現代人の生活にすっかり溶け込んだ“心と体のエクササイズ”、「ヨガ」「瞑想(メディテーション)」「マインドフルネス」。健康・セルフケアブームは勢い落とさず興隆中で、いろんな場所でそれらと遭遇するようになった(先日参加したとあるトーク&上映イベントでは、開始早々に“瞑想DJ”なるものが登場し、全員でメディテーションをキメた)。最近は、なんでも「ミュージアム」にまで出没しているというのだ。
〈ミュージアムでマインドフルネス〉が全米各地で成長中
館内をうろつく不審者たちでは決してない。ピカソの絵画の前で瞑想ポーズをとっていようとも、ゴッホの名画をバックにヨガポーズをきめていようとも。いま米国全土で、ヨガや瞑想などのマインドフルネスプログラムを開催する美術館や博物館が増加している。ニューヨークやロサンゼルスなど流行発信の大都市でちょっとしたブームになっている、という規模ではない。歴史深き街フィラデルフィアや政治都市ワシントンD.C.、南部テキサス州のダラス、ロッキー山脈西部にある自然豊かなユタ州ソルトレイクシティなど、東西南北各地のミュージアムでおこっている現象なのだ。
Photo by Kolin Mendez
開館前か開館後に、地元のヨガ講師や仏教の僧侶を招いて30分から1時間のヨガ、瞑想セッションをおこなうところが多いという。参加希望者は、ミュージアムウェブサイトからチケットを購入。無料の場合もあるが、たいていは1セッションにつき1,000円から1,500円ほどの参加費がかかる。
チケットを買ったら、指定された時間に、館内指定の場所に行けばよい。「今朝、出勤前に美術館に寄り道してメディテーションしてきたんだ」「今日の仕事帰りに、博物館に行ってヨガしてくるよ」という会話が普通に繰り広げられているということ、なのか?
都市生活に大きな存在感をもたらすアートミュージアムという空間にまでマインドフルネスが出現するとは、インドまで瞑想修行に出かけたジョン・レノンとジョージ・ハリスンもびっくりである。さて、各ミュージアムが打ち出す「マインドフルネスプログラム」を見学してみよう。
Photo by Kolin Mendez
人気ミュージアムの「開館前に芸術鑑賞+集団瞑想」に「アディダスと提携ヨガプログラム」
最近活発な美術館のマインドフルネスプログラムだが、少し前から一足先をリードしているのが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)だ。2016年10月から毎月第一水曜日に欠かさず「クワイエット・モーニングス」というマインドフルネスプログラムを実施している。同プログラムは2部にわかれていて、まず第1部では「絵画鑑賞」。開館前の午前7時半、限られた入場者たちだけで美術館を独占し1880年代から1950年代までの所蔵作品を1時間かけて観てまわる。そして第2部は8時半から9時まで館内中庭で「集団メディテーション」だ。
「私たちのモットーは『ゆっくりと芸術を鑑賞し、頭をすっきりとさせ、携帯電話をオフにし、1日、そして1週間ぶんのインスピレーションを得よう』です」。ある月間には講師に仏教の僧侶を招いたりと本格的で、“瞑想DJ”ならぬチャラチャラした講師は出てこない。このプログラムがたんなるブームではないということは、2年以上続いているという実績にうかがえる。
Quiet Mornings at The Museum of Modern Art. Photo: Rick Morata
さて、MoMAのマインドフルネスプログラムと同じくらい人気を集めているのが、ブルックリンにあるブルックリンミュージアム主催の「ヨガ+アート」だ。毎月ある土曜日の朝9時から、同館3階の大広間で開催している。この“ヨガスタジオ”は、ゴシックやルネサンスの要素を取り入れたボザール様式の大広間で、フロアはグラス製のタイルと豪華絢爛。天窓のついた天井は高さ18メートル、天井から垂れ下がるシャンデリアのもと毎回100人から200人ほどの参加者がヨガ講師の指導で「ナマステ〜」だ。昨年11月からスタートした同プログラムの特徴は、大手スポーツメーカー「アディダス」がスポンサーについている。
Photo by Kolin Mendez
そのほかにも、ヒマラヤ・インドなどの仏教アートに焦点をあてるニューヨークのルービン美術館では、さすがヨガの本拠地の芸術を取り扱っているだけあって「ヨガは我々の美術館では自然なもの」と、当然のようにヨガプログラムを用意している。ほかのミュージアムよりも本腰を入れているようで、老舗雑誌『LIFE(ライフ)』とコラボレーションして1日がかりのヨガイベントなんかも開催。講師にはヨガ界のレジェンドといわれるアラン・フィンガー氏を招く勢いだ。
とりわけ一風変わった開催場所となったのは、今夏おこなわれたメディテーションプログラム「ザ・ビッグ・クワイエット」。アメリカ自然史博物館の海洋生物展示会場ホール中央につりさがる、名物シロナガスクジラの模型(実物大)の下で、およそ700人が集団瞑想をした。ハーレムにあるナショナル・ジャズミュージアムでは、「ジャズでヨガクラス」が毎月開催されていたり、若手アーティストを紹介するニュー・ミュージアムでは、警官による黒人への暴力が相次ぎブラック・ライブス・マター運動が激化した2016年、その心を癒すためのメディテーションプログラムを実施するなど、ミュージアムがすでにもっている特性や社会情勢・時事に絡めた“こころのエクササイズ”が活性化している。
Photo by Kolin Mendez
美術館はもともと“マインドフルネス”の場でもあった?
ミュージアムとマインドフルネス。いくらマインドフルネスがビジネスになるからって、美術館さんよ、乗っかりましたねぇと斜めな見方をしたくなってしまったが、MoMA代表はこう話す。「根本的にミュージアムは、思考やアイデア共有、繋がり、インスピレーション、内省(自分自身の考えや欲望や行動について熟考すること)の場です。より深い思想や内なる自分、感情と繋がることで芸術と向き合える場所。これは、メディテーションの目標ともいえます。ミュージアムを、“個々の瞑想ができる大きな器”と捉えることもできます」
「それにですね、MoMAは忙しいニューヨーカーをスローダウンさせるため、昔からさまざまなプログラムをおこなってきた歴史があります。1960年代には、同館の彫刻庭園ですでにメディテーションがおこなわれていましたから」と、ミュージアムとマインドフルネスはもとより奥深いところで繋がっているようだ。
Photo by Kolin Mendez
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Eye catch photo by Kolin Mendez
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine