ヘミングウェイの『陽はまた昇る』、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』。いずれも、いまとなっては不朽の名作として世界で読み継がれる小説たちだが、これらがまだ“無名作品”だったころ、誰よりも早くその価値に目をつけ、読者に紹介した老舗ブッククラブがある。
創業から90年。そのブッククラブは、「ネクスト・ヘミングウェイ、ネクスト・マーガレット・ミッチェル、ネクスト・サリンジャー」をフィーチャーすべく、新進気鋭作家の最新作・デビュー作を世に紹介するブッククラブとして返ってきた。今度は、デジタルの「本の定期購入サービス」を用いる。
ゲイ女性小説家・無名作家を紹介した老舗ブッククラブ、オンラインベースに大刷新
米国には、20世紀初期からブッククラブという読書家たちの団体が存在する。広大な国ならではの悩み「本を読みたいが近所に本屋がない」を解消する画期的なシステムで、有料会員の元には毎月、団体が薦める本が送られてくる。1926年に創業、“ブッククラブのパイオニア”と呼ばれるのが「ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ(BOMC)」だ。「アメリカ国民に、最上の新刊書を届けよう」とのミッションに燃えたハリー・シェアマンというコピーライターにより設立。当初から4,000人以上もいたという会員は、毎月クラブが厳選した新刊本を郵送で受け取っていた。
敷地から一歩も出ずに、本を郵便ポストで受け取れる。それだけでも革新的だったが、BOMCの斬新さは上を行く。彼らが初回に選んだ一冊は、オープンゲイだった英女性作家シルヴィア・タウンゼント・ワーナー著のオカルト・魔術に関する小説『ロリー・ウィローズ(Lolly Willowes)』 。当時にしたら物議を醸す作家のセクシュアリティと小説のテーマにも関わらず堂々フィーチャーしたのだ。
その後も『風と共に去りぬ』を世間で話題になる前に紹介したりと、「私たちのブッククラブは創設当時から、大手書店に並ぶものや他のブッククラブとは異なる、新しくて革新的な作品を探し求めていました」。そう話すのは、BOMCを前身とし、オンラインのサブスクリプションサービスを2015年にスタートした新生「ブック・オブ・ザ・マンス(BOTM)」CEOのジョン・リップマン。
1990年代からAmazon.comなどのeコマースによる書籍販売に煽りを受け、下火となっていた旧式のブッククラブをシャットダウン。それまでカタログで注文・郵送だった定期購入を、「オンライン注文のサブスクリプション」に、さらに60〜70代だったメンバーの年齢層を「20〜30代の女性」に大改革した仕事人だ。昔ながらの老舗ブッククラブビジネスを一から刷新し、現在は10万人の会員を抱えるオンラインブックセラーにまで成長させた。舵取りは変われど根幹は変わらない。「私たちは、“新進気鋭の若手作家の作品”にフォーカスしている米国唯一のブックセラーでもあります」
ミッションは「無名作家紹介」。本屋が真似できない“今月の5冊”のみ販売
92歳の老舗ブッククラブが、時代の流れとニーズ沿って取り入れたオンラインのサブスクリプション、その仕組みを説明してみよう。
1. 月々14.99ドル(約1,600円)を払いブッククラブの会員になる。
2. 毎月、BOTMが厳選した「今月の5冊」から1冊を選ぶ。最大3冊まで選択可能で、2冊目からは追加で9.99ドル(約1,100円)を支払う。
3. 選んだ本が自宅に送られてくる(配送料は無料)。
このシンプルなシステムで着実に会員数を伸ばし、2016年の収益は約200万ドル(2億1000万円)、17年は約1000万ドル〜1500万ドル(10億9000万円〜16億4000万円)と大成長。また70パーセントの読者は、ターゲット層の20〜30代女性だ。「90年前からあったブッククラブのミッション『新進気鋭の若手・無名・デビュー作家の最新作を紹介する』は変わっていません。若い読者層は若手作家を応援しますからね。そして彼らのニーズに応え、セレクトする本はほぼフィクションです」
ジョンによると、現在米国のベストセラー作家は60代が多く、彼らのファンも60代だ。書店の本棚にはベストセラー本がズラっと並び、大型スーパーの書籍コーナーはターゲットが絞られておらず、インディペンデント書店も大量の本で埋もれるなか、BOTMは「聞いたこともない作家の最新作を毎月5冊だけ厳選販売」という唯一無二の立ち位置を獲得した。
若手作家のデビュー作も。“本の虫のアナログ勘”とSNS戦略のバランス
「今月の5冊」の選定は手作業だ。大手からインデペンデントまで、あらゆる出版社の発売予定の本をチェックし、オフィスに毎月数百冊も送られてくる新刊本もエディトリアルチームが片っ端から読んでいく。家に持ち帰って読む、知人に読んでもらう、時には会員にもレビューしてもらう。各1冊につき必ず数名が読むようにし、意見交換は欠かさない。候補を20、30冊に絞り、最終的には5冊を決定する。「セレクトする基準やルールは特にありません。スリラーだったらベストなスリラー、SFだったらベストなSF、と各ジャンルの最良を選ぶのです」。チームには若い女性(もちろん本の虫)が多いため、読者層に一番近い感覚で本をレビューできるのだ。
厳選する5冊は、犯罪小説やサスペンス、自叙伝、女性のライフストーリーなど、ジャンルもばらけさせる。最近ヒットしたのは、20世紀のアイルランドで生きるゲイの歴史フィクションや、理系女子の目から紐解いた恋愛フィクション、豪華客船を舞台に繰り広げられるスリラー、アジア系の若手女性作家が書いた在日コリアンのライフストーリー。デビュー作品も多く取り扱っている。「最近はアルゴリズムなど、データに物事を決定させようという風潮があります。アルゴリズムが販売者・購入者にとって適っている場合もあるかと思いますが、BOTMには合っていません。新進気鋭の無名デビュー作家を発掘するのに、コンピューターは役立たない。珠玉を掘り当てるのは、人力ですから」
本の厳選はアナログだが、プロモーションにはデジタルを駆使する。BOTMのインスタグラムフォロワーは35万人とブッククラブとしては大きな数字だ。戦略もバッチリで、BOTMがフィーチャーした本についてはインフルエンサーがポストするアンバサダープログラムや、会員が読んだ本をポストしてBOTMがリポストしたら3ヶ月の購読が無料になるという特典も用意している。「『新しい本を見つけるのは楽しい』と実感してもらうため、“funな体験”を提供しています」
若い世代の好物「若手作家&サブスクリプション」でハイブリット方程式
「電子書籍が出現したとき、紙の書籍は消えると言われました。しかし私はそれを信じませんでした。むしろ、若い読者たちは紙の方が好きとさえ感じますよ」
“新進気鋭作家、無名作家の最新作”を“若い読者”に“サブスクリプション販売”する。この3つの要素は、切ってもきれない関係にある。なぜなら、「若者たちはeコマース、サブスクリプションが好きです。そして、若者たちは若手作家のことも好きですから」
このブッククラブが選んだ本だから、いい本である。彼らの紹介する本なら楽しめる。ブッククラブと会員の間になくてはならないのが信頼だ。世間が注目する前にマーガレット・ミッチェルを取り上げる先見の明、ゲイ作家も紹介する先進的精神、そして90年かけて良書を選んできた実績を保持しながら、販売システム大改革に踏み切ったブッククラブに“信頼の源”を聞く。「選定した本が当たるか当たらないかというリスクを常に負いながらも、自分たちのテイストや勘を頼りに会員の好みを考える。“BOTMは良書を選ぶ”を、毎月毎月証明しているのだと思います」
Interview with John Lippman of Book of the Month
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All images via Book of the Month
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine