「本という紙に刻まれた情報を所有したい」本を無意識に買う〈ビブリオマニア(蔵書狂)〉の2万5,000冊の生活

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「欲しいというよりは、“持っておくべきだ”という感覚に近い」。数えきれないほどの背の高い本棚に囲まれ、2万5,000冊の本とともに毎日寝起きする。

「私が本を集める理由は正直わからないけれど」。自身を“ビブリオマニア(蔵書狂)”と認める男がいるのは、図書館でもなければ書店の在庫倉庫でもない。本をいささか買い過ぎてしまう彼の自宅、蔵書狂ワールドへようこそ。

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「毎日のように“無意識に”本を買ってきた」いまでも週3、4冊は買ってしまう

 そこに足を踏みいれると、初夏の日差しが眩しい真昼間にもかかわらず、天窓から差しこむ光のみで薄暗い。照明がついた瞬間、無数に鎮座する背の高い本棚が四方に現れた。その圧巻の景色には、息を飲まない方が難しい。ブルックリン・ブシュウィック地区の外れ、約140坪の縫製工場跡に建てられた、蔵書狂リチャード・コステラネッツ(78)の本の城だ。

 字面からおおよそ予想はつくだろうが、蔵書狂、という人。英語でビブリオマニアと呼ばれる彼らは、簡単にいえば書物の収集癖がある者たちだ。ちなみに、愛書家のことを指すビブリオフィリアより一歩先をいくビブリオマニアは、蔵書狂リチャード本人の言葉を借りると「本に対して狂っている」。数えられるだけでざっと2万5,000冊。すべて100円で購入したとして250万円。全巻50冊シリーズの漫画を買い揃えたとして500タイトル。1日1冊読んだとして、68年かかる。
 1985年に『あまりにも多すぎる本との生活』という記事がニューヨーク・タイムズに掲載されたこともある彼は、自他共に認める正真正銘の蔵書狂だ。

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 ひとりの個人が所有するにはあまりに多すぎる本に囲まれて暮らす蔵書狂が本にのめり込んだのは「大学時代から」と意外に遅い。本を読まない両親の実家には読書用のランプなんてものはなく、大学に入ってからの寮生活ではじめて「読書用のランプを手に入れた」。それ以降は「見ての通りだ。毎日のように本を買ってくる日々だ。本を買うという行為は、私にとって無意識的なもの。ここ最近は毎日…ではないが、それでも週に3、4回は買ってしまう」

 蔵書狂という生き方を支える肩書きは、文筆家でありアーティスト。蔵書狂の暮らしをはじめた大学時代にはライターとしてもキャリアをスタートさせ、2000年代前半までの約40年間、書評や人物評を中心にニューヨーク・タイムズをはじめ多くの雑誌・新聞に寄稿してきた。
 著者としてはこれまでに商業出版で20タイトル、自費出版で230タイトル以上を出版。自身の本を買い込むスピードに及ばないが、世の中の本を増やし続けている。「私の名前がブリタニカ辞典にも並んでいるように、」と彼が言うには「私は“商業的には成功していない、成功した文筆家”だ」。ブリタニカ辞典も、探せば間違いなくここにある。

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「レア物だからという観点で本を集めたことはない」

 明日、人に渡す予定の本をまだ見つけられていないという。それも仕方がないと理解できるほど、蔵書狂の本棚は想像以上に広い。「音楽関連書は上の階で、ヴィジュアルアーツは下の階のあそこ…。米文学はこっちで、歴史書はそっち」という具合で、本棚は本のジャンル別で分類されている。「アルファベット順には並べられてない。ここ最近になって、若いアシスタントを雇ってアルファベット順に並べる作業をやってもらっているところだ」。まだページを開いていない本もあるし、本棚にすら並べられていないものもある。購入済みであることをうっかり忘れて同じ本を買ってしまい、あとで本棚に発見することもある。

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 それでも本を買う。最近はもっぱら大学や図書館から寄付された古本のみを販売するオンラインショッピングサイト「ベター・ワールド・ブックス」から購入している。理由は、ただ単純に「安い」から。
「2日前も、安くなっていたので15、20冊まとめて買ってしまった」。基本的には自分の個人プロジェクトに関連する書物や、自身の興味ある米文学や史書、アートブックが中心だ。「大体は読了済み。ちなみに、レア物だからという観点で本を集めたことはない」

 春から秋にかけて天気が良い日の日中、蔵書狂の読書場は自宅の軒先か屋上だ。そこに持ち込む読み物に新聞は入っていない。聞けば、50年間はもう読んでいないという。これもまた、大学時代に蔵書狂という生き方を慢性化させてから。「歴史が好きだから、“昨日のこと(新鮮な歴史)”を伝える新聞では物足らない。それよか、先週、先月、昨年、過去10年に起きたことの方が気になる」。その日は、南北戦争についての本を読んでいた。

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 8年前に引っ越してきた自宅内部にはスイミングプールがあり、睡眠前の午前1時にひと泳ぎする。執筆・制作活動、時に大好きな野球観戦にガールフレンドと出かけたり、夏場は週に数回ビーチに足を運ぶけれど、基本的に「変わりない、シンプルな毎日を送っている。酒もほとんど呑まなければ、タバコもドラッグも一切やらない。それに家族もいないから、こんな生活でも生きていけるんだ」と特有のハイピッチな声で、蔵書狂の気ままな、本以外には偏りのない生活を想像させる。

理屈ではない、本の買い狂い

 いずれ自分の本棚は、大学など教育機関の“図書館”になるだろうと話す。どこまで現実的な話かは未来になってみないとわからないが、「ここ(自宅)が教室やスタジオとして機能するのではないかと思っている」。これまででうれしかったことは、現在の自宅に越してきて本のためのスペースが大いに増えたこと、本を整理しながらどんな本を持っているのかを眺めるときだ、と本を中心に人生が回っている。

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 ここで改めて自他共に認める蔵書狂に、一番簡潔でいてもっとも答えるのに難しいであろう質問を投げかけてみた。「なぜ本を買うのですか」。それまでジョークを交えつつ軽快に話していた蔵書狂は、突然困ったような表情をして言った。「その本を“持っておくべき”だと感じるから。それは、本という紙に刻まれた情報を所有するべきだという思いから感じることだと思うけれど、いってしまえば単純にただ本が好きなだけだ。本当にただそれだけだ。そんなに複雑なことではない」。蔵書狂に「なぜ本を買うのか」と問うということは、人間に「なぜ食べるのか」「なぜ寝るのか」と問うこととなんら変わりはない。「なぜ?」が通用しない、その感覚こそが狂気と思い至る。

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Interview with Richard Kostelanetz

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Photos by Kohei Kawashima
Text by HEAPS and Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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