ツアー写真家、レイビーBが見つける“瞬間”。同じ文化を話す距離感、フェアな一線で捉えるヒップホップアーティストたちの姿

「セレブリティだって普通の人。クレイジーな仕事をしていて持っているお金の桁は違う。でもひとたび家に帰れば私たちと同じで、同じような悩みや願いがある」
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物心ついた頃から彼女の人生にはヒップホップが流れていて、彼女には有色人種の血が流れている。そんな彼女が写すヒップホップアーティストたちの表情は自然だ。「だって私たちは、同じ“文化”を話すから」。

ビヨンセ&ジェイ・Zと48公演に同行。被写体に馴染んで撮る、ツアー写真家

 ステージ裏で目を閉じ額を合わせる、パフォーマンス直前のビヨンセとジェイ・Z。ステージ上で息子を抱き上げ、父としての一面をのぞかせるDJキャレド。少年みたいに無邪気な笑顔で拳を交わす、ステージ下のポスト・マローンと元NBA選手アレン・アイバーソン。

 アーティストのプロフェッショナルなパフォーマンスの様子はもちろん、彼らのふと見せる自然体の表情を切り取る。ニューヨーク・ブロンクスで生まれ、イタリアとアフリカ系の血が流れる写真家レイヴン・ビー・ヴァローナ(30)は、 被写体とその場に馴染み、“一瞬”を逃すことなくシャッターを切る。

 カニエ・ウェスト、カーディ・B、ジェニファー・ロペス。ドレイク、フューチャー、ミーゴスなど。これまで、ヒップホップ好きなら「おおっ!」と羨むであろう大物アーティストのライブ風景やポートレート、オフステージショットをレンズに収めてきた。またこうしたセレブリティの撮影以外にも、ナイキ・ジョーダンのレディース用コレクション撮影や『ティーン・ヴォーグ』の誌面用モデル撮影と活躍の場を広げている。さらに、アートフェアでポートレート写真のクラスを教えたり、昨年末は自身初の個展『アンド・ザ・ビー・イズ・フォー』を開催したり。商業写真家として幅広い被写体を撮る一方で、個人プロジェクトにも精を出す期待の写真家だ。

 特筆すべきは、彼女の、ライブ・ツアー写真家として定評だろう。2018年にはビヨンセとジェイZのスタジアムツアー「オン・ザ・ラン・II」の、3人の公式写真家の1人に抜擢。5ヶ月をかけ39都市48公演に同行した。ツアー中に撮った作品が評価され、ストリーミング・ラジオ「アイハートラジオ」のベスト・ツアー・フォトグラファーにノミネート。さらにローマで撮影したビヨンセとジェイ・Zの写真は、ロサンゼルスの展覧会で展示され、ツアー写真家としての知名度を高めた。

 ヒップホップアーティストを撮る写真家はごまんといる。有色人種の女性写真家も近頃は少しずつ増えてきた。そのなかでもレイヴンが、アーティストの“自然”を切り取ることのできる人気写真家である理由には、被写体と共通するバックグラウンドを持つからこその無意識の感覚がある。


ジェニファー・ロペス。


大笑いするビヨンセ。素っぽくて、いい。


2017年のカーディ・B。写真2枚目は、放送禁止レベルの過激ワードでラップするいまとなってはなかなかお目にかかれないであろう、はにかんだ笑顔。

12歳のときの部屋、壁一面にヒップホップのポスター

 レイヴンのビジュアルの感覚は、10代のころから育まれてきた。生まれも育ちもヒップホップ発祥の地ブロンクス。「レイビーB」の愛称で親しまれる生粋のブロンクスガールは、ポップスやR&Bなどいろんな音楽を聴いていたが、特にヒップホップにハマっていたという。

「12歳のときの部屋の壁一面は、(ヒップホップアーティストの)ポスターだらけ。ビジュアルというものに、ただ惹かれていた。90年代に育ったキッズって、写真やアート、ミュージックビデオなんかを大量に消費して育ったでしょう。とにかく写真が好きだった」。この頃からアーティストを捉えた良いビジュアル、というのを感覚的に取り込んでいたのだろう。ちなみに、ヒップホップだけでなく『ナショナルジオグラフィック』の写真を眺めるのもたのしみだったという。

 アーティストのライブを撮りはじめたのは9時5時の会社員時代。最初は趣味で始めたが、実力が買われ、やがて副業に変わっていった。平日は会社勤務、週末はライブ撮影というスケジュールのなか、レイヴンの熱量は次第に写真に傾いていく。

 転機は25歳だった。「特に興味もない仕事に、週48時間を無駄使いしているなって思うようになって。それならその時間を好きなことに充てたいと思ったんだ」。地元のラジオ局に出演していたラッパーのフューチャーを撮ったことがきっかけで、彼のコンサートやツアー写真も撮るようになった。


取材に応じてくれたレイビーB本人。

「ヒップホップを体験している私たちが、ヒップホップを撮るべき」

「ニューヨークで育って、身の周りにあったシーンにいただけ。友だちの手掛けたイベントを撮るようになって… アーティストと一緒に育つ感じ、っていうのかな」。当時撮っていたアーティストとはともにキャリアを積み重ねていったこともあり、撮影の機会を得ることは難しくなかったのだとか。「友だちとイベントに繰り出してアーティストのライブを撮る。こうやっていたら自然といまに至ったという感じ。撮影スキルが上達するにつれ、大きなイベントで声を掛けられることが増えていったんだ」

 いまから10年ほど前、レイヴンは、ライブ写真を撮りはじめてすぐに気づいたことがある。「ステージ袖にいたのはほぼ白人男性だった。私みたいな有色人種女性はいなかった」。ヒップホップを聴いたり、ヒップホップアーティストをちゃんと聴いて彼らをリスペストしているかどうかもわからない商業写真家たちに、苛立つこともあった。「彼らは、仕事をしているだけ。ヒップホップを聴いて、そのカルチャーに生きているキッズたち、ヒップホップを体験としてたのしんでいる私たちが、ヒップホップを撮るべきだって思った。そのストーリーを伝えるのは、そのカルチャーに生きている人じゃないとって思った」


フューチャー。


ジェイ・Z。

同じ“文化”を話す者同士の、説明できない繋がり

 ヒップホップのカルチャーに生きるレイヴンは、被写体と人種、性別、好きな音楽が同じことが、アドバンテージにもなることもしばしばだと話す。

「被写体がいる空間に足を踏み入れて、共通のバックグラウンドを見つけられると、とてもいい気分になる。共通の言葉や言語というよりも、同じ“文化”を話すというか。これまで似たような経験をしてきたり、お互いの理解があると心地よさが生まれて、被写体が自分らしさを出してくれる」。するとその一枚は、結果的にいい写真になるのだ。「有色人種であるからこそ持っている経験。黒人なら理解できる経験。実際に経験してみないとわからないような経験」。レイヴンと被写体のあいだには、言葉では表現できない、当事者同士にしかわからない呼吸がある。

 女性というバックグラウンドも彼女の写真では一つの視点になる。ビヨンセとジェイZのスタジアムツアー「オン・ザ・ラン・II」では、「私が唯一の女性写真家だったので、女性的な視点をあたえられるような写真を意識した。たとえばビヨンセがマスカラを塗ったり、髪をといていたりしているところ。こういう小さなことを気にして捉えるって、そこに意識を向けていないと」

 そんなレイヴンには、ライブ・ツアー撮影中に気をつけていることが二つある。一つは「被写体とあまり話さないこと」。これは意外だった。有名アーティストのこれほどの自然体をとらえるためには、人間的な距離や親しさは必須だと思っていたから。「おしゃべりすることもあるし、カジュアルな会話ができたらいいとは思うけど、無理強いはしない。アーティストのその時のムードに任せて撮る。彼らの気分は変えたくない。私はフレンドリーだけど、フレンドリーすぎないの」。

 もう一つは「プライバシーを守ること」。いつ写真を撮るのか、いつ撮ってはいけないのか、いつ撮り終えるのか、いつその場を去るのか。その場にずっと残るようなことはしない。「被写体のプライバシーが、私の一番の優先事項。彼らの空間にはリスペクトを持たないとね」

「共通点は、ボーナスポイントみたいなもの」

 人種や文化、バックグラウンドでお互いに共通点が多いからこそ共有できる、撮り手と被写体の感覚。でも、「バックグラウンドが同じでも共感できないことだってあるじゃない。同じカルチャーのなかで育っても、まったく違う体験をしてきたことだってある。人種や文化でなにか共通点があるというのは、ボーナスポイントみたいなもの」

 同じ“文化”を話すことも大事だが、それ以上に、ときに数ヶ月のツアー期間をアーティストと一緒に過ごし、それでも距離はきちんと保ち、撮るタイミングで“撮る”ことなのかもしれない。

「5ヶ月も一緒にいると、彼らの振る舞いや行動が読めてくるもの。笑う瞬間、踊る瞬間。瞬間をピンポイントでとらえられるようになる。『お、(その瞬間が)来るぞ来るぞ』ってね」。ビヨンセとジェイ・Zのツアー同行中、ある晩に撮った枚数は4000にのぼったという。レイヴンにしか定められないピンポイントの瞬間は、4000枚の1枚へとしぼられる。

Interview with Raven B. Varona

Images via Raven B. Varona
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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