誰も報じてくれない大気汚染。26歳が〈無料公開データ〉ではじめる市民革命「僕たちの国に、きれいな空気を取り戻す」

【特集:It’s hot now!】難解なデータを、わかりやすくみんなに公開。「僕が、自分の国に、自分でできることを」
Share
Tweet

「なんで冬になると空にぶあつい霧がかかるの?」。子どもの頃に両親にそう尋ねると、「春になれば消えるんだから、あまり深く考えるほどのことじゃないよ」と返された。北マケドニア共和国(旧マケドニア)*育ち26歳、ソフトウェア・エンジニアのジョージャン。

彼は21歳のとき、自分たちの国の大気汚染指数を、無料で簡単にチェックできるアプリを開発。その深刻さを市民に知らしめた。「ひどいときは北京の4倍」。にも関わらず、そのことは自国を含めヨーロッパ諸国でもあまり知られていない。人口約200万人の小国に未来はあるのか? 自国の問題を、データを使って世界に向けて発信する。

*マケドニア共和国は、2018年に国名を北マケドニア共和国に変更。現在は、北マケドニア共和国、北マケドニア、旧マケドニアとその表記はわかれる。


  

冬にあらわれる“臭い霧”の正体。政府が隠していた事実を、無料公開

 バルカン半島にある東欧の小国、北マケドニア共和国(以下、北マケドニア)。この国で生まれ育ったソフトウェア・エンジニアのジョージャン・ヨバノフスキはいま、オランダのアムステルダムにいる。約2年前に大学院に進学するために移り住み、卒業後に「ブッキングドットコム(Booking.com)」でディベロッパーとしてのフルタイムの仕事を得られたことから、そのまま残ることにしたのだそうだ。
 
 年に一度は、エコ大国のオランダから北マケドニアに帰省しているが、「帰るたびに、頭痛がしたり、咳が止まらなくなります」。  
  
 毎年10月頃になると、北マケドニアの空はぶあつい“霧”に覆われる。通称「臭い霧(smelly fog)」と呼ばれるそれは、3月末には薄くなり、暖かくなるにつれて消えていく。子どもの頃から冬の間は「窓もドアも閉め切ったままにするように言われてきました」。理由は「臭いから。その“霧”が人体に悪影響を及ぼすもので、年間に国内の3000人以上もの命を奪っているものだと知ったのは、大学生になってからです」。


ジョージャン・ヨバノフスキ。

 2014年、当時21歳の大学生だったジョージャンは、国内の大学でデータ分析を学んでいた。次のプロジェクトのネタを探していたところ、政府からパブリックに向けて公開されている膨大なデータの存在を知ったという。政治から製造業、国民の健康に至るまで、さまざまなデータが公開されていた。しかし、それらの多くは数字の羅列に過ぎず、その数字が示すメッセージや物語を読み解くのは至難の技。「そのことから、政府が公開するデータの解読を次のプロジェクトにしようと思い立ったんです」。政府のウェブサイトにアクセスし、どこまでも続くデータ項目をひたすらスクロールしていく。その中で、とりわけ気になったのが「大気汚染に関するデータ(Air Pollution Dataset)」だったという。

「一介のギークとして、」まずはそのデータをダウンロードし、自分でアルゴリズムを書いた。「データを分析し、その数字が、僕に何を言わんとしているのかを知るためのアルゴリズムです」。

 最初は「バグが発生しているのだと思いました。あまりにも高い数値ばかりが出てきたので。たとえば、大気汚染レベルは北京の4倍、とか。信じられないですよね」。しかし、それがバグではなく「事実」であることを知るのに時間はかからなかった。毎年冬にあらわれる“臭い霧”の正体は「スモッグ(煙霧)」だったのだ。
    
 人口約200万人の国で、年間1,000人以上が気管支炎にかかり、600人以上が呼吸器や心血管疾患で入院を余儀なくされている
        
 ジョージャンは同年14年の末に、北マケドニアの大気汚染指数を、専門知識がなくても視覚的にチェックできるウェブサイト/アプリの「MyAir(マイエア。現在名は『AirCare』)」を創設。マケドニア語、アルバニア語、英語の三ヶ国に対応し、たった数ヶ月で国内約10万人がアクセスする大ヒットとなった。専門知識がなくても、数値の意味が一目でわかるビジュアルで市民たちに伝達した。






 
 これにより、ショックを受けて助けを求める人、彼のことをアメリカに洗脳された嘘つきだと批判する人、さまざまな反応があったという。
 
 もっとも大きな収穫としては、「深刻な状況に、多くの市民が気づいたこと」。何もしない政府に対し、市民が声をあげるようになった。翌年の15年の末には、大気汚染の改善を求めて何千人もの市民が国会の前に集まり大規模のデモを決行。以来、毎年冬になると北マケドニアの各地で改善を要求するデモが行われている。
 

「きれいな空気」は、国民が要求できる基本的人権

「ただ…、夏になると忘れてしまう人が多いんですよね。10月がくると、大気汚染の深刻さを思い出す。そして改善を要求する。その繰り返しです」。

 今年のはじめには、アプリの対象エリアを北マケドニアの北に位置するセルビア共和国(以下、セルビア)まで拡大し、アプリの名前を『AirCare(エアケア)』に変更。今後は、コソボやボスニア・ヘルツェゴビナなど、他のバルカン諸国にも広げていきたいと話す。

 確かに自国の市民たちが気づき声をあげるようになったのは前進だ。だが、「北マケドニアという小国の中だけで騒いでいても、国をあげての変化は訪れないかもしれない…」。そのことを危惧していると、ジョージャン。北マケドニアの環境団体にも所属する彼は、15年の市民デモ以降、議会に大気汚染の改善に取り組む趣旨の“契り”を結ばせたものの、「残念ながら、まったく実行には移されていません」。

 北マケドニア政府はこの大気汚染問題を、隠蔽した過去がある。

「実は、2011年に、大気汚染指数を知らせる電子モニターがEUから寄付されたことがあったんです。17機のモニターは国内のさまざまな場所に設置されたのですが、その数値があまりにも高かったことから、国民の健康を何も考えていない政府に対し、一部の市民が国会の前で抗議運動をはじめました。すると、モニターは、“修理” を理由に、17機すべてが町から撤去されてしまいました。7年以上経ったいまも修理中。町から消えたままです」。つまり、「市民が声をあげようが、政府はこの問題に対して “何もしたくない”のは明らか、と言わざるをえません」。 
 北マケドニアやセルビアの大気汚染の主な原因は、褐炭(かったん)だ。両国の経済はこの褐炭エネルギーに依存しているところがあり、原因が明らかになったところで「じゃあ、褐炭をやめましょう」と簡単にはいかないところがある。


 だからといって諦めるわけにはいかないのが、まだ26歳の彼をはじめ、自分たちの国の未来を担う若者たちだ。ジョージャンは、現在は異国でフルタイムの仕事をしながらも、自分が「自分の国や、同じ問題を抱える近隣諸国ために何をできるかを忘れたことはない」という。愛国心といえばそうだが、豊かな教育に恵まれた者が果たす、当然の義務だとも考えているようだ。アプリの開発だけでなく、ヨーロッパの先進国に北マケドニアの問題を知ってもらうためにTEDトークに出演したり、風力発電所の設立に向けてオランダやセルビアの環境団体との話し合いも進めている。
 現状を一刻も早く変えるために、もっとも効果的な方法は何かと聞くと「EU加盟ですね」と答えた。「そのためには、どちらにしても二酸化炭素排出量を基準値*まで下げなければなりませんが」。

 他民族が混在する地域であったために、かつては民族対立を繰り広げてきたバルカン半島。だが、どの民族も、権力者も、貧困にあえぐ人たちも「結局はみな、同じ空気を吸って生きています」。どちらが強い、偉いなんてくだらない。それよりも、きれいな空気を市民に約束して欲しい。
 21世紀のバルカン半島の市民たちはそのために一丸となる。「僕のアプリは、その心意気を養うための道具です」。一人、もう一人と市民が「事実」に気づけば、声はさらに大きくなっていく。冬のぶあつい霧を二度と見ない日がくるまで、彼らは闘うつもりだ。 

*EU加盟国は、京都議定書の削減目標を達成するため、2005年に「EU域内排出量取引制度(EU ETS)」を制定。発電や製鉄などのエネルギーを多く消費する事業者・企業に対して、二酸化炭素排出枠を割り当て、それでも排出が多かった場合は別の企業の余剰分を買わせ削減意識を高める、という制度を導入している。また昨年には、EU域内で販売する乗用車の二酸化炭素排出量を、2030年までに2021年に比べて37.5パーセント削減する方針を固めるなど、EU加盟国には二酸化炭素量削減のため連帯的に取り組まなければならない規則が定められている。

Interview with Gorjan Jovanovski

—————
Image via Gorjan Jovanovski
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

勝手にデザインしやがれ!! フライヤー、ポスター、ピンズetc 商業メインストームに楯突いたパンク・グラフィックの飄々40年

ニューヨークとロンドンでパンクが誕生してから40年あまり。パンクは「退廃的で挑戦的で衝動的な音楽」や「反骨精神をむき出しにするアティチュード」「世の中でまかり通る“正しいこと”を疑い自分たちの正しさをDIYする精神」など…
All articles loaded
No more articles to load