仲間と囲むディナーテーブル。せっかくの楽しい時間をどんよりさせたくないからと、選ばれるのは比較的明るい話題じゃないだろうか。タブーといえば、他人の悪口や社会・政治問題(特に海外では。宗教は持ち出しご法度)といったところか。
そんな当たり前の認識をちゃぶ台返しのごとくひっくり返すディナーイベントがはじまったという。飛び交う話題は、明るくもなし笑いが起きるものでもない。その食卓についたなら、とあるタブーの話題を話さなくてはならない。
Photo by Moyo Oyelola
トピックは、「人種問題・経済格差」。そのディナー、“居心地が悪い”?
そのトピックとは、「アメリカが抱える黒人問題」。食事をしながら、黒人が直面する現実を語り合うというのだ。異色のディナーシリーズは「Blackness in America(ブラックネス・イン・アメリカ)」、主催者は、ニューオーリンズ在住ナイジェリア人シェフTunde Wey(ツンデ・ウェイ)、32歳。
Photo by Kasimu Harris
今年3月からスタートし、ツンデが全米都市を回り各地のレストランやコミュニティセンター、イベントスペースを会場にするポップアップ形式をとる。
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毎回40人ほど集まる参加者の大半がアフリカ系アメリカ人。ツンデが作る、ジョロフ・ライス(トマトと炊き込んだスパイシーライス)やフライド・プランテーン(青バナナのフライ)、ペッパースープ、パフパフ(ドーナツ)などのナイジェリア伝統料理に舌鼓を打つ。
が、くどいようだがそこを飛び交うのは「黒人について」。白人警官による黒人射殺事件、白人との経済格差、ブラックフェミニズム、黒人のLGBT問題、人種隔離政策などの黒人史。食事の席にしては少々重い、アメリカの現実問題だ。
「要は、『黒人としてアメリカで生きること』について思うがままに話し合うのさ」
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シェフ、フーディーカルチャーに疑問
「食事」と「黒人問題」。突飛な掛け合わせを思いついたシェフ、ツンデはナイジェリア生まれ。17歳でアメリカに移住したが、親戚が作るナイジェリア料理を通して、母国の食文化とは密接に繋がっていた。ある日、友人に誘われレストランをオープンすることになったのが料理の道に進むきっかけだ。
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自分のレストランでサーブされる料理に喜ぶお客の姿は嬉しかった。オーナー冥利に尽きる光景のはずなのだが、何かが引っかかっていた。「Foodie(フーディー、食通)カルチャー」だった。
「お客さんは、とにかく自分が食べる『料理』にだけしか興味がなかったのさ」
レストランのすぐ隣には貧困地帯が広がっている。しかし貧困エリアの外から来た彼らは近くにある現実や環境に目もくれず、話すことといったら自分たちがいまから食べる料理のことばかり。せっかく食卓に久しい顔ぶれがある。他にも話すべきことがあるんじゃないか。
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流行のフーディーカルチャーにどこか違和感を覚え、レストランの閉店を機に自分で料理をしてみることに。作るのは慣れ親しんできた母国ナイジェリアの味。
シェフ経験ゼロだったが、レシピ研究、母や叔母に電話、ユーチューブで作り方を学び、ナイジェリア料理普及の旅に出発する。「いまのフードカルチャーには“何か”が足りない」とずっと感じていた彼は全米を転々するなかで、改めて気づいた。
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「その頃から、全米で白人警官による黒人射殺事件が相次いで起こっていたんだ。抗議活動の毎日。Black Lives Matter(ブラック・ライブス・マター)もね。僕自身、アメリカで黒人でいることを痛感し同じ黒人たちが苦悩する姿を目の当たりにした」
人々が集まる食卓で話し合われるべきことは、目の前のお洒落に盛りつけられた料理のことだけじゃない。一歩外で起こっている現実の問題だ。欠けていたのは、「ディスカッションの場だった」。食べるためだけではない食卓もあるべきじゃないか、と。こうして、居心地の悪いディナー会ははじまった。
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討論白熱。反対意見もどうぞどうぞ
参加者は、20代から40代の男女が中心。半数以上が黒人だが、白人やラテン系、アジア系アメリカ人もいるそうだ。
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毎回、ゲストスピーカーとして映画監督、教育関係者やアーバンファーマーなど、さまざまな分野で活動するアフリカ系アメリカ人を招き、パーソナル・プロフェッショナルの視点から感じた黒人としてのアイデンティティを語ってもらう。ツンデは進行役としてディスカッションを誘導、質問を投げかけ、参加者も意見交換するのだ。
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「食や料理自体にはあまり興味がない。ぼくにとって食は『伝達手段(vehicle)』。アイデアを相手に伝えるためのね」
そう語るツンデのディナーでは、参加者やゲストの急進的、保守的な意見がぶつかり合う。ある白人女性は、「白人の特権」について語った。
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「彼女は『自分が白人で特権があるからってそれを後ろめたくは思わない』と言ったんだ。でも、白人にいま与えられている特権や機会は、差別や奴隷制度、隔離政策を受けてきた黒人から生まれたものだと思う。たとえば、高卒の白人の方が大学卒の黒人よりも就労率が高いという現実。現代社会にはびこる格差が、白人の利益を生み出していることもある。僕やゲストスピーカーも異論を唱えたよ」
白人たちにも意見を求めて、黒人の現状に対し彼らがこれまで何をやってきたのか、いま何ができるのか、どう変えていくことができるのかを一緒に考えて欲しい、とツンデは言う。
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「みんな黒人であることに誇りを持っている」
全米のブラックコミュニティをまわるツンデだが、どこの都市にも共通するものがあるという。それは、「みんな黒人であることに誇りを持っている」ということ。
「彼らは決して自己を哀れむようなことはしない。みんなとの会話からはいつも、黒人コミュニティの直面する問題に向かって我々は行動しているんだ、というプライドや姿勢がビシビシと伝わってくる」
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ツンデの脳裏には、あるアフリカ系アメリカ人の友だちから言われた一言がずっと残っている。
「あなたは黒人じゃなかったわ。ここ(アメリカ)に来るまでは」
言われてはじめて、ああ確かにそうだ、と気づいた。みんながブラックであるナイジェリアに対し、人種多様であるアメリカで“ブラック”という肌の色は別の意味をも持つことになる。
「アフリカ系アメリカ人としてアメリカに生きること。敬意を表するよ。彼らがこれまで直面してきた問題、そしていまでも抱えている問題のことを考えたらね」
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イベント終了後はあえて一人一人に意見を求めない。
「黒人問題の解決策をすぐに見つけられるとは思っていない。でもこのディナーイベントが問題点を認識するプラットフォームになり、少しでも解決策につながる行動を起こすきっかけになってほしい」
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かつて、マーチン・ルーサー・キング牧師は大勢の群衆を前に演説台に立ちこう言い放った。
「私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルにつくことができるという夢だ」
あれから50年が経ち、いまそれぞれの子孫たちが同じテーブルについている。これから50年後に、いま黒人に対する問題が少しでも解決されているとしたら。
それは、現実から目を背けず話し合われるべきことを同じ食卓で話し合う、そんなツンデたちのような存在があるからかもしれない。
Blackness in America
Photo by Kasimu Harris
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Text by Risa Akita