見た目を一切問わない「アンチ・キャスティング」は、エッセイで決める。お約束になった“多様性”から抜けだす、新・モデルの起用方法

写真もいらない。「送って欲しいのは、あなたの言葉だけ」
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「あなたの写真も、サイズ情報も一切いりません」
「送って欲しいのは、あなたの言葉だけ」

パリとロンドンを拠点とする下着ブランド「アンダーアーギュメント」は、「アンチ・キャスティング」という、見た目でモデルを選ぶキャスティング方法に“反対する” 手法で、容姿を一切見ずに、送られてきたエッセイだけでモデルを選んでいるという。

モデルの容姿を見ない「アンチ・キャスティング」

 多様性の美しさは、マイノリティを「陳列」することでしか表現できないのか。

 見た目ではなく「内面」「自己受容」が大切だと声高にいい、一見、多様性を祝福しているようでいながらも、「プラスサイズのリストの中から『このモデルがいい』」「アジア系なら『この子』」と、結局は見た目で選ばれている。それでは、根本的なルッキズムの問題が何も解決されていないのではないか?

 近年の多様性広告に対して、そんな声もあがりはじめている。

 HEAPSでは2018年に「もうプロのモデルは起用しない」と宣言した、当時の新興ランジェリーブランド「ライブリー(Lively)」を取り上げた。同ブランドは、若い消費者の間で芽吹きはじめていた「自分に近い容姿のモデルが着ている方がそのブランドに親近感がわく」という感覚を察知し、そのニーズを汲み取り、支持を集めていた。その記事の中で「着用する多様な女性の目線で作られた、新しいランジェリーブランドが次々と誕生している」と述べたのだが、その後もよく似たブランドのよく似た広告の数は着々と増えてきていた。

 どのブランドも「どんな体型も美しい」「ありのままの自分を愛そう」といったボディ・ポジティブのメッセージを、さまざまな体型・肌の色のモデルを採用することで見せてきたわけだが、同じような広告が溢れかえる昨今、さすがに多様性・インクルーシブ広告の「お約束感」が気になる。

「この辺にプラスサイズの、できればバズカットの黒人モデルを入れて、こっちにはややスリムなアフロヘアの子を配置して、その間には背の高いアジア系モデルを入れよう——」

 そんなブランド側の思惑がダダ漏れになったマーケティング戦略丸出しの「チェック項目を埋めるようなやり方で表現された“多様性”」に、違和感を覚えている人も少なくない。

「私はまったく別のやり方で、多様性の美しさを表現したいと思った」。フランス人ランジェリーデザイナーで下着ブランド「アンダーアーギュメント」の創始者である、マイナ・シセ(Maïna Cissé)。HEAPSとの取材にて、彼女はまずそう語った。彼女が掲げるのは、「アンチ・キャスティング」という手法。その響きの通り、見た目をベースにしたキャスティングに反対するもので、実際に、容姿やサイズを一切問わずに、モデルを採用している。

@theunderargument

「アンダーアーギュメント」のウェブサイトにはこう書かれている。

「モデル経験は必要ありません。あなたの写真も、サイズ情報も一切いりません」
「送って欲しいのは、あなたの言葉だけ」

 シセのもとに届いたエッセイだけで、容姿を見ることなく採用するモデルを選んでいるのだそうだ。

 エッセイには11種のテーマが設けられている。たとえば、アイデンティティやフェミニニティ(女性らしさ)、自己受容、不安、失敗、愛などをテーマにしたトピックがあり、応募者はその中から自分で書きたいものを選ぶことができる。もしもそれ以外に自分から提起したいトピックがある場合は、それも大歓迎だという。

 もちろん「あなたの言葉」とは、社会通念を綴った論文ではない。ステレオタイプにとらわれていた頃の話、その時の苦しみ、それをいかにして脱したのか、また、脱しようと努めているのか、といったパーソナルなストーリーであり、それを不特定多数の人に共有する心の準備ができている、と見受けられる人を採用しているのだそうだ。このやり方で、これまで「うまくいかなかった撮影は一度もない」と、シセはいう。


各ポストにはモデルたちの言葉を投稿している。

20代で下着モデルは「正直、早すぎるとも感じている」

 同ブランドがファーストコレクションを発表した18年当初は「ブラジャーのサイズ展開は10種のみ」だったが、採用したモデルに合うサイズを追加していったところ、現在は40種以上にもなり、さらに来年には70種以上に増えるそうだ。

 1週間に受け取るエッセイの数は、多いときで約50通。月に約8人ほどの撮影をおこない、ウェブサイトやインスタグラム上には、採用された多種多様なモデルの写真とエッセイがセットで掲載されている。

 モデルは「30代から50代半ばが多い」そうだが、「先日撮影した方は75歳でした」とも。「21歳以上」と応募条件には明記されているが、彼女は「20代というのは正直、早すぎるようにも感じている」と明かす。下着姿という露出の多い撮影であることもそうだが、「非常にパーソナルでナイーブなストーリーを共有してくれている、というのもある」。

 それらをオンラインで公開するのは「まだ若い彼女たちのその後の人生を考えると、慎重にならざるを得ない」と。「たとえば数年後に、彼女たちが本格的に社会に出てキャリアを築くとなった際に、本人の望まぬ形で悪用されてしまう、なんてことも無いとは言い切れないので」。このあたりの彼女の考え方も、見た目をベースにしたキャスティングとは大きく異なるところだろう。

 一方で、「アンチ・キャスティング」というやり方は、イメージコントロールの機会を手放すことともある意味で同義である。ブランドとして、イメージコントロールができなくなるのは、痛手ではないのか。

 そう訊ねると、彼女は「アンダーアーギュメントは、下着を売るためのブランドとしてスタートしたのではなく、よりオーセンティックな多様性表現の仕方を追求するための“実験”としてはじまった」と、ブランドの成り立ちを説明してくれた。

 いわば、アートプロジェクトのような形で2015年に発起し、「下着というプロダクトを販売するブランド」になったのは、その約2年後だったという。つまりは、多様性をわかりやすい「イメージとして見せる(陳列する)」という考えも、それを「コントロールする」という発想も、最初からなかったのだそうだ。

 より正確に言えば、多様性を陳列するやり方への違和感から、シセは「より自然なやり方を探そうと思った」。もとより人は多様であるため、わざわざ(ヴィジュアルで)見せつけようとしなくても伝わるはずだ、との想いが彼女にはあった。

 アンダーアーギュメントの前には「ファッションマーケティングに携わり、特にファストファッションに関する仕事が多かった」という。業界では、2010年を過ぎた頃から多様性について語られることが増え、それ以後、ブランドがこぞって多様性ビジュアルへとシフトして行く様子を、彼女は「いちマイノリティ、黒人女性としての視点でもみてきた」と語る。

「ボディ・ポジティビティの広がりには大賛成です。しかし、企業が広告や意思表示のために、プラスサイズのモデルや非白人のモデルを採用するやり方やその動機には、違和感がありました」

 また、意図的ではないにしても、従来の見方ではモデルらしからぬ容姿を持つマイノリティを「トレンド」として商品化する動きや、マイノリティを起用した広告が「斬新で新しい」とされ、過剰に持て囃す風潮にも「不安を覚えていた」と話す。

 誰かの身体を「アザが素敵だ」「カーヴィーなのが魅力的」など、たとえそれが多様な容姿を祝福するコメントだとしても、結局は人の「体の話。それ以外のことに目が向けられていない」と、彼女は指摘する。

「そもそも、体というのは非常に変わりやすいもの。年齢はもちろん、生活や健康状態によっても常に変動するものです。それなのに、体の形でその人の価値が決められてしまうのはとても危険」。彼女が容姿見ずに「アンチ・キャスティング」を行う、最大の理由はここにある。









これまでに参加してきた実際のモデルたち。

多様なビジュアルよりも、多様なストーリー

「どんな体型も美しい」といったありふれたボディ・ポジティブのメッセージも、シセが語ると「あなたには体以上の価値がある」となる。逆説的には、彼女は「あなたには、あなたの体以上の価値がある」と、心の底から信じているからこそ、エッセイだけでブランドに合ったモデルを選ぶことができる、とも言える。

 多様性を広めるのに「重要なのはビジュアルじゃない。多様な人々のストーリーです」と、彼女は言う。なぜなら、個々のストーリーにこそ人の多様性があるからだ。そこからたどって人を集めていけば「自然とビジュアルも多様になる」。アンダーアーギュメントのウェブサイトが何よりの証拠だ。

 確かに「どんな体型も美しい」というボディ・ポジティブの考えが社会全体に広がることの意味は大きい。見た目にも多様なモデルをバランスよく、効率よく採用した広告による啓蒙の功績も、決して小さくはない。

 しかし、シセがやろうとしているのは「宣伝よりも教育」だ。「確かに普通のキャスティングに比べれば時間がかかるぶん、スピードも遅いかもしれない。けれど、本来、教育は時間をかけておこなうもの。即時的なものでも、一度おこなうだけで十分なものでもないはずです」

 最後に、「ビジュアルじゃない」とはいえども、アンダーアーギュメントのモデルたちが皆、美しいこと、そして、何より自分を「美しい」と感じているのが伝わってくることについて、聞いてみた。

 内側から自信が湧いてくるには「環境」を整えるのが重要で、それさえあれば、誰もが「一層、美しくなる」のだと、彼女は言う。

 アンダーアーギュメントの撮影では「カメラの前に立つ人は、とても重要な存在です。その人の存在にはとても価値があり、大切に扱われ、そこにいる誰もに尊敬されている」と話す。「すると、人は自ずと美しくなるんです」

 曰く、この「魔法のような」法則は、日常生活においても同じことなのだそうだ。「もしもあなたが、相手を心から尊重し、大切に扱い、重要な存在だと感じさせることができれば、目の前の誰もが輝く。その人がどんな姿でも、たとえ社会がどんな非現実的な美の基準を、押し付けていたとしてもです」

Interview with Maïna Cissé

Photos via the underargument
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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