今月からスタートの、シリーズ「煌めいて★アジアのポップス」。全4回、毎回アジアの国から1ヶ国をピックアップ、その国の大衆ポップスの歌詞にある「独特の英語表現」を解釈してみようというもの。
アジアには和製英語(日本)やシングリッシュ(シンガポール)など、現地の言葉やニュアンス、文化背景を通して生まれた新しい英語表現がある。「英語は外来のことば」なアジアだからこその、不思議で唯一な言い回し。おじさんの店先のラジオから、おねえさんのiPodから、家族の居間のテレビから、ほら、漏れ聴こえてくる。
アジアの大衆ポップス、一曲目は我が国・日本の「シティポップ」。1970年代後半から80年代に流行した、日本のポピュラー音楽の一つで、“シティ”という名がつく通り〈都会的なサウンド〉が特徴。モダンでセンレンされたオシャレでオトナな都会の知識層・カルチャー層の耳を射止めるアーバンな音楽性だ。ボズ・スキャッグス、スティーリー・ダンなどソウルやジャズ、ボサノヴァなどを取り入れたスタイリッシュな洋楽ロック「AOR」を下敷きに。
歌詞には、ハイウェイのドライブに、シティを背景にした恋、都会で生活する者たちの心の風景、夏の匂いが漂うリゾート。清涼感が顔を洗う海風もひと吹き。ひと世代前に流行った政治色の強いフォークミュージックからは脱却した、ソフトでセンスの良いサウンドで支えられた華やかな音楽だ。
代表アーティストたちは、山下達郎や竹内まりや、大貫妙子、松任谷由実、大滝詠一、小坂忠、寺尾聰、間宮貴子、吉田美奈子、矢野顕子、稲垣潤一、南佳孝、角松敏生、杏里…。それから20年経った2000年頃から、キリンジなどが自らをシティポップと称し、それからさらに20年経ったいま、サチモスやナルバリッチ、シャムキャッツ、土岐麻子などが次世代シティポップシーンといわれている。
そしていま、シティポップは、国内だけじゃなく欧米でも爆発的ブームを経験している*。リスナーや音楽関係者がこぞってシティポップを再評価し、ユーチューブや音楽サイトを通して堰を切ったように広まり続け、最近ではシティポップのアナログ盤を漁りに海外から日本へやってきてレコード屋を巡るシティポップファンもザクザクいるとのことだ。
海外の音楽から影響を受けて確立した日本のポップジャンルが、40年かけて海外へ逆輸出。英語の単語もふんだんに使われた元祖80年代シティポップの名曲から、日本独特のワードチョイス感性が光る3つの英語を紹介したい。
※曲タイトル、歌詞の( )内の日本語は意訳です。
*2010年頃から新しい音楽ジャンル「Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ、80~90年代の音楽やゲーム、コマーシャルなどの商業BGMを実験的にローファイにアレンジし直した音楽ジャンル)」がインターネット上で広まり、シティポップ好きな韓国のプロデューサー/DJ、Night Tempoが中心となって日本のシティポップをサンプリングしはじめたことが発端だといわれている。
1、世界でリバイバル中、シティポップ・アンセム『plastic love(偽りの愛)』
2018年、海外を『プラスティック・ラブ』旋風が駆け巡った。ユーチューブで2,600万回以上というカルト的な再生回数を叩き出したのがシティポップの代表アーティスト、竹内まりやの『プラスティック・ラブ』(1984年)。カルチャー誌『VICE』の音楽サイト『Noisey(ノイジー)』も「80年代の日本の曲が世界のベストポップに。マリヤ・タケウチの『プラスティック・ラブ』はどうやって恋の駆け引きを捉えたのか」という特集記事まで出している。ちなみに欧米で彼女は“the Queen of City Pop(シティポップの女王)”との愛称で親しまれている。
歌っているのは、明らかに恋の駆け引きについて。歌詞は、「突然のキスや 熱いまなざしで 恋のプログラムを狂わせないでね」「恋なんてただのゲーム」「わたしを誘う人は 皮肉なものねいつも 彼に似てるわなぜか」。そしてアウトロは英語で、
「I’m just playing games. I know that’s plastic love. Dance to the plastic beat」
こう訳してみたい。「ただ恋のゲームをしているだけ。偽りの愛 だとはわかっているわ。無機質なビートに合わせて踊ろう」。
「プラスティック=血の通わない無機質なもの」。つまり、人と人の愛情がぶつかり合わない「偽りの愛」のことだろう。歌詞には「はやりのDiscoで 踊り明かすうちに」「夜更けの高速で 眠りにつくころ」などシティ要素がキラキラ散りばめられた、シティポップ愛好家たちにとってのテーマソングのような歌だ。
2、シティポップ・キングが奏でる夏のサントラ『sparkle(ときめき)』
シティポップのクイーンとともに“The King of City Pop(シティポップの王様)”と崇められているのが、 クイーンと私生活でもパートナーであるキング、山下達郎だ。「あめはよふけすぎに〜ゆきへとかわるだろう〜さいれ〜んな〜い〜うぉうおぉ〜ほぉ〜り〜な〜い〜」のクリスマスイブの人。シンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサーと多彩な顔を持つロン毛がトレードマークの人。
山下達郎は、元祖シティポップと呼ばれるバンド「シュガー・ベイブ」の中心メンバー。新しいコードや色とりどりのリズム、コーラスなどを実験的に入れ、ロックバンドでありながら、ポップスやソウルミュージックの流れも汲んだとても画期的なバンドだった。
キングのシティポップ代表曲といったら『Sparkle(スパークル)』。1982年発表のアルバム『For You』の1曲目で、夏のサウンドトラックのような曲。アイコニックなイントロのギター・カッティングは、何千回何万回とギタリストたちによって繰り返されてきたことだろう。
歌詞は、夏のビーチに寝転んで見た白昼夢のよう。「七つの海から集まって来る 女神達のドレスに触れた途端に 拡がる世界は不思議な輝きを放ちながら心へと忍び込む」。そしてコーラスで、
「Wonder in your world. Sparkle in my heart.(君の世界のなかの驚き。僕の心のなかのときめき)」
Sparkleで「きらめき、輝き」という意味。だが「in my heart(心のなかで)」とつけ加えられていると、日本語独特の感情表現“ときめき”を当てたくなってしまう。
ちなみに、こんまりで世界的ブームになったお片付け先生のフレーズ、“ときめき”が「spark joy」と訳されているのを思い出した。歌詞の解釈は人それぞれ。キング自身も「歌っていうのは自分の手元を離れたあとに意味あいを変えて、聴く人の意志がくわわるものなんですよ」と仰っている。
アルバムジャケットのデザインもこれまたドリーミーで、アメリカ西海岸を彷彿とさせるヤシの木・ビーチ沿いの道・絵の具みたいな青い空。わたせせいぞうや永井博など80年代を代表するイラストレーター、鈴木英人によるもの。彼のイラストは他のシティポップアーティストたちのジャケットも彩り、シティポップを視覚化したといえよう。
3、モノクロの思い出に心地よい温度を与えてね『color girl(天然色の君)』
シティポップの金字塔ともいわれる『ロンバケ』の収録曲『君は天然色』。主人公の男が思い出すのは思い出のなかの女性、“color girl”。
「くちびるつんと尖らせて 何かたくらむ表情は 別れの気配を ポケットに匿していたから」
「夜明けまで長電話して 受話器持つ手がしびれたね 耳もとに触れたささやきは 今も忘れない」
「開いた雑誌を顔に乗せ 一人うとうと眠るのさ 今 夢まくらに君と会う トキメキを願う」
彼女との過去を思い出す男。彼女は、いまもまだ恋しくなる存在だ。「机の端の ポラロイド写真に話しかけてたら 過ぎ去った過去 しゃくだけど 今より眩しい」。彼女の写真だってまだ手の届くところにある。いまよりずっとたのしかった、彼女がいたあの頃。そして男は正直になる。
「想い出は モノクローム 色を点けてくれ もう一度 そばに来て はなやいで うるわしの Color Girl(天然色の君)」
別れてもまだ好きなガールフレンドを想って書かれた詩だろうと想像していたのだが、調べてみると、作詞した松本隆はこの時期に妹を失くしている。アルバム制作中に病に倒れた妹を看取ったあと、絶望で世界のすべてがモノクロに見えたという。松本の哀しみの白黒の世界に、“color girl”が明るい天然色を塗った。みんなのcolor girlは誰だろう。フォトアルバムに挟まる白黒写真のような思い出に、昔よりワントーンくすんで見える毎日の風景に、明るい色をサッと差してくれるcolor girlは「天然色の君」。
「煌めいて★アジアのポップス」二ヶ国目は「韓国」。
BTSやBIGBANGだけじゃないぞ、90年代の元祖K-POP。
「文化大統領」と呼ばれ社会に影響を与えたソ・テジ率いる
「ソ・テジと仲間たち」の『Come Back Home』など。
Stay tuned!
▶︎これまでのA-Zボキャブ
▽アイコンたちのパンチライン
・「大統領の“イエスマン”にはなりません」米政界重鎮ダニエル・イノウエ氏、半世紀の吐露は重く濃く。アイコンたちのパンチライン
・「ぼくは、ただの“音楽を演る娼婦”」フレディ・マーキュリー、愛と孤独とスター性が導く3つの言葉。アイコンたちのパンチライン
▽懐かしの映画・ドラマ英語
・「うげぇ、超サイテー」!—90年代癖あり名映画の名台詞を解剖。“90s米ギャル捨て台詞”まで。
・このクソメガネ野郎が!—『E.T.』『スタンド・バイ・ミー』青春の置き土産、80s名台詞を解剖。
Eye Catch Illustration by Kana Motojima
Text by Risa Akita, Editorial Assistant: Kana Motojima
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine