ブラックケーキと植民地時代の歴史。デザートや調味料がもっている、甘いだけじゃない数々の話『Chutney Magazine』

「デザートは僕らの共通言語」。デザートはおいしくてきれい。そしてその裏には、必ずストーリーがある。
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ベトナムのデザート、チェーや香港のミルクティー。万能調味料のウコンに、カリブ海の伝統的なスイーツ、ブラックケーキ。

デザートやそこに使われる調味料は、ある時は植民地時代の貿易の要となり、あるときは父から子へとレシピが受け継がれ、またある時は家族のお祝いの席に並んでいた。それらから見えてくる、聞こえてくるのは、あまり知られてこなかった歴史的な話や文化、アイデンティティ、個人的なノスタルジーだ。

カナダ発のインディペンデント雑誌『Chutney Magazine(チャツネ・マガジン)』は、デザートや調味料に焦点をあてた食卓の食文化から、見落とされた民族の歴史や文化習慣を探る。イスラム教徒でありパキスタンにルーツのある編集者オスマン・バリが、「歴史的に疎外された僕が属するようなコミュニティについては、学術や芸術、マスメディアの報道において、大きく誤って伝えられているか、ほとんど取りあげられていない」として、2019年に創刊。現在は、2号目まで発売中だ。

これまでマスメディアで語られてこなかった歴史や文化の話を、それらにまつわるエピソードやレシピとともに届ける。デザートから手繰り寄せて届ける、甘いだけじゃない話たち。

HEAPS(以下、H):Chutney Magazineの表紙は、黄と赤でプリントされていて、とてもキャッチー。小さい頃にパキスタンで食べたお菓子のパッケージをイメージしているらしいね。

Osman(以下、O):リソグラフプリントを初めて使ったんだけど、こすると指にインクが落ちて指につくような質感や触感がお気に入り。さまざまな色を組みあわせてみたりするのもたのしかったよ。

H:雑誌の核には植民地主義とノスタルジアがあるとのこと。ノスタルジア繋がりに、まずはあなたが子どものころに好きだったお菓子は?

O:8の字の形をした、M&M’sみたいなキャンディかな。おじいちゃんの家に行くと、食器棚に小さなキャンディやチョコレートが入っている箱があって、毎回その中からお菓子をもらってて。M&M’sのような、でもM&M’sとは違うような。8の字の形にそって小さな丸いキャンディが並んでいて、押しだして食べるやつ。

H:日本にも、まったく同じお菓子があるよ(笑)!

O:そうなの? それはおもしろいね。世界のさまざまな文化圏で、同じようなお菓子があるんだ。日本にもあるなんて、想像もしなかったよ。あとは、レモンタルトが好き。

H:レモンタルトは、1号目にイラストが載ってる。

O:パキスタンのカフェで作られてるんだけど、おもしろいのは「レモンの味がしない」こと。見た目はレモン。超黄色。なのにレモンの味はゼロ。砂糖の味しかしない(笑)。それでも、自分も家族も大好きで、パキスタンに帰ると絶対買っちゃう。「Ding Dong」という名前の風船ガムもあったなあ。包み紙に黒猫と白猫だったり、いろいろなものが描かれていて、集めていたんだ。

H:誌面もイラストがたくさんで、カラフルでたのしい。そんなルックスに対して、実は扱っているテーマは奴隷制度や植民地主義の話などシリアスです。

O:テーマはシリアスに。だけど、これらのストーリーは必ずしも否定的、あるいは鬱屈した感じで描かれなくてもいいと思うんだ。テレビのニュースだと悲劇的に取りあげられることが多いでしょう、気が滅入ることもある。
負の面を意識することも重要だけど、この雑誌では人々の記憶や経験を祝うもの、おめでたいものにしたかったんだ。だから、内容はシリアスでも、魅力的で目を引くような見せ方のコントラストを作ることで、誌面のあらゆるストーリーや人々の経験に読者がだんだんと引きこまれていくようなものにしたいと思ってる。

H:母国のパキスタンもかつてはイギリスの植民地だったけど、この雑誌を作るきっかけとなったものは、やはり自分のルーツと関係がある?

O:そうだね。自分はムスリムなんだけど『Chutney Magazine』をはじめた理由の一つは、ムスリムのような社会から疎外されたコミュニティの、マスメディアでの表現のされ方に不満があったから。

H:どんな?

O:2019年に、ニュージーランドのクライストチャーチで二つのモスクが襲撃されて、50人ほどが殺害されるという事件があったでしょ。

H:イスラム教の金曜の礼拝の日を狙ってモスクで銃が乱射された事件ですね。

O:そのときの世界のメディアでの報道のされ方には、いらだちを覚えたんだ。普段、ムスリムコミュニティの人々は、メディア上では悪者だったり、テロリストとされることが多い。

H:9.11のあとは顕著です。

O:でも、ムスリムが被害者となった事件が起こったからといって、同じように扱われて、語られることはなかった。そのフラストレーションやエネルギーをこの雑誌プロジェクトに注ぎこんで、その問題に取りくみたいと思ったんだ。

H:誌面では、デザートからアイデンティティや植民地の歴史などのストーリーをのぞくコンテンツがある。たとえば2号の、カリブ海の伝統的なデザート「ブラックケーキ」のレシピとエッセイ。おいしいレシピの話かと思いきや、

・ブラックケーキの材料であるラム酒やラム酒の原料である砂糖の生産が、カリブ海を植民地としていたフランスやオランダ、スペインなどに支配されていたこと

・西インド諸島(カリブ海に浮かぶ島々)では1700年代後半に贅沢品としてサトウキビ生産が拡大し、やがてヨーロッパの食文化の中心になったこと

・インド、アフロ、イベリア、先住民のルーツもつ寄稿者の母のアイデンティティ

などについても話している。

O:ブラックケーキの歴史を掘りさげているところがおもしろいでしょう? カリブ海の島々の奴隷制度や年季奉公、砂糖産業について語っている。表面的には食べ物や思い出に関するストーリーだけど、その根底には植民地主義や、よりダークでシリアスな要素がある。そういったことがわかると思うんだよね。

H:ラム酒にひたひたのブラックケーキから社会的な話を引きだしている。

O:このストーリーで特に良かった部分は、カリブ海に住む人々のコミュニティが「ブラックケーキを“取りもどした”」と語っているところなんだ。ブラックケーキのルーツは植民地時代にあるけれど、いまでは彼らのコミュニティのアイデンティティで、お祝いの席に欠かせないものになっているんだよ。
その文化がどこから来たのかや、その背景にある不公平さを認識し、それを新しい光で照らして、人々にとって新しい意義をもたらすことが一番重要なこと。

H:ほかにも、かつてイギリス領だった香港についてのストーリーが載っているね。これは「ミルクティー」の話。

O:香港スタイルのカフェでミルクティーを注文する話だね。カフェにいるのはビジネスマン、学生、競馬に興じる人たち。そのなかで、お茶が運ばれてくるのを待っている様子が描写されている。

H:喫茶店みたいな感じかな。

O:紅茶についても話している。イギリスの伝統的な紅茶の入れ方とは違い、エバミルク(無糖練乳)を何度もなんども注いで作るらしい。香港の人々にとっては、お茶を入れるのも儀式だけど、カフェでお茶を飲むのも儀式みたいなもの。


H:へえー。そしてエバミルクを入れるんだ、濃厚で美味しそう。ベトナムのチェー(ココナッツミルクや甘く煮た豆類や芋類、寒天やフルーツなどを合わせるデザート)のレシピもある。

O:いろいろな材料が組みあわせられるみたいだね。小豆やリョクトウ(緑豆)、ゼリー状のキューブ。自分で作ったことはないけど、すごく甘そう。

H:そうそう、気になったのは、ウコンのページ。これは「調味料」にまつわるストーリー。

O:ウコンは最近、スムージーやサラダボウルに使われていて、ヘルシーなライフスタイルに取り入れられたことで高級化してるんだ。チアシードやトーフのように。西洋では、これらのスーパーフードを、“自分たちの天才的なイノベーション”として売りこんでいるけど、実際には東洋や世界の他の地域から来たもの。自分たちの手柄にせず、ルーツにある文化に敬意を払うべきだ、というニュアンスを含んでいる。

H:そういえば、雑誌名にもなっている「チャツネ」は、インド料理によく使われているあのチャツネ(南アジア・西アジアで使用されるソースまたはペースト状の調味料)のこと?

O:そう、そのチャツネ。でもチャツネって、母国のパキスタンではただの食べ物じゃなくて、慣用句としても使われるんだ。

H:どんな意味があるの?

O:幼い頃によく母から言われていた、ウルドゥー語で「チャツネ」という単語を使ったフレーズがあってね、それを直訳すると「わたしの脳味噌でチャツネを作るな」。母にちょっかいかけたときとかによく言われてた。パキスタンでは、親が子どもに対してよく使う言葉なんだ。


H:「イライラさせないで!」みたいな意味かな。

O:雑誌のタイトルに選んだ理由は、「チャツネ」は、南アジアを起源とした食べ物というだけでなく、その背景に広がる言語や濃い歴史などさまざまなことを表現できるから。

H:ブラックケーキのエッセイにも出てきたように、植民地主義とか?

O:その通り。南アジアはもともと植民地だったということ、それによって南アジアの食べ物が世界中に運ばれるようになったということ。雑誌では、そんな食べ物と同じような道を歩んできた人たちのストーリーも共有している。だから「チャツネ」はちょうどいい名前じゃない?

H:チャツネっていう名前に愛着が湧いてきた。

O:もう少しチャツネの話をすると、こういった調味料がどこから来たのか学ぶと、そこから引きだされるものがたくさんあると思うんだ。以前はチャツネのことをあまり知らなかったけど、一度調べはじめると、どれだけの種類があるのか、どこから来たのか、どんな食べ物にあうのかなどがわかってきておもしろい。

H:チャツネひとつ、砂糖ひとつとっても、そこにはさまざまな人たちをまたぐ濃い歴史がある。食卓やお菓子箱に並ぶデザートや調味料、食べ物に、より好奇心がわきそう。

O:デザートは、おいしいし、甘い、見た目もきれい。でも、その裏にはブラックケーキの話みたいに、必ずストーリーがある。

H:デザートは甘いだけじゃない。

O:僕は、そんなデザートが大好き。デザートや食べ物は、共通言語だよね。僕たちみんなを一つにまとめる力がある。

Interview with Osman Bali of Chutney Magazine

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All Images via Chutney Magazine
Text by Ayumi Sugiura
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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