時に24時間以上、ぐうたらだとしても。“自分の時間を生きる”ウェルネスを教えてくれる『Rubber Time Journal』

「Rubber Time, It’s a Lifestyle!(ラバータイム、それはライフスタイル!)」
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さて、時は2021年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもと「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

ウェルネスとは、体も心も状態が良くより幸福であること。自らを健やかに幸せにしていこうという意識が育まれている近年、そのセルフケアはさまざまだ。ヘルシーフードやオーガニック製品を取り入れた健康的な食生活を心掛けたり、エクササイズを日常的にしたり、瞑想やヨガなどでメンタルケアをしたり。「よりよくあろう」と努力する過程も活き活きとしていれば、それもまたウェルネスに繋がるともいわれている。

今回紹介するのは、この「ウェルネス」に関する一冊。ロンドンで創刊予定のライフスタイル雑誌『Rubber Time Journal(ラバータイム・ジャーナル)』が教えてくれるのは、しかし「流れていく時間を(時にダラダラと)自分のペースで生きること」で育むウェルネスについて。意識的に努力する「健やかに生きよう」「健康的な生活を送ろう」が、すかんと抜けている。


「8時間勤務・8時間休憩・8時間睡眠」を呼びかけるポスターや「流れに身を任せよう」というテーマで撮りおろした写真(プールの上に漂うマットレスで昼寝する)コンテンンツ。「ラバータイムビンゴ」なるものもがあり、そのマスには「24時間以上同じ服を着て過ごす」「とにかくたくさん昼寝する」「ズーム会議でパジャマを着る」などなど。

ラバータイムは日本語へ直訳すると「ゴムのように伸びきった時間」。そこにある時間を、時にとんでもなくぐうたらだったり、人からすれば無駄に見えたとしても、ただ自分のペースで過ごすこと、それをたのしむこと。“自分の時間を生きている”と感じられることが、心と体の喜びに繋がっていくことについて、二人の制作者デボラ(Deborah)とパイ(Pie)にビデオを繋いだ。二人は、ロンドンの名門美大、セントラル・セント・マーチンズの卒業生。ラバータイムというカルチャーが根づく、インドネシアとタイの出身だ。

HEAPS:今日はお時間ありがとうね。二人の拠点はロンドンだと聞きましたが、いまは別の場所に?

Deborah(以下、D):うん、二人ともいまは生まれ育った母国に帰省中なんだ。私はインドネシアにいる。

Pie(以下、P):私はタイ。もともとは大学卒業後の2019年に雑誌を紙で創刊してローンチパーティーもする予定だったんだけれど、コロナで諸々あって、どうしても帰国しないといけなくなっちゃって。だから、雑誌の創刊はいま延期中。いくつかのコンテンツはすでにオンラインで公開しているけどね。

D:状況が落ち着いたら、二人ともイギリスに戻る予定。そうしたら、やっと雑誌を創刊できると思う。

H:早く無事に戻れるといいです。じゃあ、創刊予定の雑誌について早速聞いちゃいます。雑誌名でもある「ラバータイム」は、インドネシアのカルチャーからきているとか。

D:インドネシア語の「Jam Karet(ジャム・カレット:ゴムのように柔軟な時間)」という言い回しからとったんだ。

H:(笑)。雑誌では、ネガティブに使われる“ラバータイム”を、むしろ「たのしもう」とポジティブにみせています。

D:ラバータイム・ジャーナルは、グッドなデザインやユーモア、ウェルネスなどを探求するようなインタビューやエディトリアル、コンテンツ要素をコレクションしたもの。「時間というものは、ぐにゃぐにゃっと柔軟でもいいんだよ」ということをみんなに思い出してもらいたくて。ちょっとくらい遅れてもいいんじゃない? って。

P:だからって、毎回遅刻することを推奨しているわけじゃないよ(笑)。私たちが言いたいのは、「もう少しバランスよく時間を使ってもいいんじゃない」っていうこと。時にはなにか特定のことに時間をゆっくりと割いてみたり。

H:「とらわれずに気ままに過ごす」「“無駄”を気にせず費やす」みたいな感じですね。すでに公開されているコンテンツから、二人の思うラバータイムを見てみました。たとえば、

■「‘Go with the flow’ series (流れに身を任せようシリーズ)」:デザインや写真作品で「流れを身を任せよう」をテーマにしているシリーズ

■「Rubber Time Bingo(ラバータイム・ビンゴ)」:ラバータイムの過ごし方のアイデアがビンゴ形式に記されている。ビンゴの各欄には、本を読む、ポストカードを送る、ドキュメンタリーを見る、ガーデニングを始める、パンを焼く、家族と時間を過ごす、8時間寝るなど…。
■「888」:8時間勤務・8時間休憩・8時間睡眠を呼びかけるデザインポスター

こんなのもありますね。

■「‘How to have long and healthy hair’ series(より長く、より健康な髪にする方法シリーズ)」:より髪の毛を長くするための方法をシリーズ

■「題名不明(女性の毎日のピアス記録)」:女性が異なるピアスを着けている様子が写真で記録したもの。

■「Snippets From the Dining Table(食卓での雑談)」:ベーカリーとワインで有名なロンドンのレストラン「St John Bread & Wine」の料理人夫婦との取材記事

どのコンテンツもゆる〜いそれぞれのラバータイムがあって、それが写真、デザイン、文章に落とし込まれている。

D:長く健康的な髪のコンテンツは、写真で表現しながら「どれほどの時間をかけて髪がゆっくりと着実に伸びるか」を表現している。異なる人のさまざまな髪でやったらおもしろいんじゃないかと思って。

P:街で見かけたいろいろなスタイルの長い髪の人に話を聞いたり、写真を撮らせてもらった。私の場合、長い髪が邪魔になって、途中で切っちゃったりするのがいつものオチ(笑)

H:わかる。長い髪って、時に苦行(笑)。ちなみに、より健康な長い髪をキープする秘訣って?

P:みんな髪質が違うから一概には言えないけれど、デボラはアロエベラがおすすめって言ってた。だよね?

D:うん。幼いころ、外に行くときにいつもお母さんが私の髪にアロエベラを塗ってくれたの。それがすごく印象深くって。それから私の髪はいつもイキイキしている。

H:ヘぇ〜。あとは「ラバータイム・ビンゴ」これおもしろいです。「目覚ましなしで起きる」「同じ服を24時間以上着て過ごす」「お気に入りの映画を観なおす」「1日に3回以上食事をする」「誰かにバーチャルハグを送る」など。自粛期間にもってこいの、ユーモアあふれるラーバータイムの過ごし方が詰まっています。

P:コロナの自粛期間中、自宅で暇な時間を過ごす人が多いなか、みんなが共感・実践できるようなラバータイムの過ごし方のアイデアをビンゴにしたんだ。

H:「ズーム会議にパジャマで出席」とか、笑っちゃった。

D:そういえばこのあいだ、二人で「私たちにとっての“ラグジュアリー(贅沢)”ってなんだろう」と話していたんだ。気づいたのは、私にとってのラグジュアリーは「1日にコップ8杯の水を飲むこと」や「たくさん寝ること」なのかもしれない、と。

P:ある人にとってのラグジュアリーというのは「白いTシャツとジーンズ」かも知れないし、またある人にとっては「たくさん寝ること」「家族と過ごすこと」かも知れない。つまり、私たちが感謝の気持ちを感じる物事が、私たちのラグジュアリーなんじゃないかな。


H:他にも、「888」のデザインポスターも目を引く。これは、8時間勤務・8時間休憩・8時間睡眠を呼びかけているそうで。

P:8時間勤務・8時間休憩(遊び)・8時間睡眠って、まさにみんなの理想的な時間の使い方だと思う。でも、現実には多くの人にとってこんな時間の使い方は難しいよね。でも、だからこそ自分のペースで適切に時間を過ごすことが重要だということを知ってほしい。睡眠も仕事も、何事も「自分にとって適したバランス」じゃないと。

H:ああ、なるほど。ラバータイムって「自分の時間を生きること」なのか。費やしたいことも大事にしたいことも、その時間の流れも全部自分のバランスで。

それから取材記事『食卓での雑談』もいいです。レストランでもらったチョコレートドーナツがおいしかったエピソードなど、取材日のささいな出来事や様子がゆる〜く綴られている。ちなみに取材記事での取材対象者はどのように決めているの?

P:基本的には、なにかに時間をかけて打ちこんでいるような職人気質の人が多いかな。たとえば、ものすごくデカい野菜を育てている人とか。実際にロンドンに招いて、取材を実現させた。大きな野菜をひとつ育てるのもね、ものすごくなが〜い時間がかかるんだって。


H:ちなみに、デボラもパイも東南アジア出身だけど、コンテンツには母国要素も含まれている?

P:母国で刷り込まれたユーモアや経験は、間違いなく誌面制作に反映されていると思う。タイとインドネシアのユーモアには、似通っている部分が多いんだ。だから二人がおもしろいと思ったコンテンツを作り上げていくのが私たちのスタイル。東南アジアのカルチャー的な要素をダイレクトに入れるのではなく、母国での実体験を元にしたり。

D:うん、東南アジア出身の私たちが手掛けている時点でおのずと盛りこまれていると思う(笑)

H:たとえばどんな?

D:(東南アジア人らしき)男の人がオートバイを運転している写真とか、まさに私たちが母国で見る日常風景。彼らは数十羽の鶏でも、なんでもかんでもオートバイで運ぶから(笑)。そういうライフスタイルをビジュアルに落とし込んでいる。

H:謎の食べ物がパンパンに入った大量の袋や、セミダブルくらいのマットレスをオートバイに積み上げて、なんでもない顔で運転しているおじさん、最強(笑)

P:あと『Polite Fight(礼儀のせめぎ合い)』っていう企画もあるんだ。お皿に残った料理のラス1をみんなで譲り合うの。「いや、あなたのために最後とっておいたから食べて!」ってな感じでお互いに引き下がらない、私たちならではのカルチャーを写真に落とし込んだ。礼儀正しくしようとしているだけなのに、それが一周回ってちょっと喧嘩みたいになってておかしい(笑)

H:「遠慮の塊」文化ってインドネシアにもタイにもあったんだ(笑)。ちなみに、ふたりは最近地元で、どのようなラバータイムを過ごしているの?

D:私が実践しているのは、なんにもしない日を意識的に作ること。なにか生産的なことをやりたくなるけれど、なにもしないようにする。すると、贅沢な気分を味わえる。最高だよ。他には、観葉植物を育てたり、陶芸をしてみたり、いつもやってみたかったことをやる時間をつくる。とてもたのしい。どれもプレッシャーにならない程度にやるのが鍵。

H:パイはどのように過ごすの?

P:いっぱい寝ているときが最高のラバータイムかな(笑)。基本、8時間寝れたら調子がいい。

H:自分が心地よい方法で過ごすのが大事だよね。ライフスタイル誌で取り上げられているような、いかにもなセルフケアやウェルネスじゃないから、見ていて気が楽。

P:健康的な食生活やヘルスケアについての雑誌は、もうすでに世の中にあるでしょう。私たちの雑誌はそういったケアを読者に押しつけない。

D:自分が健やかに生きる方法に正解も不正解もないからね。ヨガは健康にいいから(本当はあまりやりたくないけど)やるって変だと思う。人によっては、ヨガがストレスの根源になってるかも知れないのに。ヨガよりも散歩してるほうがいいっていう人もいるはずだし。
読者に「これをするべき」と教えるのではなく、「こういうオプションもあるんだよ」と呼びかけるようにしている。



H:特にいまはSNSからのプレッシャーもあるからね。私自身もそうだけど、「達成感」や「なにかをやらないと」に取り憑かれちゃいそうになったrり。

D:「セルフケア」っていえば質の良い睡眠や健全な食生活を思い浮かべるでしょ。でも私たちが思うセルフケアって「ラバータイム」そのものだと思うんだよね。みんなそれぞれのラバータイム、時間のバランスがあると思うんだ。たとえば、私の理想は8時間睡眠だけど、人によっては10時間寝ないと調子が出ない人や、5時間睡眠で十分な人もいる。自分にあった時間の使い方、時間のバランスの取り方を応援したい。

P:うんうん。「健康になろう!」とかじゃなくって、時間のバランスを取るのがとにかく重要。あと、それをたのしみながらできるか、もね。

H:この雑誌はコロナ期間中、時間の過ごし方があやふやになってきたときの気軽なアドバイスにもなりそう。

D:コロナであらゆる状況が急にガラリと変化したでしょう。実は、最初は私もちょっと精神的に辛かった部分もあった。撮影も全部キャンセルになっちゃうし。でもね、パイと二人でいつも話すたびに、どこで、いつ、なにをしていたって自分のライフスタイルを持っていれば大丈夫だって思える。だから「せっかくのラバータイム、できるだけクリエイティブに過ごそう」ってね。

P:コロナ期間中で、どうやったら状況や問題を改善できるのか、環境に馴染むことができるのかを学び得た気がする。

H:なんかいいなぁ。自分だけのラバータイム、もっといろいろ見つけてみたい。

D:「そんな時間の使い方は有意義じゃない!」って言われたとしても、自分の毎日なんだから気にしないこと。自分が決めた時間の使い方が、なによりも心地いいからね。

P:「丸一日なにもしない日」もおすすめ。罪悪感があっても、存分に自分を休ませてあげてね。

Interview with Deborah and Pie of Rubber Time Journal

All images via Rubber Time Journal
Text by Ayano Mori
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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