ビッグスターから少年少女まで。憧れの爆音と歪みと反響を「ギターを掻き鳴らす、すべてのやつらへ!」強烈個性のエフェクターメーカー

世界の何十万人、何千万人の「憧れのギターヒーローのように弾きてぇ!」を叶えてきた。名物社長とエフェクターメーカー、“歪(ひず)み”の50年。
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「1967年。あの頃、ヘンドリックスは火傷するほどにホットで、誰もがヘンドリックスのような音を出したかったんだ!!」

ジミヘンのポスターが貼りつけられた部屋で、額に汗をかき指に血をにじませ歯を食いしばりコードを弾いたギター小僧たち。次なる成功者を目指し、スタジオに籠ったギタリストたち。スタジアムで何万人をも酔わせたギターの神様たち。プロ中のプロからビギナーまで、ギターを抱える万人の足元に、あるギターエフェクターが、半世紀ものあいだ魔術を仕掛けてきた。「ジミヘンのようにギターを弾きたい」という、ギター少年の青臭い直球の想いにもこたえて。


ギター小僧に夢を見させた〈サイケで強烈な変わり種エフェクターメーカー〉

 贔屓のディスクジョッキーが絶好調な深夜のラジオでもいい。録画した音楽番組で紹介されたミュージックビデオでもいい。目と鼻の先にステージがあるライブ最前列でもいい。ワウワウワウワウ。ギュイィィィィン。ヴァァァァァァン。少年少女がロックに魂を売った瞬間というのは、耳をつんざくようなエレキギターの唸り声、悶え声、叫び声、歪み声が脳天を直撃したときだろう。そして、このエレキギターのワウワウワウワウ、ギュイィィィィン、ヴァァァァァァンを生み出している正体が「ギターエフェクター」だ。
 
 ギターエフェクターとは、ギターとアンプの間に接続することで電気的に音を変化させる装置のこと。ギター本来のクリーンな音を歪ませ、うねらせ、残響を利かせる“音の魔術師”だ。ギターが上手くなくても上手くなった気にさせてくれたりもする、いたずらっ子。オーバードライブやディストーション、ファズと呼ばれる歪み系、やまびこのようなディレイやリバーブ(残響)などの空間系、フランジャーやコーラスなど音を揺らすモジュレーション系など、エフェクターの種類にもいろいろある。ギタリストは曲や好みにあわせて組み合わせたり使いわけたりして、自分色のギターの音色を作り出している。

 1940年代から、アンプの音量を一定以上まで上げて過大な出力電圧をくわえてギターの音を歪ませる行為(オーバードライブ)はギタリストの間ですでに流行っており、アンプをわざと傷つけたりして独特の音色をつくるツワモノも現れた。本格的にギターエフェクターが装置として製作されはじめたのが60年代。ロックバンドのベンチャーズが62年に手作りファズボックス(エフェクター)を使用、その後ギターメーカー・ギブソン傘下の「マエストロ(Maestro)」や「ヴォックス(VOX)」、「ユニヴォックス(Univox)」、日本の「ボス(BOSS)」などのメーカーが、スイッチひとつで七変化する音を生むエフェクターを開発してきた。

 そのなかでもひときわ異彩を放っていた変わり者が、1968年に出現した「エレクトロ・ハーモニクス(EHX、通称エレハモ)」だ。カラフルでサイケデリックなグラフィックが施されたボディに、各モデルにつけられた個性的な名前(一度聞いたら忘れられない)、子羊の頭がモチーフの不思議なロゴ、他メーカーに比べ求めやすい価格帯、そしてなによりサウンドの質と幅広さ。派手、際どい、変態的、奇妙とたびたび形容されるクセのある音をマス市場に売り出し、ひと月に数千台をさばく世界屈指のエフェクターメーカーとなった。生みの親マイク・マシューズの強烈なキャラクターも数役買っていたに違いない。

 業界内にエレハモ愛好家は数多い。特に看板商品「ビッグマフ・パイ(通称ビッグマフ)」のファンには、ジミ・ヘンドリックス、カルロス・サンタナ、デヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)など世界の国宝級ギタリストから、80年代を代表するジ・エッジ(U2)、ジョー・ペリー(エアロスミス)、エース・フレーリー(キッス)、そして90・00年代の現代ロックの名手、カート・コバーン(ニルヴァーナ)、ジャック・ホワイト(ホワイト・ストライプス)やビリー・コーガン(スマッシング・パンプキンズ)…。

「メイド・イン・ニューヨーク」を掲げ50年。創設時からクイーンズ区ロングアイランドシティに鎮座するエレハモの本社と、130人が働く併設の工場を訪ねる。「ギター小僧の“ジミヘンになりたい”を叶えてきた、みんなのためのギターエフェクター」をツマみに、名物創業者マイク(78)と会話を歪ませてきた。



ギターヒーローの名器が誰もの手に「プロだけじゃなく、みんなのために作った」

「当時のギターエフェクター市場は、とても小さなもんだった。マエストロのファズトーンにビンソンのエコレックス。いまじゃ何千も競争相手がいるがな」。コーヒーを飲むように毎日何本も葉巻を“噛む”というマイクは、エレハモ創設前の話をはじめた。「そこに来て、ローリング・ストーンズの『サティスファクション』が出てきた。ずっとチャートで1位」。ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズが同曲で披露したラフで歪みのきいたリフは、みんなの脳天を突き抜けた。使用したのはマエストロのエフェクター「ファズトーン」。「それでみんな、マエストロのファズトーンを欲しがったんだ」。

 その頃、大手コンピュータ会社IBMで働いていたマイクは、R&Bスタイルのキーボード奏者としてプロ並みの技をもち、チャック・ベリーやバーズなどロックミュージシャンたちのプロモーター業もこなす音楽狂。仕事中たまたま観たジミー・ジェイムス(のちのジミ・ヘンドリックス)と友人になり、彼のスタジオにも通うようになる。「1967年。あの頃、ヘンドリックスは火傷するほどにホットで、誰もがヘンドリックスのような音を出したかった。あの頃はな、みんなエルヴィス・プレスリーにキース・リチャーズ、ジミ・ヘンドリックスになりたかったんだ!!」


創業者マイク・マシューズ。


伝説のギタリスト・サンタナが、エレハモを買うためにマイク宛に送った小切手の写真。

「ギターアンプを最大の10にしても、穏やかにしか歪まなかった」ため、もっと刺激的に歪ませたいと、エフェクターの試作に取り掛かった。ジミヘンの音を目指して、エンジニアとともに試行錯誤を重ねながらプロトタイプを完成させていく。「ギターをプラグインして、スイッチを入れたら死ぬほどでかい音がした!」。制作を進める中ではこんなこともあった。「ある日、レコーディングスタジオに行ったら、ヘンドリックスが(プロトタイプを)使っていたっていうね!」。商品第一号となるブースター「LPB-1」が誕生して、68年にエレハモを創業した。

 1970年代初期に「ビッグマフ・パイ(ビッグマフ)」が販売されると、ロックとラテンを融合させた伝説のギタリスト、サンタナもマイク宛に自ら小切手を切り買い求めた。しかし、プロギタリストの“名器”だけにとどまらなかったのがエレハモのおもしろさだ。
 
「俺たちエレクトロ・ハーモニクスの心構えはな、プロのスターたちのために作るんじゃなくて、みんなのために作る、というところにある。音楽界にはビッグスターがいて、中堅プレイヤーがいて、それから趣味でもなんでもいいからギターを掻き鳴らすやつらがいるから」。マンハッタンの48丁目にかつて存在した楽器店街「ミュージック・ロウ」にあったマニーズ・ミュージックやサム・アッシュなどをはじめ、誰もが足を運べるどの楽器店にも商品を置き、カタログでの通信販売もした。「ビッグマフは、当時39ドル(現在だとおよそ252.40ドル)で、他のメーカーに比べて手が届きやすかった。月に3000台さばいたよ」。エレハモは「いいサウンドを手頃な値段で提供できることで知られたんだ」。そのカラクリについて、マイクはこう明かす。「なにしろ大量に回していた(生産・販売)からな。それに、俺は製品の仕入先に対して“タフな交渉人”でもあった。可能な限り低コストで製造できるように努めたよ」




サウンドとルックスに“人格”をあたえて。玄人でなくても手に取りやすい遊び心

「エレクトリック・ミストレス(電気の情婦)」「メモリーマン(記憶の男)」「スーパーエゴ(超自我)」「ホーリーグレイル(聖杯)」「ソウルフード」「エニグマ(謎)」「コックファイト(闘鶏)」「カテドラル(大聖堂)」「アイアン・ラング(鉄の肺)」。すべてエレハモの商品名だ。各モデルたちには、まるで戦隊ヒーローものやコミックに出てくるキャラクターのような名前がつけられる。「ビッグマフ」には「どデカく鈍い(マッフルド)音」説と「女性器」説があったり、メモリーマンに続く「メモリーボーイ(記憶の少年)」というモデルもある。メモリーマンの息子か?




 名づけ親はマイクだ。「俺が名前をつけたよ。もっとおもしろい名前を思いついた社員がいたら、それを採用したりもしてね」。どうやってその難解な名前をつけたか尋ねると、「ただ思い浮かんできただけ。でも時々は、どストレートでシンプルな普通の名前にした」

 強烈な名前とともに画期的だったのが、ボディを飾るど派手でサイケなグラフィックだ。それまでのエフェクター、たとえばマエストロのファズトーンやユニヴォックスのユニヴァイブペダルは、黒く角ばったボックスだった。黒やシルバーを基調としたデザインもそれでいてもちろんかっこいいのだが、どことなく玄人しか使いこなせない“通な雰囲気”が漂っている感じがする。そこにきて、エレハモの見た目は、うるさくて元気だ。「まあ、目立とうとしたからね」

 弁当箱大の大きなビッグマフに、グランドキャニオンのような渓谷が描かれた「キャニオン(やまびこのようなエコーが再現できることから)」、なぜかお絵かきのクレヨンが並ぶ「クレヨン」、ヒッピー時代のサイケデリックなフォントとカラーが特徴の「スモールストーン」。ギターが弾けなくとも手に取りたくようなルックス。ギター小僧たちのコレクション心もくすぐったことだろう。「エレハモのデザインは、デヴィッド・コックウェルという世界屈指のデザイナーが70年代から担当している。その昔は、どんな製品をデザインするのか、一つひとつの機能まで俺がこと細かに決めていたけど、いまは製品の型さえ決まれば、機能など細かい部分はエンジニアに任せている」


エレハモの看板エフェクターでギタリストの憧れ「ビッグマフ」。


 他メーカーと一線を画するルックスとネーミングセンスについ目がいってしまうが、やはり最大の特徴はサウンドだ。「ギタリストが一番に欲しがるのは、いい音、そして上手く演奏できる技術」。エレハモは、70年代にビッグマフを世に送り込み、プロからアマチュアまでを夢中にさせたあとも、エフェクターで実現できる音の幅を広げていった。「俺たちはたくさんの“初めて”を実現した。それ以前はスタジオでしか作れなかった音の技術(フランジング*)をエフェクターに搭載し、それまでは数十万円もしたデジタルディレイ**の機器を、低コストで作りあげたんだ」

 そして音にも遊び心は、やっぱりある。ギターの音をインド伝統楽器シタールの音にできる「ラヴィッシュ・シタール」や、オルガンや電子ピアノ、メロトロン、シンセサイザーのような音が弾ける「9シリーズ」など、ギターを超越した音の区域に足を踏み入れている。「俺たちは、いつも誰も考えつかないような新しい商品を思いついてきた。競合たちが誰も真似できないユニークなエフェクターを生み出したんだ」。ちなみに数年前、中国の会社がエレハモのコピー商品を作ったらしいが、マイクたちは訴えを起こし無事勝訴。やはり、誰も真似できないぜ。

*元の音声信号と、それを僅かに遅延させた音声信号の干渉により音を変化させる。
**デジタルテクノロジーで「ディレイ(音を遅らせる)」こと。山びこのような現象。ギターから入力された音を録音し、設定した間隔で録音したギターの音を再生する方法。

「ミュージシャンじゃない人にもファンが多い。クレイジーな会社だからな」

「いま、楽器・機材ビジネスは停滞している。子どもたちはビデオゲームや、インターネットなんかに夢中だろう。真似したいなと思えるような、セックスシンボル、スター的なギタリストがもういなくなっちまったよね」。それでも、現在エレハモは150種類のエフェクターを製造し、いまでもビッグマフは毎月3000台売れ、世界のプロや未来のギタリストたちの手元足元にいる。次なる開発は、ブルートゥースのヘッドホンやイヤホンだそうで、市場にも進出しようと計画中だ。できあがった製品は、「(楽器店から家電量販店まで)すべてのマーケットで売る予定だ」。50年経ったいまでも「大衆への流通」は変わらない。

「マス市場にいる大衆は、エレハモのことをよく耳にする。俺たちには、ミュージシャン以外のファンだってたくさんいるんだ。なんでかって、そりゃ、クレイジーな会社だから。歴史があるからな」。90年代にヴィンテージ市場が再燃すると、マイクはロシアに渡り現地の元軍需工場を買取。そこで生産をおこない、ロシアのギャングたちと一悶着があったりした(この一件は、テレビのニュースにも取り上げられたほど)。

 こんな感じの破天荒な武勇伝に、ギターやエフェクター初心者でも触れたくなるような“キャラ化”した商品、他メーカーのエフェクターじゃ絶対真似できない唯一無二サウンド、ウェブサイトやSNSにもたびたび登場し、社員手作りの商品デモ動画で好き放題にやるマイク。ミュージシャンじゃなくとも、エレハモを好きになる理由はじゅうぶん揃っている。それに有名ミュージシャンたちが多数出演しエレハモ愛を語るプロモ動画に、ギター小僧たちの弦を押さえる力も俄然強くなる。


スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンもエレハモ大ファンの一人。


ビッグマフが好きすぎて、自らの体にタトゥーとして刻み込むファンも。


お茶目なマイク。
@ehx

「20年前、楽器関連のトレードショーで、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョン・フルシアンテに出くわした。彼はこうお礼を言うんだ。『子どもの頃にも、エレハモのブースであなたはいろいろなエフェクターを見せてくれました』」。エレハモのエフェクター、ギター小僧の“デカい夢”を叶えていた。

 半世紀のあいだ、プロからアマまで、ギタリストのロックの音をギュイイイインと広げてきた。この偉業についてどう思うかマイクに尋ねると、エレハモのキテレツ爆音アンプのような轟音回答が跳ね返ってきた。「エレハモだけがなし得たことじゃないがな! でも、俺たちはクソみたいに豪(えれ)えことをしてきたのは確かだよ!!」

Interview with Mike Matthews





Photos by Kohei Kawashima
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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