あの日、誰もが涙をのんで見送った伝説のレコード店「アザー・ミュージック(Other Music)」。閉店から1年たらずで、新たなかたちでビジネスを盛り返している。
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アザー・ミュージックは、2016年6月25日に惜しまれながら閉店したニューヨークのレコード屋さん。タワーレコードの目の前に、タワーレコード以外のもの(=other)を扱うレコード屋として、1995年から21年間、インディ音楽ファンのお客さんに支えられてきた。「ニューヨークに来たら、まずアザー・ミュージックに行く。そこに行けば絶対に何かあるから」と言う人も多かった。地元のミュージシャンやアーティストが働いていたり、手に入らない地元バンドのCD、レコードが置いてあったり、ミュージシャンらがたむろっていたり、インストア・ライブがあったり。アザー・ミュージックは、ニューヨークを代表する音楽コミュニティであった。その「誰もがずっと続くと思っていたレコードショップ」が、閉店したのである。
オノ・ヨーコもあらわれた閉店の日
そのアザー・ミュージックレコードの新たな動きについて話すのに重要な要素なので、もう少し閉店当時の話をしようと思う。
アザー・ミュージックのお店経営最後の日、豪華なイベントが開催された。まずは店内でインストア・ライブ、その後お客さん全員とセカンドラインというニューオリンズ・スタイルのパレードで、アザー・ミュージックの旗を掲げ次の会場バワリー・ボールルームへ移動。多くのミュージシャンが楽器を演奏し、大勢のお客さんが一緒にマーチングした。
次なる目的地、バワリー・ボールルームで行われたのは、「アザー・ミュージック・フォーエヴァー」、集大成のごとく堂々たる面子が揃ってのショーだ。なんと、オノ・ヨーコも登場した。
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それぞれジャンルの違うアーティストを集めていて、いかにもアザー・ミュージックらしかった。バンドの紹介はオーナー(ジョシュ)が自らマイクを持ち、思いをこめて紹介。お客さんへの感謝も忘れない姿には、ジーンとくるものがあった。
この閉店最後の日に、アザー・ミュージックがいかに音楽人そしてファンからの愛と信頼を培ってきたのかが、十分すぎるほど証明されていた。
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そして、閉店から6ヶ月後の2017年3月26日、アザー・ミュージックは突如帰ってきた。
が、レコード店として、ではない。MoMA PS1(近代美術館MoMA系列のアートセンター)で「COME TOGETHER(カム・トゥギャザー)」という音楽フェスティバル、レーベル・マーケットを開催したのだ。
世界中から音楽の未来をかたちづくる革新的な60以上のレーベルが、アザー・ミュージックに率いられ一挙に集合。有名なインディロック・レーベルからダンス・ミュージック、ヒップホップ、クラシカルやエクスペリメンタル・レーベルまで。さらに幅広いセクションで、ヴァイナル、特別物販、CDを売るほか、物理的な音楽をリリースせずに、Tシャツ、アートワーク、ダウンロードコード、USBスティック、ファン・ジンなどを販売するDIYなやり方も。
Image courtesy MoMA PS1,Photo by Derek Schultz
▶︎Moor Mother、Frankie Cosmos、Matana Roberts、Hisham Bharoocha、Robert Loweも集まった。
パフォーマンスにパネル・ディスカッション、イベント限定のレコード・コンピレーションもリリースされ、また電子音楽のパイオニアである、スザンヌ・チアニのドキュメンタリー映画(『A Life in Waves』)の上映や、レコード・レーベルのワークショップまであった。かなり盛りだくさんの内容で、もちろん大盛況だった。
Image courtesy MoMA PS1. Photo by Derek Schultz.
オンラインビジネスへの単純な移行はしない
音楽好きが一挙集合し、ライブを見たり、情報を交換したり、ワークショップに参加したり。音楽コミュニティが新たなデジタル時代に直面し、どのように成長することができるのかなど、今後の音楽産業に関連するあらゆることがそこにあった。
きっかけは、アザー・ミュージックのお店が閉まってすぐに、MoMa PS1のキュレーターから「一緒に、アートブックフェアと同等のレベルでレコードフェアを試してみないか」とアプローチされたこと。それに応えるように、アザー・ミュージックがこれだけの人気個人レーベルを一気に集めることができたのも、彼らがそれまでに築きあげてきた信頼があるからだろう。
Image courtesy MoMA PS1. Photo by Derek Schultz.
アザー・ミュージックは、レコード屋を閉店した後、レーベルのリリースやTシャツなどをウェブサイトで販売しているが、オンラインでのビジネスはそこにとどまる。「物理的に音楽を売って、生計を立てるのは難しすぎる」と気づいたそうで、時折このように音楽フェスやマーケットを開催している。音楽を購入するのはオンラインが当たり前だからこそ、みんなが集える場所を作るのが彼らの役割なのだ。
すでに、来年の「COME TOGETHER」についてもアイディアを出しあっているという。ということは、イベントの反響は上々、こういった機会を求めている人が多かったという証拠だ。時代に求められている、ということもあるが、実現できる地盤を築き上げたのは、間違いなくレコード店での21年間だ。実店舗で音楽が売れないからと単純にオンラインビジネスに移行するのではなく「音楽好きのための場所を作る」という長年のビジョン、そして経験ある得意分野を、新たに時代にそって打ち出した。これからの音楽業界の未来を良くするのは彼らの手に委ねられているようだ。
Photo by David Day
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Eye catch image by snapsparkchik, with color adjustment
Text by Yoko Sawai
Edit: HEAPS Magazine