〈巨大看板・ビルボード〉で政治メッセージ伝達作戦。SNS全盛期に“最も古典的なメディア”を使いこなす広告集団

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「市民の日常に、もっと政治や社会情勢の話題を」。近年、市民の政治談義を鼓舞する動きは盛んだ。「#OccupyWallStreet」や「#MeToo」など政治的なハッシュタグや、米国民の7割が観賞するスーパーボウルで流れた移民排斥政策を遠回しに非難したコカコーラやバドワイザー、Airbnbのコマーシャルなどもその流れにある。

そのなかでも、つい最近ある若いアーティスト集団が編み出した広告の手法は斬新だ。ハッシュタグでもなく動画でもなく、デジタル世代において、最も原始的で大衆的な伝達方法(のろしまでの原始ではないが)で市民の政治的関心を高め、政治に関する会話を活発にしようと、全米を巻き込んだ大掛かりなプロジェクトに挑戦しはじめた。

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「政治的な巨大看板」を50種類

〈アメリカ史上最も壮大な創作コラボレーション〉と囁かれているのが、パブリックアートキャンペーン「50ステイト・イニシアチブ」。今年11月の米大統領中間選挙を前に、全米各州につき1つ、つまり50州に50の“政治意識を高めるビルボード”を建てようというプロジェクトだ。

 ビルボードと聞いてもあまり馴染みがないかもしれないが、アメリカのぶっといハイウェイをとばしていると、時おり視界に入ってくる巨大広告看板のこと。ビールやファストフードから保険会社、携帯会社、カジノリゾートまで、さまざまな商品・サービスの宣伝プラットフォームで、新聞やラジオ、テレビ、インターネットのメディアと比べれば、ごくシンプルで古風な大衆宣伝手法といえる。
 また、多数の賞を総なめにして話題の映画『スリービルボード』で描かれているように、娘の殺人事件への捜査が進展しないことに憤慨した母親が地元警察を批判するメッセージをビルボードにするなど、ビルボードには広告以外の用途もあることがわかる。

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「ビルボードを触媒として、市民にいつもとは違う考え方や物事への視点を持ってほしいのです」と話すのはアーティストのハンク・ウィリス・トーマス。同プロジェクトを遂行する社会派アーティスト集団「For Freedoms(フォー・フリーダムス)」の創設者だ。現在、同集団は大手クラウドファンディングサイト・キックスターターの全面協力を得て、ビルボードプロジェクトの資金集めをしている。だが、彼らはなぜいまビルボードを選んだのか。

「ビルボードは、最も受動的かつ最もインパクトの強いコミュニケーション手段です」

「mass action(マス・アクション:大衆行動)」
「WHERE DO WE GO FROM HERE?(私たちはどこに向かっているの?)」
「NOT VOTING IS ACTUALLY VOTING(投票しないという行為は、“投票している”ことになる)」
「Protect us from our metadata(自分たちのメタデータ*から自分たち身を守れ)」

*電話通話やEメールなどのデータからわかる送受信者の身元や日時、場所、通信時間といった詳細な個人情報。数年前、米国家安全保障局が、某携帯電話会社から通話履歴を収集していたことが発覚した。

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 フォー・フリーダムスのビルボードは、「反トランプ!」「◯◯党に一票!」といった特定の政権を応援するものではない。あくまでも「政治・社会・文化に対する意識を刺激する」ビルボードだ。「一部の人にしかアクセスのないギャラリーやミュージアムで飛び交う会話を、どうすれば公共の場に持ち込むことができるのかを考えたときに、ビルボードこそ最適だと思ったのです」

 テレビやネットなどのメディア媒体がある現代に、なぜ昔かたぎのビルボードを? フォー・フリーダムスのもう一人の創設者、エリック・ゴッテスマンはこう説明する。「いまの時代、目にしたニュースチャンネルや新聞など特定のメディアが推す考えに流されて、自分が属する“政治部族”を決めてしまいがちです。私たちはビルボードという『ローカルに根ざしたプラットフォーム』を使うことで、その部族意識を和らげて、世代や社会的地位を超えて市民の日常会話にさりげなく“政治”を入れたいのです」。平たくいえば、インスタでフォローしているインフルエンサーが過激にトランプ批判をしているのを目にして、頭ごなしに「トランプ糞食らえ!」と声を荒げるような影響力ではなく、車窓からたまたま目にしたビルボードから「そういえば、今度の選挙っていつだっけ? 投票行く?」と根本の会話に繋げるということか。

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 ビルボードは公共のど真ん中にあり、種々雑多な市民が目にする。伝達するメッセージも多様にするため、フォー・フリーダムスは全米各地に散らばるアーティスト175人のアイデアを採用している。

ビルボードは、最も受動的である一方で、最もインパクトの強いコミュニケーション手段の一つ。人々は毎日、無意識のうちに目にしますから。それにビルボードは、フェミニストアクティビスト・アーティスト集団のゲリラガールズやコンセプチュアルアーティストのジョン・バルデッサリ、キューバ人アーティスト、フェリックス・ゴンザレス=トレスなど、さまざまなアーティストたちの表現手段としても用いられてきました」

いいビルボードは、人々の頭に「?」を残す

 8年ほど前に一度しか見かけていないのに、いまだに記憶に残っているビルボードがある。チキン専門のファストフードチェーンの看板で、牛の模型(本物)が白いビルボードに「EAT MOR CHIKIN(もっと鶏肉を食べろ)」とペンキで書きなぐっているという逸品だった。

 ビルボードが視界に入ってきてからビルボードの前を走り過ぎるまでの数秒、忙しい現代人が足早に通り過ぎながら眺める数十秒の間に、人の脳裏に残るビルボードはどんなものだろう。「影響力のあるビルボードは、まず“視覚的”に読みやすい。心に引っかかるスローガンやキャッチフレーズ。そして潜在意識レベルまで吸い込まれていくメッセージ」。たとえば、彼らが一般道脇に掲げた「Us is Them(私たちは彼らでもある)」。たった3語でありながらも市民に「他人についても考えてみてはどうだろう」「あなたが考える違いとは、本当に“違い”なのかどうか」を再度問う。「このメッセージを見て共感するにせよ、どういうことだと混乱するにせよ、一瞬でも市民の関心を喚起することができますね」

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 また「いいビルボードは人々の頭のなかに『?』を残したり、さまざまな解釈の余地をあたえます。運転中に目にしてから通勤中ずっと考えているようなメッセージです」。たとえば、彼らが2年前にミシシッピ州に建てたビルボードは、米写真家スパイダー・マーティンの公民権運動での一枚を背景にトランプのスローガン「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国にしよう)」が重ねられている。「これには、急進派からも保守派からも批判を受けました。しかし、結果的に議論が生まれたわけで、これが私たちが狙っていたことなのです」

SNSとの連携プレーでローカルからグローバルに拡散

 映画『スリービルボード』の影響からか、昨年起きたロンドン高層アパート火災の犠牲者をサポートする団体は「『71人が死んだ』『でもまだ逮捕者はいない?』『なぜ?』」というビルボードをつくった。銃乱射事件があったフロリダでは、全米ライフル協会から献金を受けている同州のマルコ・ルビオ上院議員を糾弾するビルボード「『学校で大虐殺』『それでもまだ銃規制はないの?』『なぜ、マルコ・ルビオ? 』」が登場。ネット上でも拡散され、主に商品宣伝用だったビルボードが、ソーシャルメディア全盛期に政治的プラットフォームにもなっている。

ビルボードは半永久的にローカルコミュニティに残ります。つまり、通勤中の高速道路や買い物途中の道端などに立っているので、日常的に何度も何度も自然に人々が訪れるのです。地下鉄に張り巡らされた広告のように、車が町を走る限り、ビルボードの存在意義は変わりません

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 さらに、ビルボードが誕生した時代にはなかった「スマホとソーシャルメディア」が、ビルボードのメッセージを拡散しその価値を増長させている。「私たちのビルボードを収めた写真がバイラルになり、実生活の周りだけでなく遠くの国の人の目に入る。そういう意味でも、ビルボードは“ゲリラマーケティング・キャンペーン”ともいえますね」

Interview with Hank Willis Thomas and Eric Gottesman

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All images via For Freedoms
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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