報道規制の“穴”、音楽配信。禁じられた記事を流す〈無検閲のプレイリスト〉前代未聞のポップソングは検閲をくぐる

「報道の自由が剥奪された国。メディア検閲が張り巡らされた国。そんな国々にも、ある“抜け穴”があったのです」

メディア統制がしかれた国では、ジャーナリストたちの言論の自由は制限されている。政府に反旗を翻す報道をすれば逮捕、投獄、国外追放のリスク。二度とペンをとることが禁じられることさえある。真実を報じる権利を奪われたジャーナリストたちの声を届けようと、あるデジタルプラットフォームを駆使した前代未聞のプロジェクトが遂行された。彼らは、音楽配信サービスのプレイリストを使うという。自由を禁ずる者がいれば、それに屈せず立ち上がる者もいる。奇想天外な手段を編み出して。

“真実を報じられない国”、届かぬメッセージを〈音楽配信サービス〉で?

 世界最高レベルのネット検閲システムを装備する中国や、言論統制が強まる軍事政権のタイ、ジャーナリストへの弾圧が進むエジプト。明確に政治立場を示した記事を出しても、政権への批判ツイートを投稿しても警察に連行されることがない国がある一方で、世界にはジャーナリストから言論の自由を奪い“事実を報じる”ことを制限し、彼らの声をもみ消す国も存在する。世界の報道自由度ランキング(2018年)たるものもあり、トップ3はノルウェー、スウェーデン、オランダ。ワースト3はトルクメニスタン、エリトリア、そして北朝鮮だ。日本は67位。

 今年3月、ある記者団体は意外な手立てで検閲の穴をくぐる。報道の自由を擁護する非政府組織国境なき記者団のドイツ支部と広告エージェンシーDDBベルリン」が協働、実現したプロジェクトが「ザ・アンセンサード・プレイリスト(以下、アンセンサード)」だ。直訳すると「無検閲のプレイリスト」。いったい、どんなプレイリストだ? 

「検閲に打ち勝つためにはどんな方法があるだろう。同僚たちといろいろとリサーチしていると、ある“抜け穴”を見つけたのです」。そう話すのはDDBベルリンのコピーライター、パトリック・レンハート。その抜け穴とは、“音楽配信サービス”だった。「言論の自由が禁じられていた国では、厳しく規制されているネット検索エンジンやソーシャルメディアに比べ、音楽配信サービスは自由に存在していることを発見しました」。
 報道の自由が壊滅的な5ヶ国〈中国、ベトナム、タイ、ウズベキスタン、エジプト〉のジャーナリストの記事を10曲の歌にし、スポティファイやアップルミュージック、フランスのディーザーなどのストリーミングサービスで“密かに”配信したのだ。

30ページの“禁じられた記事”を〈5分のポップソング〉に

 メディアの自由が奪われた国で検閲対象の記事。新聞や雑誌、ソーシャルメディアが無理なら、音楽配信サービスで配信しよう—前代未聞のアンダーグラウンドなプロジェクトに参加した5人の“作詞家”は、“母国で記事を書けなくなったジャーナリスト”だ。そこに、音楽ディレクターが曲をつけていく。

 政治問題やチベット問題など政府のタブーを扱ったことで複数の新聞社をクビになった中国人ジャーナリストのチャン・ピン。母国での執筆活動が禁じられ、ドイツに亡命。「現在、ドイツ在住のチャン・ピンは、たとえばニューヨーク・タイムズで記事を書くことはできます。しかし、ニューヨーク・タイムズが中国で読めなければ意味がないのです」。同じくドイツに亡命したベトナム人ブロガーのチャン・フイや、タイの急進的ニュースメディア・プラチャタイ。政府軍による大虐殺を報じたことで国外追放されたウズベキスタン人女性ジャーナリストのガリーマ・バクハルバイーバ、政府の弾圧に積極的に声をあげたエジプト人女性ジャーナリストのバスマ・アブデルアジズ。バスマは現在もエジプトに住んでいる。


中国人ジャーナリストのチャン・ピン。

 歌詞部分となる記事の内容は、政府の問題点や腐敗、冷酷な政権、法外なメディア規制に見て見ぬ振りをする国民について。「2、3ページ、多いときは30ページの記事を5分のポップソングに凝縮しなければなりませんでした。だから、記事の背景を知り、核となるメッセージをきちんと歌に残せるように、曲制作前には、私たち(DDBベルリン)と音楽ディレクターがジャーナリストたちに入念なインタビューをしました。ジャーナリストの過去や彼らの母国の状況、記事を書いた動機や記事で一番伝えたかったメッセージを聞き出したのです」

 音楽ディレクターに抜擢されたのは、DDBベルリンの知り合いでブラジル人アーティストのルーカス・マイヤー。“作曲家”として曲をつくっただけでなく、歌詞の編集もおこなった。各曲は英語バージョンと現地語バージョンを用意。「記事から“詩”をつくる感じだったね。韻を踏んだ“5分間の詩”。でもあくまでもポップソングだから、韻を踏んだからといってラップのようにはできない。歌詞を編集したあとには、曲の意味やメッセージが変わっていないか、各ジャーナリストと何度も確認したんだ」。

「その国民の耳に一番心地よいメロディ、ハーモニー、リズムで作曲した」

 無検閲のプレイリストにアップロードされた10曲を聴いてみる。民族音楽のような異国情緒あふれる曲もあれば、シンガーソングライターの弾き語りのようなフォークソング、ラジオ向きのポップソングもある。一様にしていえることは、どの曲も聴きやすくクリア、そして歌詞がきちんと聞こえてくるということだ。 

「ゴールは、その国の人たちに一番心地いいメロディ、ハーモニー、リズム、アレンジメントで作曲し、彼らが親しむ楽器で演奏することだった」。ルーカスは各国の音楽文化を生で体感するため、各国を訪問。中国ではコンサートに参加し、エジプトの楽器屋に行った。首都カイロでは“違法”ゲイパーティーに招かれたりもしたという。

たとえば、ベトナムではよくビートルズが流れていた。西洋の音楽をよく聴くんだよね。だから、ベトナムの曲にはビートルズのようなドラムやハーモニーを組み込んだよ。反対に、中国は西洋のポップスはあまり聴かないから、ラジオでかかるような中国特有のポップソング風に作曲する必要があったんだ」。その国の音楽の消費傾向を計算したうえでの作曲だ。
 パトリックもこうつけくわえる。「プロジェクト最大の目的は、検閲された情報をより多くの人々に届けることでした。だから、ポップミュージックという大衆に届く音楽にする必要があった。これがデスメタルだったら少数しか聴きませんからね」

 歌手や弾き手はルーカスが現地で見つけ、伝統楽器も用い、現地で録音した。「中には名も知らない歌手もいて、ストリートで録音することもあったよ。プロジェクトの主旨を説明すると参加できないと断られることもあった。歌手は乗り気だったのに、マネージャーから『危険だから無理です』と電話がかかってきたことも。それにエジプトでは実際にジャーナリスト(バスマ)に会おうとしたんだけど、『もう彼女に近づかないでください』と忠告されたこともある」。参加アーティスト約50人のうち、ドラマーやパーカッショニスト、数名の歌手以外の名前は、彼らの身の安全のため伏せられている。「それに、ぼくも今後5ヶ国に入国できるかどうかはグレーなんだ」

 さまざまな危険をくぐり抜けて10曲は完成し、スポティファイなどで配信された。「正直、成功するかどうかは未知数でした。どうかうまくいきますように、と祈るしかなかったんです」。一番印象に残っている思い出をパトリックとルーカスに聞くと、同じ答えが返ってきた。「曲が完成したあと、中国人ジャーナリストのチャン・ピンがこう言いました。『子どものころの夢は、ポップソングの作詞家でした。なんだか夢が叶ったみたいです』」

音楽配信サービスの次はなに? 新たな“抜け穴”はまだあるかもしれない

 前代未聞の無検閲プレイリストは、英紙ガーディアンや米音楽誌ピッチフォークなど主要メディアに取り上げられた。「どの音楽配信サービスにもアンセンサードのことは言わずに配信しましたが、どこからもクレームはありませんでした。逆にアマゾンミュージックから『ぜひ曲を配信したい!』とアプローチもあったんです」。パトリックは続ける。「無検閲プレイリストの存在を認める、つまり〈報道の自由のために戦うのを応援するという立場を表明する〉というのは、スポティファイやアップルミュージックにとっていい宣伝にもなると思います。ぼくの考えでは、これら音楽配信サービスは勝者です。敗者は、報道の自由を奪った政府ですね」

 ここで疑問に思うのは、音楽配信サービスは他のデジタルツールに比べ、なぜ比較的自由だったのだろう? 「これといった理由はわかりません。憶測ですが、たとえばアップルミュージックのコンテンツはアップルミュージックがコントロールしているわけで、中国政府がコントロールしているわけではない。政府が音楽配信サービスを許可していれば、コンテンツ内容はそのサービス会社の統制下にあるのだと思います」
 それに「ユーチューブやフェイスブックでは、不特定多数がどんなことも投稿できますが、音楽配信サービスはレーベルがないと曲を配信できません」。つまり、メディア統制をおこなう政府側からすれば、万人が無秩序にアクセスできるソーシャルメディアに比べ、限られた者たちが曲をアップロードできる音楽配信サービスの方が危険性が低いとみている、ということか。「アンセンサードでは、配信経験があるルーカスのレーベルを使用しました。“ロック”というジャンルのもとでこっそり配信したのです

 言論の自由・報道の自由を獲得するため、音楽配信サービスのような現代生活のインフラを駆使した“抜け穴”は、今後新たに発見されるのだろうか。「検閲が厳しい国でもピンタレストが比較的自由だったような気がします。もしかしたら、ネットフリックスだってそうかもしれない。このプロジェクトを通して、他の抜け穴を見つけ独創的な方法で検閲に打ち勝つ方法が生まれてほしいです。真実を伝えたい勇敢な民は、なんとしても必ず声をあげる手段を見つけますから

Interview with Patrick Lenhart, Lucas Mayer

Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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