるで探検団のような体験をした。「道中の食事で、参加者それぞれの味の好みがわかったんだ。それを参考に、キャンプ場で作る最終日のメニューを調整していったんだよ」
途中、近くの山で雪崩を目撃したり、低酸素で眩暈を覚えながらもベースキャンプ到着。参加者15人と囲んだ食卓は、世界で一番高いところにできたポップアップレストランとなった。
インドの民宿で、ベトナムの一般家庭で。バックパッカーのような滞在記
「どこでレストランを開くか、ルールはない」
バンコクでは高層ホテルの53階で、現在滞在中のインド・ムンバイではAirbnb(エア・ビー・アンド・ビー)で見つけた一般人のお家のキッチンと居間をレストランにしてしまうという。
メニューはその国に行ってからが基本。もちろんのこと材料は現地調達なため、その地域で手に入れられるものでレシピを考案する。お客さんの大半は地元民であることから、彼らに「自分たちが食べ親しんだ料理の“スナップショット”(記憶)を思い出して私的な体験をしてもらおう」という狙いがあるのだ。
「ぼくたちは、これまで培ってきたシェフのスキルで地元産の食材をオリジナルレシピに変える。それに調理をするまでに出会った現地の人々が、食材や味の可能性を広げてくれるんだよ」
乾燥ホタテと生姜のお粥(北京)
リーソン島の玉ねぎ(ベトナム)
マンゴスチンのアイスクリーム、カロンダの実(タイ)
パイナップル、トロピカルフルーツ・タマリンドのアイスクリーム(タイ)
各都市で英語ができる案内係を募集し、彼らに地域の市場に連れて行ってもらい地元の人たちとの橋渡し役になってもらう。
中国では、料理を包む大きな葉っぱを見つけに川を散策、通りすがりのおじさんに葉っぱの取り方を教わった。それから、農家の人と山奥に香辛料を探す旅に出たり。ベトナムでは、ローカルのおばちゃん家にお邪魔し、庶民の味の作り方を教えてもらう。
「地元漁師と海で一晩中魚釣りしたこともあった。その時漁船で漁師たちと食べた新鮮な魚と米なんて、いままで経験したどんな高級料理よりも思い出に残っているよ」
「シェフとお客」の垣根をなくす
来月2月には中東・オマーン、その後もケニア、イタリア、アイスランドとヨーロッパを周り、アルゼンチン、メキシコの中南米を経由、アメリカ、タスマニア、2018年7月には京都にもストップでフィナーレは8月の香港。残り15ヶ国、まだまだ先は長い。
「決して利益のためにやっているわけじゃないんだ。売り上げはすべて次の旅の資金に充てているからね。それでも続ける理由は、この2年の旅が終わる頃にわかるだろうね。他のシェフが持っていないような経験や知識が備わると思うから」
ポップアップレストランは、シェフにとっての成長の場。だが、お客が得られるものは何だろう。近頃は「ミールキット」と呼ばれる、自宅で料理がすぐできるよう頼んだレシピに必要な分量の食材や調味料があらかじめセットされてくるデリバリーサービスが流行っているなど、レストランに行かなくてもバラエティに富んだ食が楽しめる時代だ。
「現地の人々から学び、手に入る食材で作った料理。そこにはどんなダイニングにも叶わない“リアリティにあふれた剥き出しの食事経験”があるんだ」
シェフとお客の壁はない。レストランという空間を地元民のキッチンや大自然の中に移し、ダイニングという時間を材料調達やそれに関わるすべての人たちとのひとときまでひっくるめる。そこに“シェフもレストランも世界を舞台にノマド”というちょっぴりクレイジーなコンセプトを加えたのが、世界初の新しいポップアップだ。
All images via One Star House Party
Text by Risa Akita