この日、パリの人気フランス料理店「L’Ami Jean(ラミ・ジャン)」のキッチンには、いつものフランス料理とは一味違う香りが漂っていた。
「シリアの伝統料理とフレンチのフュージョン」。そう話すのは、この店のオーナーシェフStéphane Jégo(ステファン・ジェゴ)ではなく、この日のヘッドシェフ、シリア難民のMohammad El Khaldy(モハメッド・エル・ハルディ)だ。
左からステファン(店のオーナーシェフ)、モハメッド(シリア難民)
フランス語を母国語とするステファン氏と、アラビア語のモハメッド氏。二人の料理人は「話す言葉は違うが、料理を介してなら通じ合える」と笑顔を見せる。これは、6月下旬にフランスで約一週間にわたって行われたフードイベント「Refugees Food Festival(リフュジーズ・フード・フェスティバル)」の一幕だ。
「働きたい。学びたい」。難民たちにチャンスを
難民=国に問題を持ち込む人たち、なのだろうか。相次ぐ無差別テロ。事件を起こしたのは、過激派の一分子に過ぎない。だが、この悲惨な出来事が、パリ市民のシリア難民やイスラム教徒に対する誤解、不信感を拡大させるのではないか、と難民たちは気を揉んでいる。
多くの難民には、家族があり、情熱を持って夢や目標に向かって生きていた十人十色のライフストーリがある。彼らは国を追われたいまも、たどり着いた国で人生の新たなチャプターを紡いでいきたい、と願う。
シリアの首都ダマスカス出身のモハメッドは、妻と3人の子供たちとともにシリアを去った。地中海を渡り、フランスに入国したのは、同イベントの「約8ヶ月前」のことだという。
「シリア人の多くはドイツを目指しましたが、僕はフランスを選んだ。なぜなら、この街は世界屈指の食の都だからです」
共に料理を作り上げた。
彼は、シリアで約20年間、二つのレストランの経営者およびシェフとして働いてきたキャリアを持つ。「料理は僕の天職であり、人生そのもの。まだまだ学びたいことがたくさんあります」と、思いは熱い。
モハメッドのように「働くことに意欲的な難民はたくさんいます。フランスに蔓延している難民へのネガティブなイメージを払拭すべく、私たちは、近隣のレストランに協力を仰ぎました。難民シェフたちにチャンスを与えて欲しいと」。そう話すのは、家庭料理を通じた異文化交流を支援するフランスの組織グループ「Food Sweet Food(フード・スイート・フード)」。前述のフードイベント「Refugees Food Festival」の発案、運営グループである。
「かわいそう」。フィルターが消えたとき
同イベンドに参加し、モハメッドの料理を口にしたパリ市民たちは、こう口をそろえる。
「私たちは今まで、難民を『かわいそう』というフィルターをかけてみていました。しかし、彼の料理が私たちに大切なことを気づかせてくれました。シリアには、フランスと同じように豊かな食文化があり、人々はその中で暮らしの営みを積み重ねてきたのだと」
本当の意味で、人と人が繋がれる交流というのは、「かわいそう」というフィルターが消えたときに、はじまるのかもしれない。
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All images via L’Ami Jean
Text by Chiyo Yamauchi