リプレイできない一度きりのドラマを。表情を変えないマリオネットが身振りで伝える、ある人生の境遇と感情、応酬と結末

「劇が終わり、マリオネットが無生物だとふと実感したとき、少し不思議な気持ちになる」
Share
Tweet

笑わないし、しかめっ面もしない。口も動かさず、瞬きもしないマリオネットたちは身振り手振り、動作がすべて。「顔を下に向けているときは落ち込んでいる。素早く歩いているときは興奮し、手を上げるときははしゃいでいるんです」。ステージいっぱいに糸で吊るされた人形が動く。糸をたどると、動く操り人形師たちがいる。

人形の動作が伝えることは、こんなにも多いものなのか。

アーティスティックで繊細な操りによって、マリオネットには命が吹き込まれる。ある物語を、ある人生を、あるひとコマを、身振り手振りで描いていく。土曜の真昼間におこなわれる人形劇は、子どもだけのものではない。大人も没入する、“人間”劇シアターだ。

脚本制作も、マリオネットが“できる動き”を起点に

 マリオネット人形劇の歴史は紀元前まで遡るといわれる。今回訪れた人形劇シアターは、米国では現存でもっとも古いものの一つだ。1930年創業の人形劇シアター「Puppetworks(パペットワークス)」は、ニューヨークの、家族住まいの多いブルックリン・パークスロープ地区の住宅街の真ん中にある。青の外壁、黄の窓の格子、真っ赤な扉。おとぎ話から出てきたような異様な存在感を放つシアターは、1991年にこの場所に越してきた。週末のちょうど午後に差しかかるとき、シアターのシャッターが上がる。土日両日とも午後12時半と午後2時半が開演時間。

 シアターの演目の対象年齢は、セカンドグレード(小学2年生、8歳)。この日の演目は『アラジンと魔法のランプ』『ジャックと豆の木』『赤ずきん』『オズの魔法使い』など、誰もが一度は絵本やアニメで鑑賞したことがあるものばかり。取材陣が鑑賞したのは『アラジンと魔法のランプ』。「“あの”アラジンね」と油断していたが、いざ人形劇が開幕すると…(開始5分後)お馴染みの“あの”アラジンとは、なにか違う。

 シアターでは原作を元にオリジナルの脚本を制作しているという。なので、ディズニーの『アラジン』とは異なるストーリーだ。「うちには『雪の女王』という演目もある。昔ながらのストーリーに基づいて制作されていて、ディズニーの『アナと雪の女王』とは少し違う内容。キャラクターも増えているし」。マリオネット片手に話すのは、ステージ・マネージャー兼、操り人形師のジェイミー・ムーア。同シアターでの勤務歴15年のベテランだ。

ステージ・マネージャー兼、操り人形師のジェイミー・ムーア。


『アラジンと魔法のランプ』公演中。


『アラジンと魔法のランプ』公演中。

 脚本のリサーチに執筆、音声、セットデザインの指示、セットやマリオネットの制作など、人形劇の演目制作全般のディレクションは、現オーナーのニコラス・コッポラがおこなう。劇場には居なかった彼にも電話を繋いで話を聞く。曰く、一つの劇ができあがるまでには約1年から1年半かかるそう。

「まずはじめに、どの原作を手がけるかを決める。まだ『(​​塔の上の)ラプンツェル』はやったことないからいいかもな、という感じでね。それが決まったら、とにかくいろいろなバージョンの『ラプンツェル』を読みあさって情報収集する。それから時代背景やキャラクターなど諸々を決めていくんだ。いつも最初はごちゃごちゃだよ(笑)」。脚本制作の際には、マリオネットが現実的に可能な動きを考慮するのも重要だ。

 一つの劇で制作するマリオネットの数は、平均12体以上。ニコラスが体を担当し、頭は人に頼む。セットや小道具の制作も外注し「セットをステージに上げてみて仕上がりの確認、サイズ感の確認もしなければ」。やることはまだまだ続く。

「マリオネットを糸に繋ぐ作業をする。糸のバランスはとても大事だ。操り人形師がマリオネットをうまく操れるようになるまで練習をさせて…まだ、リハーサルの話にもたどり着いてないね」。昨年85歳を迎えたニコラスは、操り人形師はすでに引退したがいまも劇の制作に携わる。「人形を使ったパフォーマンスを愛している。いまはもう歳だから(マリオネットを)操れないのは残念だけれどね」と、電話口で漏らした。

Pinocchio, Suzari Marionettes, 1943
ニコラス:「僕がまだ8歳か9歳くらいのとき。初めての人形劇はそれはもう感動したんだ。マジックだと思ったよ!」。

Nick Coppola, The Three Wishes, 1959
19歳の頃から人形劇劇団「Suzari Marionettes(スザリ・カンパニー:現パペットワークス)」所属し、ツアーに参加しはじめたニコラス。

Jamie Elizabeth Moore, Nick Coppola, Preston Foerder, Alice in Wonderland marionettes, 2020
2020年に撮影されたニコラスのポートレイト。

プリンセスは小股で歩く

『アラジン』の操り人形師は、先述のジェイミーと、まだ1年ほどの新人プレストンの二人だけ。マリオネットの動きはとても繊細ながら、ステージ上を右往左往したりとかなり大きなものも多い。一つの劇で登場する12体以上を二人でまかなうのは、かなりの体力とテクニックが必要だ。「一緒に仕事をしてきた一流の操り人形師から、たくさんの技を“盗んだ”」とジェイミー。

 表情が一つしかないマリオネットの感情を表現するには、身振り手振りが肝になる。「彼らは笑わないし、しかめっ面もしない。だから、ボディーランゲージ(身振り手振り)に頼るしかない。マリオネットの顔を下に向けているときは落ち込んでいる。素早く歩いているときは興奮している。手を上げるときははしゃいでいる。こんな感じで、さまざまな動作を掛けあわせることで、いろいろな感情を表現できるのよ」。イライラしている様子を表すのにも、こうべを垂れる、頭を横にふる、膝を小刻みに動かすなど、さまざまな表し方がある。

 操り人形師の力の見せどころは、マリオネットの登場と退場。その印象でそのキャラクターがどんな人物なのかを表現できるのが、おもしろいという。

「ヒーローは大胆に堂々と登場する。悪人はコソコソと登場する」。劇終了後、ジェイミーとプレストンが実際にマリオネットの感情表現を披露してくれた。各々のキャラクターによって操り方のコツがあるようだ。『アラジン』のジャスミン王女をステージ上で歩かせる。「彼女はプリンセスだから小股で歩きます」。一歩いっぽ、やさしく足を置いて小さい歩幅で前進する様子はとても上品。別のキャラクターを取りだし「彼が歩くときは、どしどしと力強く地面を踏みつけて歩く。アグレッシブさや怒りを表している」。数ミリ単位での動きで、一体いったいの人間性をリアルに真心をこめて描く。

ジャスミン王女が小股で歩く様子。

アラジンの敵、ジャファーが大きく顔を覆い肩を揺らして泣いている様子。

アラジンの敵、ジャファーが怒っている様子。

応酬、駆け引きを物語る“距離感”

 もう一つ重要になるのが、口を動かさぬマリオネットと流れるセリフのやり取りを自然に見せること。どのキャラクターがセリフを話しているのかを明確にする工夫も必要だ。

「リハーサルではたくさんのことを緻密に考慮しないといけない。操り人形師のあいだでどのように配役するのがベストか。誰がブリッジ(ステージの裏側の上部にある操り人形師が立つ台)の右側、左側に立つのか。どうやったら効率よく動けるのか。マリオネットがステージ上で交差するときに、操り人形師もどのように交差するのがスムーズか。配役はブリッジ上での動きの効率を考えて決める」。劇はもちろんライブでおこなわれているため、時にはミスが起こることも。

「実は、今日もマリオネットの体のパーツを繋ぐ糸が絡まってしまったんだ。どんな失敗が起こり得るか、そしてその対処法を考えておくことが大事」。一体の人形には、左右の手、左右のつま先と膝、頭、腰などの部分に10本ほどの糸が取りつけられている。逆に絡まらないのがすごい。

 マリオネット同士の絶妙な距離感というのが、その場面でのキャラクターたちの心情や状況を物語り、人形劇を“人間劇”にしているといえる。警戒しているときはその場を去ろうとし、駆け引きをするときには距離を保つ。この距離感をコントロールする際にも、操り人形師の巧妙な技が光る。たとえば『アラジン』では、ジャスミンがアラジンに触れるようなシーンがあった。「マリオネット同士が絡まらずに触れあってるようにみせるテクニックがいろいろある。マリオネット同士がこんなに近いのに糸が絡まっていないなんて、すごいことよね? 絡まらずにどこまでマリオネット同士を近づけるかが、私たち操り人形師の挑戦」。

 操り人形師の熟練のテクニックにより、傍目からは見えないほど細い糸で繋がれたマリオネットが織りなす物語は、芸術作品だ。脚本こそ子ども向けの原作を題材にするが、そこには年齢も人種も性別も性格も、置かれた人生の境遇や物語もバラバラなあらゆるマリオネットたちが、動作でもって細かな感情と言動を繰り広げていくのだ。

左からジェイミーと、新人操り人形師のプレストン。

ジェイミーとプレストンがブリッジ上で左右の位置を交換している様子。

一回だけしか再生できないドラマ

 昔ながらのストーリーをずっと同じように観客に届けつづけるパペットワークスは今年で92年目。しかし、時代にはあらがえない。人形劇の鑑賞のされ方は少しずつ変化しているという。

 ニコラスは、電話口でこうも言っていた。「『セサミストリート』や『ミスター・ロジャース(米子ども向けテレビ教育番組)』などパペットを用いたテレビ番組が出てきてからは、世間の人形劇へのイメージが大きく変わってしまった。人形劇は幼い子どものためというイメージが世の中に染みついてしまったんだ。少し前から中学生くらいの年齢の子たちは『もう人形劇は観たくない』と言いはじめた。いまでは小学校高学年の子だってもう観たくないという」。

 それでも、パペットワークスでは、伝統あるお話を人形劇にして上演することにこだわる。「どの演目も僕が幼い頃に読んだり、見てきたりしたお話をベースにしている。最近は、キャンセル・カルチャーなどというものが流行っているでしょう。でも昔からあるこれらのお話はとっても道徳的なことを教えてくれるんだ。歴史あるお話が語られなくなることはあってはいけない。これからも伝えていくべきだと信じている」。

 なんどもなんどもリプレイできる動画じゃない、目の前で一回しかプレイされないものが人形劇だ、とニコラスは言う。人間がふと繰り広げる日常の一コマ、その時にしか表現できない感情や動作のように、人形劇は一度きりの人間ドラマを展開する。


Interview with Nicolas Coppola, Jamie Moore, and Preston Wollner

Photos by Kuo-Heng Huang
Text by Ayano Mori & HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

↓↓↓毎日お知らせ含めて配信中。HEAPS(ヒープス)の公式ツイッター↓↓↓

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

All articles loaded
No more articles to load