リアルタイムの発信ではなく記録して残す。いずれ伝わる。「政治的なことを考えていた今日の私」毎日のセルフポートレート、9年間

他者に向けて。そして、過去の自分が今日の自分に向けて。
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9年間、毎日欠かさずポラロイドカメラでセルフポートレートを撮り続ける。日々の自分をポラロイドカメラで撮って記録する。そこには「政治的なことと私」「政治的なことを考えている今日の私」という日もある。発信するのではなく、記録して残し、結果、伝える。あるアーティスト流の政治的メッセージ。

キャプションなし、ハッシュタグもなし。投稿は時差あり。

 ある時は社会運動のために配備された武装警察前で、またある時は選挙会場前で。そしてまたある時は、プラスチックのリサイクル工場前で。

 台湾人ビジュアルアーティストのピン・チュン・クオは、気になる政治の問題や社会の課題があると、それが起きている場所に出向き、現場の様子を背景にセルフポートレートをポラロイドカメラで撮る。その足で運動に参加したり、抗議する群衆にまじり声をあげることは、しないという。

 これらの“政治的”な写真には、キャプションも問題に触れるハッシュタグもない。なんなら投稿がポストされるのは1、2年後だ。年単位の時差をもって目に触れる(2021年のいま、2019年の写真を投稿中)。リアルタイムでの発信ではなく、写真に記録として残し、それが結果として多くの人に伝われば、と思っている。

 2012年1月1日に開始した、毎日のセルフポートレートプロジェクト。家の台所や近所の店先、地元のストリートや旅行先など、当初は気の向くままに撮っていた。「自身の記録」としてはじめたプロジェクトは、2014年24歳になって「政治的なこと」を含んだ。自分が政治に興味を持ったことによって「政治的なことと私」「政治的なことを考えている今日の私」というような一枚。それをいまも日々、たんたんと記録していく。

「私は積極的な活動家ではない。でも自分なりに政治的な問題に関心を持っていて、アートを使ってメッセージを伝えています」。リアルタイムの発信ではなく、記録して伝える。他者に向けて、そして過去の自分が今日に向けて。

 ピン・チュン・クオと、その“自分なり”の政治的なメッセージの伝え方を聞いてみる。「英語は第一言語じゃないから」と、英語が得意な従姉妹もビデオ取材に同席してくれた。

***

HEAPS(以下、H):こんにちは。わぁ、ラブリーな小物があふれるまぶしいお部屋。さて、ビジュアルアーティスト兼フォトグラファーとして活動中ですが、写真は昔から好きだったんしょうか。

Pin Chun Kuo(以下、P):最近は立体的な作品に興味があるから、インスタレーションと写真を組みあわせた作品を作ってるんだ。
子どもの頃は家に古いカメラしかなかったから、写真ではなく絵を描く方が好きだった。で、デジカメが普及しだした高校生のときに、絵を描くためのインスピレーションとして写真を撮りはじめたんだ。ハマったのはそれから。

H:2012年、22歳のときにポラロイドカメラで毎日セルフポートレートを撮るプロジェクトを開始。きっかけは「2012年人類滅亡説」だったと聞きました。古代マヤ文明の暦に基づき、2012年12月に人類が滅亡する、という説ですよね。

P:そう。人類が滅亡する前に自分を記録しておこうと思ってさ。

H:信じてたんですか、人類滅亡説。

P:う〜ん、半信半疑だったかな。「絶対ない」と思いつつも、少し不安だった。いま思うと人類滅亡説なんて中二病的な発想だけど、同時に現実的だとも思ってた。だからただその日を待ってみたかった。私ってハッピーな外見をしているけど、中身は少しネガティブなんだよね(笑)

H:自分を記録しておくのに、日記などではなくて、ポロライドカメラを選んだのはなぜ?

(ここで英語が得意な従姉妹登場)

P:写真って、言葉を使って書きとめるよりも客観的な感じがするから、好き。それから、ポラロイド写真作品は文章作品と違って盗作ができないこと。私の場合は顔出ししているからなおさら。自分が生きた証として作品を残したかった。

H:個人の思い出として、そしてアーティストとして形を何か残したかったと。

P:それにデジタル写真が主流のいま、実際の写真を手に取れるって貴重だし、リアルな感じがする。デジタルだと簡単に(フィルターをかけたりフォトショップしたり)手をくわえられるけど、ポラロイドではそういうのが一切できないところもいいと思ってる。
ちなみにいま愛用中なのは、ハローキティデザインの富士フイルムのポラロイドカメラ。これは3代目で、もう5年くらい使ってる。

H:プロジェクトの記念すべき1枚目は、台湾の国旗を両手に総督府庁舎前で撮影。後ろにいる清掃のおっさんが着ているベストが反射してていい感じです。1枚目はここって決めていたんです?

P:うん。アーティストって、自己紹介で必ず出身地を言うじゃない? 私が台湾出身だってことをわかりやすく紹介するためにここにしたんだ。それにプロジェクト開始日が元日っていうのもいいでしょ。

H:いいです。1枚目以降の撮影はどうやって決めていったんでしょう。

P:ファッションに合わせて撮影場所を決めることもあるし、撮影場所に合わせてファッションを決めることもあるし、たまたまいいなと思ったところで気分次第で撮ることもある。

H:ファッションといえば、服の色と背景がマッチしている写真が多いですね。

P:プロジェクト開始時は、カラフルで派手な配色が人気だったからね。それに私は台湾の伝統的な文化である庙会(ミアホイ)※1や、客家(はっか)柄※2の布に囲まれて育ったから、色は重要なポイントだと思ってる。

※1旧正月を祝う伝統的な催しのこと。カラフルな飾りや派手な衣装を纏った踊りが特徴。
※2鮮やかな地色に鳥や花をあしらった客家民族伝統の絵柄のこと。台湾土産として人気。

H:特にお気に入りはありますか。私は洗濯物のすき間や台所で撮った写真が好きです。

P:いまのところ、一番好きな写真はまだない。たぶん、人生最後の日に撮る写真がお気に入りになるんじゃないかな。思い出に残ってるのは、卒業式の日に撮った写真。集合写真を撮ってる生徒たちを背景に撮ったんだ。

H:結局、人類は滅亡しませんでした。無事に翌日を迎えたときどんな気持ちだった?

P:「そりゃそうだ」という感じだった。なにかが起こることを期待しつつも、同時にそれを望まなかったのを覚えてる。それでまだ生きているわけだし、プロジェクトをやめる理由もないかと思って続けることにした。

H:そして今年で10年目。9年間セルフポートレートを撮りつづけているわけだけど、毎日欠かさず撮っているんでしょうか。

P:9年間、毎日撮ってるよ。ポラロイドフィルムが1枚、新台湾ドルで25ドル(約102円)。今年の5月15日(取材日)までで3,423枚撮ってるから、かかった費用は約85,575ドル(約35万円)。
毎日だから、なかには疲れた顔してる写真もあると思う(笑)。私にとって自分自身を記録しつづけることって、歯を磨くような毎日の習慣という感じ。

H:2014年、24歳のときの写真ではじめて政治的なシーンが出てきます。学生たちが立法院を占拠したひまわり学生運動*では、学生を寄せつけないために配備された武装警察の前で撮影。どうしてここで撮ろうと?

※2014年春に台湾で起きた、学生たちによる大規模な抵抗運動。与党国民党が中国との「サービス貿易協定」に関する委員会審議を強制的に打ちきったことをきっかけに、抗議する学生らが立法院本会議場に突入。24日間にわたり議場を占拠した。抗議3日目に、地元の花屋が支援として抗議者にひまわりを寄贈したのが運動名の由来。

P:政治に興味を持ったから。ひまわり学生運動が起こる前までは、台湾のほとんどの若者と同様、興味がなかった。でもこの一件で、政治は実際に生活に深く関係していて、影響をあたえるものなんだと思った。はじめて政治を身近に感じたんだ。それがきっかけで、自分が政治になにを望んでいるのかを考えはじめるようになった。もっと知りたくて、居ても立っても居られず運動が起こった場所に行ったというわけ。

H:写真に写る武装警察たち、みんなムスッとしていますね。

P:彼らはただ自分の任務を遂行するという感じだった。写真を撮るときは緊張したな。撮影後はすぐにその場を立ち去ったよ。

H:これを機に、少しずつ写真に社会的・政治的な要素が見えるようになりますね。たとえば、台湾の高校のカリキュラム変更を提唱する看板前や選挙集会前、プラスチックのリサイクル工場前での一枚。毎日の記録としてのポートレートに、自分の気づきを機に入っていった、という感じでしょうか。

※2015年に持ち上がった、2018年に向けた選択科目と必須科目を大幅に増やす教育改革。しかし2020年、この変更により教師への負荷が増え、また小規模な学校では教師不足に対処しなければならないという問題も生まれた。

P:自分自身、台湾の政治についてもっと知りたいと思ったから。アートは、見る人に語りかけることができる。私のアートが政治の問題や社会の課題について考えるきっかけになればと、作品に落としこむようになったんだ。こうした問題をなるべくアーティスティックに記録できるように心がけている。

H:「問題が存在する日々に生きる、自身の記録」という感じでしょうか。アーティスティックな記録を意識しはじめていますが、自身の記録というのは変わっていない。他誌の取材で「私は積極的な活動家ではない。でも自分なりに政治的な問題に関心を持っていて、アートを使ってメッセージを伝えています」と話していました。このプロジェクトは“発信”ではなく、写真に“記録”として残してメッセージを伝えている点がユニークです。

P:物事って、白黒だけではなく灰色の部分もあると思うんだ。このプロジェクトは、他人に主観的な意見を押しつけるのではなく、ただ考えるきっかけにしてもらいたいから。

H:いま、どういった社会的、政治的なトピックに興味がある?

P:2019年-2020年香港民主化デモに、中国の新疆(しんきょう)ウイグル問題。それに2021年ミャンマークーデターかな。

H:どれも台湾の外での話だけど、そこも自分の興味があることを含めたいのですね。いつものように現地に行って写真を撮るのは難しそう。

P:うん。でもどうにかして取り入れられたらなと思ってる。

H:このポラロイドプロジェクトには「記録する」と「伝える」いう2つの要素がある。「伝える」対象は他者であり、また歳を重ねていく自分に対してでもある。24歳から作品に社会政治を取り入れ、いま31歳。20代と30代では、政治的な考えが変わると思いますが、どうですか?

P:少しだけ変わったかな。たくさんの人からたくさんの情報をキャッチするようになってからは、自分の意見が偏らないよう、なるべくニュートラルでいれるよう意識するようになった。昔に比べて、少しだけ思慮深くなって、成熟したんじゃないかなと思う。

H:昔の写真を見返すこともある?

P:あるよ。たとえばいま台湾の住宅価格はありえないほど高騰し続けていて、若い人は新しい家を買う余裕がない。だから昔に建設現場や新しい建物の前で撮った写真を見て、当時を思い返したりする。

H:インスタでは、2021年のいま2019年の写真を投稿中。

P:これね、ミステイクなの(笑)。最初はフィードのレイアウトを美しく見せたくて、ポラロイド写真とデジタル写真を混ぜて投稿する予定だった。だけど考えすぎて投稿が遅れたり忘れちゃったりで、気づけばこんなに遅れをとってしまった…。

H:意図的に遅らせているのか思ってました。が、リアルタイムでの投稿にはこだわらないんですね。タイムラグがあると、冷静に問題と向きあえたり振りかえってじっくり考えられるというのはありますね。

P:そう、このタイムラグも振り返りの感覚があっておもしろい! ラッキーミステイクということにしておこう。

H:あなたにとって、自分自身を記録しつづけることってどんな意味があるんでしょう。

P:自分のアートはあまり真剣に作りたくないんだよね。ただオーディエンスが私の作品からメッセージを受けとってくれればいいなと思う。

H:このプロジェクト、この先どれくらい続ける予定ですか?

P:自分が最後を迎える日まで続けるよ。そして私がいなくなった後、家族や友人にこのプロジェクト作品を売ってもらう。どれだけの価値になるかな。

H:高級住宅が買えるくらいの値段で売れたりして。

P:ふふふ、そうかもね。

Interview with Pin Chun Kuo

Photos by Pin Chun Kuo

Lead Text by Sako Hirano
Q & A Text by Sako Hirano & Yu Takamichi

Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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