新しいジャーナリズムは「報道後のレスポンス」。カンバセーション・エディターが読者と積み重ねる、SNSにはないダイアログ

「私たちのプラットフォームは、ツイッターではありません。知識の交換をする場です」
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「新聞記者は時勢の従属なり」とは、といったのは思想家・内村鑑三だが、新聞記者を含む「ジャーナリスト」は時勢を追い、報道することに使命を受けたプロフェッショナルだ。記者から読者へ、ニュースやストーリーを届ける——それが仕事の真髄というあり方は、さまざまな観点から変化している。

メディアのあり方が問われ、一方通行の報道ではないジャーナリズムの試行も続く。その一つに、報道の先に“ジャーナリストと読者のダイアログ”を積極的に生み出し、円滑に進める「カンバセーション・エディター」という新しい仕事がある。かつてメディア業界で絶え間なく話題を集めたスロージャーナリズムの旗手「De Correspondent(デ・コレスポンデント)」が生んだ仕事だ。

読者を巻き込む。その“実践”のための新しい役職

 いまから8年前、2013年にオランダで登場したメンバーシップ制のオンラインメディア「De Correspondent(デ・コレスポンデント)」は、創刊からいろいろな意味で話題になった。

 オランダの大手新聞社を解雇されたばかりのジャーナリストが創始したこと。当時にしては珍しく広告は一切ない。購読料を払うメンバーや寄付によっての運営を選んだこと。人口1600〜1700万人ほどの同国において、2014年の時点で有料メンバーが3万人以上もいたこと。デジタルメディアが血眼になっていた「ページビュー至上主義」に背を向け、速報のニュースではなく、一つのトピックを深く長期的に掘り下げる“スロージャーナリズム”をいち早くはじめたこと。

 一方的に、かつ量産した記事を読者に流し続けていたメディアに対して「いや、私たちはオーディエンスとの交流が必要だ、と言ったんです。ジャーナリズムでもって、みんなを巻き込むことが重要だと思いました。みんなと違うことをやっていたんです」。

 今回取材したデ・コレスポンデントの“カンバセーション・エディター”のグウェン・マーテルは言う。3年前から同役職を担う人物だ。有料メンバーだけがアクセスできる記事には、ディスカッションの場が設けられ、記事についての対話を続け、専門的知識を持つメンバーたちがストーリーを広げ、深くしていく。


今回話を聞いた、カンバセーション・エディターのグウェン・マーテル。

 カンバセーション(会話)のエディター(編集者)とはなんなんだろう。

 今回は、8年前からさまざまなメディアで紹介されているデ・コレスポンデントの画期的さのキーとなる新たな仕事と、それがもたらすものについてを探っていく。

「(メディア創立時から)私たちは『読者を大切にし、彼らから知識や情報を得るのは大切だ』と主張してきました。公にもみんなにもそう話していましたが、実際、どうやってそれを実現させるかを模索していた」。
 そんな時、同メディアに寄稿するジャーナリストである「コレスポンデント(特派員)」と、さまざまな専門分野や職種、知識を持つ「メンバー(有料会員)」を結びつけて記事に対する会話をスムーズに引き出す役割が必要だと思いつき、「カンバセーション・エディター」という役職をグウェンが提案したという。

「いまとなっては、“カンバセーション”を引率する以外のこともしているので、この肩書きが好きじゃありませんが(笑)」。専門知識を持つエキスパートに原稿を校閲してもらうことで知識を取り入れること、もカンバセーション・エディターの大きな役割だという。

カンバセーション・エディターのTo-Doリスト

 改名をした方がいいかもしれない、とグウェンが思うほど、カンバセーション・エディターの仕事は多岐にわたるが、記事のリリース前後で、大きく分けて二つある。

 まずは記事リリース前。1に『デ・コレスポンデント』コミュニティを巻き込んだ情報収集、2にエキスパートと二人三脚のストーリーテリングの進行。
 情報取集はこんなふうに進む。記事の書き手であるコレスポンデントから「専門家の意見が欲しい」と連絡があれば、カンバセーション・エディターがメンバーから適切なエキスパートにリーチする。たとえば「新型コロナウイルスに関する記事の場合、メンバー内の生物学者や疫学者にリーチし、協力を請いました。心理学者、行動分析家なども含め、100人ほどが集まりました」。グウェンはさらりと話したが、100人を集めるというのは、たやすいことではないと思う。さらに専門家たちに払われる報酬はない。それだけ協力したいと思わせるメディアの魅力が『デ・コレスポンデント』にあるということなのか。

 ストーリーテリングの進行とは集めた情報を活かして原稿をつくり、それのブラッシュアップをエキスパートたちと進めていくプロセス。「原稿を送ると2時間くらいで校閲してくれて、メモやコメントつきの原稿を戻してくれるんです」。忙しいなかボランティアで『デ・コレスポンデント』のストーリーテリングに参加するのだ。

「彼らは、ジャーナリズムに(時間や労力を)費やしたいと思っている。また、自分たちの専門的な仕事を大事にしており、自分の知っていることを教えたいという気持ちがあります。まるで、サークル活動のような雰囲気です」。『デ・コレスポンデント』には、ロロデックス(Rolodex)という独自の“連絡網”がある。ここにはデ・コレスポンデントのメンバーでもある2000人ほどの専門家たちが登録されており、記事づくりに専門家が必要になると、カンバセーション・エディターはまずはここをチェック。「私の仕事は、誰がなにについて多くを知っているのかをチェックすること。誰にでも“専門”はあります。たとえば専業主夫は、家での過ごし方のエキスパートだといえます」。

 そして、記事リリース後。各記事のコメント欄で会話をするメンバーたちのやりとりを読み、「どの視点がおもしろいのか? 情報ソースに足りてないところはないか?」を確認する。1日1時間半から2時間ほどをこのチェック作業に費やすという。

「たとえば、人種差別に関するストーリーでは、みなリスペクトをもって会話しているのかを特に気にします。大手製薬会社に関する記事では、会話のなかで出てきた質問を弁護士に確認する。興味深い視点があがってきたら、フォローアップの記事を書いてみたら、と書き手を促します」。

 難しさを感じるのは「書き手がAと考え、メンバーやエキスパートがBと考えるとき。カンバセーション・エディターが仲介人にならないといけません。たとえば、ジャーナリストのジェイソン・ヒッケルによる貧困についての記事があったのですが、メンバーから『記事内にあるリサーチに対する彼(同ジャーナリスト)の解釈が間違っている』という意見がありました。彼にコンタクトしたけど返信はない。なので、実際のリサーチャーにリーチし、事実確認をしました」。

  会話の仲介には、記事リリース後の会話の中に浮上する疑問や事実のファクトチェッカーもこなし、カンバセーション・エディターはさらにこんな役割も担う。「違う視点を探そうと思っている」。人種や性別、社会的地位などに偏りがないようにエキスパートを探すのだ。

「どんな媒体にも特定の読者の“バブル(泡)”がありますよね」。特定の性別や人種、考え、年齢層、社会的地位などの“コミュニティ”があり、情報は一面化しやすい。『デ・コレスポンデント』のバブルは、高学歴のリベラルな白人男性グループ。「決して悪いことではありませんが、気をつけなければいけない。報道には多角的なアングルが必要なので」

レスポンスが持つジャーナリズムのあり方

 コメント上のやり取り以外にも、報道後に読者や専門家を巻き込んださまざまなディスカッションをしてきた。

 たとえば、元受刑者の社会復帰を助ける米国のNGO団体についてのストーリー。記事を公開した後のディスカッションでは「自国オランダではシステムが違うので不可能ではないか」という意見を述べたメンバーがいたという。それに対しカンバセーション・エディターは、オランダの少年犯罪に関する専門家を探し、ディスカッションに招いた。実際に米国のアプローチを自身の団体に取り入れた彼は、そのことを共有してくれた。記事についてメンバーから質問が飛び交えば、実際にその当事者たちを招いての会話を積極的に開いている。

「セックスワーカーについての記事の公開後には、ディスカッションに、実際のセックスワーカーがくわわりました。メンバーたちが彼女たちの職種についていろいろと議論を展開していたのを見たセックスワーカーたちが『私はセックスワーカーです。質問、なんでも受け付けます』とね」。最近では、コロナに関するストーリーでもディスカッションをおこなった。「パンデミック初期、オランダではマスクの意識が薄かった。ヘルスケア業界で働く8人を集めてディスカッションの場を設け、マスクの普及や配布の優先順位について話し合いました」。

 そのほかにも、過去にこんな会話をしてきた。

🖋「哲学者の代表格に西洋の白人ばかりが挙げられることに関する考察記事」の公開後:さまざまな視点を持つ哲学の学生などを招いて討論を実施。
🗣オランダの大学にて哲学を専攻するアフリカの留学生は、西洋の哲学者ソクラテスと西アフリカ最大の民族、ヨルバ族の神の顕現(けんげん)を反映する精霊オルミラを比較する同記事内の考察に対して「おもしろい視点だ。オルミラのことはアフリカでもあまり知られていないと思う」と話した。
🗣一方「興味深いトピックだけど、人種問題でスポットライトの当たっていない哲学者がいることは、よく知られた話だと思う。それよりも、あまり知られていない彼らの教えや考えを紹介した方がいいと思う」というコメントを残した人も。
🗣「西洋ではない地域の哲学を勉強したいので、アドバイスをください」というメンバーには、筆者や、先述のアフリカからの留学生がお薦めの書籍をすすめるなどの会話をした。

🖋「住宅不足に関する記事」の公開後:
🗣コメント欄でのディスカッションでは、以前デ・コレスポンデントで取材した住宅市場専門の経済学者がくわわり、メンバーの質問(「リノベをした家を売る際に付加価値税を取り戻すことができるか」)に回答したり、「シンプルなこと。住宅が不足したら建てればよい。ただ、なにをどこに建てるが問題。プロジェクト開発者の儲けになるという理由で大きな家が建てられている現状がある」などという意見もあり、これに賛同する会話も生まれた。

🖋「Amazonやオランダ最大のネット通販会社Bol.comなどに覆面で入社しルポを書くジャーナリストへのインタビュー記事」の公開後:
🗣ジャーナリスト自らが「次はどこに覆面したらいいか案をください」と募集。食品関連メーカー、労働者保険事業団の保険医の電話オペレーター、などの意見が飛び交った。

 報道後のディスカッションを促進するのはおもにカンバセーション・エディターの仕事だが、記事を執筆したコレスポンデントがおこなうこともある。「若い世代のコレスポンデントは、メンバーにフォローアップの質問をしたり、コメントでも同じような考えを持っているメンバー同士を繋げようとしたり、と積極的です。コレスポンデント一人ひとりが、ちょっとずつカンバセーション・エディターでもあります」。

 ところでグウェンは、いまのディスカッションシステムで一つ気に入らないことがあるという。「各記事のコメント欄がカオスです。スレッド返信ができるようになっているのですが、会話を見るのに延々スクロールをしないといけない。いまシステム開発者と相談し、改善しようとしているところです」。ディスカッションのテクニカルな場づくりにも気をつける。「私たちのプラットフォームは、ツイッターではありません。知識の交換をする場です」

 メディアによる歪曲報道や、ニュースの切り取り方、ナラティブの偏りはいまにはじまったことではないが、ソーシャルメディアによってさらに混迷を極め、情報を受け取る行為そのもがプロパガンダやフェイクの歪みを受け取るリスクをはらんでいる。「適切に情報を閲覧しているか」の判断は意識的になってなお難しい。ソーシャルメディアによって個人それぞれが発信し、意見交換もできるようになったが「情報と知識と意見を建設的に交換しているか」を考えたときには、その判断はまた難しい。

 この、報道の先にある“情報の受け取りと受け取ったあと”により意識的であり、自分たちのメディアにできることに実践的であろうとはたらきかけてきたのが、この3年のデ・コレスポンデントのカンバセーションエディターだろう。読者の能動性を促しながら、ともに報道後のレスポンスをつくってきた。読者を巻き込んだインタラクティブ性は多くのメディアが取り組むところだが、それぞれの経験に基づくオピニオンの交換とどまらずに、エキスパートを招いた視点で事実にアプローチしていく。時々のトークイベントではなく、日常的に記事上でおこなわれるやり取りであるという点にも地道な会話の積み重ねがある。

 報道後の先にある会話の精度を追求する新しいジャーナリズムの実践。それを模索しているのがカンバセーションエディターだとすると、グウェンの言う通り、肩書きは新たに必要かもしれない。

Interview with Gwen Martèl of De Correspondent

Eyecatch Illustration by Kana Motojima
Images via De Correspondent
Text by HEAPS and Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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