2020年早春から、世界の社会、経済、文化、そして一人ひとりの日常生活や行動を一変する出来事が起こっている。現在160ヶ国以上に蔓延する、新型コロナウイルスの世界的大流行だ。いまも刻々と、今日そのものを、そしてこれからの日々を揺るがしている。
先の見えない不安や混乱、コロナに関連するさまざまな数字、そして悲しい出来事。耳にし、目にするニュースに敏感になる毎日。
この状況下において、いまHEAPSが伝えられること。それは、これまで取材してきた世界中のさまざまな分野で活動する人々が、いま何を考え、どのように行動し、また日々を生活し、これから先になにを見据えていくのか、だ。
今年始動した「ある状況の、一人ひとりのリアルな最近の日々を記録」する連載【XVoices—今日それぞれのリアル】の一環として、〈コロナとリアリティ〉を緊急スタート。過去の取材を通してHEAPSがいまも繋がっている、世界のあちこちに生きて活動する個人たちに、現状下でのリアリティを取材していく。
音楽が失われたトルコで、たった一人こつこつと耕していたあの音楽シーンは、いま現在どうしているのだろう。
30年ほど前に、音楽を禁じられた国。軍事クーデターにより、自由な思想を生みだす“音楽”は規制され、多くのレコードレーベルは消滅。レコード工場は閉鎖。新しい音楽シーンが育つ土壌が失われていた。その土地で、音楽シーンを取り戻すために一人地を耕すように活動しているのが、ハルーク・ダマーだ。初めて取材をしたのは4年前、2016年のこと。ヴァイナル(ビニール盤)で聴ける新旧ミュージシャンを紹介するフリーマガジンとレコードレーベル「Record Store Journal(レコードストア・ジャーナル)」を一人地道に続けていた。
コロナウイルスにより世界の経済や文化のシステムの改変を急ぐなか、トルコの“レコードマン”は、西洋と東洋の文化が混じりあう街イスタンブールで、いまなにを感じ、これからのトルコ音楽やカルチャーになにを思い描いているのだろうか。
普段はビデオチャットはしない、という彼と遠隔で繋がるのに手間取ること少しばかり。時差7時間の壁を越え、ようやく繋がった。真っ先にこちらの様子を気にかけてくれた。やさしくて気さくな人で、音楽好きのちょっとばかりやんちゃなお兄チャン、といった感じ。
ハルーク・ダマー。
HEAPS(以下、H):いま、イスタンブールの街はどんな感じですか?(取材日は、4月末)
Haluk Damar(以下、HD):まさに、空っぽだよ。
H:そちらも自宅隔離要請のようなものはあるんですか?
HD:うん、あったよ。ニューヨーク(市の人口)は800万人くらいだっけ?イスタンブールは2,000万人いる。
H:えっ、そんなにいるの?
HD:そう、世界で最も大きな都市の1つなんだよ。だから、イスタンブールみたいな大都市は、みんなの自宅待機を確実にしないといけない。(自宅待機要請から)1ヶ月経ったいま思うと、もう3、4週間は家を出ていない。朝の7時に寝て夕方の4時に起きるという、完全に普段とは真逆の生活をしているよ。僕のいる音楽業界では、ほとんどのビジネスは停止状態で、誰もが何をしたらいいのかわからない。挑戦の期間だ。
H:イスタンブールの人々や生活にはどういった影響が?
HD:いつものイスタンブールなら、車が走っていて、ダンスミュージックや90年代のニューヨークのヒップホップが流れていたり、みんなバルコニー越しに話していたり、外でタバコを吸っていたりする。メインストリートは夜中の3時ぐらいまで開いているし、食堂は24時間、週7日営業、クラブも日曜日だって開いていて、ダウンタウンはいつも混雑している。ずっと閉まらないし、止まらない。ルーフトップ、プール、レストランはみんな24時間営業。でも、いまそんなものはなにもないから、僕たちはおかしくなりそう。夜中の2時に出かけておいしいケバブを食べる、なんて当たり前だったけど、いまは出かけることさえできない。自由なライフスタイルがないいまは、僕たちにとって精神的に厳しいときなんだ。
H:イスタンブールがそんな眠らない街だったとは知らなかったです。もっと保守的なのかと思っていました。
HD:違うよ! トルコは世俗化した国なんだ。イスタンブールに限ってだけどね。イスタンブールはニューヨークみたいな、いわば、その都市自体が一国のようなもの。ニューヨークのように、アートでボヘミアンな生活スタイルがある。フェラーリが走っていたり、巨大な音楽シーンやフェスティバルがあったり、トランプタワーがあったり…そういうすべてが、街をうつくしいものにしている。パーティーがあって、イスラム教徒がいて、ゲットーからハイクラスまで存在する。いろいろな真逆のことが共存しているのが日常なんだ。(国内の)他の大都市は、かっこいいレストランがあること以外はなにもおもしろくない。南の沿岸部はすごく都会的だけど、ライフスタイルはセレブな主婦たちに代表されるような(つまらない)もので、アートなんて語ることはできない。
H:イスタンブールの人々、もう外に出たくて限界でしょうね。さて、自身で立ち上げて運営していたレーベルのアーティストとは、この状況でどんな会話を?
HD:この前、「アルバムを録音したところで、リリース時期はいつになるかわからないね」なんて話をした。僕たちはデジタルで曲を配信するようなレコードレーベルではないから、物理的な問題がある。
H:ヴァイナルの生産もストップしているということですか。
HD:少なくとも今年の冬までは、ヴァイナルを作ることはお預け。いまは、これまでは必要のなかった決定を強いられている。たとえば「ヴァイナルを制作できないから、どうやってアルバムをデジタルにするか」。デジタルシングルやユーチューブビデオの制作をしたり。
H:音楽制作のスタイルも変わる。
HD:レコードレーベルを持つということは、社交的になるということ。いつもなら僕は週に6日は外に出ている。コンサートやフェスティバル、クラブ、バー、レコーディングスタジオ。(これらの場所に行かれないという)いまの状況は、クリエイティブ業界にいる人にとってはタフなものだよ。そう思わない?
H:そうですね。今年はたくさんのコンサートが中止になってしまったのも、とてもショックでした。時間があるいま、クリエイターの生産性は上がっていると思われる節もあるけれど、そんなことはない!
HD:そう、そんなふうにうまくはいかない!クリエイティブなタイプの人間には、何百とアイデアやプロジェクトがあると思われているけど、全然そんなことない。「家にいること」はクリエイターにとっての問題の1つになる。ずっと家にいるって、つまり単調な生活しか送れないということ。同じ環境にいて、同じことをしていたら、それは創造性の偽りになる。
H:なにも感じることがなければ、時間があってもいいものを作るのは難しい。
HD:その通り。みんなデモを送ってきて、僕に意見を聞いてくるんだけど…ずっと家にいるから、エレクトロだろうとクラシックミュージックだろうと、同じに聴こえるんだよ!(刺激的な)経験なしで、ずっと部屋で座って聴いているだけだから。音楽は、外に出て、感じて、さまざまな感情のなかで聴く必要がある。聴いたものを「これは雨の日の曲。これは車で、これはクラブで…」とできることは意味深い。もしすべてをオフィスや狭い自宅で聴いていたら、全部同じに聴こえる。だって、同じムードでいるんだから。
H:音楽は聞く環境を含めて、体験になることが多い。
HD:すごく良いエレクトロアルバムがあったとして、これをたとえば僕がクラブでDJに渡して大音量でかけてもらったら、フロアがどう反応するかを見ることができる。これが、そのアルバムが良いか悪いかを見極める方法なんだ。同じオフィスに1ヶ月間、パーカーにスウェットを着て、エレクトロアルバムを聴いているとしたら、すごくバカらしいことだよ!
H:じゃあ、いま一番恋しいのも…。
HD:ナイトライフ。バーで1人で立っていること。レザージャケットを着てね。まるでジャングルの王になったような、わかるかな? お気に入りのルーフトップクラブも恋しい。コンサートも。
H:最近、なにを食べてますか?
HD:普段は外で食べるから、あまり料理はしないんだけど、いまはすべての種類のパスタを、すべての種類のソースとレシピで食べているよ(笑)。パスタ・アラビアータとか。パスタソースの開発をして。あと、ワインを飲んでいる…。それとね、1ヶ月前にタバコを吸うのをやめたんだよ。最悪。
H:どうして? コロナのせい?
HD:単純に身体に悪いから。1番恋しいのはナイトライフで、次が外でタバコを吸うこと。
H:(笑)。レコードレーベルや雑誌の仕事についてちょっと聞きたいです。自宅から制作中?
HD:僕たちのレコードは、ヨーロッパでは売り切れになる盤もあるほど売れているんだけど、少なくとも1ヶ月はストックを送付するのが難しい状況。レコードプロデューサーとしてこういう状況を乗り越えるためには、デジタルの道しかないんだ。毎日10時間ぐらい、デジタルでの音楽活動をしている。バンドキャンプにアップロードしたり。日々学んでいる途中だよ。最近、17分にもわたるすごくいいミュージックビデオを仕上げてリリースしたんだ。ストリーミングのプラットフォーム上で配信中。君にも送るから見てよ。それから、レーベルから出していた『レコードストア・ジャーナル』というフリーマガジンは、いま“本”として制作している。
トルコ人アーティスト、Cem Yıldız(ジェム・ユルドゥズ)による曲、『Haydar Haydar』。16世紀のオスマン帝国の歌をエレクトロニック風に演奏、モダンバレエのダンサーが出演する。
H:どんな内容?
HD:この2ヶ月で起こったことを書いている。音楽のデジタル化がどのようにヴァイナルカルチャーに影響するのか、デジタルに転向したミュージシャンがどのようにツアーを再開するのか…。
この2ヶ月間がどうツアーやレコーディング、音楽業界全体、特にイスタンブールやヨーロッパのそれを変えたかについて、ミュージシャンたちの会話を含めて、話をかき集めている。いまは本来雑誌に書いていたような、フェス体験記だったり、リリースアルバムの批評などはかけないから、1冊の本にまとめあげるつもり。
H:書籍版ドキュメンタリーみたいなものですか? できあがったらまた話を聞きたい。
HD:コロナ後、なにが起きたか忘れてしまうかもしれないから。レコードレーベルの経営者として自問すべき最初の問いは「この出来事がヴァイナル収集にどういう影響をあたえたのか」。なにかを収集することは、みんなの優先事項のなかでも最後になるし、何ヶ月も自宅待機していて、朝起きていきなり「ヴァイナルを買わなきゃ」とはならないだろう。
H:ハルークのまわりのミュージシャンについても、もう少し聞いていきたい。以前ヒープスとのインタビューで「トルコから音楽の文化がなくなってしまっている」と言っていましたが、いまはその当時と比べてどう変化していますか?
HD:国の音楽シーンは開花してきているよ。地元の音楽シーンは突出してきているし、前に話したときからすごく良くなっているのは確か。よりローカルな感じになってきていると言った方がいいかな。前回インタビューしたときはちょうど国内で大きな政治騒動があったけど、いまは落ち着いてきていてローカルミュージシャンは開花しつつある。ヨーロッパでもよくツアーをしている。僕たちのレコードレーベル、英語で「ジャズ・レコード」って意味なんだけど、ヨーロッパ周辺に輸出されていて、盛りあがっているよ。
H:ミュージシャン仲間で集まったりすることはできていないんですよね?
HD:うん、だから全部SNS上で起こっている。みんな、フェイスブック、インスタグラムに頼っている。30分フェイスブックでライブをして、その後30分インスタグラムで、ズームで、って、いまは100パーセントオンライン。このコロナの期間がいま終わっても、ツアーをし始めるまで少なくとも1、2ヶ月はかかる。だから、ただオンラインから離れることはできない。いつ工場からヴァイナルが上がってくるかもわからないし。
H:プロデューサーとしても、SNSを通してアーティストを発掘したり?
HD:そう。そしてそれがいま唯一、幸せを感じられること。いまはみんなオンライン上にいるから、全部チェックできる。通常外に出かけて発掘するときは、クラブやコンサート会場を1ヶ所か2ヶ所しか訪ねることができない。イスタンブールは広いから、すべてをキャッチするのは不可能なんだ。いまはiPad、iPhone、ラップトップをセットして、リアルタイムで見ることができる。アーティストリサーチもすごく改善できている。3つの演奏を同時に観ているし、1日に20公演くらい観てリサーチにふけっている。その点では、僕たちレコードレーベルにとっては最高のときかもしれない。
H:ミュージシャンとも頻繁に話す?
HD:将来のアイデアについて話し合ったり、彼らがこの自宅隔離期間中に録音したものを聴いている。毎度、会話の終わりに、なにか目標を定めるんだ。ただたんに、じゃあね、で終わるのではなく、次回話すときまでに制作物を成長させるようにしている。アルバムジャケットやシングル、アルバム、ラジオのアイデアでもなんでも。
H:ちなみに、この期間中、みんなにオススメしたい音楽は?
HD:僕たちが作っている音楽!
H:そりゃそうか(笑)。ハルークはなにを聴いているんですか?
HD:僕たちの最新のレコードや、ジャズ…。マイルス・デイビスをよく聴いているよ。ラップが好きだったけど、いまは避けるようになった。もっとジャズっぽいものにとどまっている。
H:どうして? 気分が落ち着くから?
HD:そうだね。ジャズやローファイといったジャンルの方が落ち着くし、ラップ音楽よりも頭の中に考えるスペースをあたえてくれる。親しい友人に「もうラップは聴いていない」と言ったら、なんで? って聞かれたから「もし寝る前にギャングスタラップを聴いたら、眠れないだろ!」って答えた。家にいるあいだは、リラックスして集中しようとしているんだ。
H:家でかける音楽のひとつで気の持ちようも変わる時期ですからね。いまだからこそ音楽がもつパワーってどんなものでしょうか。
HD:有名なジャズミュージシャンの言葉でいいのがある。「音楽はこの宇宙の治癒力である」。100パーセント頷ける。音楽は、どんな状況に置かれている人も癒してくれると思う。ギャングスタラップだって、多くの者を癒す。たとえばつらいとき、エミネムみたいな友人が必要だし、ラッパーたちは、苦境のときや困難をどう乗り越えたかを歌っているから。音楽は間違いなく魂と心を繋ぐための鍵になっている。
H:イスタンブールの人も、音楽が大好きなんですよね。
HD:もちろん。イスタンブールの人々の生活に必要な“成分”なんだよ。街に音楽がない=レストランにスプーンとフォークがないようなもの。音楽は、イスタンブールの人々にとっての生き方の1つで、世界のどこよりも大切なものなんじゃないかな。
H:ヴァイナルの生産も早く戻って欲しいです…。
HD:たくさんの人が心待ちにしているよね。ヴァイナルに興味があったら、『Vinyl(ヴァイナル)』というテレビシリーズをヒープスの読者におすすめするよ。1970年代に現代のヴァイナルやレコード業界がいかにしてはじまったのかがわかる。プロデューサーはマーティン・スコセッシだよ。
H:ぜひ見てみます。先ほど、いまではローカルの音楽シーンができあがっていると言っていました。コロナ後、このシーンはどうなると思いますか。
HD:ポジティブな影響があると思う。コロナの終わりから、半年ぐらいかけて、ほとんどのコンサートは満席になると思う。みんな(コンサートに行けない状況に)うんざりしているからね! だから、向こう半年は安全だよ、どんなコンサートも。いままで1度も満席になったことのない、地元のさえないパンクバンドだってね!
H:もちろん、感染を防ぐために細心の注意が必要となりますが、コンサートシーンはこれからがたのしみでもありますね。
HD:みんなたのしみにしているよ。この先半年はリスナーも増えるだろうから、バンドを組むならいまが絶好のチャンスだと思う。僕からのアドバイスは、ただ練習、練習、ひたすら練習…。腕とギターを大切に磨いておいて、自宅隔離が終わったら、それを持ってコーヒーショップや、公園、クラブに歌いに行ってほしい。
H:ずいぶん長く話してしまいましたね…。たのしかったから、気づきませんでした。
HD:僕もだよ。2時間ぐらい?
H:記事に載せる写真をいくつかお願いしたいのですが。
HD:この髪型で?ノー(笑)! もう2ヶ月も床屋に行けていないよ。
H:じゃあ、1番直近の、1番写りがよかったやつでお願いします(笑)
HD:家にいるやつじゃないやつ、ね!
Interview with Haluk Damar
トルコ・イスタンブールを拠点にする、音楽プロデューサー、レーベル経営者、雑誌発行者。政治的な理由により80年代から活気のないトルコの音楽シーンや文化を再興するべく、2016年に、トルコ国内のミュージシャンたちを紹介するフリーマガジンと、彼らの作品をリリースするレコードレーベル「Record Store Journal(レコードストア・ジャーナル)」を創立した。現在は、現代的なジャズサウンドをフィーチャーした作品をリリースするレコードレーベル「Caz Plak(ジャズ・プラァーク)」も経営。さまざまなジャンルのトルコ国産ミュージシャンたちの作品をヨーロッパを中心に世界へと発信している。
All images via Haluk Damar
Text by Aya Sakai
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine