いつの時代のニューヨークにも、そこには「みんなのコニーアイランド」があった。どこまでも続く白い砂浜、大きな観覧車に世界最古の木製ローラーコースター、夕焼けに染まるボードウォーク。
Blanket Toss, 1955
マンハッタンから電車で揺られ約1時間。都会の喧騒から離れたブルックリンの南端に、“労働者階級や移民たちに愛される”ビーチ・リゾートがある。
地下鉄の終着駅に広がるのは、誰もを受け入れた海辺コニーアイランド。
写真家ハロルド・ファインスタインはそこで毎夏、60年間にわたって撮り続けた。
「“コニーアイランドはタダで楽しめる場所”、“労働者階級の人々の場所”である、とハロルドはよく言っていましたね。裕福な人たちは、ハンプトンズなどの高級避暑地に行くでしょう。でもコニーアイランドは、庶民のための場所。彼もまさしくその庶民の一人でしたから」
今回、話をしてくれたのは、ジュディス・トンプソン。昨年6月に84年の生涯を閉じた写真家ハロルド・ファインスタインの夫人だ。スカイプでのインタビュー中、彼女の後方に飾ってあったのは満面の笑みをたたえているハロルドの写真だった。
幼い頃の“公園”はコニー・アイランドの遊園地
1931年、ハロルドが産声をあげたのはコニーアイランド病院。小さい頃の遊び場は、コニーアイランドの遊園地。
お隣さんから借りたローライフレックスのカメラ片手に直行したのもコニーアイランド、15歳のとき。
Kids and Cop on the Boardwalk, 1951
作品が写真家エドワード・スタイケンの目に止まり、ハロルドは15歳ですでにストリートフォトグラファーとして、ニューヨークの街角に生きる市井の人々をカメラに収めていた。
その後も朝鮮戦争の米兵、ヌード、静物、また晩年はデジタルカラー写真に転向し花や植物を被写体に写真家としての一生を遂げたのだが、多くの生徒に写真の世界を説いた、有能な教師でもあった。
「彼はかつて生徒にこう言っていました。“いい写真家になる方法。それはたくさん写真を撮ることだ。技術や機材のことは心配しなくていい”と。そして生徒の作品を一度も批評したことがないのです。常に作品の中に存在する“美”を見出していました」
社会の縮図のような海辺
そんな彼が半世紀以上も通っていたコニーアイランド。ニューヨークという土地柄も手伝って、昔から実に種々雑多な人々を惹きつけてきた地。イタリア系、ユダヤ系、アフリカ系、ラテン系、ロシア系。アメリカ人に外国人。子ども、ティーンエイジャー、大人に老人。女性に男性。富める人も貧しき人も。世界を一箇所に集めたかのような、まるで社会の縮図のような場所だった。
Boardwalk Stairs, 1950
「彼は人が大好きで、人の写真を撮るのが大好きだった。だから多くの人が思い思いの楽しいの時を過ごしているコニーアイランド以上の場所はなかったのでしょう」
休暇でバカンスに来ている家族も、安いビールを喉に流し込むおじさんも。お気に入りのサングラスと一張羅の水着ではしゃぐ若者も、ポケットに1ドル札しかない子ども。
Coney Island Teenagers, 1949
Lady Snake Charmer, 1995
Haitian Father and Daughter, Coney Island, 1949
Swimming in Sand, 1958
誰もが短いひと夏を一瞬でも逃さまいとて、海の上に浮かぶ太陽を体と心で受け止め楽しんでいた姿を、ハロルドは逃さない。
人の輪に入り込み、被写体から近い距離でシャッターを切った。
Girl on Cyclone, Coney Island, 1950
Bad Luck Tattoo, 1957
Guitar ‘n Cigarette, 1950
70歳の“子ども”が逃避や娯楽を発見できる場所
生前のハロルドはインタビューでこう語っていた。
「コニーアイランドは僕にとっての“宝島(トレジャーアイランド)”だ」
「彼にとっては、ピノキオのプレジャーアイランド(※)のような場所だったのではないでしょうか。何歳の子供でも、たとえ70歳の“子ども”であっても、親の目から離れ“逃避”や“娯楽”を見つけることができる、そんな場所」とジュディス夫人。
※プレジャーアイランド:子どもが大人たちの目から離れ、いたずらを思いっきり楽しめる島
カメラ片手に大人たちの中に紛れ、カシャカシャとシャッターを切り、遊園地や大人のためのナイトショーを覗いて非日常的な世界に浸ることができる、ちょっとドキドキする秘密基地のような場所だったに違いない。
「そして彼にとっての“宝物”はやはり、“コニーアイランドを楽しむ人々の顔”だったのでしょう」
Man and Wife Drinking Krueger Beer, Coney Island, 1952
Coney Island Hat, 1960
Man at Parachute Jump, 1949
記憶があまり鮮明でなかった晩年にも写真一枚一枚が持つストーリーを覚えていたというハロルド。自身のドキュメンタリー撮影のため2014年に戻ったのが最後だった。
「いつもにこにこ笑顔を浮かべ、人生、そしてコニーアイランドに感謝し、まるで子どものように、自分が見つけた美しいものを他の人に“見てごらん”、と教えたがる人でした」
今年もすでに海開きしているコニーアイランド。ハロルドが愛し愛され、大人になっても“遊び場”としてカメラ片手に自由に歩き回っていた市井の浜辺。今夏も“ひと夏の娯楽”を求めて、ハロルドがファインダー越しに見つめてきたような人々がきっと海辺を埋め尽くす。
Take Your Own Photos, 1978
All images: © Harold Feinstein / haroldfeinstein.com
www.haroldfeinstein.com
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Text by Risa Akita