「制限時間は72時間」 公共スペースに奇跡を起こす D.I.Y.プロ集団

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制限時間は72時間。これは世界中から集ったDIYer(DIYをする人)たちのオリンピックであり、真剣な遊びであり、街を変えるプロジェクト。“「公共スペースを変えようと、1から設計して創り上げる作業は、困難で時間がかかるもの」という概念を覆したかった。設計術そのものは効率的であることは間違いない。だから、人が本気で力を合わせれば、たった72時間でも街を変えることができる、と証明したいんだ。”—「72 Hour Urban Action」のKerem Halbrecht(カレム・アルブレヒト)はいう。

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三日三晩、眠らない。本気のD.I.Y.祭り

 お揃いのオーバーオールに身を包み、昼夜をともにし、みんなでゴールを目指す。まるで“学園祭”のような一体感。白熱の三日三晩、汗と涙とチームワークの結晶は、一体ど んな仕上がりになるのか。
 イスラエル発祥、72HUAこと「72 Hour Urban Action」。世界各国から集まった10人10チーム(規模によって変動あり)が、制限時間の72時間で、指定の街の公共スペース内でクリエイティビティを発揮して競い合う、建築 & D.I.Y.のコンテストである。
 「建築」とはいえ、「IKEA(イケア)のテーブルなら組み立てられます」程度のD.I.Y.スキルでも志願可能。

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「最も大切なのはチームワーク。なので、もちろん図面が書けたり、読めたりするに越したことはないが、全員が建築やデザインの専門知識を持っている必要はありません」と、 できないならばできる人とチームになって参加することを勧めている。
 また、72HUAの公用語は英語。そのため「英語力」は必須だ。「正確な人数や割合は 教えられないが」と前置きされたが、本家イスラエルだけでなく、ロシア、モロッコ、アメリカ、韓国、イタリア、台湾、トルコ、ブルガリア、ドイツなどから個人やチームでの応募があるという。その中から、72HUA側でスキルのバランスをみて、多国籍な10人のチームを構成する。

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“72時間”で街の公共スペースに奇跡を

 より良いものを創るには「トライ・アンド・エラー」を繰り返さなければならない。にもかかわらず、国や行政の対応は最初の「トライ」までが、非常に遅い。「適切な人材が適切な場所に集まらないと、起こる奇跡も起こらない」というのは創始者のKerem(カレム)とGilly(ギリー)だ。環境さえ整えば、「72時間で奇跡は起こせるのではないか」。そんな期待から、72HUAをはじめたという。

 彼らは「近い将来、いろいろなモノや場所が民営化されていくだろう」と話す。つまりは、公共スペースも「国ではなく、誰か」に属するようになるというのだ。そうなったとき、誰もがアクセスできるより良い公共スペースを効果的に増やすにはどうすればよいか。結局、答えは「トライ・アンド・エラーの繰り返しの中にあるはずです」。
 第一回は2010年。イスラエルのバトヤムで開催された。以降、12年のドイツ南西部の都市シュトゥットガルトでの大会は特に有名だ。
「これからのアーバニズムの模範」と評され、未来に繋がる新たな可能性を切り開いたと同時に、72HUAの存在意義を世界に知らしめた。

クリエイティビティを生かすのは“現地の市民”

 各チームには、宿泊施設とオレンジのユニフォーム 、機材を運ぶトラックなど必須ツールの他、それぞれ2,500ドル(約30万円)の予算が与えられ、その中で必要材料を調達する。優勝すると創作作品が「半永久的に」保存される権利と、賞金(同コンテストでは3,800ドル、約46万円)が授与された。改善を欲している地に、クリエイティブな人々が集結る。それだけで72時間以内に化学反応が起こってくれればいいが、現実的にはそうもいかない。

「資金や情報を集め、100人以上の参加者たちを3日間に渡って収容する施設を確保する。そういった参加者たちのクリエイティビティが最大限に発揮されるよう『環境を整える』のも、僕らの重要な仕事の一つです」とカレム。それには、現地の積極的なサポートが不可欠で、シュトゥットガルトの大会が大成功を収められたのは、それがあったからだと話す。
 たとえば、市の好意で、120人以上の参加者と関係者を収容するために小学校を貸し切ることができ、市民も積極的に情報提供をしてくれたという。そして何より、市が僕らの起こす奇跡を信じ、チャンス、つまり様々な分野において「許可」をくれたことが大きいという。

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「勝手にイイコト」の危険

 特筆すべきは、72HUAが決して作り手たちの「エゴ」による創作コンテストではないということだ。どんなに斬新でクールなものを創ったとしても、使う人々のニーズをくみ取っていなければ、コンテストで優勝することはない。まずはその街に暮らす地元の人々と話し合い、ニーズをくみ取り何が有効かを見極め、デザインし、組み立ててカタチにする。
 あくまでも、72HUAの存在意義は「公共ペースの改善」。それゆえ、「その街に住む人々が日々感じている問題を改善し、その人たちに喜ばせるものでなければ、創る意味がない」。
 そのため、最も重要かつ難しいのは、創るプロセスよりも「その街のニーズを探るリサーチ」だという。英語圏外の国の場合は特に、だ。通常、「現地の有志パートナーと提携してリサーチを進めている」そう。リサーチ 結果は72HUAから事前に、参加者へと平等にシェアされる。必要に応じて、現地の人々の連絡先も参加者へ教え、直接コミュニケーションがとれる機会も提供している。また、「各チームに必ず一人は現地の人を入れるようにしている」という点からも、現地のニーズをくみ取ることへの徹底ぶりが伺える。

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 コミュニティのために、個人が何かをする。たとえば、募金や寄付からゴミ広い、アートや緑、公園を増やす活動など。それらは、一般的に「良い行い」だと捉えられ ており、実践すること自体は素晴らしいと思う。しかし、なぜ良い行為なのか。その本質が時々、見失われてはいないだろうか。
 コミュニティの当事者のためになることをしてこそ「良い行い」なはず。よかれと思って「勝手にやる」は、時に、エゴイスティックで一方的な押し付けになる危うさを、いつも含んでいることを忘れてはいけない。結果がよければ良しとなることの多いゲリラだが、大規模であればなおさら、そうはいかないこともある。
 当事者の意見を聞く。アーバニズムにおいて、それはとても大切なことだ。72HUAが、アーバニズムの「プロ集団」として認められているのは、たんにスキルの高さだけでなく、プランニングから実践において現地のニーズに徹底的にフォーカスし、その改善のために「72時間」を最有効活用しているからであろう。

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Photos by Mor Arkadir courtesy of 72 Hour Urban Action

Text by Chiyo Yamauchi

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