見た目はハイファッション誌。しかし、テーマは気候変動。そんな雑誌が生まれている。時代のキーワードやニーズを可視化する役割である商業雑誌が、気候変動というテーマに反応しはじめた。
カルチャーと気候変動のギャップを埋める、新しい“気候変動マガジン”の存在
ここ数年は、ファッション誌やカルチャー誌、はたまた、その両方だったりする雑誌が、社会問題を扱うことも珍しくはなくなった。だが、特集を一回(もしくは数回)やるのと、毎号必ず「気候変動について」をやりますよというのでは、コミットメントの度合いが違う。紙の雑誌がなかなか売れないこのご時世に、商業雑誌の編集者が、まったくニーズのなさそうなものを、あえて可視化しようとするとは思えない。つまり、気候変動を軸にする雑誌が生まれたことは、新たなニーズがある証なのではないだろうか。
たとえば、昨年創刊した『Hot Hot Hot! Magazine』。その名前からも連想させる「地球があつすぎる!」現実を、写真家ユルゲン・テラーをはじめ、トップクリエイターらとともに、新しい角度から切り取っている。また、この春には、GQやV Magazineなど、もともとファッション誌の編集者だった人が、新たに気候変動を軸にした『Atmos』という雑誌を創刊し、同誌の1号目には、オノ・ヨーコも登場。本記事では、この2つの雑誌を紹介する。
環境やエコから一歩踏み込んだ「気候変動」。商材になる?
「気候変動」は売れない。ながらくそう言われてきた。健康やマインドフルネスはもちろん、フェミニズムやLGBTQなど人権に関わる問題まで、さまざまな物事をビジネスに結びつけることに成功してきた米国だが、それでも「気候変動」を商材にするのには苦戦してきたようだ。
それが近年、少しずつ変わってきている。ビーガン商品やゴミを減らすためのゼロ・ウェイスト商品は「少し割高」にも関わらず、好調な売れ行きをみせているし、できるだけフードマイレージの少ないローカルのものを選ぶ消費者も増えている。環境によいプロダクトを選ぶのが「クール」、環境に配慮した生活を実践するのは「(案外)たのしそう」。そういったアイデアがマス(大衆)にも浸透しつつある。
この「環境に配慮したプロダクト」流れを組んで、「地球温暖化」や「気候変動」もホットなトピックになりつつあるのを感じてきたわけだが、それでも、多くの人にとっての「ホットトピックだ」と言い切るには、やや証拠が不十分。決定的な変化や要因が少ないのではと感じていた。
そんなとき、「環境・エコ」というところから一歩踏み込んだ「気候変動」を軸にしたハイセンスな(紙の)雑誌がポツ、ポツと生まれいる様子をみて「これは!」と思った。というのも、商業雑誌の編集に関わる人たちの多くは、その時代のニーズを可視化する役割を担っているからだ。言い方を変えれば、まったくニーズがなさそうなものを、あえて可視化しようとはしない。紙の雑誌を売るのが難しいこのご時世ならなおさらだ。
制作に関わっている人たちが、ファッションやアート、デザインの世界でキャリアと地位を築いてきた人たちであること、また、コンテンツに登場するフォトグラファーやアーティストが、メインストリームのいわゆる“大物”だったり“旬の人”だったりと、なんだか華やかなのも気になる。その点で、草の根でやっているZINEとは毛色が異なり、惹きつけるオーディエンスも存在意義も違ってくるように思われる。
大物や旬のフォトグラファーを巻き込んで作る。気候変動の新しいビジュアル
「気候変動」を軸にした雑誌の一つ目は、昨年創刊した『Hot Hot Hot! Magazine』。創刊号のテーマはずばり「Global Warming(グローバル・ウォーミング、地球温暖化)」。ウェブサイト上の声明文には「願わくば、ティモシー・モートン(英国の環境哲学者)のように、さらなる熟考を呼び起こす雑誌を目指したい」と明記されている。
初回は、スペシャルゲストに有名写真家のユルゲン・テラーを迎えている。中身はというと、ところどころビート・ジェネレーションの作家、リチャード・ブローティガンの詩なども入っているが、全体的に写真がメインの印象。地球温暖化が進行する日常生活の一コマや、その中に生きる人々を斬新かつプレイフルな角度で捉えた美しい作品が、ドーンと大きく掲載されている。さらに、写真をより効果的にみせるためか、商業誌にしては余白も多い。
この春には2号目が発刊されたが、創刊号に比べると、よりアバンギャルドな切り口を狙ったかのか、はたまた、温暖化をより多角的に捉えようとしたのか、ハイコンテクストになったのか…。全体的にビジュアルに遊びが増えた印象で、同時に気候変動との関連性は言葉で説明されないと、いまいちわかりにくくなった感がある。別の言い方をすれば、「いままでにない刺激的なファッション・カルチャー誌」だとか「セルフ・アクセプタンス(自己受容)」とか「フェミニズム」マガジンだ、などと言われれば、どれも当てはまるような。何はともあれ、売れ行きは好調のようだ。
二つ目は、今年春に創刊した年に2回発行の『アトモス(Atmos)』。おそらく、地球を取り巻く大気を意味する「atmosphere」から命名したのではと思われるが、スニーカーを中心としたストリートショップの「アトモス」と丸かぶりしている(大丈夫なのか?)。
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それはさておき、こちらも創刊号の表紙は、写真家ライアン・マッギンレーなどが撮り下ろしていたり、芸術家で活動家のオノ・ヨーコ、ミュージシャンのアノーニへのインタビューをおこなっていたりと、他の権威あるハイ・ファッション誌と並んでも引けを取らない豪華さ。これは、“ぽっと出”の雑誌ではないですよという暗示なのだろうか。そのほか、インドの奥地や海面上昇により領土消失の危機に瀕しているキリバス共和国の島を取材し、その地域の人々の生活を紹介するなど、切り口は多岐にわたる。
同誌のアート・ディレクションをおこなうのは「STUDIO 191」。雑誌『AnOther Magazine』や『Another Man』、「ジバンシー」や「ジル・サンダー」などのファッションブランドのアート・ディレクションをおこなう業界のベテランだ。創業・編集に関わるのは、ウィリアム・デフェボー(William Defebaugh、編集長)とジェイク・サージェント(Jake Sargent、創業者)。前者のウィリアム氏は、もともとハイファッション誌『V Magazine』や『L’Officiel USA』の編集に関わってきた人物で、創刊号から上述のような大物を巻き込めるのも頷ける。
「こんな未来はどうですか」と、アイデアとスタイルで大衆を動かす
『Atmos』の創刊号のテーマは「ネオ・ナチュラル(Neo-Natural)」だった。ウィリアム氏とジェイク氏は、他誌のインタビューで「カルチャーと気候変動の架け橋になる雑誌を作りたい」「『ナチュラル』という言葉の意味や、いまこの時代に、それはどんな形相をしているのかを深く考えてみたい」と語っている。
ただし、いままでのような「科学的な切り口よりは、気候変動を個人の視点で切り取りたい」。その言葉通り、コンテンツは、科学者や気候変動の専門家の研究内容や証言、社会的事象から考察するものではなく、「有名アーティストが地球温暖化についてどう考えているか」や、「気候変動による被害に直面する発展途上国の人々の視点」を切り取ったものになっている。
平たくいえばマス向けで、より正確にいえば「マスに対して影響力をもつ人たち」を狙ったマガジンとのこと。さらに、なかでももっとも(マスへの)影響力の大きいファッション業界の人たちを狙っているとのこと。理由は「影響力のある人が、気候変動について口にする機会、投稿する機会が増えれば、自ずとフォロワーも影響を受けて気候変動について話したり、考える機会が増える」から。
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現時点で、環境問題にあまり関心のない(けれど、最先端だったり、おしゃれなものには関心がある)人を喚起するのが目的なのだとすれば、このくらいの感じ、いわば雰囲気のある写真を使って、ライフスタイルに寄せて「こういう未来はどうかな」と、読者にプレゼンする感じが“正解”なのだろう。文言も「Climate Change(気候変動)」と直球でいくよりも、「Neo-Natural」くらい輪郭をぼやかした方が、読者がとっかかりを見つけやすく、かつ、さまざまに想像を広げることができるので、いいのかもしれない。
事実やデータをただ広めるだけではマスは動かない。だから、気候変動対策に関心を寄せることがいかにクールかといった、ポジティブでどこかたのしげ、自分を“更新”できそうな「アイデアを売る」。その手法は、営利企業がサービスや商品を消費者に売る手法と同じだ。
一方で、「海面が上昇している」「温室効果ガスが増えている」といった事実やデータだけで動く、少数派の人たちもいる。気候変動に対する市民運動やストライキに現時点で参加しているアクティビストたちなどは、まさにそうだろう。
気候変動(地球温暖化)についてを考えると、人類に残された時間は少ないという。だが、いまなら間に合う。だから「いますぐ行動しよう。声をあげよう」というのが市民運動。それに対して、ライフスタイルやエンタメ寄りの切り口で気候変動を切り取ることで、アイデアやスタイルを売ることでマスを動かそう、あるいは、長期的になんとなくこの問題について知っている、話す人を増やすというのが、これらのビジュアルを重視した雑誌だと捉えることもできる。アプローチの仕方はまったく異なるが、ベクトルの矛先、目指すゴールは同じ。「地球を守る、守りたい」ということで一致している。
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Eye Catch Illustration by Kana Motojima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine