「女性の理想体重は45キロ。幼い頃から、両親にはダイエットスクールに通わされた」。美の理想はてっぺんなど見えないほど高く、見た目へのこだわりが強烈な国、韓国。正しく受け継ぐものの一つとでもいうように「娘よ、美しくあれ」と、その美意識はより強く伝わっていく。「娘を美しく育てること」は“良い母親”に求められるうちの一つで、家庭によっては母親がそれを父親からも問われるとしたら、自分が太っていること、成長してプラスサイズモデルを選ぶとは、どういうものなのだろうか。
母国・韓国でモデル活動をするテイラー・タック(29)は、身長167センチ体重95キロ、韓国サイズ99号(日本サイズXXL以上)。プラスサイズモデルであることを母に打ち明けたというテイラー。父にはまだ、言えていないという。
海外でデビューし、母国へ。異なるプラスサイズモデル事情
容姿が重視される韓国では、とりわけ女性に対する美への圧力が強い。主流メディアが称賛するのは40キロ代の女優で、オンラインドラマの劇中では男性主人公が「体重50キロ以上の女は気が狂っている」とのたまう。K-POPアイドルの過酷なダイエット方法が話題にあがることも多い。その基準は理想として一般の暮らしにも降りてくる。「卒業祝いに両親からプチ整形をもらった」は韓国人の友人からよく聞く話だ。
「幼少期から太っていて、10歳から毎年、夏休みと冬休みにダイエットスクールに通わされた。食事は1日1,000カロリー未満」。自分も、自分に似た体型をした女の子たちも嫌いだった、というテイラーは、ロンドンに滞在している頃に声をかけられ2015年からオーストラリアのシドニーでプラスサイズモデルの活動を開始した。女性向けのファッション雑誌『コスモポリタン・コリア』や『クイーン・サイズ・マガジン』のページを飾り、プラスサイズ専門ファッションブランドで衣装をまとってきた。
コロナ直前に、母国へ。現在は韓国を拠点に活動する。昨今のモデル業界ではお約束となった多様性だが「韓国の主流メディアでプラスサイズモデルが活躍することはほぼない。あってもせいぜい食事関連かダイエット関連といったところ」。
美への固定観念が根強い韓国、それゆえの幼少期から続く親からの美意識へのプレッシャーも忘れていない。いまプラスサイズモデルとして活動することとは、どのようなものなのだろうか。自分らしくあること、自分らしい美を求めることについて、今回はテイラーに家族との繋がりからも話を聞く。
テイラー・タック。
HEAPS(以下、H):単刀直入にいきますね。韓国での女性の理想体重って?
Taylor Tak(以下、T):昔に比べて変化してきているとは思うけど、基本的には50キロ以下。 理想は45キロ。だから、もし50キロに近づくと、みんな「ヤバい」と心配しはじめる。
H:日本でも体重信仰はあるけど、韓国はより強い印象です。美や体重について、周囲からどんなことを言われて育ってきたんでしょう。
T:幼稚園のころから、みんなよりぽっちゃりしてた。だから幼稚園の先生には口酸っぱく「あなたは痩せなきゃいけないから、ご飯の食べ過ぎはダメ」と言われてた。どうやら両親が先生に「娘には通常の3分の2しか食べさせないで」と頼んでいたらしいんだ。
H:小さいときから制限させられていたんだ。「美=スリム」意識は、特にいまの若い世代に多い?
T:ううん、親世代もそう。多くの年配の芸能人はボトックスや手術を繰り返しているし。にも関わらず「水をたくさん飲んでヨガをしているだけ」なんて言ってる。親世代は芸能人のこうした影響を大きく受けて、容姿を気にかけてる。
H:テイラーが10代の頃、テレビや雑誌に出る女優やモデルといえば…
T:みんな痩せていて、そして二重だった。
H:昨今では一重の芸能人やあえて整形をしないアイドルの人気が高まっているけど、本当に少し前まではやっぱりそんな感じでしたよね。いま世界ではボディポジティビティや多様性がうたわれ、さまざまな体系の人が露出するようになったけど、韓国ではどう?
T:数年前と比較すると、プラスサイズモデルを目にすることは間違いなく増えた。でも、それはSNSや特定のコミュニティ。主流メディアではまだまだまだ少ない。ファッション業界や美容業界の90パーセント以上は、昔から変わっていないと思う。
H:その美意識においても、母娘の結びつきも強い印象があります。たとえば卒業祝いに「整形」をプレゼントすることもあったりと「娘が美しくいること」に非常に協力的。テイラーの周囲でもあった?
T:整形プレゼントは私が高校生の頃から一般的だったよ。クラスには卒業前に整形した子が2、3人いて、彼女たちはいつもアフターケア用品を持参してた。いまでは中学生も整形しているみたい。
H:どういった願望があるんだろう。
T:韓国では基本的に、みんなと同じであることが大事なんだよね。「少なくとも平均的」じゃないといけない。それは容姿に限った話じゃなくて、テストの結果も進学する大学も。それは「家族に恥をかかせないために頑張らなきゃいけない」って教えられてきた
H:自分というより、自分が属する家族のため。
T:「自分の遺伝子はブスだから、娘を美しく育てるためになんでもするつもり。私が経験してきた辛いことは経験させたくないから」という親の話を、これまでたくさん聞いてきた。韓国では、こうした社会を“変えたい”というのではなくて、こうした社会に馴染めるように自分を変える場合が多い気がする。
H:テイラーは、太っている自分の身体にコンプレックスはあった?
T:喋るたびに「二重顎が動いてら!」と言われて、「指は豚みたいで、足は象!」 と、体型のせいで笑われ、嫌われ、いじめられた。それとね、私は、私みたいな体型の女の子たちのことも嫌いだった。
H:それはどうして?
T:私たちが一緒にいると「デブが集ってる!」ってからかわれるから。そんなこともあって、親からダイエットスクールに送られることになったんだ。毎年夏休みと冬休みに通わされて、1日1000カロリー未満の生活。
H:10歳から、でしたよね。小学生の頃の夏休みって、たのしいキャンプのイメージなのに、ダイエットスクールへ。
T:初めて参加した日のことはいまでも覚えてる。サイズでいうとXSから2XLまでと、いろんな体型の子がいたんだもん。
H:え、XSサイズの子も?
T:うん。K-POP練習生のようなスリムな子たちでさえも、さらに痩せるために送られてきてるの。彼女たちのような体型になることが私の目標だったのに、それ以上痩せるの? って愕然としちゃった。
H:男子もいた?
T:私が通っていたときにいた男子は、一人だけ。あとは全員女子。繰り返しちゃうけど、韓国社会は女性に対する美へのプレッシャーが本当に、本当に強い。韓国の男女賃金格差は先進国の中で最も大きいんだけど、それでもその中で女性はお金をかけて綺麗になろうと努力する。これまで、借金してでも整形を繰り返す女性をたくさん見てきた。
H:賃金の差がジェンダーロールを決めるからこそ、女性は選ばれる対象としての美を、という話もありますよね。
T:「この社会は女性になにを望んでいるんだろう」って疑問に思った。ダイエットスクールの話をするとね、インスタのフォロワーたち、特に欧米で育った人たちから 「両親がどうしてそんなことを?」という反応が多くある。両親の気持ちは、理解できるんだ。私が社会から愛されるために通わせてたんだろうなって。痩せさせればすべてが解決すると考えてたんだと思う。
H:当時、太っている自分のことをどう思っていた?
T:とにかく痩せたかった。どんなに努力しても、ほかの女の子より10キロから20キロ太っていたことが意味不明だった。1人前しか食べていない自分がなんで太っているんだろうって。ダイエットスクールに通うようになってから、たくさんのダイエット法を試してきた。それでも一向に痩せず、あとどれだけの時間とお金と労力を費やさなきゃいけないんだろうって考えてたな…。
H:「スリム=美」の環境で育ち、太っている自分にコンプレックスを抱えていたけど、いまはプラスサイズモデルとして自信を持ってカメラの前でポーズをキメる。どうやって美への考え方がここまで変わったんだろう?
T: 高校時代にオーストラリア留学をしたときに、いろんな体型の女性がどんな服を着ていても笑われないことにインスパイアされたんだよね。自分も自由に生きていいのかなって。韓国の女性に対する美のプレッシャーにうんざりしていたから、社会が変わらないなら自分が変わろうって。
H:さっき話した、馴染む方に外見を変えるのではなく内面のあり方を変えようとしたんですね。初めてプラスサイズモデルとして仕事したときのこと、覚えてる?
T:ロンドンを一人旅しているときに「写真撮らせてよ」と声をかけられて、ほろ酔いだったのもあって承諾しちゃって。結局100枚くらい撮ってもらった。そこから、2015年にプラスサイズモデルの活動をはじめたんだ。最初の本格的な仕事は、ロサンゼルス拠点のプラスサイズ専門ファッションブランド「カーヴィ・センス」の撮影。カメラの前でポーズを取りながらも、現実味がなく信じられなかった。もちろん最初は自信なんてなかったけど、「Fake it till you make it(うまくいくまでは、うまくいっているふりをする)」と言い聞かせて(笑)
H:ポーズや自分の身体の美しい見せ方とか、どうやって勉強したんでしょう。
T:長い間「デブ」「ブス」と言われてきたから、ずっと鏡を見ることを避けてきた。だからまずは鏡に映る自分を受け入れることからはじめた。それからたくさんのプラスサイズモデルやボディ・ポジティビティの活動家からインスピレーションをもらい、自分のスタイルを確立した。
H:テイラーがモデルをはじめたとき、韓国にもプラスサイズモデルはすでにいた?
T:何人かいた。でもほとんどが「ダイエットのビフォーアフター」写真のモデルとしての起用で、複雑な気持ちだった。あとは芸人がプラスサイズモデルを「モデル」としてではなく「お笑いのネタ」として彼女たちの太っている指をネタにする、なんてこともあった。
H:モデルというよりは、変わり種として消費されていた。
T:韓国でプラスサイズモデルが活躍できるとしたら、せいぜい食事関連かダイエット関連といったところだった。
H:プラスサイズモデルのキム・ジヤンが創刊した韓国初のプラスサイズファッション雑誌『66100』が出てきたりと動きもありますね。ファッションでいえば、2年前には6つの女性権利団体が韓国の衣料品会社に「細いマネキンのみの使用や、限られたサイズのみの展開」への抗議をおこなったと聞きました。
T:ソウルで買い物をすると、平均サイズ以上のサイズのことをまったく考えていない店ばかりで「自分に合うサイズが見つからない」と思っていた女性は多いはずだから、意識は変わりはじめているんじゃないかな。特に若い女性たちの間では。Sサイズしか目にすることがなかった数年前と比べると、MサイズからLサイズを目にするようにはなったし。でも韓国のLって、米国のMかS。まだまだ先は長いといった感じ。
H:韓国にはプラスサイズモデルが所属する初のモデル事務所ザ・カーブ・コリアもあると聞きましたが、ここはどうですか?
T:私の知る限り、ザ・カーブ・コリアは韓国で唯一プラスサイズモデルを扱うモデル事務所。お笑い芸人ではなく、ちゃんとしたプラスサイズモデルを扱うね。
H:お笑い芸人?
T:韓国のファッション業界に登場するプラスサイズモデルの多くは、お笑い芸人であることが多いんだ。韓国の主流メディアにはまだ、本当の意味でのプラスサイズモデルはいないと思う。韓国では、女性に対する社会的圧力は男性よりもはるかに大きいから自動的に、プラスサイズモデルは多くの反感を買ってしまうし。
H:そこも一つのハードルなのですね。反感を買われるとわかりつつも、テイラーはインスタで下着や水着姿を積極的に投稿しています。
T:海外のプラスサイズモデル業界やファッション業界で、アジア人が活躍することはほぼなかったから、自分がそうなりたいというのもあって、下着や水着姿を進んで投稿してる。あとね、単純に人生でそういうこと、やったことがなかったから。私にとって下着といえば(出ている)お腹を隠すためものだったし。私みたいな体型の人に、下着がどうフィットするかを見てほしかったんだ。
H:そういえば以前、テイラーが母親と一緒にインスタライブ配信しているのを見ました。
T:あはは。滅多に出てもらうことはないんだけどね。
H:お母さんとの仲について聞きたいです。テイラーの母親世代も「娘をきれいに育てなきゃ」という美意識へのプレッシャーはすでに強かったのかな?
T:うん、そうだと思う。私の母も、良い母親になろうとしていたんだと思う。「良い母親=娘を美しく育てること」だから。私が2回流産した両親が8年越しに授かった初めての子だったから、「太った子は肥満や慢性疾患で死んでしまう」と考えていたのもあったんじゃないかな。
これは私の家族の話だけど、私が幼少期にダイエットを頑張ったのには理由があって。そうしないと父と父方の家族が「娘も綺麗に育てられないのか」と母を責めていたかもしれないから。
H:と、いうと?
T:父のファットフォビア(太っている人に嫌悪を抱く)は、母よりもひどかった。韓国では23時以降のテレビ番組は「なぜ肥満の人は死ぬのか」という類のものが多く、父は番組を見るたびに私を思い、お前も同じように死ぬ、と。それに父方の家族は母方の家族よりもスリムだから、母方の家族を見下していたんだよね。表面では「そんなの冗談」と言っていたけど、決して冗談ではなかったように思う。
H:そんな父親はいま、テイラーのプラスサイズモデル活動をどう思っているんだろう。
T:父はエンターテインメント業界で働くことに大反対なのもあって、プラスサイズモデル活動については、まだ秘密にしてる。
H:2015年からの活動だから、6年が経つけど言っていないんですね。
T:将来、プラスサイズモデルとして成果を出せたときに、話すつもり。
H:お母さんは、活動のことをどう思ってるんだろう?
T:プラスサイズモデルとして活動していることを知ったあとも、残念ながらまだ私の体型をポジティブに受け止めてはくれない。いまでも「細身にならなくていいから、健康のために減量しなさい」って言われちゃう。でも、私の過去の取材記事を目にしているから、少しづつ「多様性」については気づきはじめているとは思う。母が「私が知っている世界がすべてではなかった」なんてこぼしていたことも、一度あったし。
H:テイラーのインスタをこっそり覗くこともあったりして。
T:たまに見てるみたい。でもフォローはしないでって頼んである(笑)。母には「フォロワーの質問に答えたり政治的な発言をするより、あなたの美しい写真を載せなさい」って言われるけど、私はそういう話をしてフォロワーとコミュニケーションを取りながら、上の世代が変えられなかった美の固定観念を変えたいんだ。
H:テイラーは、韓国でプラスサイズモデルとして、どんな存在でありたい?
T:「自分の体型」と「社会的に美しいとされる体型」のギャップを埋める役割を果たしたい。実はこれまで仕事を獲得するため、たくさんの企業や代理店、ブランドに連絡を取ってきたけど、ほとんど返信はない。
あったとしても「韓国ではまだプラスサイズを起用する準備ができていないので」という感じ。数週間前に、某化粧品ブランドと仕事をする機会が巡ってきたんだけど、それも結局ダメになった。連絡をくれたのはブランド側からだったのに。
H:うーむ、ロンドンやオーストラリアを拠点にしていた頃みたいに、スムーズにはいかない。
T:韓国では大きすぎて「プラスサイズモデルにさえなれない」と言われたこともある。それにもうすぐ30歳だし、年齢のことも言われてしまうかも。
H:ルッキズムだけでなく、エイジズムも…。
T:韓国では、女性は25歳を過ぎると終わりだと言われている。最も美しい年齢は23歳。25歳を過ぎて許容外の体型だと、モデルとしての需要がないみたい。でも、活動を続けていきたいと思ってる。決して簡単なことではないけど、それだけの価値はあると思っているから。
Interview with Taylor Tak
Images via Taylor Tak
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine