「この服、100日間洗っていないんです」と鼻先にくいっと差し出されたら、誰でも本能的に息を止めてしまうと思う。が、最近の“100日洗っていない服”は、(無味)無臭らしい。
近年のファッションブームは「毎度洗わなくてもいい“ウォッシュレス”な服」だ。洗濯に必要な水や洗剤などを減らし、環境への負荷を小さくすると期待される。環境問題の大きな原因として槍玉にあがってきたファッション業界の、次なる“エコな貢献”となるのか?
洗いすぎは地球によくない。ファッション業界、次のエコ策は「洗わない服」?
国や企業、団体、個人。規模の大小は関わらず「環境問題への配慮」が求められる昨今、環境に悪いとみなされるものへの風当たりは次第に強くなっている。特にファッション業界は、長らく環境問題に対して負い目を感じてきた。早いサイクルで大量生産するファストファッション・ブランドは目の敵となり、それを受けてか「H&M」はサステナブルな素材を使用するコンシャス・エクスクルーシブ・コレクションを創設。漁業用網などナイロン廃棄物をリサイクルしたナイロン繊維やオレンジの皮を利用した素材などで服作りに励む。
老舗ブランド「バーバリー」は、レザーの切れ端で作るバッグを展開。古着となったジーンズを再利用するデニムブランド「NOORISM(ノーリズム)」や、永久に着古した無地Tシャツを“お取り替え”してくれる月額会員制サービス「For Days(フォー・デイズ)」など、独立系サステナブルファッション・ブランドもぽこぽこ誕生している。洗濯時に落ちる極小プラスチック繊維が海を汚染してしまう、と夏のファッション・水着にも環境への悪影響が叫ばれている。「私たちの水着はじゅうぶんにサステナブルではないです」と正直に自己申告をするアパレルブランドも。
どうすれば地球にいい服を作れるのか。いかにしてファッションが及ぼす環境負荷を抑えることができるのか。こうした問いに対する昨今のファッション業界の新たなアンサーの一つが、「洗わない服を作りましょう」。旅行者を主な顧客に数週間洗わなくても清潔なTシャツを開発した「Unbound Merino(アンバウンド・メリノ)」や、ジェイデン・スミスやジャスティン・ビーバーもファンを公言、海藻の繊維で作ったTシャツを販売する「Pangaia(パンガイア)」。オックスフォードシャツのようなフォーマルウェアも展開する「Wool & Prince(ウール&プリンス)」に、100日間洗わなくても大丈夫なワンピースを提供する女性特化の「Wool&(ウール・アンド)」などのブランドが、“ウォッシュレス”・ファッションという新しいムーブメントにくわわっている。
「“メリノウール”が、ウォッシュレス・ムーブメントに欠かせない素材」
ウォッシュレスは、「買ったきり一生洗わなくていい」という訳ではない。いつか洗濯機に突っこまなくてはいけない日は来る。ただ、着るたびに洗わなくても済む、数日間ぶっ通しで着ても不快でない、というわけだ。
「衣服に対する“清潔さ”というものは、洗濯機や洗濯洗剤が家庭で普及してから確立された文化的な基準です。つまり、一回着ただけで洗うという概念は、洗濯機や洗濯洗剤が一般的に浸透するまで存在しませんでした」。そう話すのは、数週間洗わなくて大丈夫なTシャツを作ったアンバウンド・メリノの共同創設者ディマ・ゼリクマン氏。「洗剤メーカーはこぞって『人が着用した服は汚い。1回着ただけで洗った方がいい』と頻繁な洗濯を促す広告を打った。また毎日違う服を着なければいけないという概念は、ファストファッション・ブランドのマーケティングによって広がったのだと思います」。大手洗濯機メーカー「AEG」も、洗濯カゴのなかの9割の服は洗うほど汚くはないと発表している。
私たちが必要以上に服を洗っているのはわかった。しかし実際、「服の洗いすぎは環境によくないのか。ある調査によると、ある調査によると、一般家庭で1年間に使用する水17パーセントの出どころは「洗濯機」。また水着同様、フリースなどの化学繊維で作られた衣服を洗うと微小なプラスチックの断片が大量に抜け落ち、最終的には海へと流れ汚染の原因や魚介類の生態系へ悪影響を及ぼすともいわれている。
ならばできるだけ洗濯を減らしてみるか、とはいっても、とはいっても、人々の洗濯習慣を変えるのは難しい。特に暑い夏の季節、1日着た服をもう1日、というのも気がひける。そんななかアンバウンド・メリノは「製品開発の際には46日間ぶっ通しで同じシャツを着ましたが、不快でも不潔でもありませんでした」。社名にも入っている“メリノ”ウールでTシャツからパーカー、靴下などを作る。「この“メリノウール”が、ウォッシュレス・ムーブメントに欠かせない重要な素材となりますね」。
メリノ種という羊からとれるメリノウール、強みは「最高の肌触り・高い通気性・温度調節機能」。汗を吸収し、繊維の外へ水分を逃がす機能のほか、大気中の湿気を吸収して熱を発生させ、熱を逃がさないという機能も備えていることから、ウォッシュレスブランドの目に止まった。「コットンや合成繊維と違い、頻繁に洗わなくても大丈夫。メリノウールがもつ自然の特性を用いて、毎日着ることができる服を作りました」。デザインは、「湿度の高いジメジメしたジャングルでも、都会のレストランや夜遊びでも対応可能」なシンプルにした。実際に12日間の旅行をアンバウンド・メリノのTシャツ1枚で乗り切った旅行者によると、Tシャツは清潔を保っていたとのこと。バーベキューやタバコの煙にさらされたり、ライブで客にビールをひっかけられても大丈夫だったらしい。
温度調節が可能で、寒いところでも暑いところでも快適に過ごせるメリノウール。この特性から、もともとはアウトドア用上着の下に着る高性能の肌着・下着として使用されることが多く、ターゲット顧客もアウトドアを嗜む人々だった。
朝のオフィス、夕方のフィットネスジム、夜のバーでも、同じ1枚のシャツだけでオーケー。「旅行のパッキングをミニマルに」を目指し旅行者向けの“洗わないアパレル”を開発してきた彼らは、ウォッシュレス・ムーブメントの先駆として、普段着として着てもらえるようなシンプルなデザインが売り。
「スーパーで買えるシャツがウォッシュレス」まで大衆社会に浸透するか?
「通常のコットンTシャツを着続けた場合と比べ、生涯で節約できる水は(1人あたり)3,000リットル」と若者世代に人気のウォッシュレス・ブランド「パンガイア」が謳うように、このムーブメントの目的は洗濯を減らすことによる「環境貢献」だ。
3,000リットルと聞くと大きな数字に思えるが、一回のシャワーで使用する水の量が60リットル(個人差あり)から考えるとシャワー50回分。単純計算だが、生涯かけてウォッシュレスTシャツを着ても、約2ヶ月分のシャワーの水量しか節約することができない。となると、なんだか少なく感じる。そして、「ウォッシュレスTシャツを1枚持っている」だと、結局は他の洗濯物をいつも通り洗濯することになるので、洗いすぎな私たちの洗濯習慣を「レス」に変えていくのはまだ難しい。
@thepangaia
藻の繊維を用いて服作りをするパンガイアは、清潔な匂いをキープできるよう、服には抗菌作用のあるペパーミントオイルを配合。
一人の1枚でも、数千人の数千枚。多くの人が着るようになれば、世界中の洗濯機が稼働を減らし、無駄な水や自然に害ある物質を流さなくなる。そうなってはじめて、ウォッシュレス・ブランドの本領を発揮できるだろう。現状、総じてウォッシュレス・ブランドは高価格のため(Tシャツ1枚約7,000円、男性用下着2枚組で約8,100円、靴下2足組で約3,700円)、「デパートで手に取った1,000円のTシャツがウォッシュレス」までの道のりは長い。
「ウォッシュレス・ムーブメントを加速させるには、『服を洗わない』『連日同じ服を着る』という行為に対してのネガティブなイメージを拭いとらなければなりません」というブランドたち。1回着たら洗う、が生活習慣のいま、「服によっては数回着ること」が日常になれば、洗濯物が減って楽になるのはうれしい。今後のみんなのクローゼットへの浸透率が気になるウォッシュレスブランドだが、“ウォッシュレス”そのものはいまの時点でも洗い(聞き)流してはいけない言葉ではありそうだ。
Interview with Dima Zelikman
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Eyecatch Image by Midori Hongo
All images via Unbound Merino
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine