Donato Di Camillo(ドナート・ディ・カミッロ)が「フォトグラファーになるまで」のストーリーは異色だ。学校に行かずアシスタントもせず、というよく聞く話ではない。写真の知識と技術は、3年間の服役中と、2年間の自宅軟禁中に一人で学んだ。
44歳でキャリアをスタートさせた彼が、レンズを向ける被写体もまた歪みを見せる。モデルやセレブには目もくれず、人生に苦悩を抱える社会のマイノリティにのみシャッターを切るからだ。
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刑務所で独学。47歳前科ありの写真家
ドナートの写真には、一目で彼の作品と分かる明確なスタイルがある。大胆なフレーミングに、目の覚めるような色彩、 強めのコントラスト。それからファッションの作品ではお目にかかれない被写体と、その訴えかけるような表情。
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Photo by Donato Di Camillo
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Photo by Donato Di Camillo
特筆すべきは、そのバックグラウンド。美術系大学やカメラマン養成スクールで基本的な知識や技術を身に付けたわけではなく、スタジオでアシスタントとして働いたわけでもない。写真は、刑務所服役中と自宅軟禁中の5年間で、すべて独学した。
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当の本人は「It doesn’t matter(過去の話なんて、別にいいだろう)」と、多くを語りたがらないが、やはり触れておきたい。
遡ること2006年、ニューヨーク・マフィアの犯罪組織のひとつ、コロンボ一家のメンバーに関連した容疑から逮捕。当時は懲役20年と宣告されるも、3年の刑務所服役と2年の自宅軟禁で済み、2011年に釈放。その後、フォトグラファーとしての道を歩みはじめた。
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大半を読書に費やした、服役生活
イタリア系アメリカ人として生まれ、ブルーカラー(肉体労働者)の両親のもとで育った。訛りのある英語やイタリア人特有の名前を笑われ、疎外感を感じていた思春期。楽しみといえば、毎月父が近所から拾ってくる雑誌『National Geographic(ナショナル・ジオグラフィック)』の掲載写真を見ること。最高品質で写し出される、これまで目にしたことのない世界中の風景に、少年は心を奪われた。
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「写真家願望なんてなかった」服役中だが、やはり興味はあった。刑務所図書館に並べられた数冊の古びたフォトブック、家族が定期的に送ってくれた写真専門誌で、カメラの基礎知識を熟読。
刑務所暮らしから自宅軟禁にかわっても、行動範囲は36メートル以内。時間を持て余していたドナートは、YouTubeで露出・構図・画像編集のおさらいや、新たにライティング技法を習得。次第に溢れ出る探究心は止まらず、家族にカメラを買ってきてもらい、昆虫や植物を撮りはじめた。
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自分の足で歩くストリート、すべてが新鮮な風景。5年の刑期を終えた後をこう語る。「まるで翼を手に入れた気分だった」。同時に、将来の不安も尽きなかった、とも。
そんな時、あのナショナル・ジオグラフィックのプロ・アマ不問のフォトコンテストに応募。厳格な基準をくぐり抜け、見事掲載されたのだ。「経歴のない自分の写真が評価されたことは、大きな自信に繋がった」と2013年、本格的にフォトグラファー活動を開始した。
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ライカのレンズ越しに映る「フリンジ」たち
ソーホーに繰り出し、モデルやセレブのスナップを撮ったりはしない。車を走らせる先は大体いつも、労働者階級をメインに多種多様な老若男女が集うビーチ、コニーアイランド。そして被写体は大体いつも、そこでたむろするホームレスやアル中の人々。ドナートは彼らを「フリンジ(社会のマイノリティ)」と呼ぶ。
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Photo by Donato Di Camillo
「ホームレスに特化しているわけじゃあない。ただ、人生を物語る目力、放つキャラクターの強さに惹かれ声を掛けるのさ」。罪を犯し、償ってきた身だからこそ、そういった被写体に親近感を感じる。そしてそれぞれが持つライフストーリーを、写真を通して表現する。
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Photo by Donato Di Camillo
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Photo by Donato Di Camillo
「綺麗に着飾ったモデルにはない、フリンジだけが伝えれるストーリーがあるんだ」。被写体を見下すことはしないし、面白半分で撮ったりもしない。そこにはいつもリスペクトがある。それでも危険とは隣り合わせ。物を投げつけられたり、ナイフを突きつけられてカメラを盗まれたこともあった。
「僕が切り取る被写体は、いわゆる“主流の美”じゃない。醜いと思う人も、なかにはいるかもしれないね。でも僕には美しく映る。だって皆、それでも一生懸命生きてるから」。その言葉には、妙に説得力があった。
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Photo by Donato Di Camillo
「最近ではメディアに取り上げられる事も多く、撮影依頼もどっと増えた。でも正直、この知名度は僕の作風か、それとも異色のバックグラウンドのおかげなのか…」。本格的に写真を撮りはじめてまだ3年。自分をプロフェッショナルと呼んでいいものか、とこぼす。
「あなたにしか撮れないものとは?」と問うと「そんなもの、ないよ」と一言。強面の印象からは想像し難いが、謙虚という文字が似合う男だ。
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わざと冗談を飛ばしたり、ふざけたポーズをとって取材陣や被写体を笑わせてくれたり。フィルターを通すことなく誰をも受け入れ、理解し、アプローチできるのがドナートの魅力なんじゃないか、と実際の撮影風景を見ていて感じた。
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充分すぎる自然光がある日でも、撮影時は必ずフラッシュをたく。仕上がった作品は、まるで被写体と過去の自分をリンクさせ「明るい未来であるように」と言っているかのように、眩しいほど鮮明だ。
Donato Di Camillo
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All interview photos by Kuo-Heng Huang
Text by Yu Takamichi