増えた性別の種類に思うこと、女性の体、性の喜びはまだまだ抑圧されていること。タイの性に関するいろんな本音【XVoices—今日それぞれのリアル】

ある状況の一人ひとりの、リアルな最近の日々のことを記録していきます。
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かしこまらないときにこそできる話があって、そういうものは大抵、理想の行数にはおさまらない。これだって取材ではあるものの、いつものより肩の力を抜いて、メモにとらわれず記事のできあがりも気にせず、ただ話してみたらどんなことを聞けるんだろう。
数字のことやただしさも一度据え置いて。もしかしたら明日明後日には変わっているかもしれない、その人が今日感じている手前のリアルについてを記録していきます。とりとめのないことこそ行間の白にこぼさないように、なるべくそのまま。

 タイという国を考えたとき、「LGBTQフレンドリー」「多様なジェンダーに寛容」といったニュースを思い出し、そこにはゆえに性に寛容なイメージがあるかもしれない。最先端の性転換大国として世界から人々を集めていること、ドラァグクイーンが繰り広げるナイトライフが昔から知られていることにはじまり、最近ではBLドラマ『2gether(トゥゲザー)』が世界中で旋風を巻き起こしたことにも記憶に新しい。

 タイの政府観光庁のウェブサイトをのぞくと「アジアで最もLGBTQの人たちを歓迎する国」と謳い、性別や性的指向によって18ほどの分類*があるということからも「LGBTQ先進国」と呼ばれる。その性別には、たとえば男装をした女性で女性もしくは「ディー」が好きな「トム」、男っぽい女性や「トム」が好きな女性「ディー」、「トム」が好きな男性「アダム」、女性・ゲイキング・ゲイクイーンが好きな男性「ボート」などがある。
「性別(ジェンダー)や性的指向(セクシュアリティ)にオープン」で通っているタイ。これらのことから「性に寛容である」という大まかな印象を持ってしまいそうになるが、つぶさに見れば中にはいろんな事情がある。

 たとえば、性的行為(セックス)や性的快楽(セクシュアルプレジャー)。これらに関しては、特に女性に対して閉鎖的・抑圧的な面を強く残している。その証拠の一つに、セックストイが法で禁じられている**ことがあげられる。「ティーンエイジャーをセックスに夢中にさせる」「性犯罪を増やす」という理由にくわえて、「セックストイを使うのはHIVや精神疾患がある人だけ」といういわれのない偏見も。

 個人のあり方には寛容であろうと進んでいるようで、一方で行為の面では個人の自由が制限されていることが、一つの同じ国にある。もちろん異なる軸や観点からの話ではあるが、性自認や性的志向、そして性の喜びなど、性の寛容とはなかなか大まかには語れないと改めて気づく。

 タイにおいての性に関するリアルなところを聞きたく、タイ在住のマルチアーティスト、ナタニン・ブルー・ラチャプラディット(以下、ブルー)にリーチした。今年米国で大学を卒業後タイに帰国し、タイの女性たちの声をジャーナリズムやアートを通して紹介するオンラインコミュニティでウェブマガジンの『The F Word(ザ・エフワード)』を創立した22歳。彼女や周りの人々は、日常でどのように「性」について感じ接しているのだろう。


*場合によってはさらに細かくなることもある。
**売買だけでなく、所持や使用することも法律によって禁止。よって、アンダーグラウンドで取引されるセックス産業では違法売買も盛んだ。ちなみにバンコクの風俗産業の市場規模はおよそ64億ドル(6400億円)と推定されており、これはタイ国内総生産の約4パーセントから10パーセントを占めているという。


ナタニン・ブルー・ラチャプラディット

HEAPS(以下、H):今日は時間をくれてどうもありがとう。

Blue(以下、B):大丈夫、時間はいくらでもあるから。タイはいまコロナの第3波でロックダウン中だから、人と話す機会が減ってしまって、とてもさみしいんだよね(取材は2021年8月)。

H:いつもなら観光客であふれるストリートも落ち着いているのかな? さっそく本題に。タイではさまざまな分野でレディーボーイ(男性から女性に性転換した人)をみかけることも多かったりよく性別の種類が多いことを言及されていたりと、“性に寛容”としてしまいがちですが、実はそれってとても大雑把なイメージなんじゃないかな、と思って。

B:まず、タイがジェンダーアイデンティティに寛容であるとは言いきれないかも。もちろんそれぞれがコミュニティを作っての活動はあるけど、それ止まりというか…。私自身がLGBTQのコミュニティをそこまでよく知っているわけではないんだけれど。

H:そうなんですね。

B:タイの「性の多様性」との関わり方は、ちょっと変わってるんじゃないかなと思う。LGBTQの人たちはまだまだ差別されているし、同性婚もまだ認められていない*し、文化的にもまだまだ受けいれられていない。社会のあり方としてまだ認
められていないと思う。
私自身の体験としては、私は12歳のときに男の子だけじゃなくて女の子も好きだと気づいたんだけど、そのことでいじめられたことがあるのを覚えている。ジェンダーの多様性は、完全に悪いもの扱いされているわけではないけど、文化的にはまだ敬遠されていると思う。

*昨年、同性カップルに対し、異性婚のカップルとほぼ同等の権利を認める法案が閣議決定された。ただしシスジェンダー(出生時に割り当てられ戸籍などに登録された性別と性同一性が一致している人)の同性カップルのみが対象となっている。

H:なるほど。日本のあるテレビ番組でも、タイのジェンダーアイデンティティについて取り上げていました。「トム」や「ディー」のように名前が20くらいあるというから、ジェンダーやセクシュアリティの多様性における先進国である、と。

B:外から見たら「自分たちの性を可視化できる名前があるんだな」と思うかも。でも、法律が認めていない部分があったり、実際にはそこまで性の自由さについて認められていないと思う。

H:知らなかった。

B:「トム」や「ディー」のような名前は、聞こえはいいよね? こういったジェンダーの種類を可視化できる名前はあるけど、同時にこういった名前はジェンダーの表現を制限しているようにも感じる。たとえば、ノンバイナリー(男性と女性という性別のカテゴリーに当てはまらないと自認する人)という考え方は、タイ人にとっては違和感があるかも。タイでは、たとえば女性がほかの女性を好きになった場合、その女性は「トム」か「ディー」のどちらかであるという考え方になってしまう。フェミニンなレズビアンが好きな、フェミニンなレズビアンだっているのに。

H:結局は名前をつけて性をカテゴライズしてしまっている。

B:異性愛規範での再解釈のもと、ラベルが細かくなっただけという印象が正直ある。たとえば、私は女の子が好きで、女性的でもあるけど、どの性のカテゴリーにも当てはまらない。もっと「トム」のように男性的にならないといけないのかなとか、そんな疑問も感じていたし。とても制限されていると感じてしまう。実際にLGBTQコミュニティの人たちがみんなこのレッテルをどう感じているのかはわからないけど。

H:あなたが創設したウェブマガジン『The F Word』は、ジャーナリズムとアートを通じて、女性に声があげる機会を増やして“正直で、人間らしい、エンパワリングな視点”を紹介している。ここでいう「女性」とは、生物学的な「女性」を意味している? それとも「女性」と自認しているすべての人?

B:「女性」と自認しているすべての女性じゃないかな。私たちはなによりもまずコミュニティを重要視していて、とにかくインクルーシブに重きをおいて活動してきた。たとえば、トランス女性やドラァグをしている男性へのインタビュー記事を掲載したこともあるし。

H:そのような取材のときはジェンダーやセクシュアリティに関しての話が中心になると思うけど、日常生活で友人とそういった会話になることってある?

B:タイ人の友だちと? あまりないねえ。私は自分が「女性が好き」という話をタイの友だちとしたのは一度だけかも。海外で知り合った友だちとは、自分のセクシュアリティについてオープンに話せるようになったかな。

H:それでも、私たちの世代(20代)は、親や祖父母の世代よりもセクシュアリティや性自認に対して寛容であると思うんだけど、タイでもその世代間のギャップを感じることはある?

B:世代間のギャップはすごくある。私たちの世代はよりオープンで、ジェンダーやセクシュアリティについて話す機会は多くなっている。ノンバイナリーであることをカミングアウトをしている人も多いし。明らかに保守的な考え方を持っていた祖父母の世代に比べると、(私たちの世代は)よりリベラルにはなってきていると思うけど、完全にオープンな話題となるにまでの道のりはまだまだまだ長いんじゃないかな。

H:親世代も保守的?

B:(多様なジェンダーに対して)「気にしないよ」という親たちも多い。でも結局「自分の子どもにはそうなってほしくない」っていう感じなんだよね。

H:それって、けっこうどこの国や地域でもまだまだありそうだよね。体や性行為、性への快楽などの「性」に関するトピックはどうなんだろう。

B:私たちの親世代は、保守的な世代(祖父母世代)に育てられたけれど、リベラルになろうとも努めはじめた世代だから、変なバランスだった。たとえば、私の母は私が8歳の頃に「女性はこうやって妊娠するんだよ」と生物学的に教えようとしてくれたんだけど、体の機能についてたくさん質問をしたら、母がとても居心地悪そうにしていたのを覚えている。終いにはもう、怒りだしそうで。
「家でなんでも話してもいいよ」としてみるも、いざそうなるとバツの悪い雰囲気になってしまう。

H:あなたの世代はどう? 性に対して閉ざされていると感じるときはある?

B:んー、そうだね。あるかといわれれば、確かにあると思う。たとえば学校では「セックスをすると妊娠するか、生理になる」と教えられるんだ。セックスは女性にとって、おそろしいものとして教育されている。

H:学校以外の場でもそのように教えられたの?

B:15歳のときに仏教のキャンプに参加するために寺へ行ったことがあって。これ、タイの子どもはみんな経験することなんだけど、キャンプでは僧侶がとても怖い“出産ビデオ”を見せてくれる伝統がある。

H:出産ビデオ?

B:誰かの膣から赤ちゃんが出てくる映像なんだ。そして「母親たちに、私たちを産んでくれたことを感謝するように」と教えられる。

H:大人になって心の準備をしていても、見るのには勇気がいるかも。

B:ちょっとトラウマになりそうな体験だよね。いまはインターネットのおかげで15歳でもポルノを見つけることができる。私自身、自活するようになってから、自分の性を探求するようにもなった。
でも、そもそも女性は自分の体を知ること、性について探究することそのものがないものにされているというか…。だから、私も若い頃そうだったけど、マスターベーションすることに罪悪感を感じてしまっていた。会話したり学んだりしていくことで、最近では普通のことだと思えるようになったよ。

H:ある記事で、タイでは性的快楽において男性より女性の方が抑圧されていると読みました。いままでの話からも、性的快楽自体がタブーのような印象も受けたけど、やはり女性の方が制限されている? 家父長制などの伝統からきたのでしょうか?

B:いい質問。どこからきているのかは、私にはわからないけど、実際、女性の性に対する行動は、どこの地域でも、それぞれさまざまな形で抑圧されているよね。

H:仏教的な考え方も影響しているのだろうか。

B:それもあるかもしれない。けど、よく「タイは仏教国だから同性婚を信じない」だとか「セックスの話をしない」と言われているのを聞くと、「仏教」が倫理的にタイをクリーンに見せたいがために使われる“言い訳”に聞こえてしまうかも。

H:事実、タイではセックストイの所持、使用、売買を禁止する法律があるらしいですね。みんな、どこで買うことができるかも知らない?

B:どこで買えるか知らない人ばかりだと思うよ。さっきの話だけど、多くの女性は自分自身の性の快楽を探求したことがないから、そもそもセックストイは、まったくもって一般的なものではない。道端でバイブレーターやディルドが売られているのを見かけたとしても、それらが衛生的かどうかはわからないから信頼もできないし。

H:買おうと思えるようなものではない。映画やテレビのシーンや雑誌などの大衆文化のなかで、セックスに触れる機会については、どうだろう。

B:ソープオペラのようなものはあるよ。でもね、タイのソープオペラは、セックスの見せ方に問題があることで有名。

H:どんな?

B:ソープオペラでは、レイプのような強制的なセックスシーンがよく見られる。レイプと表現されることはないけど、あれは明らかにレイプ。男性は女性を求めていて、女性がそれを望んでいないにも関わらず、男性は女性を無理やりベッドへ連れていく、って感じ。ソープオペラのような大衆文化には、このようなセックスの表現や、男性が女性に自分を押しつけるような強制的な表現がたくさんあると思う。
こういうのも含めて、セックスだけじゃなくて、胸や性器のある女性としての体は(レイプなどの)危険をもたらしもするこわいもの、っていう伝わり方なんだよね。

H:ソープオペラ以外でも、セックスに関するコンテンツには簡単にアクセスできるの?

B:ネットフリックスの普及などで、若い人たちはセックスという概念に触れる機会が増えていると思うけど、それでもまだスティグマが残っていると思う。

H:どんな?

B:ある女の子が、ほかの女の子に「彼氏とはまだセックスしない方がいいよ。セックスをしたら、彼はあなたに興味がなくなる」とアドバイスしていた場面に遭遇したことがあるんだけど、タイのようにセックスに対してまだオープンでない国では、「セックスを(相手に)捧げてしまうと自分の価値が減る」というような考えがある。あるいは、話してはいけない、秘密にしておかなければならない、みたいな。

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H:自分の女性の体と、それがもたらすことへの意識って、いつくらい頃から持ってた? 

B:10代になるとなにかと体のことを言われるよね、たとえばブラをしていなかったら母に小言をいわれたりとか。自分の体に意識的になること、そしてそれを気をつけるように言われることって、性がいいものであるという方向には繋がっていかないよね。

H:ちなみに、男性たちは性的な快楽についてはオープンに話しているんだろうか。

B:あんまり話していないと思う。お決まりのロッカールームトーク(男性のロッカールームで交わされるような下ネタなど)はあると思うけど。何人の女の子としただとか、そういう類のじゃない?

H:『The F Word』でも、タイの女性たちに、女性であることやセクシュアリティについてインタビューをしている記事があるよね。

B:いろいろある。『The F Word』のポッドキャストを担当していたとき、タイのアーティストにインタビューをしたんだけど、彼女は女性としてのセクシュアリティを追求していて、それがとても印象に残っている。

H:どんなふうに?

B:20代の頃にいろいろな男性と寝たと言ってた。「なぜそんなにたくさんの男性と寝ているの?」と聞かれ、友人からも恥ずかしく思われていたんだって。性的な面でも抑えつけられていると感じていて、それに反発する方法として日本にいたときにセックストイを買おうとしていたことを教えてくれた。

自分のセクシュアリティや権利を探していくことは、ある女性にとっては、まったく起こりえないことかもしれないし、またある女性にとってはまだ不快に思うことでもあるかもしれない。つねに、それぞれにいろんなストーリーが存在しているよね。

Interview with Natanin”Blue”Rachapraditof The F Word

Natanin”Blue”Rachapradit/ナタニン・“ブルー”・ラチャプラディット

タイ在住のアーティスト。米国で大学を卒業後タイに帰国し、タイの女性たちの声をジャーナリズムやアートを通して紹介するオンラインコミュニティでウェブマガジンの『The F Word(ザ・エフワード)』を今年創立。バンコクを拠点にするボランティアたちとともに運営している。

Eyecatch Portrait via Natanin”Blue”Rachapradit
Text by Ayumi Sugiura
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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