生理というタブーに切り込んだあの下着ブランドの起業家、次は〈お尻〉なぜ彼女は“便座”で人の感情を揺さぶれるのか

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なぜ用を足したらお尻を紙で拭くのか。「みんなそうしているから」「それが普通だから」—それは質問の答えになっていないという。

ナプキン要らずの下着ブランド「THINX(シンクス)」朝からクラブで踊る「デイブレイカー」。常識を疑う目にタブーに切り込む情熱でビジネスを成功させてきた注目の起業家ミキ・アグラワルが次に手がけるのは「洗浄便座」だ。
彼女の十八番、思考を刺激するキャッチコピーとビジュアル知的戦略で凝り固まった業界と我々の思考に、ふたたび風穴をあけようとする。便座で、だ。弘法は筆を選ばない。便座をプロダクトに人の感情を揺さぶる売り方で勝負しながらトイレ文化、ひいては近代社会を変えようとする。

生理の次は「お尻の洗浄」をビジネスに

  
 ナプキン要らずの生理用下着ブランド「シンクス(THINX)」が一躍有名になったのは2015年のこと。きっかけはニューヨークの地下鉄で展開された広告だった。それまでタブー視されてきた「生理」を、果物や卵を使って婉曲表現したクリエイティブな広告は人々の関心を引きつけると同時に、ニューヨーク市交通局により問題視もされた。 
 創始者のミキ・アグラワル(Miki Agrawal、以下、ミキ)は「女性の胸の谷間を強調した豊胸手術の広告写真やコンドームの広告が承認されて、なぜ果物の横に『生理(period)』という言葉を入れたデザインがダメなのか」と、応戦。その後も屈することなく1年以上にわたり、問題の「生理」という言葉を入れた斬新な広告を掲示し続け「生理について話すのは恥ずかしいことではない」という新しい概念を浸透させてきた。当時のシンクスでミキが試行した、果物や植物を使ってタブー視されているものを婉曲表現する手法や色彩、フラットデザインは、その後のトレンドにもなった。長年の間、投資家たちから無視されていた婦人衛生用品業界、広くは「女性のためのウェルネス市場」に大量の資本が流れ込むようになった現在の礎を築いたという意味でもミキの功績は大きい。

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ミキ・アグラワル(Miki Agrawal)

  

 と、彼女は起業家として、またフェミニスト、アクティビスト、ビジョナリストとして、その動向に常に注目が集まる人物である。一方で「胸を触られた」「従業員の前(仕事場)で平気で服を脱ぐ」など、シンクスの元社員からセクハラ行為だと訴えられこともあった。メディアに騒ぎ立てられ、ブログに反省と謝罪の気持ちを綴るなど、一時はその評判に陰りが出たのかもしれないが、決してシンクスのブランド価値を落とすことは許さなかった。それどころか、騒動とほぼ同時期に次のビジネスとなる「洗浄便座のスタートアップ」の資金調達を開始。「生理の次はウンコですか…」と嘲笑するような扱われ方をされたこともあったが、約1年半の間に約1億5,000万円の資金調達を実現し、来年出版予定の本も一冊書き上げた。さらに驚愕なのは、同時期に妊娠と出産も経験していたというではないか。

キャッチコピーとデザインで「人がお尻を洗浄するように変えます」

 取材場所は、古い教会をリノベートしたロフト式の彼女の自宅。ダイニングテーブルでパソコンに向かう彼女の足元で、10ヶ月の元気な男の子が床をハイハイをしていた。同じテーブルにはミキのパートナーの姿も。
 シンクスのCEO辞任後、彼女が新たに注力しているのが、先述の「洗浄便座」ことシャワートイレットブランドトゥッシー(Tushy)だ。創業は2016年、オンライン直販のみで静かにスタートしたという。というのも当時は「まだシンクスのCEOで、トゥッシーはあくまでサイドビジネスだったから」。ただ、それでも16年から17年の間に売り上げ台数は3倍に成長。今年1月より米国内でテレビ通信販売を始めたところ、販売開始から10分足らずで532台が完売。大きな手応えを感じているという。

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Photo via Tushy
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これが取り付けるキット。
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簡単!!!

 
 長い間、米国ではお尻を洗浄する文化が根づかずにきた。その昔、ハリウッドスターが日本に来日した際に「ウォシュレットトイレを購入して帰った」と何度か話題になったが、いまだ一般の米国人の自宅で日本のようなハイテク便座をお目にかかることはほぼない。
 普及しなかった理由は、ラグジュアリー商品として扱われ、価格が高かったことや、なかなか保守的で変わったものを受け入れるのに時間がかかる米国人の性格、また、消費者にトイレットペーパーを大量に買わせ続けるための策略だという説もあったり、と様々。
 米国の一般消費者に普及させるためにはとにかくまず「手頃に買えて、手軽に取り付けられるもの」だと知ってもらい、生活に取り入れる敷居を低くする必要がある。そこに対してトゥッシーは「10分で取りつけられて、値段は69ドル(約7,000円)〜」とアピール。そして彼女の腕の見せ所。「用を足したらお尻を紙で拭くだけなんて、19世紀じゃあるまいし」「もし鳥のフンがあなたの素肌の上に落ちてきたら、ただ拭き取るだけで済ませます? ちゃんと水で洗いますよね?」と、確かに言われてみれば、なキャッチコピーで消費者の思考を刺激する。ビジュアルもただ単純に便座プロダクトを延々と見せるのではなく、ドーナツ(穴)を利用してみたり、(便座アカウントとは思えない)格言を挿し混んでみたりと、ふんだんに機知を富ませ、便座のインスタグラムアカウントをフォローさせてはポテンシャルユーザーの心まで掴んでいく。

 家庭用水道の水圧をそのまま利用してシャワーを発生させられる電源入らずの水圧式シャワートイレット自体は、すでに市場にあった。ただ、部品の「見た目がイマイチ」だったため、それらを「モダンにデザインし直して、中国に発注した」。年内には、10分で取り付けられるいまのモデルをさらに改良した「便座を取り外さなくても、スライドインするだけで取り付けられる」新モデルが完成予定だそうだ。また、旅行やキャンプの際に携帯できる簡易キットや、赤ちゃんに使用できるものも年内に発売予定だという。
「なぜ、クラブで踊るのは夜でなくてはいけないのか」「なぜ、女性はタンポンやナプキンなどの生理用品を購入し続けなければいけないのか」。彼女が過去に手がけてきたビジネスがそうであったように、今回も人々が「そういうものだ」と受け止めてきたことに、疑問を投げかける。「なぜ、用を足したらお尻を紙で拭くんですか?」と。
 

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 米国人のトイレットペーパー消費量は先進国の中でブッチギリの1位であることも指摘する。年間消費量は365億ロールにもなり、これらを作るのに1500万本もの木と何万億トンもの水が使用されている(Scientific American調べ)そうだ。「環境のためにも衛生的にも、大便の際は紙やウェットティッシュで拭きとるよりも、水で洗い流すのがベスト。ただ、そう言ったところで、すぐにトイレットペーパーの使用を辞める、もしくは半分に減らす人は少ないでしょう。時間をかけて、正しい認識を広めていくのもブランドの使命だと感じています」と話す。
    
「私はタブーについて語り合うのが好き」と公言している彼女。それは、タブーにこそ疑うべき常識が潜んでいるからに他ならない。私生活では、出産直前までいまにも破裂しそうなお腹を抱えてデイブレイカーで踊り、帝王切開の難産だったにも関わらず、出産の1週間後には、再び踊りに出かけ、2ヶ月後の「バーニングマン(砂漠で行われる奇祭)」では、搾乳機をつけて参加し母乳ラテを振る舞ったという。「なんでそんなことするの?」という愚問には「Why Not ? (そうしない理由なんてある?)」と返す。

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 そんな、奇想天外な発想と行動で従来の起業家のイメージとは一線を画す彼女は、何より創造性を大切にし、仕事は遊びや自身の情熱の延長上にあるものだと考える。その価値観の根っこにあるのは1960年代に始まったヒッピー文化かもしれない。環境保全の意識を持ち、既成の価値観や制度に縛られた人間生活にノーという。かといって、極端なエコロジーや自然回帰には走らない。また、資本主義社会と真っ向から対峙せず、最先端のテクノロジー技術を駆使してお金を稼ぐことも否定しない。幸せと利益を追求し、他者と競争をすることで人類を発展させていく資本主義のビジネス手法を用いて、大企業ではなく「個」のアイデアの力で人々のライフスタイルや意識の変革を実現するというのが、彼女のやり方だ。

「近代社会の洗脳に屈して、考えるのをやめてしまってはダメ。嫌だ、不便だ、おかしいと感じたら、ダブーだろうが何だろうが、まずは考えて人と話し合うことが必要。ただ文句を言って何もしないのはクールじゃない。どうすればよくなるのか、妥協案ではなく、ベストは何かを自ら一人ひとりが考えて、そのために動ける人間が増えたら世の中は絶対に変わると思う」

Interview with Miki Agrawal

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Photos Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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