自分を説明する、相手を理解する。塀のなかで育てる「言葉」と「表現」。独房の囚人たちに届ける音楽雑誌『AUX』

1日の23時間を独房で過ごす囚人のためにつくられた音楽雑誌
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先の見えぬ不安が蔓延していたロックダウンのとき、過去のものから新たに生まれるものまで本や雑誌は一つの拠り所となっていたが、それは“塀の中”でもそうだった。

雑誌『AUX』は、英国と米国の9つの刑務所や矯正施設にいる2500人のために出版されている音楽雑誌だ。接触を避けるため1日の23時間を独房で過ごす囚人のためにつくられた。

刑務所拠点のレコードレーベルと『音楽雑誌』

 創刊したのは、2017年に創立された世界初の刑務所拠点のレコードレーベル「InHouse Records(インハウスレコード)」。英国の刑務所で、囚人たちの音楽活動を支援し世に送り届ける活動をしてきた。コロナの影響で、囚人たちと対面でやり取りをしながらの音楽活動をやむなく休止し(現在は再開)、代わりに独房の一人ひとりに音楽雑誌を届ける活動へとシフト。

 InHouse Recordsの活動に携わった囚人はポジティブな行動が428パーセント増、再犯率は1パーセントという驚異的な実績をあげてきた*。彼らのレーベルや『AUX』の活動の根幹にあるのが、「囚人たちに読み書きのスキルをあたえること」。創立者いわく「識字率は、刑務所では伸びにくい」。「識字率をあげる」ことは言葉を獲得することであり、それまで言葉を知らないことで限られていた“自身の表現”を獲得していくということ。音楽雑誌を通して、読んで言葉を知り、他者の書いた言葉の中身を想像し、これから送る塀の外での人生において自分を表現する言葉を探求していく。

*英国における75パーセントの元囚人の12ヶ月以内での再犯率は40パーセント近く(UK Research and Innovation)。

 昨年初夏の創刊初期は週刊誌として、その後は月刊誌、隔月誌として製作と配布を続けている『AUX』。雑誌の中身は、ソウルやファンク、モータウン、ダンス、エクスペリメンタル、ローファイなど、毎号ジャンルごとに、その音楽の歴史や文化のレッスンや譜面を使った実践的なレクチャーを展開する、スタイリッシュな音楽の教科書といった感じ。

 囚人たちに「言葉」と「表現」を持つことの可能性を広げていく雑誌はどのようにつくられているのだろう。『AUX』のグラフィックデザインを手がけるロンドン拠点のグラフィックデザイナーのハンナ・リーに聞いてみようと連絡をした。超超超多忙というなかで、10問ほどの回答をもらった。

HEAPS(以下、H):『AUX』が創刊される前から、InHouse Recordsの活動に携わっていたと聞きました。

Hannah Lee(以下、L):友人を通して、InHouse Recordsの創立者(ユダ・アルマーニ)と繋がって、囚人たちに向けて音楽の授業とともに、グラフィックデザインの授業をはじめたんです。パンデミックが起きる3か月前まで、その授業で私はグラフィックを教えていました。

H:この授業はコロナの影響によって継続が難しくなってしまったそうですね。対面で音楽やデザインについて教えることができなくなってから、囚人たちとのコミュニケーションや繋がりを保つ手段として、なぜ「雑誌」という形を選んだんですか?

L:雑誌というアイデアを思いついたのは創立者のユダです。パンデミックの影響で、囚人たちは1日23時間ものあいだ独房のなかに閉じこめられていた。そんな彼らとコネクションを保つため、そして彼らの気を紛らわすため、簡単に配布できて、みんながアクセスできる「雑誌」を作ろうと思ったんです。

H:『AUX』ができたことで「InHouse Recordsのスタッフは、一夜にして音楽やレーベル関係者から“教育ジャーナリスト”になった」と話していましたね。

L:音楽を教えていたスタッフがエディトリアルライターになったって感じだね。囚人たちと物理的に同じ空間にいなくとも、彼らに教え続けるために。

H:ちなみにいま(取材時点の7月)も、『AUX』は継続中?

L:拡大中。これまで5万部以上発行していて、いまでは英国の刑務所の半数以上に届けられていますよ。今後も制作を続けたいと思っています。

H:『AUX』は誌面で展開されるテーマが豊富ですね。

・Creativity(創造性)
・Writing(書くこと)
・Music(音楽)
・Rhythm(リズム)
・Production and Recording (プロダクション&レコーディング)
・Cultures(文化)

などのセクションにわかれています。



特にRhythmやMusic、Production and Recordingといったセクションでは、

・レゲエやダブ、アフロビートの歴史
・基礎的なギター練習コード
・人気ラッパーNasの曲『The World Is Yours』のリズムについて
・有名プロデューサーでラッパーMadlibのアルバムで展開されるファンクスタイルのドラムについて

など、テクニカルである一方、親しみやすくもある教え方です。号によってカバーする音楽ジャンルも実にさまざま。

L:どんな囚人にも引っかかる音楽があるよう、雑誌では幅広い音楽ジャンルを網羅しよう、と制作陣では話しています。


H:ちなみに囚人たちに人気のアーティストは?

L:M Huncho(ロンドンのラッパー)やPotter Payper(ロンドンのラッパー)、Rimzee(ロンドンのラッパー)がかなりホットです。

H:すべてロンドンのラッパー。地元愛が強い。やはりヒップホップのアーティストが多いのは、自身の生き方をリアルに反映する音楽ジャンルだからこそかもしれませんね。
また『AUX』のユニークさは誌面のデザインやレイアウトにも。セクションごとにわけられ敷かれたカラー、目を引くフォントやこだわりの行間、段落や文字の入れ方、写真などの置き方に、読みやすさの工夫を感じます。そのうえで飽きさせない遊び心がある。読者である囚人たちには読み書きのスキルが高くない人もいるなかで、誌面づくりはどのように心掛けていますか?

L:おもに考えなければならないのが、囚人たちが「消化できるよう」に誌面づくりをすることです。囚人のなかには、脳神経に多様なスペクトラム*を抱える人もいるかもしれません。ほとんどすべてのテキストには、サンセリフ体(文字の線の端につけられる線・飾り=セリフがないスタイル)を使用し、大きなテキストのかたまりは散らすようにして、誌面を見たときに圧倒されないようにデザインしています。

*ASD(自閉症スペクトラム)やADHD(注意欠陥多動性障害)などの発達障害。

そしてイラストレーションはとても重要です。囚人たちのなかにはイラストしか見ない人たちもいるだろうから。イラストは言葉に命を吹き込んでくれるし、読者の目を引くことができるし、かなり大切なもの。



H:『AUX』では、インタビュー記事の「言葉」もいいですね。米ヒットマフィアドラマ『ソプラノズ』の俳優Joe Ganascolliや、英コメディアンTom Ward、英ミュージシャンYazz Ahmedのインタビューを掲載。創作の助言になるようなものが多い。

・You don’t have to be in a state of misery to talk about misery.(みじめなことを話すときにみじめになる必要はない)

・It’s important to find somewhere where you feel safe to fail and to accept that failure. (失敗したり、失敗を認めたりすることが安心してできる場所を見つけることが大切)

言葉を聞き、読み、手にしていくことは、これからの彼らにとってどのように関わるのでしょう。

L:刑務所内で向上させたコミュニケーションスキルは、外の世界で役立つ。雑誌という読み物を通して、忍耐力や共感性、理解力をつけてくれることを願っていますよ。

Interview with Hannah Lee of InHouse Records

All images via Hannah Lee
Text by HEAPS, editorial assistant: Shunsuke Kanazawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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