今年2月のニューヨーク・ファッションウィークで、とあるコラボレーションが気になった。「インフルエンサー」と「環境保全の非営利団体」と「アートギャラリー」の三者が手を組んでおこなっていた展示。テーマは気候変動。切り口も、環境に配慮した服を扱うのではなく、“環境に配慮しなかったから、着ることになるであろうファッション”と斬新だった。そしてなにより、非営利団体がインスタグラム1投稿あたりの契約金が数百万円クラスのセレブインフルエンサーと手を組んでいることに驚いた。非営利が宣伝のためにそんなお金の使い方をするはずがない。いったい、あのコラボは、どうやって実現したのか。
絶望の淵を彷徨うファッショニスタ。気候変動は「いま、そこにある危機」
花粉症の人にはやや辛いかもしれないが、春は一年の中で格別気持ちのいい時期。草木が芽吹き、芳醇な大地の香りも心地いい。
しかし「そんな平穏な日々に終わりが訪れたら」。それは、単なる妄想でも、映画や小説の中だけの話でもない。「いま、そこにある危機」として私たちの誰もが意識すべきことだという。
今年2月、ニューヨークファッションウィーク中に行われた「UNFORTUNATELY, READY TO WEAR」という名のファッション展示会。内容は「残念ながら(UNFORTUNATELY)、地球環境が崩壊した日に着ることになるであろうファッションコレクション」を軸に、地球温暖化を考えるというものだった。オープニングイベントの日、展示会場であったミルク・ギャラリー内は異様に暑かった。
「なぜ、こんなに暑いのか、って?」
聴衆に向かって話すのは、21歳のインフルエンサー、ルカ・サバト(@lukasabbat)。いまとなっては、彼を表す言葉としてインフルエンサーというのが適切なのかは悩ましいところだが、インスタグラムのフォロワー数は180万人。モデルや俳優、デザイナー、スタイリストと、幅広く活躍しており、なんだかよくわからないがいつも世界を飛び回っている人物だ。一回のインスタグラムの投稿には、数百万円単位のお金が支払われていると言われており、兎にも角にも、欧米の若者を中心に影響力を持つセレブである。
トップインフルエンサーのルカ・サバト。
@lukasabbat
「今日、この部屋を暑くしたのは、逃げることのできない“不快な暑さ”を、みんなに経験して欲しかったから。地球上にはこの不快な暑さに苦しんでいる人たちがたくさんいる」
「もしも、このまま温暖化が進んで地球環境が崩壊したら、どの服が似合うか、おしゃれかどうかなんて、誰も気にしないだろうし、どうでもいいことになるよね」
ルカが同コレクションでデザインしたのは、4アイテム。
1、ジャケット。耐火性と防水性を兼ね備えている。
2、バンダナ。大気汚染から身を守るため。エア・フィルターを搭載。
3、バックパック。蓄光テープ、ウォーターフィルター、ソーラーパネルを搭載。寝袋にもなる。
4、ヘッドホン。熱波や暴風雨から耳を守るためのもので、フラッシュライトやWi-Fi、ソーラーパネル、スクリーンを搭載している。
どれをとっても、機能性の話が中心。シルエットがどうだ、素材が醸し出す世界観がどうのこうの、という話は一切出てこない。
無論、いくら機能性重視とはいえ、コンテンツに魅力がないと、会話もはじまらないわけで。見る者の感性や想像力を刺激するビジュアルは必須。そんなことは百も承知だったのだろう、プロモーションイメージはこの通り。そこには絶望の淵を彷徨うファッショニスタたちがいた。
地球崩壊をテーマにしたディストピア小説や映画はヒットするのに、いざ、現実に地球温暖化の危険性に向き合うとなると、私たちの想像力はとたんに働かなくなる。そこで、このコレクションでは、クールなコンテンツを見せ、まずは注目してもらい、そこから「なぜその服が必要なのか? 地球温暖化って結局なんだろう?」と、現実に基づいたことを考えてもらう、という発想だった。
「インフルエンサー」 × 「非営利団体」 × 「コミュニティハブ」の3者のイベント
実際に、同コレクションのジャケットやバンダナなどは、山火事や異常気象、大気汚染が深刻化する昨今において、近い将来ではなく、いますぐ必要なものでもある。
『UNFORTUNATELY, READY TO WEAR』は、「ルカ・サバト(インフルエンサー)」と、1970年から地球環境の保全活動に努める非営利団体「天然資源防護協議会(以下、NRDC)」、「ミルクギャラリー(コミュニティ)」の三者のコラボレーションで実現している。
これが、ルカ・サバトと若手の気鋭アーティストが集まるミルクギャラリーのコラボだったら別にこれといって驚くことはなかったのだが、ここに環境保全の非営利団体が入っていて、同非営利の十八番である「環境破壊」や「気候変動」をテーマにした展示であったことが妙に気になった。
この投稿をInstagramで見るNRDCさん(@nrdc_org)がシェアした投稿 –
実際の展示会の様子。
@nrdc_org
というのも、こういっては何だが、環境保全の非営利であるNRDCが、他の営利大企業のように、ルカ・サバトに上述のような高額のギャラを払って、インスタグラムの投稿を頼んでいるとは思えなかったからだ。
もし、高額のギャラを払っていなかったとしたら「NRDCはどうやってトップインフルエンサーを口説いたのか」。しかも、ただソーシャルメディアへのタグ付け投稿だけではなく、実際に「アイテム」を作ってもらい、オープニングイベントの出席の協力まで得ているではないか。
となると、インフルエンサーであるルカ・サバトも、地球環境の保全に関して、何か行動を起こしたい意図があったのではないかと思えてくる。NRDCに問い合わせてみたところ、同団体の会長が答えてくれた。
次世代への啓蒙が目的。一見すると環境に興味はなさそう、でも、関心は高い人たちの存在
NRDCの会長レア・スー氏によると、ミルク・ギャラリーの共同創始者マズダック・ラズィー氏とは2年前に出会い、気候変動について話し合ったのが発端だという。
「フォトスタジオやプロダクションを持つミルクは、若手の気鋭アーティストやクリエイターたちのニューヨークのハブとして存在していて、その家族のようなコミュニティの中に、ルカもいました。若手のアーティストたちの多くは、環境や気候変動に関心を示していて、ニューヨークに本部をおく私たちNRDCのために何かしたいと考えてくれていたのです」。
NRDCは非常に活動的な団体だ。たとえば、天然ガス、シェールガスを採掘する手段である「フラッキング(水圧破砕法)」の禁止(2015)、長距離石油パイプライン「キーストーンXLパイプライン建設プロジェクト」の建設停止(2015)を訴えたり、米国初の洋上風力発電所の設立援助をしたり(2016)と、近年のアメリカで「勝利」をおさめた環境問題に関する訴訟や決定の裏には必ず、といっても過言ではないほど、NRDCの存在がある。
「ルカは、パートナーとして完璧な存在でした。彼のクリエイティブな視点はもちろん、なにより、『気候変動は未来の話ではなく、いま、そこにある危機』だと理解していたアクティビストだったからです。彼もちょうど、気候変動について話したり、地球を救うための同世代の人たちの行動を喚起する機会を求めていました」。
つまり、この三者のコラボレーションは、ビジネスではなく、それぞれの情熱の矛先がピタリと合ったからできた「パッションプロジェクト」だった、と言える。展示の時期は、ニューヨーク・ファッション・ウィークの時期にあわせたが、ルカの作ったコレクションを展示するだけのファッションショーではなく、目的は「次世代や、新しい人に向けた気候変動の啓蒙活動」で、それを食い止めるために行動を起こさせるのが狙いだった、と強調する。
「ひとえに『気候変動』といっても、それについての啓蒙、行動の仕方は、工夫次第で何十通りにもなります」とスー氏。今回は、インフルエンサーと協同し、大衆性のある、ファッションやアートからのアプローチとなった。だが、スローガンをプリントしたTシャツを売って、そのお金をチャリティに…といったものでも、環境に配慮したファッションでもなく(それはそれで立派だが)、環境に配慮しなかったら着ることになるであろうファッション。切り口が斬新、かつ、非営利の環境保全団体の取り組みとしては、エッジが効いていたように思う。
踊って、騒いで、ワインをがぶ飲みしてからの「気候変動は嘘じゃない、すでに起こっている事実だ」といったスピーチがおこなわれるなど、ルカ・サバトやそのコミュニティらしいノリを自由に解放させていたのも吉とでたようだ。スピーチの最後に、ルカは会場に集まった仲間たちに拡散を促すことも忘れていなかった。「ソーシャルメディアには、(写真だけでなく)環境について自分が何をしたいのかを投稿するように!」
「環境保全団体は、若い人たちや、まだ気候変動に馴染みのない新しい人たちにリーチするためには、従来のやり方をなぞるだけではなく、よりクリエイティブなやり方が求められていると思います」とスー氏。その一つが、今回の彼のようなインフルエンサー、いわば、ファッションに興味があるのはわかるが、「環境問題に興味がある」とは声高に発信してはいないタイプの人とのパートナーシップだ。
若者の行動を喚起するうえで重要なのは、「あなたの声や意見、行動は大切です」と伝えることだという。ムーブメントに参加して欲しかったら、「あなたに参加してほしい」と伝える。なぜなら、10代の頃から多様な情報に接してきたいまの若い世代は、「行動はまだ起こしていなくても、気候変動は急務だと潜在的に感じている人は少なくないからです」。
Interview with Rhea Suh from NRDC
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Image via NRDC
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine