かしこまらないときにこそできる話があって、そういうものは大抵、理想の行数にはおさまらない。これだって取材ではあるものの、いつものより肩の力を抜いて、メモにとらわれず記事のできあがりも気にせず、ただ話してみたらどんなことを聞けるんだろう。
数字のことやただしさも一度据え置いて。もしかしたら明日明後日には変わっているかもしれない、その人が今日感じている手前のリアルについてを記録していきます。とりとめのないことこそ行間の白にこぼさないように、なるべくそのまま。【XVoices—今日それぞれのリアル】シリーズ、気候変動というテーマで、3回にわたって届ける。
メンタルヘルスが活発に話されるようになったここ数年。現代人が抱える不安のたねには、政治的な混乱や経済的な不安定、失業、過労などがあるが。最近耳にしたのは「エコ」だ。
「エコ不安症」。エコに対して不安になるって、どういうこと? 一般的にいわれている定義は「環境へのダメージや生態系の破壊に対して抱く恐怖。現在や将来の環境問題、人為的な気候変動への不安」。
ある調査によると、米国の70パーセントの人々が気候変動について心配しており、51パーセントが無力に思っていると答えた(イエール大学・ジョージメイソン大学の合同調査、2018年)。APA(米国心理学会)も「メンタルヘルスと気候変動」という報告書を発表するなど、エコ不安症は、心理学のプロフェッショナルも注目する新しいタイプの心理状況だ。
エコ不安症を抱える者のなかには若者も多い。気候変動への活動家も多く生まれている世代、将来への不安もより強く、複雑な感情で胸を痛める人が続く。
たとえば、英国在住オーストラリア出身のクローバー・ホーガン。人生の半数は環境活動に注いだといっても過言ではないくらい環境問題にひたむきなアクティビストだ。オーストラリアで生まれ、11歳にインドネシアへ引っ越し、サステナビリティ教育に力を入れる学校「グリーンスクール」に通い、環境活動に取り組むように。16歳で卒業したのち、テックの聖地・シリコンバレーに移住。
環境を考慮した代替肉ブランドの「インポシブル・フーズ」の創業者とともに、ユースのアクティビズム啓蒙活動を率いた。さらに、その行動力は、若者の環境問題へのアクションを促す動きに向かう。
11歳から24歳の若者たちを対象に、彼らが環境問題に向き合えるよう、プログラムやワークショップを開催する団体「フォース・オブ・ネイチャー」を設立し、学校や大学のレクチャー、環境活動に取り組む若者と企業を繋ぐなどの役割を果たしている。
クローバー・ホーガン。
環境問題はというと、悪化している。昨年から今年初頭にかけてオーストラリアでは山火事が大規模化し、多くの自然や動物の命、人間の生活が失われた。クローバーも、他紙のインタビューで「涙が止まらなかった。オーストラリアでの悲惨な光景に、ただただ胸が痛く戦慄が走る」と、エコ不安症の胸のうちを吐露していた。
エコ不安症を抱えて毎日過ごすのって? どうやって活動を続けている? 不安になったときはどう対処しているんだろう。
新型コロナウイルス蔓延のなか英国から米国に移動していたクローバー、やっと目的地にたどり着けて落ち着いたところでスカイプをつないだ。
HEAPS(以下、H):なんとか無事に目的地に辿りつけたようで、よかったです。調子はどうですか?
Clover(以下、C):そうだね。いろいろ生活がバタバタしてしまったけど、いまいるところが自然に囲まれた場所だからうれしい。あなたはどう?
H:東京はロックダウンしていないから、ちょっと不安(取材は2020年)。家でずっと作業してます。
C:そうなんだ。こっち(米国)は国が封鎖されて、コロナウイルスがどれだけ深刻なのか実感した。
H:不安なことがたくさん重なるばかりのなか、今日はありがとうございます。
C:いえいえ。
H:コロナウイルスがいま社会の大きな不安要素になっていますが、もう一つ不安要素であるのが気候変動。気候変動に対する恐怖や心配を抱えるエコ不安症って、どんなものなのですか?
C:エコ不安症は、環境危機に対して困惑、絶望、不満、怒り、恐怖といった感情をもつこと。これらの感情がひとつの“袋”に入っているような状態だね。エコ不安症に近いニュアンスをもつ、エコフォビアっていう言葉もある。これは、環境問題に立ち向かうことに対して無気力になること。特に若い世代が多いね。
H:若い世代が多いのは、なんでなのかな。
C:いちばんの理由は「環境が抱える負荷を将来背負っていくのは自分たち若者だから」だと思う。気候変動はずっと存在しているって認識されていたけど、急に「問題を改善するために残りわずか10年しかない」って言われたり、権力をもつ人々が十分に取り組んでいないことを目の当たりにしたり。氷河が溶けてなくなっているニュースだったり、動物も絶滅しているニュースを聞いて不安になってしまう。
H:私も環境問題のニュースやデータを見てしまうと不安になっちゃう。クローバーは、なにがきっかけでエコ不安症だと気づいたの?
C:16歳のときにエコフォビアのことを初めて知って。その時に「あっ!」って、それまで感じていた自分の気持ちがなんなのかに気づいた瞬間があったの。COP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)に参加していたときに、スーツ姿の官僚と会話している途中、なぜか圧倒的な無力さと絶望を感じて。環境問題に対して実際に行動に移す人が少ないのなら、希望ってあるのかな、って思ってしまった。気候変動の危機、森林伐採や絶滅危惧種が増えていることより、その時、感じた無力さに恐怖を覚えたんだ。
H:クローバーの故郷オーストラリアであった山火事など、ニュースの映像などでひどい環境破壊を目の当たりにすることが最近でも多い。これに心を痛めるのと、エコ不安症って、違う?
C:エコ不安症は、医療的に正式に認められた症状じゃないけど、ただたんに心を痛めるというのとは違うかな。私はすごく恵まれている立場にいて、気候変動による災害を実際に体験していない。でも海面上昇や森林伐採など気候変動の影響で家をなくした子どもたちは、直接的な出来事でエコ不安症を抱えることになると思う。もちろん、情報やデータを客観的に見て不安症になる人もいる。
H:実際に被害を受けたら、トラウマにもなってしまいそう。
C:重いエコ不安症をもつ人には、オーストラリアの火災やインドネシア・ジャカルタで起きた洪水などの災害を体験した人が多いんです。オーストラリアの火災後、避難した人たちは一部焼け焦げてしまった家に戻るか、新しく家を建てなおすか、まったく将来がわからない状態になっている。数年前に気候変動が原因でおこった巨大サイクロンがオーストラリアに上陸したとき、被害を受けた知り合いはたくさんいた。リビングの家具が流されたりした友だちや、家のバスタブに避難していると電話してきた友だちもいて。これから、自分の知り合いが被害を受けたり、自分が直接被害を受ける日はそんなに遠くないだろうなと感じるようになって。
H:エコ不安症にかかると、どんな症状がでてくるんだろう。
C:不安になって眠れず、不眠症になったりする人もいるみたいです。もともとなにか不安症を患っている人たちがエコ不安症になる傾向が多いという研究もある。すでに抱えているなにかしらの不安に、環境に対する不安がくわわって増長している感じ。
H:クローバーは、どんな心理状況に?
C:変に聞こえるかもしれないけど、これらの不安を閉じ込めておく心のスペースをつくろうとしている。絶望的な感情や悲しみは、そこに押し込めるんだ。
H:なにか症状が出る、というわけではないんですね。
C:小さいころはパニック発作もちだったんだけど、いまは自分の日常生活に支障をきたさないようにしているし、自分自身も強くなったと感じている。環境問題の取り組みを果たす立場として、ある程度は感情をコントロールしないといけないしね。11歳からはじめてかれこれ10年くらい活動しているけど、不安な気持ちをマネジメントできるようになってきている。不安症ってネガティブな意味合いが含まれているけど、私の場合は不安症になっても崩れるより、むしろ拍車がかかってもっと頑張れることもある。
H:ポジティブに向かわせるコントロールをしているんだね。
C:気候変動への怒り、不満、消失感は、逆にモチベーション源になるというか。
H:いままで気候変動や環境問題に時間をかけてきたからこそできるんだね。
C:でも、さすがにオーストラリアで起きた火事には気が滅入った。コアラをはじめ多くの動物たちが避難できなくて取り残されている写真だったり、状況がまったく掴めないことでいっぱいいっぱいになったときもあって、泣いてしまったときもあった。「大丈夫?」って聞かれても、我慢できずに平然を装うのもできなかったり。その時は悲しみに負けちゃって、いつものように冷静を保てなかった。
H:そんなときもあるよね…。気持ちを落ち着かせるためにどんなことをしている?
C:自然に囲まれる。シンプルで効果的な治療法。自然にいるだけですごく和やかな気持ちになれて元気が出てくる。あとは人と話すことも大きいね。エコ不安症に限らず、どんな精神的な病でもいえることだと思う。元気そうな友だちでも話してみると、同じような悩みを抱えたりする。前にずっと憧れている人と話をする機会があって。最近どうですか?って聞いてみたら、実は調子よくなくて…って打ち明けてくれたり。
H:クローバーのまわりにエコ不安症を抱えている子はいる?
C:「エコ不安症」と言う単語自体がまだ新しいから、自分をエコ不安症だと認識していない人が多いと思う。多くの人に共通する問題は「エコ不安をどうコントロールするかわからない」こと。「自分たちの子どもたちの未来がないのなら、子どもはいらない」とまで言う9歳や10歳くらいの子どもたちまでいるの。その年齢の子どもたちがそこまで現実を直視しなくてはいけないのは、とてつもなく恐ろしいことだと思う。
H:そんな幼いころから心配しているんですか。
C:私の年上の人たちも、自分の子どもたちの未来が心配だとよく話す。子どもたちに未来の保証ができないのが心配だ、って。
H:特にいま、不安に感じている環境問題は?
C:たくさん心配になることがあるよ。毎日動物や生き物が消滅しているし、もう後戻りできないかもしれないくらい危機感をもっている。
H:最近はどんなことをしているんだろう。
C:「どうやって指導者や無関心な人たちを動かせるか」という研究をしている。11歳から24歳に焦点をおいて、なにが彼らのアクションを後押しするのか、あるいは妨げになるのかを調べているんだ。まずは英国を研究対象として、そのあとは他国も対象にしたいと思っている。たとえば、ケニアと米国の(環境)アクティビストはどう似ているのか、どう違うのか、とか。
H: その若い世代を中心に気候変動へのアクションを促すイニシアチブ「フォース・オブ・ネイチャー」をリードしていますね。ワークショップやプログラムを開いていると。
C:そう、英国の若い世代を集めてプログラムを開いている。まずは頭のなかにある(環境問題に関する)葛藤などの気持ちを認識させて、実際アクションにつなげるように手助けしている。
H:具体的にはどんなアクティビティを?
C:最初にみんなが「環境問題についてどう考えているのか」、エコ不安症なども含め「いまどんな気持ちを持っているのか」というような、大まかな会話からはじめる。心理的なことを話してから、なにがアクションを起こすことを妨げているのかを話しはじめていくのが流れ。そして、いま気になっている環境問題をそれぞれあげていって、どの問題に取り組みたいのかを明確にする。ここでおもしろいのが、若い子たちは10秒くらいで決められるのに、ちょっと年上の人たちは決めるのにすごく時間がかかるんだよ(笑)
H:へえー。
C:そして、取り組みたい環境問題をそれぞれがどう具体的に取り組むことができるのか、一緒に計画を考えていく。11歳くらいだと、募金活動や学校のプロジェクトから取り組めるようにサポートしたり、24歳だとキャリアを考えたうえで活動方法を明確にアドバイスしたり。
H:なるほど。年齢によって考慮したやり方があるんだね。
C:そう。たとえば、11歳だと自分で団体を立ち上げるのは難しいでしょう。できるだけみんなの状況をふまえて、可能な範囲内で一番適切な方法を考える。内向的な子だったら、街に出て活動するより気候変動を防ぐ新しいテクノロジーを考え出すこともできるし。逆に社交的な性格だったら、表に出て活動したい子もいる。それぞれの強み、興味や情熱を活かせるように、たくさん若い世代を手助けしていきたいと思う。不安を脱出して、自分の力を発揮できるように変えていきたい。
H:小学生のころから、“自分と環境問題への活動”を丁寧に考えているんだね。
C:実は、年齢層をもっと下げてもいいかなって思っていたところなんだ。ある日、6歳のいとこがなにも前振りもなく「気候変動ってなに?」って唐突に聞いてきたの。これを聞いて「この世代にも、もうこの問題をごまかせない時代になっているんだ」と実感した。学校やネット、街中などどこかしらで気候変動について耳にして知ろうとしている。だから、これからはプログラムの年齢層を下げていきたい。
H:年齢によって気候変動の捉え方もやっぱり違うのかな。
C:6歳は、13・14歳や17・18歳と比べるともっと考え方が楽観的かな、希望をもっている子が多い。でも、歳を重ねるごとに無力さや失望を覚えていく。大人になると、社会のシステムに自分をあわせることに慣れてしまうから。
今後のステップは、もっと長期的に彼らをどうサポートできるかを考えていくこと。いまの時点だと、彼らにどうやってやる気を持たせるか、どう行動に移させるか、までにとどまっているから。
H:エコ不安症と環境へのアクションについては、どううまくつき合っていったらいいんだろう。まずその存在を知らせたり?
C:「エコ不安症」という単語を広めていくところからはじめるのは、ちょっと難しいかもと思ってる。エコ不安症やエコフォビア、気候不安症は医療的に正式な症状じゃないから、薬で治療するものではないし。人間が持つ、いたって自然な反応。エコ不安症がもつネガティブな意味合いを消していって、自分の気持ちと友だちになってうまくつき合う、ということだね。
H:クローバーが感じたように「この気持ちは、こういうことだったんだ」と自分で認識できるだけでも大きいですね。そこがうまくつき合っていく最初のステップになりそうです。今日はいろいろ話してくれてありがとう。
Interview with Clover Hogan
All images via Clover Hogan
Text by HEAPS, editorial assistant: Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine