「“ストリートのルール”と“地域のルール”を守ること」2つのシーンに顔が効く〈グラフィティアーティストの処世〉

「私が移り住んできたときも、住民やローカルの人たちは『こっちにも描いてよ』ってフレンドリーな感じだった。これが、ベニスビーチのコミュニティの特性といえるかな」
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「ストリートのルール絶対遵守」。アメリカの東から西へ流れたグラフィティアーティスト、“新参者”を2度経験している彼女の鉄則だ。
グラフィティアート発祥の地と呼ばれる東のニューヨークから、グラフィティが街のアイデンティティにもなっている西のベニスビーチへ。どこのグラフィティシーンにもコミュニティがあり、また、グラフィティとは一般市民が住むその地域とも密接に関わり合う。

ストリートのアートシーンコミュニティ、そしてそこの一般市民を含めた地域コミュニティ。そのどちらのコミュニティにも受け入れられるベテランアーティストに、「ストリートシーンと地域コミュニティにおける処世」を問う。

「街の壁をどんどん埋め尽くす」地元コミュニティに溶け込んだ女性アーティスト

 ハリウッドサインが丘にそびえ、“エンターテインメント”の街として知られるロサンゼルス。いわゆるぎらついたグラマラスな「ザ・LA」とは少し異なる趣をもつ地区ベニスビーチには、ヒッピー的なゆるさと開放感が漂っている。ボディービルの聖地・マッスルビーチや名物スケートボードパークがあることでも有名な地区だが、なんといってもベニスビーチはストリートアーティストにとっての天国だろう。ビーチ沿いの家々の塀、店やアパート、ホテルの壁、ヤシの木にまでグラフィティが施されている。そこで10年以上活動するグラフィティアーティストが「Muckrock(マクロック)」だ。

 ニューヨーク・ブロンクスでクルーとして活動していた彼女が、一人のアーティストとして流れ着いたのが、ベニスビーチだった。「街の壁をどんどん埋め尽くしていく」「地元民に壁画を頼まれたら引き受ける」スタイルで、地域住民からも好かれる、コミュニティを代表するアーティストとなった。いまでは彼女が“違法”で描いていたとしても警察も見て見ぬふりするほどだ。

 いざこざや暴力、抗争がつきまとうグラフィティシーンにて。東西グラフィティの両シーンを渡り歩いてきたアーティストに、コミュニティへと浸透するまでにあった〈グラフィティアーティストとしての処世〉〈地元民との距離感〉〈ストリートでのいざこざの解決法〉、そしていまも貫く〈アーティストとしてのコミュニティに対する態度〉などを取材した。


グラフィティアーティスト、Muckrock(マクロック)。

HEAPS(以下、H):文字通り、この街のいたるところにマクロックの作品があります。ベニスビーチ・コミュニティを代表するアーティストの一人ですね。ここでのグラフィティ活動歴も10年以上ですが、少々さかのぼりグラフィティを描きはじめたきっかけについて教えてください。

Muckrock(以下、M):子供の頃やんちゃだったから、13歳のときに父親の故郷ギリシャの島に送られた。島ながしね。そこでタギングをはじめたのが最初。まじめにメッセージを書いたり、ふざけて汚い言葉もいっぱい書いた。祖母からつけられたあだ名「mucky pup(マッキー・パップ、英スラングで「汚い子ども」)」をタギング名として使いはじめてね。そのあとブロンクスに戻って、グラフィティをはじめた。

H:東のグラフィティ聖地・ニューヨークのブロンクスでもグラフィティアーティストとして活動していた。その時の話をもう少し詳しく聞かせて。

M:ブロンクスのグラフィティコミュニティに入って、地元クルーのメンバーにもなって壁を見つけては書いていた。引っ越しばかりだったから、どこかに所属してたい欲求で名前をタギングしていたところもあって。

私がはじめた頃、ちょうどニューヨークは第二波グラフィティシーンの時期だった。一掃キャンペーン*のあとだったから、地下鉄に書いても翌日にはすぐ消される。だから、私たちの世代はもっぱら壁にスプレーしてた。
幸運だったのが上の世代のアーティストと仲良くなれたこと。とくにLady Pink(レディ・ピンク、NYグラフィティシーンのレジェンド的女性アーティストで、グラフィティ映画『ワイルドスタイル』のヒロイン)には本当によくしてもらった。屋上に書いたグラフィティを彼女が気に入ってくれて、一緒にペイントしようと誘ってくれたのが最初。弟子になってストリート・アートの歴史をいろいろと教えてもらったり、いろんなアーティストも紹介してもらった。はじめてギャラを払ってくれたのもレディ・ピンク。ロサンゼルスとニューヨークで離れているけど、いまでも親しくしてる。

*ニューヨーク州都市交通局がグラフィティの描かれたすべての列車の塗り替えをおこなった。



H:クルーの一員として活動していたブロンクスを離れ、西海岸ロサンゼルスのベニス・ビーチへやってきます。グラフィティアーティストにとって、ベニスのコミュニティの雰囲気はどんな感じでしたか。

M:ベニスビーチは、グラフィティに対して比較的オープン。進歩的とさえ思う。たとえばニューヨークのストリートアートには歴史があって、スタイルも分化されているから、アーティストもそれらに則して活動する。それぞれのクルーの存在感も大きいから、縛りも多いし。

それに比べて西海岸のシーンはある程度ゆるいんじゃないかな。:歴史やスタイルは関係なしに、みんなが好き勝手にはじめるって印象。自由だけどあんまりストリートアートのこと(歴史、技術、ストリートのルールなど)を知らない。私自身はグラフィティ発祥の地ニューヨークでスタートしたこともあって、そのあたりの下地があるからラッキーだけどね。

H:新参者としてベニスビーチのグラフィティコミュニティに入っていくわけですが、住民はすんなり受け入れてくれた?

M:私が移り住んできたときも、住民やローカルの人たちは「こっちにも描いてよ」ってフレンドリーな感じだった。これが、ベニスビーチのコミュニティの特性といえるかな。来たばかりのころでさえ誰かに許可を取りにいくこともなく、空いてるスペースにとにかく描きはじめた。

H:ベニスの住人はマクロックの作品を気に入って、家や車、お店に描いてくれと頼んだそうですね。それが積み重なり次第に作品が地元コミュニティに認知され、徐々に仕事としてオファーが来るようになったと。
コミュニティから求められたら描きまくる。「ルールを守りながらとにかく描きまくって名前と顔を売る」。これがマクロック流〈グラフィティアーティストとして新しいコミュニティに入り込むコツ〉か。

ちょっと話はそれるけど、そうやってうまく入っていったコミュニティでも、なかに入ればいろいろ問題も起きるかと。グラフィティに対して寛容なベニスならコミュニティとアーティストの争いは少ないかもしれないけど、やっぱりアーティストとアーティストの対立は避けられなかったり。実際に危ない目にあったことは?

M:私自身はそこまで危険な目にあったことはないわ。ニューヨーク時代のクルー間の争いも、唯一の女性メンバーだったこともあって暴力を受けることはほとんどなかったけど、いろいろと目にしたことはある。知り合いのアーティストが暴行を受けたり、殺されたケースもあった。女性だと一人でグラフィティするのはとても危険だから。



H:グラフィティシーンで女性アーティストであることは、やはりリスキー?

M:女性ならたいていの場合クルーに属す必要があったり、誰かにお墨つきをもらって認めてもらわないと特定の場所では描けなかったりする。私は描くペースが早いし多作だから、街の壁をどんどん埋め尽くしていくんだけど、それをおもしろく思わない他のアーティストから横ヤリがはいる。悲しいことだけど、それは私が女性だからというのも多分にあって、男性アーティストだとトラブルにはならない。これでも都市部ではまだマシで、南部の田舎だとあからさまに差別を受けることも多かったり。

ニューヨークでは大きなクルーに所属してたから、クルー間の揉めごとや勢力争いがある際には、クルーが守ってくれた。常にクルーのメンバーと一緒だったり、男友だちについてきてもらったり。ベニスビーチに移ってからはどこにも所属してないから一人で描くこともあるけど、問題が発生するのはいつもそういう時。だからグラフィティツアーへ出るときもヒッチハイクで誰かをひろって、描く場所に同行してもらうこともあった。いまは彼氏がつき添って守ってくれるから助かっているけど。

H:万が一、コミュニティ内でいざこざが起こってしまったらどうやって解決しますか。

M:なにか問題がおこれば事後的に解決する。人を雇ってね。

H:“人”とは誰でしょう。ストリートの問題を解決する専門がいるということ?

M:専門というわけではないけど、その地域のギャングや揉めごとを解決できる人に電話して、事情を説明して丸く収めてもらう。

ベニスビーチに移ってきたころ、私のグラフィティ作品を見たり評判を聞きつけたりしたローカルギャングから壁画を頼まれたことがあって。死んでしまったり、刑務所送りになったメンバーの壁画をね。それがきっかけで知り合いになった。
普段話したりする仲じゃないけど、なにかあればお願いする。この間もレディ・ピンクがベニスに訪ねに来たときに一緒に壁画を描いたんだけど、数日後に上書きされたの。相手は知っていたから、その知り合いに電話して話をつけてもらった。ニューヨークの地下鉄アートのレジェンド、レディ・ピンクの壁画をベニスビーチで見ることができる機会だったのに。大きな損失よ。


H:その相手もアーティスト?

M:そう、まだタギングやグラフィティしかやっていない*若い子。ガキのくせにローカル意識から(地元出身でない私に)敵対心をもっているの。私はここでもう10年も活動してるのにね。これまでも筋違いなディスりや上書きをされてきた。

*スプレー缶一色で装飾もないシンプルな名前や落書き(タギング)や、2、3種類の色でバブルのように丸く描く文字(グラフィティ)、そしてそれの発展系として壁画がある。経験が乏しいアーティストは壁画はまだできず、タギングかグラフィティしかできない、ということ。

H:ストリートアートの知識や認識不足からくる問題にも聞こえるね。

M:いまの若い子は、インスタグラムなどネットでグラフィティを見て真似するところからスタートするケースが多いからね。グラフィティ文化が消滅しないためにはいいことかもしれないけど、歴史やルールを知らずにやってるとトラブルになることがある。

H:マクロック自身は、グラフィティアーティストとしてのルールを、それから、そのコミュニティで自由に描ける場所はどこなのかといったコミュニティのルールを、地元で長く活動する先輩アーティストから教えてもらったようだね。

M:この壁は壁画用で、別の壁はタギングしても大丈夫な場所とか。誰かのタグでもスローアップ(2色以内で文字のアウトラインのみを記したもの)なら上書きできて、スローアップにはピース(スローアップの発展形)で、ピースにはプロダクション(壁全体を使った壁画)で上書きできるとか。もちろんギャングのテリトリーを表すタギングへの上書きには、また別のルールがあったりね。

H:アーティストとして女性であることについてはどう感じていますか。

M:アートの世界はいまだに男性至上主義ね。アーティストはもっとも性差別が激しい職業だと思う。ファインアートの美術館ではたった5パーセントしか女性アーティストの作品を展示していないのにもかかわらず、美術館に展示されている裸体が題材の作品の99パーセントは女性の身体というね。グラフィティやストリートアートのシーンはそれ以上にマチズモで、大多数が男性。



H:その中で、ベニスビーチだけでも10年続けてきているんですね。ストリートでアーティストを続けることへのこだわりは?

M:ストリートが私の居場所だから。いまじゃ雇われてオフィスなどの室内の壁も描くことも多いけど、ビルの壁など屋外より割高にチャージしている。コマーシャルな仕事だけだと完全に飽きてしまうと思う。

外で描きながら通行人とランダムな会話をしたりや触れあうのがとにかく好きで。私の作品に対する反応を直に見ることができるからインスピレーションにも繋がるし、そこから知り合いになる人も多い。このあいだシカゴに行ったときも、雇われ仕事のあとに残ったスプレー全部使って12ほど壁画を街に描いてきた。

それともう一つストリートが好きな理由。それは、外に描けば誰でも見ることができるから。それが重要。アートは誰でもアクセスできる必要がある。美術館やギャラリーのエキシビジョンに行くお金や時間がない人でもビルの外壁に描かれた絵は見ることはできるし、メッセージを受け取ることができるから。

H:見る人がどんなアートよりも多様なのもストリートのおもしろさ、か。次世代の若いグラフィティアーティストへのアドバイスなどはある?

M:グラフィティの歴史や成り立ちをまず学ぶこと。無駄ないざこざやトラブルを避けられることができるし、グラフィティというアートをより深く理解することで、自身の創作活動にも反映できる。あとは、いいコミュニティや先輩アーティストとつながるのも大事。そして可能な限り多く描いて、可能な限り長く続けること。ドラッグとはなるべく距離をとるべきね。私自身も克服するのに時間がかかった。丸2年アートから離れてリハビリ治療に集中したし、気の緩みからまた手を出したときもあったけど、いまはアート制作がドラッグなし期間のご褒美のようなもので、描くことにより喜びを感じている。


H:地元コミュニティとグラフィティの距離が近いベニス・ビーチ、グラフィティアーティストとして片足を突っ込んだら、もう抜け出せなさそうだね。

M:私はイギリス生まれだけど、幼少期は米東海岸で引越しを繰りかえしたりで、故郷と呼べる場所がない。でもね、10年前にベニスビーチに流れ着いたとき、ここが私の居場所だと直感で感じとった。故郷をもたないけど、地元はある。それがベニスビーチよ。

ベニスビーチは、アート・ウォークなどアート関連のいろんなイベントや壁画用の壁がいくつもあるし、アーティストをサポートする環境がある程度整っている。警察もそうよ、この間も(違法で)壁に描いてるときにパトカーが来ちゃって。見られたから、ヤバイ! と思ったんだけどそのまま通り過ぎて行っちゃった。ベニスビーチの警官たちは私の作品を知ってるみたいで、「“落書き”は禁止だ」とか「逮捕する」って近寄って来たりはしないの。

H:最後にヒープス読者へのメッセージを。

M:日本のどこかに壁を用意して、描きに行くから!

Interview with Muckrock





All photos by Aldo Chacon
Text by Mighty Nice
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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