獄中からシャバへ。暴かれる内事情、米国の囚人たちが彼らの実話をシェアする「プリズン・ライターズ」

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獄中での実話…なんて暴露本はいつの時代も売れるように、「刑務所」を題材にしたものはヒットしやすい。米国でも同様、大人気ドラマ『プリズン・ブレイク』や現在好評の『オレンジ・イズ・ザ・ニューブラック(女性刑務所の人間ドラマをコミカルに描いたドラマ)』やドキュメンタリー番組などこの手のネタへの食いつきはいい。

マフィア、ギャング、ドラッグ、いじめが蔓延するその小さな閉ざされた社会には薄かれ濃かれ興味があるもの。
そしていま。出所後ではなく、米国の獄中から囚人の実体験談がシェアされるプラットフォーム「PRISON WRITERS(プリズン・ライターズ)」がある。書き手は全員、獄中の囚人。外界からもっとも遮断された社会の一角から、彼らはシャバに向けてリアルに語る。

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暑すぎて囚人死す? 囚人によって暴露される内事情

 この夏、尋常でない暑さの過酷な刑務所生活が露呈された。テキサス州ダラスの連邦刑務所の囚人がプリズン・ライターズに「夏の刑務所は地獄」と日々の体験談を共有したからだ。夏を越せない者もでるほどだという。蒸し風呂並みの暑さをこえて、地獄の釜風呂状態。
 看守によって水・氷が配られるのだが、いじめや嫌がらせ、権力のある囚人に奪われたり誰かが買い占めたり、丸1日水にありつけない囚人も少なくないという。刑務所運営側はこの状況を例年知っておきながら問題視すらしてこなかった。

 こういった刑務所のシステム上の問題や内事情の様々が、日常的に明るみに出ている。暴露するのは囚人たち、プリズン・ライターズは獄中の囚人がその経験をシェアできるプラットフォームなのだ。立ち上げ人は、CBS News、CNNで犯罪・刑務所ドキュメンタリー番組を手がけてきたテレビジャーナリスト、Loen Kelley(ローン・ケリー)。

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快く会ってくれたローン・ケリー

 現在、数人のボランティアの編集者でまわしており、執筆を志願する囚人がプリズン・ライターズ宛にストーリーを投稿、採用されればオンラインで公開される。編集者といっても、文字校正や刑務所用語をわかりやすく直す程度で大幅な書き換えは一切ナシ。インターネット上での共有という即時性に反映される、囚人のリアルな声にこだわった。米国の獄中生活が、囚人の手によってあらわになっていく。
 今回はプリズン・ライターズの立ち上げ人ケリーと、現在エグゼクティブ・マネージャーを務め、SNSでユーザーを増やしているやり手の甥っ子Lewis Kelley(ルイス・ケリー)に会うことができた。

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ルイス。

知られざる、刑務所の実態。刑務所では切手がカネ?

 ところで冒頭の『オレンジ・イズ・ザ・ニューブラック』ご存知だろうか。筆者、シーズン1から見はじめ結構はまっているのだが、ンまあえげつない。刑務所内では派閥・裏切り当たり前。権力者に逆らえば何日も食事を与えてもらえず(権力者は大抵キッチンを牛耳る)、外界からブツの密輸入、女性の場合はお菓子やら化粧品やらで取引きなどドラマなやり取り満載。陳腐とわかっていてもまずは聞いてみたかった、あれって現実?

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 ケリー、「あんなの日常よ、実際の方がひどいわよ。それに、本当に刑務所内での権力者ってキッチン握るのよね。大事なライフラインだし」。
 それから、もう一つ、刑務所を知る番組として話に上がったのは『60 Days In』、志願する一般人が留置所に入って60日間を過ごすというドキュメンタリーシリーズだ。“I really miss coffee(コーヒーがどうしても欲しいの)”が合言葉で、これは「ギブアップ」を意味する。
 これ、やらせでなければヤバい。新人いびり、レイプ、看守からのいじめ。これもケリー曰く「やらせじゃないわよ。うまーく切り取り貼っつけして、よりドラマチックに演出してるけど、シーンの素材は全部本物」。
 ケリー自身、テレビジャーナリストとして犯罪・刑務所の番組制作において様々な囚人を取材してきた。そこで痛感したのが「米国における陪審員制度、そして刑務所内が問題だからけ」ということ。刑務所からの声など一般に届くはずなどなく、しかしそのままでは一向に刑務所のシステムが改善することはない。「だから、囚人たちのリアルな声が届くように、プリズン・ライターズを立ち上げたのよね」。2014年のことだ。

刑務所の情報誌で、投稿を募集

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 仕事柄、すでにその界隈に顔も広く繋がりも多かったケリー(ラテン・キングス:ヒスパニック系の米国巨大ギャング に取材を試みていたのだがまだ無理なんです、と話の流れでこちらがこぼすと『私の立会いがあればいけるわよ。幹部とミーティング、セットアップしましょうか』というほどだから、怖いほどにその方に顔が効く女性なのだ)、立ち上げにおいてまず行ったのは、囚人向けの「ライターコンテスト」だった。囚人からの寄稿を募集、囚人たちに配布される情報誌に広告を載せると「予想以上、何千通ものレターがきたのよね」。そこから100本程度を、第一弾に選んだ。

 実際にプリズン・ライターズを読んで見ると、ドラマに劣るどころかそれ以上の、様々な問題が暴露されている。たとえば、ドラッグの密入事情『A Prisoner Reveals Secrets About Smuggling Drugs Into Prison(囚人が暴露、ドラッグを刑務所に密輸入する方法)』、刑務官とギャングの癒着『EX-GANG SAYS PRISON POLICIES FEED PRISON GANGS(元ギャングは語る、刑務所のやり方は獄中ギャングを肥らせる)』、獄中でのレイプ『I Was Repeatedly Raped in Prison(私は繰り返しレイプされ続けた)』など。

 こういった深刻な問題提起もあれば『Penile Implants in Prison Cost About $40(刑務所での人工陰茎、男性器の膨張と収縮手術は40ドル)』『In Prison, Stamps Are The Currency That Binds Eerybody(刑務所内で、切手は通貨になる)』などコミカルなもの、囚人たちの日常や刑務所お役立ち情報のようなものまでバラエティに富む。ただし、扱うのものはすべて実体験か、目撃談。ストーリーはすべて実名と刑期を明記の上で公開される。コメントを送りたい人のために、囚人への手紙の宛先まで書かれている。

 個々の“暴露”によって、閉ざされた世界の問題が明るみに滲みでてくる。「刑務所は、問題がありすぎる。届くことのない刑務所の声が届いて、少しずつでも状況が改善されて欲しい」とケリーは話す。
 特に深刻な問題を問うと、宣告される刑期が理不尽な場合が多い(たとえば少量の麻薬の使用に対して長すぎる)、どの刑務所にも必ず一人はいる悪質な看守についてなどをケリーは話す。「ひどい看守は多いわよ。刑務所じゃ囚人にどんなにひどいことしてもほとんどバレないんだから。誰も見てないし、見てても報告のしようがないでしょ、あそこまで“アンフェア”がのさばっている場所ってないわよ」。

囚人ライターに、執筆料もお支払い

 プリズン・ライターズは1ページごとに10ドル(約1000円)をライターに支払っている。現在は寄付金でまかなっているとのこと。
「刑務所でうまく生きるにはお金が必要なのよね。医療費もスプーンとかお菓子とか買うのに必要でしょ。あとは出所した後に少しでも貯蓄がないと、すぐにお先真っ暗でしょ」。
 こういった状況もあってか、ライターを志願する囚人はあとを立たず、現在は「200人待ち」の状態だそうだ。

@PrisonReform101

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 さらに、プリズン・ライターズはSNSも使いこなしている。インスタに一体どんな写真ポストするのよ? と思うも、ストーリーのイメージビジュアルにタイトルを載せて「本の表紙」っぽくして興味をそそる出来に。ストーリーがそのまま読める投稿もあって面白い。SNSの運用は今年大学を卒業したばかりの甥、ルイスが担当。ツイッターのユーザーは特に増え続け、2万人を突破する勢いだ。

囚人から絶えず届く、お礼の手紙

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 ケリーとルイスが、ぎっしりの紙の束を見せてくれた。ノートの切れ端ばかり、よく見れば一枚一枚文章が書いてある。「プリズン・ライターたちから、書かせてくれてありがとう」というお礼の手紙が、二人の元へ後を絶たずに届くのだそうだ。
 実際、プリズン・ライターの書き手は囚人でも10年以上の刑罰を言い渡されている者たちが多い。中にはもともとの刑期に、看守を襲って懲役が170年追加される者も…(先述の、男性性器移植のライター)。

「数年も経つと、ほとんど誰も受刑者に面会なんて来なくなる。孤独を抱えている受刑者も多いのよ。そういった人たちは誰かから必要とされていると感じる必要がある。何かを書くということは、あなたを急かす編集者がいて、締め切りがあって、自分の仕事を待つ人がいて。そして、お金という対価を受け取る」。社会から完全に遮断され、自分の存在を必要とする以前に知る者がいない人間に、「更生」なんて浮かぶと思う? と。

 絶対に届くはずのなかった声がまた一つ、社会に届くようになった。どこの情報機関も通さない、個人が立ち上げたプロジェクトだからこそ、リアルを失わずに。いま、プリズン・ライターズというプラットフォームは、多くの囚人にとって新たなライフラインなのだ。

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 筆者も結構読んでみたのだが、個人的には、「元看守が囚人へ:元々看守だったが権力のある囚人とグルになって、他囚人にヘロインを売りさばいて金儲け、2年してそれが発覚、看守から囚人に落ちた」男の話が興味深かった。

 現在、HEAPSではプリズン・ライターズの記事を連載化することをケリーとルイスと相談中。米国の新たなリアルをお届けできるよう編集部、ケリーたちの手を借りて刑務所の囚人たちとメールをしてみる予定でいる(米国では最近、メールのやり取りが可能になった。値は比較的張るが)。こうご期待を。


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PRISON WRITERS
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Photos and Text by かわしまノンキ

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